王宮降霊術課

 突然ガサッと木の葉の揺れる音がして、ユーリもエルベルトと同じように外へ顔を向けた。

「……悪かったな。俺に優しい心がなくて」

「おやおや。聞こえてましたか? テオくん」

「わざと聞かせたくせに」


 窓の外には、テオが立っていた。


「バレてましたか。君も私の弟子には違いありませんが、王宮の降霊術課で一緒に働くとなるとねぇ。テオくんは、少々がさつというか、繊細さにかけるところがありましたし? 私のいれた紅茶を水のように飲むところも、弟子としてどうかと」

 エルベルトはニコニコと笑いながらテオにそう告げた。


「あんたは、茶飲み友達の才能で同僚選んでるんですね。こっちから願い下げですよ」

「どんなに忙しくてもお茶を楽しむ時間は大切ですよ? ですから正直なところテオくんに近衛兵として働くと言われたとき、内心やったあ! って」


 エルベルトは子供みたいに無邪気な笑顔をテオに見せた。対してテオは、さらに眉間の皺を深くする。本当に二人は相性が悪いなとユーリは思った。


「あー、そーですか! それはよかったですね。ユーリと二人っきりの楽しい職場になって」

「テオ!」


 ユーリは石造りの窓枠に手をかけて外へ身を乗り出した。

 たった一週間離れただけなのに、毎日何かが足りない日々だった。目が覚めて隣を見ても、テオがいない。こんなに寂しいのにテオは何も変わらない飄々とした様子で、その場に立っていた。

 ロスーン国の国旗の色と同じ、藍色の兵服を着たテオの姿。ユーリはテオが王宮内で働いているのを、この日初めて見た。明るい亜麻色の髪は朝日に照らされ、その綺麗な輝きがテオの自信のように周囲の空気に溶けて眩しい。

 いつも適当だった髪が、綺麗に整えられているのを見て、なんだかそわそわする。テオなのにテオじゃない人。知らない誰かみたいだった。


「なんだよ、ユーリ。元気ないな、腹でも痛いのか?」

「違う」


 エルベルトの書斎で勉強ばかりしていた頃より、心なし生き生きとしているようにみえる。だからテオにとってこの未来の選択がいいことだと頭では分かっていた。なのに幼馴染として喜ぶことが出来ない。


「じゃあ、この性悪先生にいじめられたのか?」

「失敬な、私がユーリくんをいじめるわけないじゃないですか」


 夜中に一緒に降霊会をするより剣を振り回して体を動かしている方が、よっぽどテオらしい。エルベルトに弟子入りするまで全く霊の見えなかったテオも、今では、ある程度は見えるようになってしまった。――見る必要なんてなかったのに。

 それは全部ユーリが「一緒にいて欲しい」と望んだから。


「ねぇ、なんで一緒に降霊術師になってくれなかったの?」

 答えなんて最初から分かっているのに、どうしてと訊かずにはいられなかった。

「あのなぁ言っただろ。俺は、ユーリの「一緒にいてくれ」って話は、了解したけど、降霊術師になるとは約束してない」

「だったら! もっと早く、何で」


 もっと早く本当の気持ちを話して欲しかった。ユーリは、そう瞳で訴える。

 改めて訊かなくたって本当はユーリも分かっている。最初からテオはユーリのわがままに付き合ってくれただけ。テオは、優しいから。自分はテオの優しさに甘えてしまった。


「ほらほらテオくん。サボってたら隊長に怒られてしまいますよ? 新人さんなんですから、しっかり働いてくださいね」

 エルベルトはユーリの話を遮ってテオに仕事に向かうように促した。

 いつまでも子供の時の約束を覚えていて、駄々をこねているのはユーリだけだった。


「言われなくても行きますよ。じゃあなユーリも仕事頑張れよ」

 テオは踵を返して石畳の道を表の門へ向かって歩いて行った。

「テオくん元気そうで良かったですね」

「はい」

「あのねユーリくん。テオくんは、自分に出来ることを考えて仕事を選んだのです。兄弟子として、彼のことを、とても誇らしいと思いませんか?」


 昔はユーリにしか見えない異形の存在が怖くて一人泣いてばかりだった。けれどテオに勇気付けられ、怖い霊とも話が出来るようになり降霊術師として国で一流といわれる存在になった。

 全部テオがそばにいてくれたからだった。自分一人だったら今も泣いているだけだった。

 やりたいことを見つけて前に進んだテオの選択は、かっこいいと思う。けれど頭では分かっていても、一人置いていかれたように感じるし、子供のころ、ずっと一緒にいてくれるといったのにと嘘をつかれたように思う。

 そんな自分が兄弟子として情けなかった。


「ユーリくんは、どうして私の元で学び、降霊術師になろうと思ったのですか? 私がスカウトしたから、お金のため? それだけ?」

 ユーリは首を横に振った。


「最初は、孤児の自分には、それ以外の選択肢がなかったから。でも、今は……必要とされている、その期待にこたえられる自分になりたいです」

 テオの幼馴染として、元、兄弟子として、恥ずかしくない自分になりたい。

 この目標を叶える未来なんて、今のユーリには想像出来なかった。

 あまりにもテオと一緒に過ごした時間が長かったから。


「それは、とてもすばらしい志望動機ですね。――では、そろそろ、今日の仕事を始めましょうか」

 エルベルトは、優しくユーリの肩を叩く。

 長い廊下の一番奥の部屋の前には、小さな銀色のプレートが掛かっている。


 ――ロスーン国、王宮降霊術課。

 ここは、国の行く末を占い、この国の歴史を未来へ繋げるための大切な仕事をしている場所だ。ユーリは弟弟子がそばにいない不安な今の気持ちを整理出来ないまま、それでも、前に一歩、足を踏み出していた。

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