3バカ男子の挫折
ジュンが命名した3バカ男子――
「リネン! 部屋がゴミ屋敷のようね!」
「誠に申し訳ございません、お義母様……」
「モメン! 夜泣きしたらすぐ起きる!」
「仰るとおりでございます、お義母様……」
「キイト! お前は態度が気に食わん!」
「弁解の余地もありません、お義母様……」
家事・育児訓練をすればその雑さを指摘され、行動が遅ければ急かされ、態度が悪ければ鼻っ柱をへし折られた。
無理もない。彼らもまた、他の多くの女子候補生たちと同様に、この花麒麟花君専門高等学校に入学して初めて、本格的に家事や育児を体験することになったのだ。
慣れない家事の一つ一つが、高い壁として彼らの前に立ち塞がる。
「タヅナァァァ! アジの3枚おろしって、どぉぉすんのぉぉぉ!?」
「玉ねぎってどこまでが皮なのぉぉぉぉっ!?」
「指切ったぁぁぁぁ!!」
「ええっと……落ち着いて?」
タヅナが料理やその他の家事を事あるごとに教えても、彼らはまた更なる課題や問題にブチ当たり、挫折してしまう。
ランダムな時間に鳴る夜泣きヴォイスによって睡眠時間が削られ、鬼教官たちからの罵倒でメンタルが削られ、授業についていけないことでプライドが削られる。
家事に慣れ親しんでいた――実家で強制的に家事労働をやらされていた――タヅナやジュンにとっては天国のような学校生活も、3バカ男子たちにとって生き地獄のような場所となっていた。
それでも彼らは学校での男子候補生、最後の四人となるその日まで努力した。
あと2年と10ヶ月を耐え抜いて、卒業さえ迎えることが出来れば、校長は天上人との婚約を保証してくれている。
だがしかし――
「もう限界だぁぁぁぁ!!」
「こんな学校やめてやんよぉぉぉ!!」
「ここは、オレ様のいるべき場所ではないっ!!」
タヅナとジュンが部屋でのんびりしていたところ、彼らが突然ドアを開いてやってきて、こう言い放ったのだ。
「というわけでタヅナ、俺たちこの学校やめっから」
「えっ? もうやめちゃうの?」
「まだ2ヶ月しか経ってないじゃーん」
タヅナは机の上で教科書を開いて椅子に座っており、ジュンは2段ベッドの1段目に寝転がりながら花フォンをいじっていた。
「だからもう無理なんだって! 赤ちゃんロボの夜泣きに怯えるのも、部屋の隅々までホコリを拭いていくのも!」
「料理しながら、洗濯しながら、掃除もして、子供と親の世話するとか無理ゲーだろ!」
「力尽きた者は置き去りにされるのだ、まさに花婿デスマーチ……」
「正直なところ、俺たち専業主夫の仕事をナメてたわ。『専業主婦(夫)が、この世で一番楽な仕事だ』って」
「家事も育児も親の介護もしてたら労働時間が無限に必要。残業も責任も、姑からの罵倒もあるのに、評価も給与も無しの難易度ハードコア……」
「専業主婦(夫)の実態は、この世で最も過酷で終わりの見えない。報われない仕事だったのだなぁ……」
猛烈なる不満のマシンガンを受け止めながら、それでもタヅナは、彼らの訴えてくる辛さにピンときていなかった。
「はぁ……」
「えっ? 全然ウチにいるときより楽だよ?」
ジュンの追い打ちするような言葉に、3バカは口をポカンと開けていた。
「お前ら、マジですげぇよ。普通、そんなに出来ねぇよ」
「俺たちの分まで頑張ってくれ」
「諸君らの健闘を祈る」
キイトだけは、この期に及んでも上腕二頭筋を膨らませて強がっていた。
「で、退学したらどうするの?」
「ジュンちゃん! よくぞ聞いてくれた! 実は退学するじゃなくて、転校するんだよ俺たち!」
「〈花麒麟高等学校〉っていう兄妹校を紹介されたんだ!」
「偏差値80の超エリートたちが通う学校よ!」
「へぇ……そんな学校が――」
「し・か・も! この花麒麟高校には、日本中から集められた、未来のスーパーエリート女子高生たちも通っている!!」
