第2話『幼馴染の関係は呪いに似ている』



 夢の中で、化け物が咆哮を上げていた。

 ガラスが割れる音が聞こえる。

 夢の中にまで侵入してくる、現実の罵声や悲鳴に河野幸奈は寝返りを打った。


 一戸建ての二階の自室と、隣の家の息子の部屋は数メートルの空間しかないので、窓を閉め切り、カーテンを閉じても家庭内暴力の音が届く。

 何かが砕け散る音がした。

 老いた声で、懇願が聞こえた気がする。


 ああ、もう嫌だ嫌だ、明日も仕事なのに。

 それだけを思いながら、幸奈は頭から毛布をかぶって窓から背中を向けた。


「――おはよう」


 寝不足のままで、一階の食堂に降りるとすでに両親は食卓についていた。

 父の健志はむっつりとコーヒーを飲んでいた。

 母の頼子は無言で、焼いたトーストにバターを塗っている。

 時計代わりに点けているテレビに映る、夏の日差しと公園の風景が白々しい。


 幸奈は、マグカップにコーヒーを注いだ。


「……明け方、隣の家にパトカー呼んだの、もしかしてウチ?」

「ちがうわよ。お向かいさんじゃない?」

「どこだって良い。まったく……」


 健志が忌々し気に言葉を振り払ったとき、テレビのニュースが変わった。


『今年の選抜高校野球は……』


 さっとリモコンに手を伸ばし、健志がテレビのスイッチを切った。

 重い空気だけを残して、部屋の音が消えうせた。

 あのねえ、と頼子が嘆くように言った。


「最近ね、朝に、新聞受けの中に草が入っているの」

「草? 何それ」

「枯れたシロツメクサよ。何本かをこう、束ねて赤いリボンで結んであって……多分、子供のいたずらとは思うんだけどね」


 気持ち悪いから、いつもすぐにゴミ箱に捨てているけど頼子は言い、食堂の壁を見た。

 壁を透かして、隣の家を見ているであろう頼子へ、幸奈はうんざりとコーヒーを飲む。

 コーヒーの香りに、頼子が発する酢酸の匂いが混じりこんだ気がした。


 昨夜の夜の騒音に腹を立てている健志が、隣へ抗議に行く息巻いているのを頼子がたしなめている。


「あまり事を荒立てないで頂戴よ。お隣も、そりゃ気の毒といえば、そうなんだし、あまりとやかく言うのも……」

「近所迷惑には変わりないだろ! こっちだって寝不足なんだぞ。自分の息子なら、親が何とかするべきだ」

「何とか出来ていれば、息子が一〇年も引きこもっていないわよ」


 昔は「晃くん」と呼んでいたのに、今では「息子」か。

 一〇年の間に変質した、隣の菅山家に対する両親の感情に、幸奈は気が重くなった。


 父がローンを組み、この一戸建て住宅を購入して引っ越してきたのは、幸奈が小学生の頃だった。

 ほぼ同時期に、菅山家も隣に引っ越して来ていた。

 息子の晃は幸奈と同級生で、同じ転校生同士、同じ小学校に通うことになった。


 地域の新参者同士で、同じ年の子を持つ親同士もすぐに打ち解け、夏休みは家族同士で旅行をすることもあった。

 幼馴染の関係というのは、友情や恋人と違って積極的に作り上げたものではない。たまたま近所に住んでいた、たまたま年齢が近かった、という偶然が重なって出来上がったものだ。


 しかし幼馴染の異性というのは、世間から見れば一種の運命的な男女の出会いで、しかも小学校から高校まで、同じ学校に通っていれば、なにがしかの感情が沸き上がる。

 実際、幸奈もそんな想いを晃に持っていた時期もあった。


 なので、晃が高校で野球部に入部した時は、幸奈もマネージャーとして晃の後を追いかけたし、晃がピッチャーとして活躍し、チームを甲子園優勝に導いた際に、勝利投手として取り上げられた雑誌の特集記事で、二人の事を有名な野球漫画の登場人物、幼馴染同士の関係になぞられた時は、気絶するほど嬉しかった。


