第2話 母親と息子

 その後、ライラの遺体は丁寧にほうむられました。

 そして、残された赤ん坊はモニカに引き取られることになりました。ライラの遺言ゆいごんから、赤ん坊はゼノと名付けられました。


 モニカはゼノを大切に育てました。

 仕事で忙しい時は乳母に頼んだり、手が空いている時には自分が世話をしたりしました。

 毎日欠かさず愛情を注ぎ、たくさんの笑顔を引き出しました。

 その結果、ゼノは元気で明るい子に育ちました。


「ママ、今日は何をするの?」


「今日はお花畑に行きましょっか」


「やったぁ!僕、お花のかんむりを作るんだ!」


「ふふっ、それは楽しそうね」


 ゼノは、モニカを『ママ』としたい、いつも後ろを付いて回りました。

 モニカは自分が本当の母親でないことを彼に教えようとしましたが、結局やめました。

 いずれ時が来たら話すことにしようと思ったからです。

 ゼノはまだ幼い……いえ、幼すぎると言ってもいいくらいです。そんな彼に対して、真実を話すのは酷というものでしょう。

 それに、まだ知らなくてもいいことです。


「さあ、行きましょうか。はぐれないようについてきてね?」


「うん!」


 そうして、二人は仲良く手を繋いで歩き出しました。

 この時、モニカは確かに幸せを感じていました。

 ……しかし、この幸せな日々は長くは続きませんでした。


◆◆◆


 ある日のこと、突然モニカは倒れてしまいました。原因不明の高熱が続き、意識を失ってしまいました。

 医者は様々な治療をほどこしましたが、どれも効果はありませんでした。

 このままでは死んでしまう……誰もがそう思いました。


 ところが、不思議なことが一つ起こりました。

 なんと、モニカの容態がみるみると回復していったのです。まるで魔法でも使ったかのように……

 これには医者たちも驚きました。


 しかし、一番驚いたのはモニカ自身でした。

 一体なぜ? 彼女は自分の身体に起きた変化を不思議に思うと同時に、ある一つの可能性を考えました。

 それは、あの日ライラが口にした言葉です。


『どうかこの子を私の分まで愛してください。幸せにしてください。それができるのはあなただけなの……』


 その瞬間、モニカは全てを理解しました。

 ライラが自分に与えてくれた奇跡を……

 彼女は、最期の力を振り絞って我が子のために祈りを捧げたのでしょう。

 我が子─ゼノが悲しまないで済むようにと……

 その想いはモニカの身体を癒やし、死のふちから救い上げました。

 そして、そのおかげでモニカは今も生きています。

 彼女は感謝の気持ちを胸に抱きながら、ゼノとの時間を精一杯楽しもうと心に決めました。

 モニカは、自分を心配して泣き疲れて眠るゼノの頭を優しく撫でました。


「大丈夫よ、あなたは一人じゃないわ。私がついているから……」


 その言葉が通じたのかどうかは分かりませんが、ゼノは安心したような表情を見せました。


「……んぅ……ママ……」


(……あら?)


 モニカは思わず苦笑いしてしまいました。


「まったく……しょうがない子ねぇ」


 彼女はもう一度ゼノの頭に触れると、そのままベッドへと横になりました。

 そして、自分もゆっくりとまぶたを閉じるのでした。


◆◆◆


 それから、月日は流れてゆきました。

 ゼノはすくすくと成長し、いつしかモニカを追い越すほどに大きくなりました。今では立派な青年となり、村の人たちからも頼りにされています。


 そんなある日のことです。

 モニカはゼノに呼び出されました。

 何事だろうと思いながら部屋に入ると、そこには真剣なおも持ちをした彼がいました。


「母さん、話があるんだ」


「ええ、何かしら?」


「……俺は、本当に母さんの子なのか?」


 ……あぁ、ついにこの日が来てしまった。

 モニカは心の中でそう呟きました。いつかは聞かれると思っていましたが、いざその場面に直面してみると、やはり辛いものがあります。

 それでも、彼女にとっては想定内の質問です。


「どうしてそう思ったの?」


 モニカは努めて冷静にたずねました。

 すると、ゼノは躊躇とまどいながらも答えました。


「俺の髪色も、瞳の色も、母さんのそれとは全く違う。それに、母さんは病気で長くないと言っていたけど、今の俺には健康そのものに見える。つまり……」


「私に隠し事をしているんじゃないかと思っているわけね?」


「……」


 モニカの言葉に、ゼノはうつむいて黙ってしまいました。

 図星だったようです。


「そう……やっぱりそうなのね」


「……ごめん」


「謝ることなんて何も無いわよ。むしろ、今まで隠していてごめんなさい。……あなたの言う通り、私はあなたの本当の母親ではないわ」


 それから、モニカは自分が知っていることを全て話し始めました。

 ライラがゼノを産んですぐに亡くなったこと。

 そして、彼女の遺言に従って自分が母親として育てることを決めたことを。


「そんなことがあったのか……」


 ゼノは神妙な顔つきになって考え込みました。

 こうして彼の顔を改めて見ると、ライラの面影があります。


「あなたは、ライラが残した最後の希望なの」


 モニカはそう言って、ゼノの手を取りました。


「お願い……あなたが望むなら、私はいつでもあなたの前から姿を消す覚悟はある。だから……」


「ちょっと待ってくれ!」


 ゼノは慌てて彼女の言葉をさえぎりました。


「別に母さんのことを責めているわけじゃ無いんだ。ただ、少し気になっただけだから……」


 彼はそう言って、バツが悪そうに視線をらしました。


「そう……良かった」


 モニカはホッとした表情を浮かべました。


「それじゃあ、これからもよろしくね」


「ああ、こちらこそ」


 二人は互いに微笑み合いました。

 これで一件落着――そう思っていたのですが、事態は思わぬ方向へ動き出していきます。

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