第一部第二章 銀河の群星その一

                       銀河の群星

 カッサラ星系におけるオムダーマン軍の勝利の報はすぐに銀河中に伝わった。それはエウロペや連合においても同じであった。

「カッサラ星系がオムダーマンの手に落ちたか」

 エウロペの総統であるフランソワ=ド=ラフネールはエウロペの首都オリンポスにてそれを聞いた。

 麻色の髪を後ろに撫で付けている。目は茶色だ。中肉中背でその穏やかな顔立ちは何処か宗教家を思わせる。革新政党出身で温厚でかつ堅実な人物として知られている。かっては弁護士でありそこから政界に転身した。公正でバランスのとれた政策が支持を得ている。この時六〇歳であった。

「まあ兵力を考えると勝って当然だな」

 彼は秘書から報告を受けると資料を執務室の椅子に座りながら読んで言った。

「しかしオムダーマンも苦戦したようだな」

 彼は戦局の流れに目を通して言った。高めのバリトンの声がよく響く。

「はい、いきなり奇襲を受けましたから」

 秘書はそれに対して答えた。

「それからサラーフ得意のアウトレンジか。一時は撤退さえ決意しているな」

「それが急に変わったのです」

「この一隻の巡洋艦の動きによってか」

 彼は資料を机に置いて言った。

「はい、その巡洋艦がサラーフの駆逐艦及び高速巡洋艦部隊の動きを止めたのです」

「見事だな。油断している敵の前にいきなり出て一斉射撃で動きを止めるとは」

「それに勝機を見たオムダーマンは一気に攻勢に転じました。そして数を頼りに総攻撃に出たのです」

「そして勝ったと。彼等が得たものは大きいな」

「はい、カッサラ星系は要地ですから」

「甘いな、それだけでは正解は半分だ」

 ラフネールは秘書に対して言った。

「確かに彼等があの星系を手に入れたことは大きい。おそらく今後はあの星系を拠点に軍事行動を起こしていくだろう。その分あの星系を巡る抗争があるだろうがな。ただあの星系を軍事基地化するようだ。そうおいそれとは陥落出来んだろう。それにだ」

 ラフネールは言葉を続けた。

「一人の英雄があの場所にいる。そう、君が答えられなかった部分だ」

「と言いますと?」

 秘書は問うた。

「あの戦いでオムダーマンは一人の英雄を見出しているのだ」

「誰ですか、それは」

「その巡洋艦の艦長だ」

「ええっと・・・・・・」

 秘書はその言葉に対し資料を調べた。

「アクバル=アッディーン中佐、戦功により今は大佐ですね」

「そうだ。彼の存在はおそらく今後のオムダーマンの動向に大きく関わることだろう」

「そうでしょうか。一介の大佐ですよ。確かに資料を見る限りかなり有能な人物のようですが」

「今はな。ほんの一介の大佐だが」

 ラフネールはここで知的な笑みを浮かべた。

「すぐに将官になる。そしてそれから艦隊司令、そしてやがては軍の指導者となっていくであろう」

「そう上手くいくでしょうか」

 秘書は問うた。

「いくだろうな。もっともそれからはわからんが」

 彼はそう言って席を立った。

「まあ今はただ見ているだけでいいだろう。当分サハラの情勢は大きくは変わらん。相変わらず彼等同士の抗争が続くだけであろう」

 彼は顔から笑みを消して言った。

「西方もオムダーマンは大きく勢力を伸ばすだろうがまだまだやらねばならぬことがある。それにサラーフもこのまま黙ってはおるまい」

「第二勢力であるミドハド連合の存在もありますしね」

「そうだ。彼等もカッサラ星系は狙っているだろうからな。場合によってはサラーフと手を組むかもな」

「それは・・・・・・」

 秘書はその言葉に対しては疑問をあらわした。

「ほう、それは彼等が犬猿の仲だからそう思うのかな」

 彼は秘書に対して微笑んで言った。

「確かに彼等は建国以来の対立関係にある。だがそれも共通の敵が現われた場合に限り別だ」

「敵の敵は味方、というわけですか」

 秘書は言った。

「そうだ、共通の敵が出来たならば手を組む、それが政治だ」

 彼は顔を元に戻して言った。

「その証拠に連合がそうであろう。連中は宇宙進出の頃から我々に対しては団結する」

 彼はその知的な顔を少し嫌悪で歪ませた。

「普段はまとまりに欠くというのに」

 秘書は彼よりも露骨に嫌悪感を露わにした。

「そうだ。しかもここ二百年は中央政府の権限を強化してきているときた」

「その方が連中の開拓にとって有利ですからね」

「そう。あれだけの勢力を持ってまだ開拓するところがあるのだ」

 ラフネールは忌々しげにそう言った。

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