 それが急転直下した。

 晃が事件を起こし、野球も辞めて学校も退学した。

 世間に叩かれて居場所を無くし、そのまま家に引きこもるようになった。

 大人しく引きこもっているうちはまだ良かった。

 

 自業自得とはいえ、世間からネットでつるし上げられ、公開リンチされていた晃に対し、両親も多少なりとも同情の念はあった。

 だが、三年前から晃の家庭内暴力が始まった。

 そして騒音をまき散らす近所のトラブルメーカーとなった今、河野家は菅山家を氷の刃で切り捨てた。


「あの一家と、まだ親しいと思われては困る」


 健志は今ではそう言って、甲子園のニュースにまで嫌悪感を示すようになったし、頼子は同情気味ながらも、隣家を疎んじている。


「……まさか、一人息子がこんな風になるなんて、親は想像もしなかったでしょうね」

「自業自得だろう。万引きは犯罪だ。しかも相手にケガさせるなんか最低だ。高校生にもなれば、もう善悪の区別もついていたはずだろう」


 ……幸奈は、黙ってトーストを齧った。

 そう、万引きはする方が一番悪い。

 しかも、晃のそれは「ゲン担ぎ」だった。


 晃にとっては、試合前の儀式だった。

 少年野球チームの頃からそれを繰り返していて、店の人にばれずに盗めれば「勝ち試合」だった。

 だから試合前に、本屋にドラッグストア、個人商店の文房具屋で、盗みを繰り返していた。


『よし、成功! 次の試合これでバッチリ!』


 輝く笑顔で、川やゴミ捨て場に盗品を投げ捨てていた晃を、幸奈はそっと記憶に閉じ込めて蓋をした。


「いってきます」


 寝不足で重い頭を振りながら、幸奈は家の外に出た。

 駅へ続く道が目に入った瞬間、肩がずんと重くなった。

 昨夜の名残が目の前に広がっていた。

 何かの破片、目覚まし時計、壊れたものが道路に散乱している。


 道の片隅に、見覚えのある金色のトロフィーが転がっていた。

 思わず足を止めて、幸奈は隣家の窓を見上げた。

 やはり、晃の部屋のガラスは割れていた。カーテンの奥に気配があった。

 目を戻すと、目の前にすり切れた女が立っている。


 隣家の晃の母親、真弓だった。


「あらまあおはよう、ユキちゃん」


 顔を合わせるのは、ずいぶん久しぶりだった。

 頼子が言うには、この母親も息子と同じく、ほとんど家から出てこないらしい。

 昔は親しかったとはいえ、今の関係は微妙だ。

 しかも暴力の次の朝だ。どう接していいのか分からない。


 それでも、おはようございますと幸奈は口と声帯を動かした。

 息子が暴れ、投げ捨てた物が散乱する道に立ち、晃の母親はにこやかに幸奈を見ている。

 骸骨に薄い皮を張ったような、その笑顔すら寒々しい。幸奈は疫病神に魅入られた気分になった。


 真弓の今日の出勤服は、淡い桃色を基調にした動きやすいサマーワンピースだった。真弓はその服をじっとりと眺め回した。


「ユキちゃん、フランスの化粧品会社に転職したんだって?」

「え?」

「すてきな服ねえ、あの小さなユキちゃんが、こんな服着てご出勤なのねえ」


 どうしてこの人が知っている。幸奈はうす寒くなった。

 三ヵ月前に、幸奈は転職した。フランスの化粧品会社ではなく、アロマ商品を中心にしてボデイケアやフレグランスを扱う会社だった。


 本社はフランスにある。日本に代理店は少ないが、大手百貨店「大久」の三階に小さな売り場があり、幸奈はそこに販売スタッフとして勤務している。

 しかし、河野家は菅山家と何年も断絶状態だ。母親の頼子が、幸奈の近況を真弓に話すはずがないし、菅山家は近所のネットワークからもすでに外れている。それでどうして、自分の話を知ったのだろう。


