第一章 灰色の街と人間の悪意

第1話 スカベンジャー

 バラック小屋が無秩序に建ち並び、埃と異臭が充満する貧者の街。彼方に聳える巨壁を眺めながら、彼は今日もゴミ山に向かう。他に選択肢などなかった。服とは言えぬぼろぼろの布切れを纏いまと孤児は生きる為に朝から晩までもがき続ける。大量のゴミ海に飛び込んでプラスチックや金属を探す。これらを業者に持って行けば通貨が手に入るという訳である。ここではゴミとて生命線、奪い合いは必然と起こる。

「おいノアっ! それゼンブおいてけよ」

 身体より大きな袋を抱えて歩く幼子に罵声が浴びせられた。ノアと呼ばれた男児は声のぬしを鋭く睨みつけた。

「バカヤローおまえになんか、しんでもやらねーよ」

「なら しねや」

 彼よりも一回り大きい少年は彼にかけより、むやみにその顔面を殴りつけた。今にも崩れ落ちそうな程に乾燥した顔に拳が何度も降り下ろされている。

「ぜったい……まけねぇっ」

 地面に張り倒され殴打され続ける彼はグッと歯を食い縛りながら殺意の籠った瞳孔で少年を凝視していた。数分が経過した頃にようやく暴行は収まる。

「なんだよ、こいつ! やっぱりバケモノのこどもだ。きもちわりぃ」

 柄の大きい少年は遂にこの小さな子供に根負けした。其奴そやつが去ると彼は健気に立ち上がりすたすたと汚れた街を歩きだした。

「くくっ、おれのかちだ」 

「こっちはタフなのがとりえなんだよ」

「ざまぁねえや」

 大き過ぎる声で勝利の独り言を喚き散らかす。

 彼の名前は 天神あまのがみ  ノア

産まれは勿論、このスラム街、父親は誰だか分からないし母親は彼が三歳の時に何処かに売り飛ばされてしまったそうだ……さぞかし美しい人であったのだろう。青い瞳は父親譲り、黒くて綺麗な髪の毛はヤマト国の血を引く母親譲り。ノアの顔は端正に整っていてスラム街ではヤマト人特有の黒髪は、余りにも悪目立ちしていた。そのせいで彼はこの街に住む人々にさえ腫れ物の様に扱われ先程のような暴力を恒常的に加えられている。それでも持ち前の頑強な身体と精神で彼なりに今日まで生き伸びてきた。今日一日這いずり回りながら集めたプラスチックと金属の破片は200円程度になった。

「よしっこれでみっかはくっていける」

 報酬の入った袋を手に、にかっと笑ったその顔はそこら中腫れていたが無邪気で可愛らしいものであった。その後、彼は市場に向かいスラムの最安値、牛の余り肉(部位さえ不定の謎肉)を購入するとそれを持って街外れの森に向かった。

 世の中から見放され誰からも愛されたことのない彼の唯一の居場所。鬱蒼うっそうとして不気味な森林をしばらく歩くと、そこには粗末な家のようなものが建ってある。一応、穴だらけだが四面の壁と雨を凌ぐ屋根それに壊れかけた扉と割れた窓があるのでこれは辛うじて家と言えるのだろう。

「ただいまー」

 彼は扉を開けると虫に食われた床に肉を置き二日ぶりに友達との再開を果たす。それは彼の足元に寄り添い奇怪な鼻音を鳴らした。

「はい、きょうのぶん」

 肉の一部を切り分けノアはそれに差し出した。はっきり言って彼に寄り添うそれは余りにも醜悪な見た目であった。名状しがたいその痩身はグロテスクの具現でありとてもこの世の生物とは言えぬもの、

 形状はおおよそ犬に近いがその体からはほとんど毛が抜け落ちており所々皮膚が火傷の様に爛れていて赤かった。犬状の顔が裂け口と思しき部分からは不気味な触手が無数に揺れ出て来る。下品に音を立てながら、粘性の高い涎を垂れ流し肉を貪る。それは尻の辺りについた尾のような器官を振りながら飼い主であるノアに抱きつく。どうやら懐いているようだ。

 あたかも犬のように口から出た醜悪な触手で彼に撫でてくれとせがむ。

「こらぁ、くすぐってー」

 この際言ってしまうがこの光景はなんとも異常なものである。この犬のような何かは確実に地球の生き物ではないし男の子はそれを家族のように可愛がり受け入れている。

 ノアはそれを抱っこしたまま床に寝そべり穴だらけの天井から星を覗き見ていた。

「なぁおまえもさ こんなまち、はやくでたいよな」

「あのソラのむこうでひかってるのは

ほしっていうらしいぞ。キレイだよな」

語りかけられその犬はワンと一声返事をするように鳴く……のではなく耳障りな声色で訳の分からぬ鳴き声をあげる。

「なんだっ、たべてみたいだって? ほしはたべものじゃねーよ」

 クスクス笑いながら彼はその気味の悪い生き 物と一緒に眠った。これが彼の幸せであった。何人もそれを否定することは出来ないし、その気持ちは人ならば理解し得るものでもあろう。きっと天神ノアは既に狂っているのだ。

 人々が忌み嫌い恐れおののく凄まじき生命体、100年前トーン博士の調査により初めてその存在が確認された禁足地に住む生物

「神子」 Kannoko 

 そんな生き物と街の嫌われものである彼は共に暮らしている。

「ニンゲンはほんとにきたないからきらいだよ」

 大きく呟いたその声は夜空に吸い込まれ、やがて小さな吐息に変わって眠りの内に消えていった。年中続く蒸し暑く長い夜。灰色の街は隕石がもたらした不幸の象徴。高く聳えるあの壁の向こうに広がるのは不毛の大地。其所は何処までも続く神子たちの楽園、海を越えたその先に約束の地は確かに存在する。

 人間のいないドリームランドを想い描きながら虚ろな人々は何時ものように眠るしかなかった。



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