第3話 死神のジレンマ

 それからしばらく経った頃、ゼノは奇妙な夢を見るようになりました。

 真っ暗な空間に自分が一人でたたずんでいるのです。

 そして、片手にはいつの間にか大きな鎌が握られていました。

 何度手離そうとしても、吸い付くように戻ってきます。


 これは一体何なんだ? ゼノが戸惑っていると、どこからか声が聞こえてきました。


『ゼノ……あなたは、死神なのよ』


 声の主はライラでした。ゼノは、彼女が自分と同じ黒髪を持っていたため、気づくことができました。

 ライラは今にも消え入りそうな声でゼノに訴えかけました。


『あなたの死神としての力は日に日に強くなっているわ。このままだと、あなたはその力のままに人をあやめてしまうかもしれない』


「嘘だ! だって、これまで一度も……」


 ゼノは必死で反論しますが、ライラは首を横に振って否定しました。


『それは私が止めていたからよ。でも、それも限界みたい……だからお願い。これ以上力が強くならないうちに、力に操られて人を殺す前に……そこを離れて』


 ライラはそう言い残すと、暗闇の中に溶け込むようにして姿を消しました。

 残されたゼノは呆然と立ち尽くしたままです。


「そんな……俺はどうすれば……」


 その問いに答える者はいませんでした。


◆◆◆


 翌朝、目を覚ましたゼノは、壁に立て掛けてある物を見て絶句しました。

 それは夢で見たのと同じ大鎌です。

 まさか……という思いを抱きながら手に取ってみたところ、ズシッという重みを感じました。まるで、自分の力が吸い取られ、操られるかのような錯覚に陥ります。

 どうやら見間違いではありません。この鎌は本物なのです。


 ゼノは自分の両手を見ながら震えていました。

 そして、この時初めて理解しました。自分が普通の人間ではなく、死をつかさどる存在なのだということを……


◆◆◆


 ゼノは悩みました。

 このまま村で暮らすべきか、あるいはライラの言った通りにすべきなのか……

 悩んだ末に、ゼノは一つの結論を出しました。


 自分はこの村に居てはいけない。

 もしこのまま一緒に暮らしていれば、きっと迷惑をかけてしまうだろう。自分をしたってくれた村人たちに、手をかけるようなことはしたくない。

 そう考えた彼は、夜中にこっそりと家を抜け出しました。

 まだ眠っているモニカの顔を一目見て、そっと扉を閉めました。


(母さん、ごめん……)


 ゼノは心の中で謝罪しました。

 そして、足音を立てないように慎重に歩き、森の入り口までやってきました。

 そこで振り返り、後ろ髪を引かれるような思いで家の方角を眺めました。


(さよなら……母さん)


 そして、ゼノは夜の闇へと消えていきました。


◆◆◆


 それから、ゼノは旅を続けました。

 旅を続けるうち、生き物の魂が見えるようになったゼノは、無意識のうちに魂を刈り取っていくようになりました。気づけば辺りがしかばねで埋めつくされていたこともありました。

 しかし、それでも力は収まりませんでした。

 やがて彼の姿を見た人々はこう噂するようになります。


『あいつは死神に違いない』

『近づいたら殺されるぞ』


 そのせいか、いつしかゼノは人々から恐れられるようになっていました。

 死神としての力を持っていても、心までは変わりません。ましてや誰かの命を奪うことなど、ゼノはしたくありませんでした。

 しかし、その願いとは裏腹に彼の力は増していくばかりでした。


 誰かに助けを求めたい。でも、誰も信じてくれない。

 ゼノは深く傷つき、次第に心を病んでいきました。

 そして、彼はある決心をします。それは、自分の命を絶つことでした。

 幸か不幸か、この世界には自殺の名所と呼ばれる場所がいくつか存在していました。

 ゼノはその中の一つに向かいました。


 崖の上に立つと、眼下に広がる景色を静かに眺めました。

 もうすぐライラの元へ行けるのだと思うと、不思議と恐怖は感じません。

 ただ、後悔だけが残っていました。


(結局、俺は一人ぼっちのまま終わるのか……)


 そう思うと、自然と涙がこぼれてきました。


「嫌だよ……誰か助けてよ……」


 ゼノは泣き叫びました。生まれて初めての感情でした。

 するとその時です。突然強い風が吹きつけてきたので、思わず目を閉じると……次の瞬間には、目の前に一人の女性が立っていました。

 その女性は黒いローブに身を包み、フードを被っていましたが、隙間から美しい銀髪が見え隠れしています。


「あんたね? 死神なのに、死のうとしている馬鹿は?」


「な、何でそれを……」


 ゼノは驚きました。誰にも話していないのに、どうして分かったのでしょう?


「そんなの、ここに来る奴らはみんな同じこと言ってるからに決まってんじゃないの。あたしがここで何人の話を聞いてきたと思ってんのよ?」


 彼女は面倒くさそうに答えました。呆然とするゼノをよそに、彼女は続けます。


「自殺なんてするもんじゃないわ。あたしたちの仕事が増えるだけなんだから……」


「……あなたは何者なんですか?」


 ゼノは恐る恐るたずねました。


「あたしはリザ。あんたと同じ死神よ」


「え?」


 ゼノは耳を疑いました。まさか、自分以外に死神がいたなんて……


「まぁ、そんなことはどうでもいいのよ。……あんた、本当に死にたいの?」


 リザは見上げるようにしてゼノの目を見つめました。


「……っ」


 ゼノは何も言えずに立ち尽くしてしまいました。本当はまだ生きたかったのですが、怖くて仕方がなかったのです。それに……


「俺は……俺は……化け物だから」


 そう言ってゼノは再び涙を流し始めました。リザはそれを見ると、小さくため息を吐きながら言いました。


「あのねぇ……それなら、あたしにだって言えることじゃないの」


「え?」


 ゼノはキョトンとした表情を浮かべました。


「あぁもう! あんたの話を聞かないと話が進まないわ! 聞かせなさいよ!」


「は、はい!」


 ゼノは姿勢を正して答えました。

 それから、彼はこれまでの経緯を話し始めました。

 ライラのこと、自分のこと、そして、自分自身の気持ちを……


「なるほどね……」


 ゼノの話を聞き終えたリザは腕組みをして考え込みました。


「人間に育てられたから、死神の持つ力の扱い方がわからない……そして、制御できないから辛いと……」


「はい……」


 ゼノはうつむいて返事をしました。


「……よし」


 すると、彼女は何かを思いついたのか、ポンと手を叩いて言いました。


「決めたわ! あんたがちゃんと力を自分のものにして、魂を刈れるようになるまで、あたしが付き合ってあげる」


「…………へ?」


 あまりにも突拍子もない提案に、ゼノは唖然あぜんとしました。


「……どうしてそこまでしてくれるんですか?」


「そんなの、あたしがそうしたいと思ったからよ! ……別に、顔が好みだったからとか、そんなんじゃないから」


「は、はぁ……」


 最後の方は声が小さくてよく聞こえなかったのですが、ゼノはとりあえず納得することにしました。


「分かりました。お願いします」


「よろしい!」


 こうして、二人の奇妙な共同生活が始まりました。

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