第5章(2)
オキニイは朝九時からずっとアイスクリーム店に立ち続けていた。
時刻は正午過ぎ、今日の彼はゴールディングの「蠅の王」を脳内で読み返していた。無論、朝から客は一人も来ていない。
雇い主の彼女が命を落としたと連絡を受けたのが一年前。
オキニイは貯金をはたいて店を丸ごと買い取り、存続させていた。
いつまでもこんなことをしていられないのは分かっている。売上は無いに等しく、「機関」とやらの援助にも限界があるだろう。
いつの間にか「蠅の王」の物語を追わず、そんな思考に囚われている自分に気付き、オキニイはゆっくりと頭を振った。
「ねえ、ママ。オレンジシャーベット食べたい」
無邪気な声がする。
「退院したばかりだから、一つだけね」
「分かってるもん」
きっとこの声の主も、すぐ裏手の有名店に行くのだろう。
そう高を括っていると、オキニイの視界に幼い手が入り込んだ。
「ねえねえ、オレンジシャーベットください」
少女が手を振っているのだ。初めてのことで、オキニイは少なからず動揺する。
「かしこまりました」
慌ててそれだけ言うと、商品の準備に取り掛かった。カップにアイスを入れ、スプーンと一緒に手渡す。
母親と思しき女性と会計を済ませる。
去り際に、少女がオキニイだけに聞こえる声で言った。
「Asante(ありがとう)」
オキニイはハッと顔を上げた。
少女は振り返らず、母に手を引かれながら、雑踏の中に紛れていった。
集結 葉島航 @hajima
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