第3話 闇の探偵


「飲めねえたぁ、つまんねえ奴だなあ」野村は不満げな顔で言った。「義兄弟の杯も交わせねえじゃねえか」


 何言ってやがんだ、こいつ。誰がヤクザになるって言った?


 俺はコップに牛乳をもらって、チビチビ飲んでいた。


 野村は一人でワンカップ日本酒を飲みながら、勝手に組のことやシノギのことなんかを話した。シノギとは、ヤクザの稼ぎのことだ。


 野村の話によると、ヤツの組は昔気質の組で、今どきのいわゆる『暴力団』とは一線を画すそうだ。


 世間からはみ出した若い衆を拾って、祭りや縁日で屋台を出している露天商と組んで、見習いとして使ってもらっているという。いわゆる社会適応訓練のようなものらしい。


 そこでうまくいった若い衆は、組で経営している土建会社の社員として雇用するんだと。


 カタギの衆には一切手を出さないのが、組のしきたりだという。何だかヤクザっぽくないな。


 外見とあまりにも違うだろうよ、野村君。彼はまだ30代だそうだが、組の若頭だそうだ。俺は見た目20代で年下に見えるかも知れないが、実は60歳なんだよ。君より大分先輩なんだよ。


 で、何で命を狙われたんだ、と聞いてみた。


「こっちは敵対するつもりはねえんだがな」野村は少し酔ってきたようだ。「やつらよりいち早くはみ出しもんの若い衆を拾い上げてるのが、気に食わねえんだろうよ」


そんなことでいきなり刺されるのか?前に狙われたことはあるのかと尋ねたが、ないそうだ。


「で、沢木は雇われ用心棒の前は何してたんだ?」


 用心棒をやるようなやつが、まさか事務仕事をしていたとは言えないので、俺は探偵をしていた、と適当に答えた。




 その日から俺は、日中は野村に付きっきりになった。野村が家を出てから帰るまでの間、ボディガードを務めた。


 だが実際は、夜間も幽体となって野村の屋敷の庭で見張っていた。眠る必要のない俺は、結局一日中野村を守っていた。


 野村は外見に似合わず、義理人情に厚い男だった。組長はもう高齢になっていたので、組は実質的に野村が仕切っていたが、カタギの衆には手を出さないという組長の教えはしっかりと守っていた。


 そして俺にもたびたび小遣いをくれた。組長が俺を雇ったことを忘れたようだと言って、結構な額の金を俺に渡した。




 野村はあれからも何度か、敵対する組の連中に襲われた。銃で撃たれて命を落としたこともある。俺は過去へ行って、鉄板を胸に隠し持って、野村の代わりに射たれた。


 『半幽体』になればそんな面倒なことをしなくてもいいのだが、それだと銃弾が俺の体を貫通して野村に当たる可能性がある。だから、『半幽体』になった上で鉄板で受け止める必要があったのだ(『半幽体』になっても、着ているロングコートの下に鉄板だけを実体化して隠し持つことができる)。


 一度、拳銃で頭を狙われて冷や汗をかいたことがある。幸いなことに、俺の頭を貫通した銃弾は野村には当たらなかった。


 これではらちがあかないと思った俺は、そのあと野村から場所を聞いて、敵対する組事務所に単身乗り込んだ。


 当然のことながら俺はドスで切りつけられ、銃で撃たれまくったが、『半幽体』になった俺に有効な攻撃などあるはずもない。俺の方からは、正当防衛になるような反撃すらする必要もなかった。


 恐れをなした組員どもは、組事務所を開けっぱなしにして逃げ出した。

 俺は、せっかくだから野村襲撃の証拠になるであろうドスや銃を持ち去ろうかとも思ったが、銃刀法違反になりそうなのでやめた。


 それから俺は、その敵対する連中に『不死身の用心棒』とか『幽霊用心棒』と囁かれ、恐れられるようになった。


 だが、それによって野村からも怪しまれることになったのだ。


「沢木ぃ、お前は一体何者なんだ?」

野村に聞かれた俺は、白状することにした。もう隠しておくのは限界だった。


「・・・悪霊だと?」

 野村はすぐには信じてくれなかった。


だが俺は60歳の姿に変身して見せ、さらに半幽体になって野村に触ってみろと言った。

 野村の手は俺の体を貫通した。さすがにヤツも、俺の言うことを信じざるを得なかった。


 それから野村は、俺を他人に紹介するときに『闇の探偵』と言うようになった。それはおそらく、『裏稼業』という意味だったんだろうが。


「この男は、どんな事件でも解決できる。だが、カタギの衆の依頼しか受けない」

 そう言って、ヤツは俺の仕事のコマーシャルをしてくれた。まだ依頼は1件も来てないんだが。


 ヤツがそんなことを言うようになったのは、俺にもう、四六時中自分のボディガードをさせる必要がないことがわかったからだ。

 俺がそばにいようがいまいが、俺が過去に飛んでヤツを助けることができるから。




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