だから私はヒロインを辞めた

くーねるでぶる(戒め)

始まらなかった恋の話

 私、砂川明がゲーム『闇夜に輝く兄弟月』の世界のヒロイン、マリアベル・レ・キルヒレシアとして転生して早15年。貴族院への入学を明日に控えて、私は頭を抱えていた。やっぱり、何度考えても無理だ!




 この世界に転生して、自分がゲームのヒロインだと知って、最初は大喜びだった。両親が、娘に悪魔が付いたんじゃないかと心配するほど狂喜乱舞した。だって、大好きで何十回もプレイしたゲームのヒロインになれたのだ。冗談ではなく、世界は私を中心に回ってると思っていたほどだ。

 

 『闇夜に輝く兄弟月』には4人の攻略キャラが居る。王子然とした第一王子、俺様系の第二王子、庇護欲を誘う侯爵家嫡男、冷静沈着な辺境伯家嫡男の四人だ。どれも魅力的なキャラだし、誰を攻略しようか悩んで眠れない夜もあった。いっそ逆ハーレムルートにいくかと、日々妄想してはゲームのスタート時間である貴族院入学を心待ちにしていた。


 しかし、そんな私の野望は脆くも崩れ去ることになる。この世界の常識によって。


 5歳になる頃、両親は私に家庭教師を付けてくれた。ゲームの設定や裏事情を知るみたいで面白かったのは最初だけで、この世界の、貴族の常識を知るにつれて、私の夢は叶わないということを思い知らされた。


 逆ハーレムルートなんてダメに決まっていた。複数の男性に好意を寄せる女は周りから白い目で見られるらしい。そりゃ当たり前だよね。日本でもそうだったから分かる。この世界はどうやら日本以上に女性の浮気について厳しいようだけど、要は浮気しなければ良いのだ。攻略キャラを一人に絞るのは、他のキャラを幸せにできなくて悲しいけど、これは仕方がない。


 次に、この世界、なんと略奪婚禁止だった。略奪婚って言うと物騒ね。つまり、婚約者がいる異性に無暗に近づいてはいけないし、婚約者を横取りなんてもってのほからしい。攻略キャラ達はそれぞれ婚約者がいるの。つまり、攻略キャラに近づけば、婚約者のみならず、周りからも顰蹙をかってしまうのだ。もしかしたら、ゲームでヒロインちゃんがいじめられていたのはこれが原因かもしれないわね。でも、これには婚約破棄という裏技があるの。ゲームのストーリーでも婚約破棄するし、たぶん大丈夫だと思う。私がいじめに耐えられるか、という問題はあるけれど…。


 でも婚約破棄にも問題がある。王族や貴族の結婚って政治だ。そこに恋愛感情なんて無い。だから、ヒロインちゃんが攻略キャラの婚約者達を出し抜けるんだけど…問題は出し抜いた後の婚約破棄だ。貴族や王族にとって結婚は政治。そこには結婚によって得られる国の、家のメリットがある。結婚は個人の問題ではないのだ。婚約破棄するということは、その得られるはずだったメリットよりも、自分の意思を優先するという自己中宣言に他ならない。もしくは、その程度の政治も分からない無能と蔑まれるかも。婚約破棄ってかなり危険だ。


 そもそも、私と結婚なんて許可が下りないという問題もある。この世界、結婚相手を決めるのは本人たちではなく、家の当主だ。家の当主が、家にとってのメリットデメリットを考えて結婚相手を決める。貴族や王族の結婚って政治の材料なのだ。私の家、キルヒレシア男爵家は、吹けば飛ぶような木っ端貴族である。とても王族や侯爵、辺境伯に提示できるメリットなんて無い。むしろデメリットばかりだ。これは無理っぽい…。



 この世界の常識を学べば学ぶほど、私と攻略キャラの結婚は無理だと思い知らされた。じゃあ諦めるのかと言われると…諦めるしかないのかなぁ。

 何をどう考えても、うまくいく道が見つからない。どうしてゲームだと結ばれることができたのか、さっぱり分からない。


 はぁ、もう諦めよう。悔しい。悔しいが諦める。攻略キャラ達は遠くから眺めて愛でるだけで我慢しよう。せっかくヒロインに生まれ変わったのに、なんでこんな思いをしないといけないんだ。でも、それも仕方ないか。私はヒロインちゃんみたいな純真で健気な子じゃない。ヒロインちゃんの真似をしても、きっとボロが出ていたと思う。これでいいのだ。


 でも、ヒロインちゃんか…。ヒロインちゃんの言動は、日本でなら称賛されるものだが、こっちの世界では白眼視されることばかりだった。この世界で生まれ育ったはずなのに、どうしてそんな常識外れな行動ばかりしたのかしら?もしかして、私が日本からの転生者なのが関係ある?




 はぁ、止め止め。期待するのはやめましょう、マリアベル。そう、私はマリアベル・レ・キルヒレシアなのだ。前世の記憶があるから、いまいち愛着が沸かなかったけど、私には家族が居る。お父様もお母様もお兄様も皆いい人だ。家族を困らせるようなことはしたくない。育ててもらった恩もあるしね。

 ゲームの中の身分違いの恋なんて、さっさと忘れてしまって、新しい恋を見つけよう。季節は春。出会いの季節だ。明日から貴族院だし、そこでいい人を見つけよう。家柄も釣り合う素敵な人がいるといいんだけど。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 連載版である始まらざるをえなかった恋のお話もあります。

 よろしければ、ぜひご一読ください。

kakuyomu.jp/works/16816927863122222242

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