 嫌な気になった。母親の真弓が知ってのなら、晃も知っている可能性がある。


「すてきねえ、ユキちゃん。フランスの会社かあ、いいわねえ」


 真弓が、幸奈に向かって壊れたレコードのように言葉を繰り返す。

 幼馴染の母親は、容姿も雰囲気も、絶頂期の一〇年前から崩壊していた。老けたではなく、荒れていた。

 一〇年前は、甲子園勝利投手の母として、その教育論や子育て論をマスコミのスポットライトの前で滔々と語っていた。


『普通の母が、いかにして天才投手を育てたのか』そんなタイトルの本を出版する計画もあったらしいが、もうそれは過去の残骸だった。

 当時の自信の輝きは、消えたではなく一変して落伍者の垢になっていた。さっきから、真弓から流れてくるストレス臭が、幸奈に向かって漂ってくる。


 どぶ水を煮詰めて、アンモニアを加えた腐臭に幸奈は吐き気を感じた。


「すみません、電車が……」


 乾いた笑顔で、頭を下げる幸奈へ「ねえユキちゃん」真弓はほほ笑んだ。


「それでユキちゃんは、いつ晃のお嫁さんになってくれるの?」


 ――それを聞いた時、西城輝美は思わず定食を食べる手を止めた。


「なによそれ」


 目の前で、高校生時代の同級生が陰鬱な顔でカップスープを飲んでいる。

 大久百貨店の三階、フランスのフレグランス商品を扱うテナントに、三か月前に派遣されてきた河野幸奈だった。高校卒業後、偶然再会した友人だった。


 輝美はこの百貨店に勤務し、九階の筆記用品販売スペースの担当なので、幸奈と頻繁に顔を合わせることは少ない。それでもたまに、こうやってお昼休みの食堂で、向かい合って食事をする機会はあった。


「菅山君って、あの菅山君? 今、何をしているの?」


 輝美の問いに、何もしてないと幸奈は首を振った。


「高校退学して、あれからずっと。進学も就職もしていない」

「幸奈とは、あれからどうなっていたの?」


 つい、無神経なことを聞いたと反省した輝美だが、幸奈は薄く笑っただけだった。


「あの騒ぎ以来、もう、全然会ってないし、メールだってないよ。隣の家に住んでいるっていう事実だけが残っている感じだったの。それに、うちもあの騒ぎで、色々迷惑したこともあって。両親も晃の事を良く思わなくなったし……だから、おばさんからいきなり『晃のお嫁さん』なんて言われて、物凄く吃驚したというか」


 力ない笑顔の幸奈に、輝美は頭を垂れた。

 幸奈の幼馴染の菅山晃は、輝美の高校時代のクラスメイトでもあった。

 晃は小学校の頃から野球をしていて、高校の野球部ではエース投手だった。

 地元でも有名な野球少年で、球速はもちろん、ストレート、高速スライダーにフォークにカーブと、球を自由に操る天才と呼ばれていた。


 高校三年の夏、強豪とはいえなかった母校を甲子園に導き、しかも優勝させた時は、地元中が熱狂し、その騒ぎはリオのカーニバルを超えた。スポーツ記者の津波が学校に押し寄せ、校長と教頭、クラブ顧問から担任教師までが真っ赤な顔で踊り狂い、校内は歓喜と狂乱の嵐だった。


