第3話 蜜のお味は?

 時間は少し前にさかのぼる。


(こんなはずじゃなかった)


 歴史と威容を誇るハルオーンの王宮で、広い居室を与えられたセラは、バルコニーで海を見ながら思考を巡らせていた。


(まさか妃が私ひとりだとは……。くっ、アキム王め。もっとウハウハと嫁を集めておけ! これじゃあ私の、"奥様いっぱいいるから私はらないですね? 郷里くにに帰らせていただきます"作戦が使えないじゃないか!!)


 実際複数いたら夫を殴りかねないくせに、とんでもない言い草である。


 そもそも"後宮"が誤情報だったことが痛い。


 一応とついで両国の面目を保ち、約束を守った上で不要返品される。


 それが理想ベストと織り込んで、ハルオーン行きをんだのだ。

 これでは何を口実に出戻れば良いのか。

 正式な婚礼は二か月後。


 セラは悩んでいた。


 他に女性がいないのなら、このまま妃としてハルオーンにっても良さそうなものだが、もうひとつ、帰りたい大きな理由があった。


 願い出ても、海行きの許可が得られなかったのである。


 高台に建つ王宮から、海の全容はよく見える。目と鼻の先に海がある。

 しかしアキム王は「何でも自由にして良い」と言ったくせに、海への外出は認めなかった。


 後宮だったのなら、あるいは束縛も仕方ないのかもしれない。だが、後宮ではないというのに。


(海に行きたい……)


 心を落ち着けたい時、寂しい時、悲しい時、困った時、セラはいつも海に慰めて貰っていた。

 海があったからこそ、王族として毅然とした精神こころと態度を保つことが出来ていた。


 幼い頃に生母を失って以来、海はセラを受けとめてくれるり所だったのに。



 ぱん!!



 小気味良く乾いた音が響く。


 セラが自分の両頬を打っていた。


(らしくない! 切り替えよう!!)


 そもそも部屋にこもったりしてるから、思考が内向きになる。

 こんな時は──そう! 探索だ!!

 ハルオーンの王宮のことは、ほとんど知らない。

 いざという時に備えて、抜け道でも探してみよう!


 いざという時がどんな想定かは自分でもわからないが、とにかくセラは体を動かすことにした。

 そして庭を巡り、咲き乱れるキラファの花と出会った。


(何ここ、楽園?)


 先ほどまでの不満はどこへやら、セラはたくさんの花に歓喜していた。

 しかもスイハ国では見たことがないくらいの大ぶりな花弁。


(わああ……! これはきっと、美味しい・・・・!!)


 キラファは蜜が吸える花であり、外遊びが多いセラにとって、大好きなおやつだった。


(今すぐ味見をしなければ!!)


 ご機嫌キゲンで花蜜を吸っていた時だった。

 誰もいないはずの背後から突然、ハリのある声が話しかけて来た。


「何をされているのです? セラティーア姫」


(□×◎△※!!)


「へ、陛下???」


(なぜここに、このタイミングで?!)


 気配を感じなかった。

 いつから見られていたのか。

 そしてこの現場をどうしよう。


 さすがに私でもわかる。


(花をくわえた王女、限りなく王女らしくない!)


 一瞬ですべてを把握したセラは、さも当然のことのように、にっこりと微笑みながら答えた。


「キラファの花蜜を、味わっておりました」

「蜜を?」

「はい。ハルオーンでは、どんなお味だろうと?」


 見よ、私の淑女スマイル!

 猫五匹分の完璧な優雅さ。

 もちろん花はサッと口から外し済みだ。


 これだけ堂々と言えば、スイハの習慣だと思うだろう。

 我が国では、王女は蜜を吸うんだ!!

 私がいま、文化を作った!!


「蜜……?」


 不思議そうに首をかしげるアキムに、セラこそ首をひねった。


(あれ?)


「もしかして陛下。キラファの蜜を召し上がったことがない、とか?」

「そうですね。はちみつはありますが、花から直接蜜を吸うという経験は皆無です」


「!!??」


「ど、どうされました、姫。何か」

「す、すみません。あまりに驚いたので、猫が一匹逃げてしまったようで」

「猫?」

「大丈夫です、こちらの話。お気になさらずに。……でも……」


(蜜を吸った経験がない? え……。この人、人生ものすごく損してるんじゃない?)


 まじまじとアキム王を凝視しながら、セラは失礼な評価を下した。

 そして同時に、未経験に同情もした。

 さらに花泥棒の共犯として、巻き込もうともひらめいた。


「陛下、もしよろしければ、お試しになりませんか?」

「え?」

「キラファの味をご存じないだなんて、失礼ながら損をされていらっしゃると思うのです」


 恥じらう風を装い、上目遣いで控えめにガンししてみたところ。


「…………」


 少しの間セラを見つめていたアキムだったが、意外にもあっさりノッてきた。


「姫がそこまでおっしゃるなら、私も試してみようと思います」


 言って、アキムが花をとり、口に当てる。

 セラが期待を込めて尋ねた。


「いかがでしょう?」

「実に……かわいいです。あ、いえ、美味しいです」

「良かった」


 布教は成功したらしい。

 セラの満面の笑みに、アキムが急にむせ込んだ。


「ぐほっ!」

「えっ? 陛下? 大丈夫ですか?」

「大丈夫です、花粉が少し喉にひっかかったようです。しかしこれに似た味なら……。姫、甘いお菓子はお好きですか?」

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