異世界アスリート

犬塊サチ

第一部 幼少期

プロローグ

プロ竜狩観戦

 充満する白煙、轟く雄叫び、揺らめく炎。


 市街地に穿たれた巨大クレーターのようなスタジアムの内部には、水蒸気を吹き上げる陥没孔や、岩肌の隙間から赤く煮えたぎる溶岩を覗かせた火山地帯が再現されており、そのバトルフィールドを丸く取り囲むようにして観客席が設置されている。


 ここは竜に飢えた者たちの集う闘技場〈龍玉スタジアム2002〉。

 場内を流れる勇猛な旋律に導かれるようにして、円形のグラウンド中央へと1人の召喚士が歩いていく。


 全身に青い礼装を纏った彼女が儀礼杖を振るうと、そこから光の螺旋が放たれた。その螺旋は観客たちの頭上を駆け抜けながら、召喚士の頭上――すなわちスタジアムの中心部――へと集まっていき、氷の塊へと変質する。


 生まれ出る何者かの心音が響き、それに呼応するかのような打楽器の鼓動が勢いを増していく。

 振動する氷結晶に亀裂が走ると、爆ぜるようにして、それは孵った。


 現れたのは、夏の海で全身を染め上げたかのような蒼竜〈マリノゲルス〉。その蒼い鱗は日光を反射して綺羅めき、氷の飛沫を風に泳がせた。

 両の翼膜を広げた姿は横幅約30メートル、全長は約50メートルほどだろうか。蒼き竜は羽ばたきながら観客席に大きな影を引き、赤土の上に白く引かれたセンターサークルの中へ舞い降りると、グギャオオオオッと岩肌を揺るがすような産声を上げた。


 白線の長方形の中で横2列の陣形を作って対峙するは〈環浦レッド・ドラグーンズ〉を名乗る騎士団。それぞれチームカラーである赤い武装を身に纏った8人のハンターたちは、蒼き竜を真正面に見据えて、今か今かと試合開始を待ちわびていた。

 プレーエリアから退場した召喚士が角笛を高く掲げ、重低音の合図を吹き鳴らす。


 竜は低く唸り声を上げながら翼を左右に広げて頭をかがめ、ハンターたちの攻撃を待ち構えていた。


 戦いの口火を切ったのは前列中央の2人だ。HKヘイトキーパーのモンクが両手に嵌めた拳武器を打ち鳴らしながら挑発の構えを取ると、その右隣にいたBRブロッカーのパラディンは片手剣で竜の右脚部への攻撃を繰り出した。

 前衛部隊が竜の注意を引き付けることで、後衛部隊がスムーズに攻撃を繋げられる。


 青竜がその2人に気を取られている隙に鋭角の衝撃波を放ったのは、両サイドのWGウイングだ。左WGのレンジャーは双剣による連続攻撃で竜の右翼を狙い、右WGのドラグーンは身の丈を超える長槍で竜の左翼を突き刺した。

 青竜はバックステップで選手たちとの距離をとると、開いた口から前方に氷刃の弧を描いた。

 近接攻撃部隊アタッカー陣はチームの花形だ。竜からの攻撃を華麗に回避し、すかさずカウンター攻撃を仕掛けることは、試合でハイスコアを叩き出すために欠かせない。


 HKとCBは盾を前に構えて竜のブレスを凌ぐも、頭上のHPヒットポイントゲージは残り20%まで減少。だが、すかさず彼らを緑色の光が包み、そのゲージは元の状態へと戻ってゆく。


 最後方から回復演舞を成功させたHEヒーラーのビショップの両脇からLRロングレンジのアルケミストとスナイパーが、それぞれ火炎を帯びた魔法攻撃とライフルによる物理攻撃を当てていく。

 回復役は、後方から戦況を正確に分析して、回復と強化の優先順位を考えながら、的確に味方をサポートしていく。攻撃のチャンスを見極めて、味方にバフをかけるタイミングにはセンスが問われる。


 青竜が頭部をふらつかせ、ハンター二人の攻撃に怯んだと見るや、プリーストが杖を振り回して舞いながら強化魔法を発動した。


 物理攻撃力強化を示す赤き光を纏いしORオーガナイザーのジェネラルは、ダイアゴナルな動きで空いたスペースに飛び出すと、竜の頭部に向かって、身の丈ほどもある鉄塊のような大剣を打ち下ろした。

 他のハンターたちの支援を受けて、最大ダメージを叩き出す役目を一手に引き受けるのが、エースストライカーの仕事だ。

 紫十字の閃光と炸裂音が示したのは、背番号10番によるクリティカルヒットの成功。


 青き竜は、その一撃でダウンした。

 立ち上がる観衆、沸き立つ歓声、野蛮な表情。

 その光景は今、スタジアムを超えて、全世界へと生中継されている。


 〈竜狩〉――それは世界中に10億人規模のファンを抱えるスポーツだ。



 オオカミ・オウガは、スタジアムのイーストスタンド4階席に座って、その試合を観戦していた。

 身長150センチと10歳にしては背が高い方のオウガも、さすがに周りの大人たちよりは低いので、興奮した前の大人が席から立ち上がると何も見えなくなってしまう。


 周囲を埋め尽くしているのは、赤いユニフォームメイルを着たホームチームのサポーターたち。レッズのターンである時間帯の今、対戦相手である青いユニフォームを着たマリーンズのサポーターたちは、隅の一角で沈黙している。