 あの時の晃は正に頂点だった。英雄で、神だった。

 当時、輝美と晃は同じクラスの生徒だったが、輝美にとって晃は憧れの輝く星で、その間は月と地面の石ころほどの差があった。


 幸奈は輝美の隣のクラスだったが、優勝高校の野球部マネージャーとしても、輝くスター選手の幼馴染の彼女としてもスポットライトが当たっていた、有名な女子生徒だった。


 甲子園優勝投手、優勝旗を持ち帰った晃は、当然プロ野球を目指すものだと皆は思っていた。すでにあちこちの球団から、スカウトの目をつけられていた。

 しかし、たった一冊の本、万引き一つが、晃の栄光を一気に引っくり返した。


 個人で営む、防犯カメラもない小さな本屋で、晃はある日、漫画一冊をジャケットの内側に納め、店から出てすぐに店主の老人に見咎められた。

 店の前で押し問答になり、晃は店主を殴りつけた。ジャケットから盗品の漫画が落ちて、転倒した店主は腕の骨を折った。


『なぜ?』と周囲は驚愕した。前途洋々、才能にあふれた若きピッチャーが、つまらない万引きをする理由が分からなかった。

 だが、週刊誌がスクープを出した。晃はこれが初犯ではなかった。


 子供の頃から盗み癖があり、ゲーム感覚で窃盗を行っていたという。「彼の近しい友人」の談話が雑誌に掲載された。

 世間は一気に手の平を裏返して、晃を針のむしろに叩きつけた。


 万引き常習者で、傷害事件を起こした部員が勝利投手とはけしからんと、学校側は散々世間に叩かれて、野球部は廃部の声や、優勝旗返上の話まで出た。

 学校は晃を退学にすることで、何とか野球部の廃部を回避させた。

 あの時を思い出すと、輝美は幸奈に深く同情する。


 晃の幼馴染として、公認のカップルと思われていた幸奈にも、当然火の粉がかかった。周囲の薄い悪意と白眼視のストレスで体を壊して、欠席が長引いたほどだ。

 しかし、晃は幼馴染だ。現在がどうであれ、普通の他人よりは情が濃いかもしれない。

 お嫁さんという、晃の母親の言葉に動揺するのも無理はない。


 ――お嫁さんて言葉もそうだけど、と幸奈はため息をついた。


「あの時のおばさんから漂う「匂い」が、半端ない凄さでね。あれに比べたら、満員電車の中で、前日にニンニク食べた人と二日酔いの人と、病人と胃が悪い人に囲まれた匂いがあったとしても、まだ富良野のラベンダー畑の香りよ」

「なにそれ……」


 輝美は絶句した。

 高校時代にストレスで体を壊した幸奈は、薬とヨガを治療に取り入れた。だがそのせいか、朝の通勤電車にマスクなしで乗れないほど、嗅覚が敏感になった。

 密閉した空間に、大勢の人間が乗り込む通勤ラッシュの電車は、幸奈にとっては暴力的な匂いに満ちているという。食べ物だけではなく、体調やストレスから漏れる匂いは、口臭エチケットやお風呂でも誤魔化しきれないらしい。


「引きこもりの男に『お嫁さん』か」


 輝美は、ため息をついて携帯を取り出した。

 そして、幸奈に見せた。


「大丈夫よ、幸奈。菅山君のお嫁さん候補は、あんただけじゃない」


 販売業をしていると、商売根性のせいで、疎遠になった相手でもメアドが削除できない。

 高校時代の仲間のメールアドレスも、まだ保存している。


『件名・如何お過ごしでしょうか』


 二日前に来たメールだった。送信元アドレスが「あの菅山晃」であることに、輝美はその時、信じられなかったが。


『お久しぶりです、菅山晃の母です。息子の晃が最近貴女の事をしきりに懐かしがって、会いたいと言っています。晃も年頃ですので、そろそろ身を固めて家庭を持ち、安心させて欲しいのが親心です。息子と是非会って交際して頂けないでしょうか? 貴方のような素敵なお嫁さんが晃の元に来て頂ければ、私も安心です』

