決意表明〈後編〉

 授業参観の日、1クラス30名の生徒たちが全員作文を読まされるということになり、2時限連続で国語の授業が始まった。

 色とりどりの肌の子供たちが順番に席を立ち上がり、教壇の前まで移動して、後方の保護者たちに向かって3分ほどのスピーチをしていく。


 やれ、宇宙飛行士になりたいだの、ケーキ屋さんになりたいだの、お金持ちになりたいだの、プロ竜狩選手になりたいだの、小学4年生たちが様々に楽観的な見解を述べては拍手喝采を受け、自分の席へと戻っていった。


 最後方窓側の席に座っている俺の背後に、ライデンさんとヒカリさんが立っている。

 俺はあと数分で自分の番が回ってくるという避けられない事態に、ストレス性の胃炎を感じつつあった。


 まさかこんな反体制的な内容の作文を、教師からの修正無しで読むはめになるとは。事前に作文は教師に読んでもらったものの、なんでこの原稿にOKを出したのかと問い詰めたい。

 しかも順番が大トリで荷が重い。スピーチ原稿が長すぎて、一番最後に回されてしまうという大失態を犯したことに気付いて、急に恥ずかしくなってくる。こんなことになるんだったら、ドストレートの本音なんて書かなきゃよかった。


「はい、それでは最後ですね。オウガ、お願いします」


 それでも順番は回ってくる。こうなりゃもうヤケクソだ。周りの大人たちをドン引きさせて、盛大な黒歴史を残すことにしよう。

 机の上に出していた作文用紙を手に取って、俺は教壇まで歩いていった。

 そして、このタイトルは最後に読んだ方がいいとその場で思い付き、いきなり本文から話し始めることにした。


「[俺は、『将来の夢』という言葉が嫌いだ。なぜならそれは、大人が子供を騙す常套句だからだ。夢は望めば叶うようなものじゃない。もしそうなら世の中には、プロ竜狩選手たちで溢れかえっている。夢が叶う人数は限られている。]」


 志望者の数が多いほど優秀な人材が多く集まる。母数が多いほど、少数の秀才と、極少数の天才が見つかる。大人たちは天才を見つけるために、多くの子供たちに夢を見せる。ほとんど全ての夢が叶わないことを隠しつつ、さも誰もが皆が叶うかのような口上で、夢へと誘う。


「[『プロ竜狩選手になりたい』という夢は、それを望んだほぼ全員が叶えられない。たいていの者には才能が無いし、努力も出来ないから、ほぼ全員がプロにはなれずに諦める。しかも、たとえ運と才能があってプロに選ばれたとしても、長くは続けられないのが当たり前というような、過酷で残酷な世界だ。調べてみたら、プロ竜狩選手になれるのは競技人口の1千分の1、その中で10年活躍できるのが、1万人に1人だと知った。]」


 叶わない夢を追うことほど馬鹿げたことは無い。夢を叶えるために費やした時間も、注いだ労力も返ってはこない。残るのは無力感と絶望だ。一度心が折れると、何をやっても上手くいかなくなる。何者にもなれなかったという屈辱に、苛まれ続ける日々が始まる。

 だから『将来の夢』なんて空想は、見るべきじゃない。そんな確実性の高い絶望に、貴重な時間や労力を奪われるべきじゃない。そんなことはわかってる。わかりきってるんだ。でも――


「[それでも俺は、プロ竜狩選手になりたいと思ってしまった。プロ竜狩の試合をスタジアムで観て、感動してしまったんだ。巨大な竜や、熱狂する観客たちや、変形するフィールドに、心が震えた。あの、観客で埋まっているスタジアムに立つ、未来の自分を想像した。観客席から観ているんじゃなくて、あのフィールドの中心に立って、俺のプレーで観客を沸かせてみたいと思った。]」


 感動は罪だ。あの感動さえ知らなければ、俺が夢を見ることも無かった。初めてプロ竜狩の試合を観戦したあの夜に、俺の人生のシナリオが書き換えられてしまった気がした。あれから授業を受けていても、家に帰っても、『どうやったらプロ竜狩選手になれるのか?』ということばかり考えてしまうようになった。


 夢は呪いだ。自分に可能性があると思っている限り、何度でも、何度でも、嫌でも、忘れようと他のことをしてみても、気付けば思い描いてしまっている妄想だ。たとえ諦めるべきだとわかっていても、叶えたいと思い込んでしまう執念なんだ。


「[『夢』はいつか覚めてしまうものだから、そんな言葉は好きじゃない。だから俺は今から、『将来の夢』ではなく、『将来の計画』を発表したいと思う。1つ目、12歳までに世代別代表選手になる。]」