 今は後半戦第4試合、ホームチームの赤い竜が召喚されている。

 レッズは馴染みの竜を華麗な連携プレーで翻弄して竜を倒し、召喚士に4体目の竜の召喚を急がせているところだった。


 そんな時だ、後半終了を告げる角笛の音が吹き鳴らされたのは。

 赤い竜を形作っていた召喚像は、燃え盛る炎となってグラウンド上から消え去った。


「同点だ!」

「スコアは――――」


 スタジアムは静寂に包まれた。

 今日の試合はカップ戦の決勝であるため、リーグ戦のときとは異なり、引き分けは無い。レギュレーションでは、延長戦は設定されていない。つまり、同点の場合、勝敗は試合内容の合計ポイントの優劣で決められることになっている。


 ハンターや指揮官、ホームチームのサポーターたちが見つめる先は、スタジアム中央上部に浮かび上がった空中立体映像ホログラム・ビジョン


 試合中の名場面を編集した数々のリプレイ映像などとともに、討伐タイムや減点項目などが次々と列挙されていき、最終的なスコアが表示された。


 [1st 2-3]

 [2nd 3-2]

 [TOTAL 4-4]


 [WRD TOTAL POINT 20560 RANK SS]

 [HMR TOTAL POINT 20390 RANK SS]


 [【WIN】 WAURA RED DRAGOONS]


 竜の咆哮にも劣らぬ、猛々しい叫び声の波紋が、スタジアムをこだましていく。


 赤いユニフォームを着たサポーターたちは、興奮した表情で何かを喚きながら、その場で飛び跳ね、スタジアムを上下に揺らしていた。


 オウガとエイルも――ジュニアサイズではあるが――彼らと同じ赤い簡易甲冑服レプリカユニフォームを着ていたため、見知らぬ大人たちからのハイタッチやハグに襲われた。


 応援団がチームの勝利チャントを歌っている。グラウンドで喜び合っていた選手たちもそのリズムに合わせて手をたたき、観客席に向かって笑顔を振りまいたり、中には最前列の観客席に飛び込んでいる選手もいた。


 そんな光景を見ると、オウガはいつも歯がゆい想いに駆られてしまう。

 いいなぁ。僕もあの中にまざりたいなぁ。こっち側で応えんする方じゃなくて、出来ればフィールドでプレーして、応えんされる方になってみたい。


 やっぱり僕は、プロ竜狩選手になりたいんだ。

 でも、このままじゃダメだ……このままじゃ――


「オウガどうしたの? なんか怖い顔」

「ああ……ううぅん、なんでもないよ」


 オウガは隣にいる猫顔の少女を心配させまいと、苦笑いをしてみせた。

 もう勝利の余韻から醒め、スタジアムの階段を昇り降りしている観客たちもいた。


「じゃ、アタシたちも帰ろっか」

「うん」


 夢の時間の終わりは、いつも切ない。だからまた僕たちは、夢を観に行きたくなるのかもしれない。


 家に帰って自分の部屋に入ると、オウガは学習机に座り、机の上に立てて置いていた1冊のノートを引き抜いた。それは、小学校に入ってからほぼ毎日書き続けている日記だった。


 [僕は、プロ竜狩選手になる。]


 日記の表紙をめくると、一番最初のページに書いた将来の目標がデカデカと書かれていた。


 でも、僕はどうやったらプロ竜狩選手になれるのかな?

 なんかボンヤリとしていて、このままじゃとても叶いそうには思えない。

 そうだ、夢はもっとハッキリ書かなくっちゃ。


 [僕は海外で活やくするような竜狩選手になる。]


 [レアル・パラディオンのⅩ番を任される。]


 [東邦代表に選ばれてW杯優勝、大会MVPになる。]


 [バロン・ドラグーン賞に選ばれて引退する。]


 頭に浮かんだ言葉を、ノートに刻み付けるようにして書ききった瞬間、オウガは頭の天辺へと雷が落ちてきたかのような衝撃を感じた。

 走ってもないのに心臓がバクバク動いて、ハァハァと息切れが止まらない。


「なんか眠くなってきちゃっ……た」


 何もする気が起きず、椅子から立ち上がり、自然と足がベッドの方へと向かっていった。

 オウガは胸元を右手で押さえながら掛け布団の中に潜り込み、目をつむった。

 照明が自動的に消灯され、部屋は薄暗闇に満たされた。

 そしてオウガは意識を失い、深い眠りの底へと落ちていった。

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