「息子の携帯を使って、一斉送信したみたい」


 案の定、幸奈が愕然としている。

 輝美は言葉を続けた。


「これと同じメールがね、美雪や響子のとこにも届いたって。しかもカオルちゃんのとこに届いて、マコトには来なかったってところで、分かるでしょ」


 カオル(薫)は男である。マコトは女性だが、漢字が一文字の「誠」なので、よく男の名前に間違われる。


「テロ的な母の愛ですね」

「まさかとは思うけど、相手にしたら駄目だよ。第一、菅山君がああなったのも自業自得で、幸奈はむしろ被害者なんだから」

「引きこもり男の嫁ですか。やっぱり子供部屋がスイートホームかなあ」

「……印布 そこで何やってんの?」


 輝美は低く呻いた。

 いつのまにか、同じフロアで紙雑貨売り場の販売員、印布が素うどんのお盆と共に、輝美の隣の席にいる。


「社員食堂で、ここの従業員がうどんを食べる。何やっているもないでしょ」

 そして、印布はしれっと幸奈に頭を下げた。


「河野さん、三ヶ月前に当フロアでファイロファックスの手帳をお買い上げ頂き、ありがとうございます」

「ああ、あの時の店員さん……」


 幸奈がわずかにほほ笑んだ。

 輝美は内心、何が店員だ、うどん食いの悪魔めと心の中で毒づくが、印布は平気な顔で割り箸を取った。

 そして、にんまりした笑顔を幸奈に向けた。


「幼馴染って、呪いですよね」

「え?」

「友達や恋人と違って、積極的に築いた関係じゃないでしょ。たまたま近所に住むことになって、たまたま年が近かっただけの、偶然の産物でしょ。そんな『偶然』に、運命的で特別な何かがあると、人間は何で思いたがるんでしょうね」


 ずるずるとうどんをすすりながら述べる印布に、幸奈は呆然としていた。


 休憩終了、自分の売り場のバックヤードへ足を運びながら、輝美は隣の印布を横目で見た。

 機嫌よく歩いているが、悪魔の機嫌が良いのはどうも油断が出来ない。うどんで満腹以外の何かがある。

 案の上だった。


「河野幸奈さん、あの人は良い闇をお持ちですね」

「は?」


「素敵な闇です。幼馴染という呪いにかかったお姫様。隣の王子様への黒き想いと甘き闇! テル姉ちゃんに分かりやすい例えを使うなら、黒い肌のフォンダンショコラを半分に割ると、トロリと流れる黒色のガナッシュのごとき……」


「妙な例えを使うな、うどんの悪魔。ついでに言えば、人間ぶりっ子するならうどんの食べ方、それなりに気をつけなさいよ」

「え? 箸の使い方おかしい?」


「熱いうどんをそのまま食べているでしょ。人間はね、熱いものを箸で取ったら、一度口でふうふうと冷ましてから食べるの。口の中を火傷するでしょ」


 ぽん、と印布は手を打った。


「ありがとう、テル姉ちゃん」

「それから、幸奈は私の友達だからね。良い闇を持ってるなんて、妙なこと言わないで頂戴」

「だって、ホントに良い闇なんだもん。何ならその内容を聞かせてあげましょうか?」


 ほっほっほと笑う印布。輝美は思い切りその尻を蹴った。


「いったぁーっ」


 悲鳴を上げた印布に、輝美は驚いた。

 悪魔なら避けると思ったのだ。


「メア・デ・フルール」という店名は、フランス語で「花の海」を意味する。

 100年前のフランスのプロヴァンスで、農家を営む一家が、自家製の石鹼を売り始めたことから始まった。


 今ではフレグランスからスキンケア、バス用品と「香り」をコンセプトにした商品を扱う企業になった。製品に添加物や着色料を一切使用せず、花や果実、蜂蜜にアーモンドと、植物性由来の原料を使用している。


