第7話 醜きケダモノと高慢なる天使

   *


「キャアアアアホッオオオオオ!!! 血湧き肉踊るデッドレースだぜオメェら!!」

「走りは俺らの血と肉だぁ、ひゃあアラララララッッ!! ギルリートとか言ったか、俺らの土俵に自ら踏み込むたぁ、テメェはすぐに後悔する事になるだろうぜぇえ、ヒィエエエエッハァア!!」

「……いちいち喚かんと何も出来んのか、愚民」

「ピッッキャァアア!! 愚民だとぉ??! もうぉ許さねぇ、そこから引きずり下ろして血だるまにしてやるぜ!!」


 二輪のオモチャの感覚を確かめるように、ギルリートは闇で作り上げたバイクのエンジンを吹かし、巧みな運転テクニックで荒野の先頭に一筋の砂塵を巻き上げていく。


「――っ!! ……ん、んんん〜!!」

「ほぉう……バイクとやらは中々にスリリングな物なのだな、女。こっちのグリップで加速、ここのツマミで減速し、足の所の突っ掛かりで内部の歯車を自在に組み替える。なるほど、よく考えられたものだ」


 風と同化していくバイクにしがみ付きながら、後ろから迫る気迫に私は顔を引きつらせた。まるで人語と思えない、下品な怒号を背中に聞きながら、恐ろしい初心者の暴走運転に体をあっちへこっちへ振り回される。


「ん――――っ!! ……ッ」

「なんだ女。俺は今久々に楽しんでいるのだ、邪魔をするな」

「おい、なんなんだギルリートの奴! どうしてこの“死の丘”を軽々と越えて行きやがる! 何年も走ってる俺達でもここで気を抜いたらひっくり返るってのによ! まさかあいつ、初心者なんかじゃ無いんじゃねぇか!?」

「そんなもんじゃあねぇ、あいつのドライビングテクニックは天性のそれだぞ! でないとあんな無茶苦茶なコーナリング、本能的な恐怖が邪魔して出来る訳ねぇええ!!!」


 軽々と岩場を越えていくギルリート。半月になった岩場を駆け上がり、宙をひるがえって華麗に着地する。


「見てろぉお! 俺も飛んでやるぜぇええ、いぇエエエエ」

「バカおま――やめ」

「――――ハンギィいいイプううううう!!!!!」


 調子に乗って彼と同じルートを取ったバイクが、岩肌に突っ込んで大爆発していた。地団駄を踏む男達が遠吠えに似た声で私達を威嚇している。それにしても、何事も全て器用にこなすというギルリートの逸話は本当だったようだが、制御を失った暴走バイクに翻弄され続ける私は堪ったものではない。

 巨大な改造車が私達の背後にピタリと付けた。高速の中でボンネットに立ち上がった荒くれ者は、鉤縄を力一杯に振り回して投げ放つ。

 

「ふぅむ、それくらいの芸当は出来るか」

「ヤハァ!! 奴のバイクを剥ぎ取ってやった!もう少しでバランスを崩してお陀仏だ!」


 ブレーキランプを鉤縄で引っ剥がされ、揺れる車体。閃光の様に過ぎ去る足元には大きな石があったりもして、一瞬でも気を抜けば私達はこの砂漠の藻屑と変わるだろう。


「ヒヒヒヒ、もういっちょおお!!」

「残念だが――――」

「ハギョッア! ポキーン?!!」


 顔を背後に振り返らせたギルリート。すると彼の跨がる暗黒が形を変え、そのボディより、鉤縄の無数を解き放って追跡者を一気に絡め取った。


「オパァアァァァォァォオォア?!!!」


 バランスを崩してクラッシュし、大型車も巻き込んで被害が拡大していく。ニヒルに笑った仮面の口元であったが、リッテンハイドの男達も食らいついて来る。

 するとその時、積み上がった仲間の車体を踏み台にして、一台のド派手な赤い装甲車が私達の頭上に影を落とし――大地が割れる位の勢いで着地した。陥没した地盤にひるがえる砂、その最中をスローモーションに見上げながら、私は顔中に血管を浮き上がらせて激昂する、アリエルの姿を目撃して震え上がった。