「もうオレたちは、金持ちおばさんなんかじゃなくて、将来有望なエリート美少女たちにターゲットを切り替えたってわけ!」
「完璧なる作戦ッ! 最適解の進路ッ!!」
「さらにさらに、この学校の女子候補生も、何百人単位でそこに転校してるらしいんだ」
「だから今、男女比がエグいんだよ! 女子ばっかで! うっひょ~! ベリーイージーモードッ!!」
「恋愛も禁止されていない! フハハッ! 我らの楽園は、あの学校にこそあるっ!!」
「と、いうわけで、短い間だったけど世話になったな! タヅナ、絶対に月夜さんを落とせよ! ジュンちゃんも元気でなっ!」
「オレたちは、ピチピチギャルとランデブーしてくっから」
「さらばだ! 御機嫌ようっ!!」
3バカ男子はそう言い捨てると、颯爽と部屋から出て行ってしまった。
しかし、タヅナは彼らとその1週間後に再会することになる。
タヅナが学校に数カ所しかない男子トイレに入って用を足していると、怪しい視線を向ける3人の清掃員たちと目があった。
「うわっ!」
「おおっと、あまり汚すんじゃねぇぞ」
「真ん中のやや下を狙え」
「吾輩の仕事を増やすなよ」
清掃員に話しかけられたと思ったら、例の3バカ男子だった。
薄緑色の制服を着て、両手に清掃用具を持っていることから、作業中だと思われる。
「あれっ? みんな、転校したんじゃなかったっけ?」
タヅナは手を洗ってハンカチで拭い、再会した旧友たちと話すために、校舎内の長椅子に座った。すると左から、リネン、モメン、キイトに囲まれる。
「ああ。俺たちは今、あの忌々しい家事訓練からは解放されている!」
「毎日アニメを観て、ゲームざんまいよ!」
「もちろん、お年頃の姫君たちとの恋愛ゲームもな!」
3人の表情は生気に溢れていた。転校直前に見せていたゾンビのような顔つきとは見違えるほどだ。
「へぇ……」
「当然、学費はかかるけど、学内で募集されてるバイトをすればお金も稼げるし、ここより快適な学生寮もあるんだぜ!」
「それはそうとタヅナ! お前に良い噂が流れすぎてるぞ!!」
「えっ? 良い噂って?」
「オレたちが女子候補生100名にアンケートしてみたところ、なんとお前は! 33名の女子たちから好評価を得ている!!」
モメンが手に持った厚紙――テレビ番組に出てくるようなフリップ状のもの――に、お馴染みの円グラフが載っていた。
「いつの間にそんなもの……」
「[優しい][料理が上手くて頼りになる][笑顔がかわいい]などなど」
「けしからあああん!!」
「そして我々の秘密の情報提供者からのタレコミによると、君はどうやらあの爆弾娘、花麒麟ヒイロから特別な感情を抱かれているらしい」
「まったく……隅に置けないやつだな、お前は!」
「羨ましいよなあああ! 1人だけ玉の輿に乗りやがってよぉ!!」
「吾輩も! そうなりたかったのにぃ!!」
「あわわわわわ……」
タヅナが胸ぐらを掴まれて前後に揺らされていると、教官の姿が目に入った。
「こらっ! お前たちっ!! 仕事をサボるな!!」
『はいっ! すみませんっ!!』
ペコペコと最敬礼のお辞儀を繰り返しながら、3人は再びモップやらバケツやらの清掃用具を持ち直していた。
「というわけで俺たちは、いつもタヅナのことを見てるからな!」
「可愛い子猫ちゃんと親しくなったら、オレたちに紹介しろよ!」
「我らで合コンを開こうぞ!」
「まーだ喋っとるか!! いい加減に――」
『はいっ! すみませんっ!!』
「じゃっ、またな!!」
「フハハハッ! さらばだ、ご機嫌よう!!」
廊下を駆けていく彼ら3人を見送っていると、タヅナの隣にジュンが現れた。
「えー、なんでまだいんの、あの3バカ……」
「なんか、ここにバイトしに来てるんだって」
「マジかぁ……。たくましいってゆうか、しぶといってゆうか……」
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