 同じ香りの材料でも、産地によって香りが違ってくるのだが、幸奈はここの商品の香りが一番優しく、そのくせ鮮やかで、日本人の体臭に馴染むと思っている。

 まだ日本では代理店が少ないが、フランスからのお土産や口コミで知った人が愛用者になって、大久百貨店にも足を運んでくれる。


 プルーストに「失われた時を求めて」という名作がある。

 ひとかけらのマドレーヌの香りが、主人公の記憶を蘇らせる。幸せと甘い戦慄が重層し、彼を過去と神話、歴史の世界へ誘うのだ。


 幸奈にとって、香りは嗅覚を通して人を癒し、動かし、幸福を与えるものだった。

 香りの好みは人それぞれ、生理的なものから体質的なものまで複雑に絡み合う、その客が求める香りのベストを見つけ出す手伝いが自分の仕事だと、幸奈は思っている。


 香りのアドバイスは、商品の説明だけではない。

 香りは個人の体臭や体温によって変化し、そして用途や好みもある。ラベンダーはリラックス効果で知られているが、人によってはレモングラスの方が良いという。

 幸奈は客のそんなオーダーを聞き、相手の体臭や気分を嗅覚で察知し、その人に合う香りを選び出す。


 幸奈に勧められたテスターを肌につけて、その立ち昇る香りに「うわあ、いい匂い」と目を見開く客に、幸奈は嬉しくなる。

 日常では厄介な嗅覚もここでは役に立つのだ。


「メア・デ・フルール」は、今年創業100周年を迎えた。その記念の一環で、フランスの有名なクリスタルメーカーの香水瓶とフレグランスの組み合わせで、日本限定販売のコラボ品を出すことになっていた。


 一ヵ月前に送られてきた商品カタログを見て「あ、可愛い」と思った商品だったが、実際に送られてきた荷物をほどいた途端に、あふれ出した香りと、矢車草にバラ模様、リボンに貝殻が散らされた愛らしい柄の香水瓶に、幸奈は同僚と感嘆の声を上げた。