 世代別代表選手になれるかどうかは、プロになれるかどうかを計る一つの指標になるはずだ。

 同年代で、圧倒的な実力を示した者だけが、プロ竜狩選手になることが出来る。


「[2つ目、海外クラブの下部組織で世界レベルの指導を受ける。]」


 他人とは違う経験を積めれば、アピールポイントになるだろう。

 竜狩の本場は、この異世界でも西洋世界だ。海外留学すれば、多くの経験を得ることが出来るだろう。


「[3つ目、22歳までにプロになれなかったら諦める。]」


 せっかく異世界転生する栄誉に恵まれたのに、一般企業に就職するなんて笑えない冗談だ。でも、もし22歳までにプロになれなかったら就職しようと、俺は決めた。そのときになってもまだ竜狩が好きだったら、プロになるのは諦めた上で、社会人竜狩を続けたっていい。


「以上の目標を達成するため、俺はこれから、俺に出来る最大限のことをしていく。俺に与えられた『長所』を、同年代の選手とはレベルの違う『個性』を吟味して、それを磨いてみせる」


 異世界からやってきた俺に与えられた『最大のチート』は何だ? と、ふと考えた。

 精神年齢か? それとも『ドラゴンキラー』のスキルや知識か?


 違う。それらはどれも最大のチートじゃない。俺に与えられた最大のチートは、『失敗の経験値』だ。俺は同年代のちびっ子たちよりも、遙かに多くの失敗をして、屈辱を味わってきた。それゆえ10歳のちびっ子にして、並の10歳が知らないような失敗の法則の数々を知っている。


 ちびっ子たちは、失敗の数が異常に少ない。生きている年数が違うんだから当たり前だ。だから将来の成功に対して楽観的で、実現可能性の低い夢を見れるんだ。そう……あの、青いポニーテールを揺らして大剣を振り回す少女のように。


 独りよがりなプレーに酔っちゃダメだ。なぜなら竜狩は、サッカーと同じようにチームで行う団体競技だからだ。自分の長所を出しつつも、味方や相手のプレーも見ながら、チームとして最大の結果を出さないといけない。昔の俺は、それがわかっちゃいなかった。俺一人の活躍だけで、全てが上手くいくものだと思い込んでいた。


 怪我もしちゃダメだ。怪我をしたら、長期間休まなくちゃいけなくなる。そのうちにライバルが成長して、何も出来ないでいる俺のことを颯爽と追い抜いていく。だから練習前や試合前には、入念にストレッチをしなくちゃいけないし、練習でも試合でも接触プレーには気を付けなきゃいけない。継続的に練習に参加して、コーチに自分をアピールして、安定して試合に出続けて、成長し続けなくちゃプロにはなれないし、きっと長年プロで居続けることも出来ないだろう。


 コーチの言うことを無視するのは、言語道断だ。彼らが何を思ってそう言ったのかという背景まで考えて、その意見の有用性を計り、情報の取捨選択をする。俺には無い経験をしてきた――数多くの失敗経験を積んできた彼らのアドバイスを尊重して、まずは逆らわずに意見を聞いてみる。最後に決めるのは自分だ。でも、助けてくれる人の手を振り払っちゃいけない。


 この境地に辿り着くまで、本当に長い時間がかかった。ようやく俺は、身の程を知った。


 もう絶望にはウンザリだ。這いつくばって、土を舐めた負け犬は、いつの間にか鬼になっていた。


 俺はこの『失敗経験チート』を活かして、プロ竜狩選手を目指す。

 前世ではプロサッカー選手になれなかった俺だからこそ、実現できる『計画』だと信じて。


 今度は『目的』じゃない。自分が成長する『手段』としてプロを目指す。

 そうだ、意味があったんだ。あの、土を舐めた10年間があったからこそ、俺はこの現実的思考を手に入れられた。


「[もし万が一、俺の計画が成功して、プロ竜狩選手になれたとしたら、そのときは応援よろしく。『俺の将来の計画』 オオカミ・オウガ]」



  † † †



 授業参観を終えたあと、俺は図書館で時間を潰してから、この世界での両親と一緒に、例の洞窟ファミレスに入った。

 小学校のそばにある店内には、俺と同じ制服姿の子供を連れた家族連れでいっぱいだった。


「なんでも好きなもん頼め」

「じゃあ、最高級サープステーキ200g」


「おっし、じゃあ父さんもそれにする。お母さんは?」

「私は100グラムの方でいいかな」


 2人とも、授業参観や教師との面談が終わってから、妙に嬉しそうな顔をしていた。

 やっと息子が本気でプロ竜狩選手を目指してくれるとわかって、安心したのかもしれない。


「オウガはいつの間にか、物事を深く考えるようになったなぁ」

「お母さんもオウガのスピーチ聞いてビックリしちゃった」

「そう?」


「面談でもお前のことを褒めてたよ」

「『オウガくんは、きっとプロ竜狩選手以外でも成功すると思います』ってね」


 この世界の教師は、俺に対して異常なまでに評価してくれた。そりゃあ、年齢チートしてて授業が楽勝――ただし、あの世界の理科に当たる『魔法』以外は――なのもあるけど。


「俺、まだ10歳のガキだし、1人じゃまだ何にも出来ないから、父さんや母さんのサポートが必要なんだ。だから、いろんなことに協力してほしい。たとえば、経済的なサポートとか……」