「なんという事でしょうか……我が運命の花嫁との婚姻を、ハイド家の繁栄たる聖なる夜を穢すとは……アァ、許せない、許せる筈がナイ、アアッ、アア゛ッ! 家族にナロウトシテイタノニッ!!」

「アリエルさんの愛車“血の猛牛”が来たからには、もう年貢の納め時だぜギルリートぉ!」


 見ると、バンパーから鋭利な銀の角の二本が前に突き出している。背後に飛び出すV8エンジンに火を吹き、“猛牛”は私達のバイクを苛烈に追い上げて来た。まるで馬力が違うのだろう、すぐに追い付かれてバイクの後輪をバンパーで小突かれる。暗黒でコピーした鉤縄も、重厚な鉄板を前にしてはまるで意味が無いようだ。

 

「なんなんでしょうかアナタはぁ、私から愛を引き剥がそうとして……ナンナンデショウカァァア!!」

「愛か、クッフハハ! 貴様は一方的な感情を押し付けるだけのそれが愛と? そう言うのか!」

「違うというのか? 私の愛し方が間違っているとデモ?!! ァアウ……ァアゥウ、騙されるなぁ、そうやってオマエ達悪魔は、この私から家族を奪いッッ愚弄シテぇっっ!」


 仲間に運転を任せたアリエルは、泣いているとも怒っているとも思える表情で激怒したまま、猛烈に走る赤い装甲車のバンパーに飛び乗って、背中の巨大な斧を抜き出した。私は背後で振り上がる黒い鉄塊を見上げながら、この男がその一振りで、豪快に全てを真っ二つに両断しようとしている魂胆を悟る。


「アナタに奪われる位ナラぁあッ この手で全て粉々ニィイッ!! 家族を奪われる位ナラぁっ、また引き裂かれる位ナラァア!!」

「――ん……魔力の気配、何かする気だな。クク、なれば存分にやってみろ、王たる俺がこの胸に受け止めてくれるぞ――


 顎を上げ、背後の巨人を見下すギルリート。このような状況に置いても高慢ちきな態度を崩さない彼に私も、そしてアリエルの取り巻き達もが驚愕とするしかなかった。


「小物ぉお!!? アリエルさんが小物だと馬鹿野郎! 取り消せ、出ないと怒り狂ったこの人に俺達もぉ……っ」

「テテ、テメェぇえ、ほんとにオカシイのかよこの野郎めが、ア、ア、アリエルさんはここらを収めてるトップの方なんだぞぉお、逆らったり怒らせたりしたら、ど、どうなるかぁ!」

「それがどうした。こいつなど所詮、この俺が居なかったからトップになれていただけの事。くだらん、虫ケラの背ぇ比べなんぞ、見ていて憐れなだけ。俺にとっては皆等しく下等生物に変わらんのだからな」