 自分も気に入る商品だと、販売するモチベーションも高くなる。

 商品を気に入ってくれそうなお客の顔を何人か思い浮かべ、DMの文面を考え、商品のディスプレイを考えるのは楽しい。


「――香りも良いけど、香水瓶だけで買う人いるかも」


 幸奈はそんなことを考えながら店を出た。

 商品が納入された日は、商品整理や検品で残業になる。そして軽く食事もして帰ったので、仕事が終わったのは終電近い。

 駅の改札を出ると、人通りは少ない。幸奈は歩き始めた。


 駅から自宅までは徒歩10分で道も暗いが、幸奈に家族に迎えに来てもらう考えは全くない。

 販売業に就けば残業はつきものだった。夜遅くの帰宅は珍しくもない。


 それでも、夜中の公園の前を歩くのは流石に緊張する。

 足を速めた、その時だった。


 ――ユキちゃん


 女の声。

 幸奈は足を止めた。

 目の前の電信柱の脇に、人が立っている。

 母の頼子が、迎えに来たのかと思った。

 違った。


「こんばんわ、ユキちゃん。私よ、あきらのおばちゃん」


 ねえユキちゃんと、粘つく甘い声が名前を呼ぶ。

 偶然、道端で出会う不思議以上に、不気味さが先だった。

 それでも、なんとか「こんばんは」と挨拶を押し出す。


「こんな時間に、おばさん……どこか行くんですか?」

「丁度よかったわあ、会いたかったのよユキちゃん。ねえ、あなたは晃のお嫁さんになってくれるよねえ? みんな冷たくてねえ、あなたしかいないのよ」


 突然放り投げられた話題に、幸奈は輝美の話を思い出した。

 ざわりと、氷の虫が背中に這った。

 隣の幼馴染だけに的を絞るのではなく、息子の携帯に名前がある女全てに「お嫁さん候補」のメールをばらまいた。精神がおかしいが、計算は出来ているその冷静さが怖い。


 逃げようか、どうしようか。

 真弓の今の状況は、母の頼子が言う通り同情すべき部分もあった。しかし、同情と狂気に付き合うのはまた別だ。出来るなら関わり合いになりたくはない。

 隣人だ。それでも、家に入ってドアを閉めてしまえば良いのだ。走って逃げようか。


 だが突然、真弓の獰猛な手が伸びた。幸奈は腕を掴まれた。


「晃がああなったのはねえ、あんたのせぃよぉ」


 狂気を押し込めた声が、耳に注ぎ込まれた。

 あの朝に感じた異臭が、一気に拡散した。幸奈は胃が逆流しかけた。

 一瞬、晃との最後の会話が蘇った。


『ガキの頃からの付き合いだからって、うるせえんだよ。お前がカノジョ面するな。思い上がんなよ』


 あの尊大な晃の目は、母親の真弓に似ている。


「でもね、またあの子は野球をするのよ! ふふふ、そうよ、あの子はまた野球するの! だって、黄金の右なのよ? 野球界の至宝で、スーパースターなのよ? 部屋の中でもバット振るって、れんしゅうしているのよお? あのこが復帰したら、またスカウトがたくさん来るわ! たくさんたくさん、スポーツ記者も来るの! そして大リーガーよ! あんたなんか土下座したって、あの子にとっちゃ便所程度のオンナだけど、今なら嫁にしてあげてもいいわ、もうあたし、殴られるの、厭なのよ」


