第21話 潜航(7日目)

 しんかい6500のパイロットの岡田は突然、相模湾での調査を中止された上に自衛官を乗せて、房総沖の深海調査を命ぜられたことに腹を立てていた。海洋研究開発機構(JAMSTEC)は文部科学省所管の国立研究開発法人であり、海上自衛隊の下請けなどではない。岡田は上司である部門長にそう抗議したが、首相官邸からの厳命だから断ることは出来ない。

 断るならお前はここにはいられなくなるぞとまで言われた。深海探査を生き甲斐にする岡田にとってはそれは耐え難かった。しんかい6500は潜航を開始して、すでに1時間が経過していた。水深はすでに3000mに達していた。

「立川一等海尉、そろそろ我々が探していうものを教えてくれませんか」立川は最初に挨拶を交わしてから、同乗している二人のパイロットと一言も会話をしていなかった。JAMSTECの女性パイロットナンバーワンの橘もさすがに居心地が悪そうだった。立川は潜航以来ずっと直径12㎝の小さな観測用覗き窓を見ていた。

「今から言うことは極秘事項だから、決して誰にも話してはいけない。いいな」

二人のパイロットは同時に頷いた。

「我々が探しているのは沈没した国籍不明の潜水艦だ」岡田はその言葉に唖然とした。「日本の領海内で沈没したということは何かの事故ですか」

「いや違う。我が海上自衛隊の潜水艦と交戦状態になり、我が方が撃沈した」橘は戦争が始まったのだと思った。

「その潜水艦の国籍を明らかにするのが我々の目的だ」中国とロシアの原子力潜水艦の行動については出航時から追尾しているはずだが、どうやって気付かれずに日本の領海内に侵入出来たのかが謎だった。

「日本はすでに戦争状態にあるのですか」

「領海侵犯した潜水艦の方から先制攻撃をしてきたので、それに応戦したのであり、国際法上まったく問題はない。その事実を証明するためにも沈んだ潜水艦の国籍を明らかにしなければならない」立川と橘はそれぞれの観測窓で海底を探り始めた。

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