第53話 避難命令

 江角は首相官邸からの全国民に向けての緊急放送開始を前にして、今まで経験したことのない緊張感に包まれていた。メッセージについては、自分一人で何度も推敲したが、満足のいく内容にはならなかった。放送開始の合図の直前で江角はプリントアウトしたメッセージを裏返した。今の自分の言葉で国民に語ろうと心に決めたのだった。

「今日私が皆様にお話することはとても受け入れ難いことだと先にお伝えします。怒り、悲しみ、絶望を感じるでしょう。しかし、この美しい国を将来の子供達に残すためには時には苦渋の決断を下すことも必要です」

「まず朗報ですが、日本、米国、中国は戦争状態にありますが、本日午前零時をもって停戦します」放送関係者が思わず喜びの声を上げた。

「ウイルスですが、この爆発的な感染を止める現時点での唯一の方法は高温度による焼却です。このウイルスの致死率を考慮すると日本国民に残された時間は長くありません。私は米国ブラウン大統領に悲痛の覚悟で核兵器によるウイルス撲滅を依頼しました。首都圏内に戦術核兵器が使用されます」江角首相の声が震えていた。遂に江角首相は首都圏内に在住する全国民に36時間以内の避難命令を発した。政府、自衛隊、警察、自治体の総力上げての避難が始まることになった。

 優先的に医療関係者と入院患者が首都圏外の医療機関に向けて、慌ただしく緊急搬送が開始された。首都圏にある在日米軍基地からは巨大な輸送機が避難のために飛び立っていった。基地周辺の日本人も同乗して避難するオペレーション・トモダチ2(トモダチ作戦2)も始まった。 

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