第2話 ハルオーンの王

(珍しいタイプの姫だな)


 と、ハルオーン国王アキムは思った。


 スイハからやって来たセラティーア姫との顔合わせ。


 スイハの姫は、とても健康的に見えた。

 その肢体はほどよく引き締まり、細身ながらも生命力に溢れ、動きの端々に機敏さが見て取れる。

 意志の強い黒い瞳、シンプルに結い上げられた艶やかな黒髪。


 今まで宮廷で見たどんな女性たちとも違っていた。


 なにより起伏のなさが。

 あまりに流線形だったので、はじめは美々びびしい少年が送られてきたのかと錯覚したほどだった。


 だがスイハは王女しかいないと聞く。

 もし王子がいたら、外に出すわけがない。


 それに肌は柔らかそうだし、丸みを帯びた曲線をしている。

 こういう女性もいるのだろう。


 そう結論付けた。


 姫は宮に収まることになったが、後宮ではなかった。

 実は、ハルオーンに後宮は存在しない。


 先々代王の頃。

 戦争寡婦となった女性たちが宮に集められた。

 彼女らを養い、またその子どもたちを保護する場所。


 王宮の一角を占める宮の役割は、それだった。


 だが大勢の女性を見た他国の使者が『後宮』と受け止め報告したことから、"ハルオーンには後宮がある"。


 そんな話が広まった。


 先王が噂を放置したこともあり、後宮の名で通っているが。

 女性や子どもたちに仕事を与え、引き払わせた現在。残るのは召使たちだけであり、静かな宮は、実質、王の私的プライベート空間と化していた。


 案の定、セラティーア姫も誤認していたので真実を伝え、

「妃はあなたひとりだから、自由に過ごしてくれて構いません」


 そう告げた時の、姫の反応は意外だった。


 明らかに"アテが外れた"とばかりの表情を見せた。

 すぐに取り繕いはしていたが……あれは、何だったのか。


 そして今。


 彼女の様子を見に来たアキムが目にしたのは、散策中と察するにはあまりに奇異な姫の行動だった。


(……何をしているんだ?)


 壁にそって歩き、庭木の影になっている城壁や地面を入念に見ている。

 探しもの? いや、まるで抜け穴でも探しているような……。


 もしや、よからぬ思惑を持って、宮に入ったか。


 そう危ぶんだ途端。


 諦めたように姿勢を起こした姫が、いきなりはじけるような笑顔を見せた。


 ドキッ


(なっ……?)


 彼女の視線を追うと、キラファの花を見ている。


 キラファは背の低い花木で、ぎっしりと密集したように花が咲く。

 揃って花開く今の季節には、とても華やかでかぐわしい。


(あの花が、好みなのか?)


 なら、部屋に飾らせるよう、あとで指示しよう。


 アキムがそう思う前で、姫がひと花摘み取って。

 ラッパのように口にくわえた。


(本当に何をしているんだ――???)


 ダメだ、これは推察の範囲を超えている。

 直接聞いてみよう。


 アキムは姫に声をかけることにした。

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