「かと――っっ?! ホェエウ?!! この世界を牛耳るリッテンハイドを、その頭目のアリエルさんを、カトカトカトカト下等生ブッッ?!!」

「貴様らも同じだ、平伏せ猿共。クックック、ぽっと出の下賤の王とは違い、王たるべくして産まれ落ちた、俺という名の真なる威光を見せてくれよう」


 激怒するアリエルをさらにと煽る発言に、取り巻きの男達は完全に青褪め、アリエルはまんまと直上しながら、その三メートルの巨躯に湧き上がる紫色の魔力を迸らせた――


「ウウッウゥアァアアア!! 許さないぃいい――ッッ!!」


 アリエルの全身が膨れ上がり、縮れた髪が空に踊ってハットが風に飛ばされていく。


「ぅ……――っぁ!!」

「ウギィイイイイルルルル――ッッ!!!」

「ほう、けだものの類か……醜いな」

「アリエルさんが神獣化しちまったぁあ!! こうなったら三日は元の姿に戻らず暴れ続けるんだッ、俺達はお終いだぁあ!!」


 魔力拡散し、赤い瞳を輝かせながら人の姿を失っていくアリエル。悍ましいまでの野生の解放に、牙が伸びて背は丸まり、獣そのものと言った咆哮が私達の鼓膜に叩き付けられる。ビリビリ震える波動に仰け反っていると、限界までパンプアップを遂げた肉体より、巨大な斧が一直線に振り下ろされて来るのが見えた――


「私と肉親達を引き剥がしたヨウニッッ!! またアナタガタは私の家族を奪おうとスル――ッ!!!」


 強烈な斬撃が風を叩き割り、バイクを真っ二つにして宙に跳ね上がらせていた。空に投げ出された私は、まるで生きた心地のしない中空にて、舌を舐めずる獣の姿に戦慄する。


「ああ、アリア――私の花嫁」

「――ひ……!」


 毛むくじゃらの太い指先が、私を直接握り潰さんと顔面の前で押し広げられたその瞬間だった――

 逆さまになって落下するまま、襟元を正したギルリートが、私とアリエルとの間に割って入って翼を押し広げた。


「……なんと低劣なる能力なのだ」

「アナタ、まだ――っ?!」

「卑しき獣に身を落とすとは救い難い奴よ。俺は獣の類が大嫌いなのだ、低脳過ぎて、何を考えているのかがサッパリだからな。殊更ことさらに、赤い目をギラつかせた奴は――ッッ!!」

「オオオオオ゛ぁああああ――!!」


 次の瞬間に飛散した暗黒のつぶて。アリエルの強靭な皮膚をも貫き破り、無数の流血に仰け反らせる。宙をひるがえる私とギルリート……すると瞬時に散開していた闇が形を成して、アリエルの乗った装甲車――“血の猛牛”ならぬ“黒い猛牛”へと姿を変貌させていた。座席に着地しハンドルを握ったギルリートは笑う。


「クッハハハハ! お次は四輪車と来たか、馬も無しにどう走っているのだ! 楽しいなぁ、新しき世界は実に愉快だ!」


 顔からの出血を抑えたアリエルは、そこに深いシワを刻み込んだまま、グルルと唸り、熱い息を吐きかける。


「なんだその力は、あなたも私と同じ“奇跡の恩寵者”だと……?」

「違うなケダモノ。選ばれし者たるこの俺に、などという表現は適切でない」


 斜めにした顔、口元に添えた指先、華麗な仕草で、天使は高慢に言い放つ――


「天が俺を選ぶのは必然! 世界はこの俺を中心に回っているのだからなぁ!」

「……っ! ……なんと罪深いお人でしょうか」


 沈んだ獣の目付きが、ドレスに付いた泥を払う男に注がれていくのに私は気付く。只事では無い気配、強者同士の決闘の予感に肌がヒリついて空気が張り詰めていく。


「遠い遥かなよ。先程からの数々の蛮行。この私を誰だか分かって――」

「――知らん」


 ピシャリと放たれたギルリートの嘲笑。歯軋りを始めたアリエルへと、彼は物怖じ一つしないで続けていく。


「知る必要もない。俺は俺の興味のある事しかこの記憶領域に留めない。故、貴様のような無様な獣など、明日のティータイムには露ほども覚えてはおらんだろう」

「な……アナタ、さっきから、どれだけ私を愚弄すれば――ッ!」

「思い上がるなお山の大将よ。貴様がいかに矮小なる塵であるかを、このギルリート・ヴァルフレアが教授してやろう」


 大斧を構えたアリエルの様相が真っ赤に赤面し、とうとうプツンと音を立てたような気がした。気が気でない周囲の男達は、とばっちりを喰わないようにと、連なりあった装甲車からやや距離を取るしかないみたいだ。

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