プロローグ 央香登場②


 怜人は賽銭箱の中を照らしている状態で、もう一度百円を入れた。


 やはり、一瞬だけ光る。


 その光は、賽銭箱の奥底全体から放たれていた。


 とにかくも混乱しかなかった。


 ずっと参拝を続けていたが、こんなことは一度もなかった。


 箱の中にホタルが無数に入っていたとしたら少しは納得できるが、そうであれば百円玉を入れなくても光る。そして残念ながら、賽銭箱の中は硬貨しかない。


 完全に怪奇現象である。


 もう一度百円玉を入れようかと思ったが、財布の中には百円玉がなくなっていた。

 

 さすがに千円札を入れるのは躊躇したので、怜人はひとまず二礼二拍手一礼をしてその場を去った。


 学校に着いた後、怜人は駿太に携帯電話で連絡し事情を説明し、明日の朝付き合って欲しいとお願いした。


 だが、駿太からは難色を示された。


 駿太は幼い頃から運動神経が良く、特に野球が上手い。現在は浦和にある強豪校にスカウトされ通っている。日々野球漬けであり、勿論朝練もあるため怜人より早く家を出る。ただでさえきつい朝に、余計なことはしたくないという駿太の気持ちは当然だ。


 だから、怜人はハーデンデッツ一個で手を打った。


 高校生にとってハーデンデッツは非常に高価なアイスであるが、背に腹はかえられない。怜人はどうしても、あの怪奇現象を駿太にも見て欲しかった。


 翌朝。


 二人共寝惚け眼で快央神社に行き、賽銭箱の前で立ち止まると駿太は頷き、怜人は賽銭箱に百円を入れた。


「……何も起きねぇじゃん」

 大きな欠伸をした後、駿太が言った。


「いや、今光ったじゃん」

 怜人の目にはしっかりと光が映っていた。


「お前何言ってんの? 賽銭箱にお金が入っただけで、何も反応してないって」


「いいや、光ったよ!」

 怜人は完全に目が覚め、もう一度百円玉を入れた。


 コトンという百円玉が賽銭箱に入った音が鳴り、いつもの黄金色の光が出る。


「な!」


「だから……光ってねぇよ」

 駿太は呆れ顔でそう言ってきた。


「光ってるって!」

 声を荒げる怜人に対し、駿太は大袈裟に溜め息を吐く。


「もう一回、賽銭箱に入れてみて」

 駿太はポケットから携帯電話を取り出し、動画モードで撮影をし始めた。


 なるほど、それならフェアだなと怜人は思い、賽銭箱に百円玉を入れる。


 今回も光った。


「怜人。これ見てみ」

 駿太が撮影した動画を怜人に見せてきた。


 そこには、怜人が賽銭箱に百円玉を入れてから、音が鳴るだけで特に変化がない様子が映っていた。


 怜人は大きく目を開くが、駿太は当然かのような顔。


 今度は怜人の携帯電話で撮影をしてみたが、結果は同じだった。


「そろそろ戻っていい?」

 腹をポリポリとかきながら、駿太は眠そうな顔を向けてきた。


「……本当に光が出ているんだよ」

 怜人は憮然とした。


「勉強のしすぎなんじゃない? しっかり寝てる? あと、怜人は普段コンタクトをしているから、何かぼやけて見えたんじゃない? な? くぁ……」

 駿太はそう言った後、欠伸をして目元をこすっていた。


「しっかり寝てるし、コンタクトはいつもしてるから問題ない。本当なんだよ」


「でも、出なかったじゃん。携帯にも映らなかったし」

 駿太にすぐさま返され、再び怜人は悔しそうに口を結んだ。


「怜人、あなた疲れているのよ」

 駿太が怜人の肩に手を乗せてきた。


「俺は某FBIの捜査官じゃない」

 手を振り払い、怜人はムスッとした。


「たまたまじゃね? 実際何も起きなかったわけだしさ」

 駿太は小さく溜め息を吐いた。


 怜人は依然として諦めきれず、また百円玉を賽銭箱に入れて、携帯電話で撮影する。今度は写真を連続で撮ってみたが、やはり光は映らなかった。


「……な?」

 駿太が言った。


 怜人は顔をしかめていたが、駿太に肩をポンポンと軽く叩かれ目を向ける。駿太は、真顔のままうんうんと頷いた。


 気のせいだから、諦めろ。と駿太の表情が言っていた。


 その所作に納得したわけではないが、怜人は何となく気が抜けた。


 普通に考えたら、百円玉を入れて黄金色の光が賽銭箱から出るわけがないし、自分に見えている光は幻なのかもしれないと、怜人は肩を落とした。


「駿太、朝練があるのにごめんね」


「別にいいよ」

 しょんぼりしている怜人に、駿太は軽く笑った。


「じゃ、俺は戻るわ」

 と言って駿太が歩き始めて直ぐ、


「あ、そうだ。母ちゃんが今日晩飯一緒に食わないかってさ。どうする?」

 振り返って怜人に聞いてきた。


「あ……うん。じゃあ、お言葉に甘えようかな」


「うぃ。あと、ハーデンデッツを忘れるなよ」

 駿太は確認するような目つきを向けてきた。


「わかってるよ」


「クッキー&クリームな」

 駿太はハーデンデッツのクッキー&クリーム味が好きで、毎回これしか食べない。


「だから、わかってるってば」

 怜人が何度も首を縦に振ると、駿太は親指を立ててから去っていった。


 駿太がいなくなった後、怜人は暫し呆然としていたが、恒例の祈りをしていなかったことを思い出した。

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