 ライデンさんとヒカリさんは、まるで珍獣でも見ているような顔で俺の顔を見つめてきた。


「なぁに言ってんだよ! そんなの当たり前だろぉ! 父さんに出来ることなら、何だってする。お母さんが反対したって説得する」

「ちょっとお父さん、私だって応援してるってぇ」

「ありがとう」


 本当に、この人たちのところに生まれ直してこれて良かった。

 いやほんと、あっちの世界の父親や母親なんてクソすぎて、思い出す気にもなれない。無事に生き別れられて清々するわ。

 これからはちゃんと、ライデンさんを『父さん』、ヒカリさんを『母さん』って呼ばないとな。

 この世界での、俺の家族なんだから。


「でも、少年団はどうするの? クラブチームのジュニアにでも入り直す?」

 母さんの言葉に、父さんも頷いていた。


「うん、そのことについてなんだけど――」



  † † †



「オウガァ! ほらねぇ、ベルクコーチ! もどってきてくれるって言ったじゃぁぁん!」


「俺はてっきり、環浦のジュニアに入るものとばかり……オウガ! 俺を選んでくれたんだな!!」


「ベルクコーチのこと『も』そうですけど、俺はもう一人のおじいさんコーチに、まだまだ教わりたいことがあったんで」


 練習前に、いつもこのお爺ちゃんコーチは腰に手を当てて準備運動をしている。


「ラオコーチ、宿題の答え合わせしてもらってもいいですか?」

「フォッ、フォッ、フォッ。何のことだい?」


「俺とアスラでペアを組ませたことです。半分は、俺がアスラに竜狩のコツを教えさせる目的というので正解なんですよね?」

「そうだね」


「で、もう半分の答えがわかりました。プロを目指すアスラの真っ直ぐな気持ちに、捻じ曲がった俺の考えを変えさせようって魂胆だったんでしょ?」


「違うよ」

「違うのっ!? じゃあ、なんで?」


「まだ教えなーい」


 地面に座りながら股関節を開くストレッチをしながら、ふざけるような声でラオコーチは言った。


「俺、プロになれると思いますか?」

「子供のうちは、プロになれるかどうかを考えない方がいいよ。大人の予想は外れるものだから」

「そうですか……」


「竜狩を心から楽しみなさい。たとえプロになれなくても、楽しかった思い出は消えないから」


 この人は、入団面接のときから一貫してる。

 竜狩を楽しめと。プロになれるかどうかは、最大の目的じゃないんだと言ってのける。

 実は調べたんだ。元プロ竜狩選手〈ラオ・シェンロン〉のことを。

 Wikiの記事も、自伝の本も読んだ。


 この、メタボ腹の眼鏡おじいちゃんは、竜狩をこの国の文化に根付かせた、東邦竜狩界最大の功労者だ。

 W杯本戦にも出れない竜狩弱小国だった当時の東邦を、代表選手として支え、代表監督として導き、[WIHAランキング:オーケアヌス地域1位]にまで押し上げた立役者だった。

 その、竜狩という競技を極め尽くした彼が、『竜狩を心から楽しみなさい』と言う。

 だから、ただの思い付きで言った言葉じゃない。現役生活・監督在任の中で様々な辛酸を味わった彼ならではの、重たい言葉に聞こえてくる。


「オウガ! わたしと勝負しよ!」

 青いポニーテールを揺らした少女が、大剣の切先を俺の前に突き出してきた。


「まだそんな差ぁ縮まってねぇだろ」

「今の差を確認するの! いっつもわたしが先にプレーしてるから、今日はあんたが先にプレーしなさい」


「はいはい」


 俺は、楽しみしながらプロを目指すとしよう。

 『好きとはものの上手なれ』とも言うし、辛かったら長続きしないだろうし。

 最大の効率で、最大の努力をするために、俺は竜狩を楽しんでみせる。


 ああ、そうだ、思い出した。竜狩は面白かったんだ。

 異世界転生した日、体育のテストで竜狩を初めてプレーしたとき。

 俺は、その衝撃に、手足を震わせていたじゃねぇか。あの感覚は間違いなく、喜びの武者震いだった。この世界で生きていくことの意義を感じた、初めての経験だったんだ。


 楽しい。楽しい。楽しい。振り下ろした大剣が、導かれるようにして竜の脳天を捕らえる。

 紫に煌めく、十字の閃光――そしてダウン。

 これだ、この感覚だ。この快感を忘れるな。


 大丈夫だ、俺はやれる。この内から湧き上がってくる衝動があるかぎり、竜狩を楽しめる。そのことが今は、どうしようもないくらいに嬉しい。


 勝利のファンファーレが、歓声の中で鳴り響いた。

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