第一部第二章 銀河の群星その二

 連合は西にはマウリア、エウロパ、そしてサハラの境ともなっている長大かつ高いアステロイド帯があり容易にはいけない。だが北、東、南そして上下には何処までも続く空間がある。彼等はそこへ向けて常に進出しているのだ。

「最近では中央警察を建設したしな」

「はい、高い武装と機動力を持っているようですね」

「そして聞いた話によると各国の軍を統合し連合独自の軍を建設するそうだ」

「また大掛かりな話ですね」

 秘書はそれを聞いて言った。

「名目上は宇宙海賊への対策らしいがな。だが信用は出来ないな」

「はい。軍事力の拡大にはおあつらえ向きの口実です」

 秘書は声にまで嫌悪感を滲ませていた。

「我々の連中に対する備えはアステロイド帯のブラウベルク回廊にあるニーベルング要塞群だが。あちらへの備えは抜かりはないな」

「ハッ、精鋭を配置しております。そうおいそれとは陥とせるものではありません」

 ニーベルング要塞群はニーベルング星系の唯一の惑星であるニーベルングを軸としその周りに十六の人口衛星を置いた要塞群である。その人工衛星全てに強力なビーム砲を装備させておりそれぞれに無数のビーム砲座やミサイル発射管もある。

「うむ。ならば良い。確かにあの要塞群はそう易々と陥とせるものではない」

 ラフネールは後ろに手を組んで言った。

「だがあの要塞群が抜かれたなら」

 彼はここで言葉を一旦区切った。

「我等にとっては最早連合を止める手立ては無い」

 深刻な声でそう言った。秘書はそれを暗い顔で聞くだけであった。

 そのエウロパの宿敵ともいえる連合であるが今彼等はその中央政府の権限を大きくしようとしていた。

 これは二〇〇年程前からの運動であった。それまで宇宙海賊の跳梁跋扈に悩まされてきた彼等だが遂にそれを連合の勢力から追い出そうと決意したのである。

 彼等の存在は最早黙ってみているわけにはいかなくなっていた。辺境の開拓地は彼等に怯え商人達も次々に襲われた。しかも各国の複雑な境界線とそれぞれ独自の法律により治安を司る警察や軍隊も容易に動けなかった。しかも少しでも強硬手段を採ろうとすれば人権派団体がうるさかった。彼等の中には呆れたことにその海賊達との関係を噂されるような者達までいる始末であった。

 そうした事態を何とかしようという声が各国で起こりはじめた。その為には中央政府の権限を強化すべし、との意見が主流を占めたのだ。

 まずは法律からだった。中央政府の法を上位に置き各国の法よりも優先させるとした。これにより法の適用がわかりやすく適用しやすいものになった。

 次に財政である。税制を改革し中央政府に金が集まるようになった。これにより政府の機能を拡大し優れた人材が集まるようになった。

 そして次は宇宙海賊の問題であった。まずは宇宙海賊への刑罰を厳格化し、そのうえで投降してきた者には過去は問わずそれぞれの国の軍へ編入したり職をあてがうといった硬軟両方の手段を採った。これにより海賊の数は大きく減り治安は格段に良くなった。

 その上で海賊達と結託していた団体を次々に検挙し裁判にかけた。その中には市民派を気取りやたらと正義を振りかざし他者を糾弾する議院もおり皆驚いた。正義派は仮面でその正体は海賊と裏で繋がる悪党であったのだ。

 こういった輩は次々と裁判にかけられた。そして重罪を科せられることとなった。

 そしてそれと前後して中央警察が設立された。これは中央政府の管轄にある連合全体の治安を司る組織であり彼等は宇宙海賊や星系をまたにかける凶悪犯達を取り締まった。この存在がさらに治安をよくしたことは言うまでもない。

 こうした状況が二百年に渡って続いた。その歩みは遅い。これはやはり連合の多様性と各国の主権及び個性の強さからくるものであるがそれでも連合は次第に変わっていた。

 今連合の首都地球はそれまでの名目上の首都ではなくなっていた。今や本当の意味での首都となっていた。

 かって『太平洋の真珠』と呼ばれたシンガポール。今そこには中央政府の元首である大統領の官邸及び連合中央議会、そして連合中央裁判所等がある。南洋のこの都市とその周辺は千年以上経ても今尚連合の心臓部であった。

 その官邸の廊下を歩く一人の若者がいた。

 その周りには多くの秘書官や護衛達がいる。そのものものしい様子から彼がかなり高い地位にいる人物であるとわかる。

「それにしても急に呼ばれるとは」

 その若者は少し首を傾げて言った。

 長身で細い身体をしている。切れ長の目に黒い髪と瞳、アジア系独特の顔立ちである。今や混血はかなり進んでいる。とりわけ多くの多様な国家から成る連合ではそれは特に顕著である。人種問題などというものはこの時代には既に愚かな過去の遺物となっていた。

 見ればその顔だけでなく物腰からも気品が漂っている。貴公子を思わせる高貴な美貌がそれを一層際立たせている。

 歩き方もまた優雅である。本来ならば武骨である筈の黒と金の軍服も彼が着ると豪奢なものとなってしまう。

「一体私に何のご用件であろう」

「閣下でなければならないと言っておられたそうですが」

 側に控える秘書官の一人が言った。

「私でなければ、か」

 彼はその言葉に対し再び首を傾げた。

「それにしては妙だな」

 彼は今度はその整った細く綺麗な眉を顰めて言った。

「二人で話がしたいと大統領から言われるとは」

「いや、こうしたことは結構あるものです」

 秘書の一人が言った。

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