 街灯が真弓の顔を照らした。

 赤黒く腫れあがった顔に、腕のあざに幸奈は細胞が凍った。


「ユキちゃん、あんたのせいよ」


 血の匂いと胃液の匂い、ストレスと病で滲み出る真弓の匂いが、夜を埋め尽くす。


「あんたが、この公園で、晃に甲子園へ連れて行けって焚きつけたんだろうが! だからあの子はああなったんだ!」

「……ちがう……」


 小学生の頃、この公園によく来て二人で遊んだ。公園の樹に向かって球を投げ、狙った場所に当てる遊びをした。

 幸奈は樹に当てるどころか、脇をすり抜けた。晃は上手だった。必ず幹の中心に当てた。


『すごい、晃。プロ野球に入れるよ!』

『まずは高校の野球部入って甲子園からだ。三振ばんばん取ってやる。幸奈に俺のカッコいいとこ見せてやるよ』

『ほんと? 見たい! 見せて!』


 そう、確かに言った。自分のために大好きな晃が目標へ向かってくれることに、無邪気に、ただ嬉しくて、晃に向かって甲子園に連れて行ってと言った。

 少女の甘い夢だ。

 中学そして野球部のマネージャーになってからも、その後何度も「甲子園へ連れて行って」と、そう言った。


 晃は約束通り、幸奈を甲子園に連れて行き、母校を優勝に導いた。

 それから、何が起きたか。

 ――晃は、あの『ゲン担ぎ』をまたやったのだ。

 自分が希望しているプロ野球球団に入団できるかどうか、スカウトが来るか。


 結果は万引き失敗、つまりは『入れない』だった。その通りになった。

 息子がスターから犯罪者になるのを阻止しようと、晃の両親は窃盗と傷害を世間から隠そうと、親しい警察関係者を使って、事件をもみ消そうとした。

 被害者の店主にも多額の治療費と口止め料を払った。


 しかし、事件は大手週刊誌に届いた、匿名の手紙によって告発された。

 晃の窃盗と傷害事件はもちろん、子供のころから盗癖があること、店に見つかったのはこの一回でも、実は万引きの常習犯だと。

 両親が、警察の上層部を使ってそれを隠匿しようとしたことも露見した。その行為に人々は怒り、菅山家は世間に叩かれ、踏み潰された。


 これが元で夫婦は離婚し、父親が出て行った。

 あの家は、真弓と晃だけだ。


「あんたは確かに言った! 晃のお嫁さんになりたいって、言ったでしょ! あれはうそなの? あんたウソをついたの!」


 真弓の金切り声によって、思い出が汚されていく。晃との幸せな子供時代が、この現実に繋がっている。

 真弓から逃れようとした、その時だった。

 突然、ヒイと真弓が悲鳴を上げた。掴まれていた腕がゆるみ、幸奈は真弓をふりほどいたが、はずみで躓き、アスファルトの上に尻もちをついた。

 顔を上げる。そして息が止まった。


「おぜぇんだよ、いつまでかかってんだよう!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃー」


 雑巾のようなジャージを着て、ぶよぶよと肥大した男が立っていた。真弓が怯えて後じさり、躓いて尻もちをつく。

 男は真弓の襟元を掴み上げると、顔を殴った。逃げようとした真弓の頭髪をわし掴み、地面に引きずり倒すと、転がる真弓を執拗に蹴り始めた。


「早く買って来いって俺の命令に、貴様ハイって言っただろう!」


 幸奈は顔を背けた。

 男から獰猛な獣の臭気が吹き出していた。

 怒りの感情、それに据えた甘さが混じる。

 ジャージはヒトの垢と、強く不潔な汗が混じる凶悪な臭気だ。

 だが、声には聞き覚えがあった。


「……あきら……」


 名前を呼ばれた男は、真弓を蹴るのをやめた。

 初めて、自分達以外の存在に気が付いたようだった。

 ゆきな……男の口が自分の名前の形に動く。

 間違いなかった。だが幸奈の目の前にいるのは、晃であって晃ではなかった。


 顔は、脂肪と垢で盛り上がっていた。そこに晃の名残と残滓が所々にへばりついている。

 まるで晃に化けようとして、失敗した怪物だ。

 たるんだ身体に、野球で鍛えた筋肉は微塵もない。


 ――ユキちゃん、あんたのせいよ。


 めまいがした。アスファルトの上に座り込む。

 パトカーのサイレンの音が近付いて来た。

 ひいひいと、真弓の泣き声が聞こえてくる。

 それを聴覚の外で聞きながら、幸奈は動くことが出来なかった。


 最後に、晃を見たのはいつだったか、幸奈は思い出せない。

 隣家の晃の部屋は、数メートル離れて自室と向かい合っている。屋根伝いの訪問は無理でも、窓を開けば十分お互いの顔も声も届く距離だったが、今では、二人の部屋の窓は閉め切られていた。


 菅山家が世間に叩かれ、晃が学校に来なくなった時、幸奈は晃に会おうと、何とか努力したこともあったのだ。だがメールは無視された。

 直に会おうとしても、隣家の周辺は雑誌記者ややじ馬による結界が張られていた。

 そうしている内に、晃の影響で幸奈まで学校で嫌がらせが起きた。幸奈はストレスで体調を崩し、晃に構うどころではなくなった。


 そうして進学、就職と道を進んでいる内に10年が過ぎていた。物理的な距離は隣でも、時の流れは晃を薄めていた

 まさか、ああなっていたなんて。

 

「郵便受けに、また石と雑草が入っていたのよ」


 母、頼子が朝食の席で、夫と娘に嘆いた。

 健志が応じた。


「もう少しの辛抱だ。我慢しろ、不動産屋だって、この立地と家ならすぐ買い手がつくって、そう言ってくれただろう。次に住む家も、今探してくれている」

「そうよね」


 頼子が頷いた。


「幸奈も、もう少しの辛抱だからね」


 河野一家が引っ越しを決意したのは、幸奈と晃の再会の夜から数日も経たない内だった。

 住宅ローンの返済などで、引っ越したくても出来なかった10年前から状況が変わったこともあるが、一番の原因は隣の家庭内暴力の音が激化したことだった。


 週に一度二度が、毎日になった。夜遅くに鳴り響く破壊音と悲鳴に、一家は消耗した。

 特に、心に重しを抱える幸奈にとっては、耐え難い音だった。

 連日鳴り響く暴力の騒音に、幾度かパトカーが来ていたが、やがて来なくなった。


 噂によれば、あの真弓が駆け付けた警官にバケツで水をかけて、通報した家の庭に、死んだ鳩やカラスを投げ込んだという。

 幸奈は、毎朝入れられる草花の意味を考えていた。

 あの草花は、晃が子供の頃に、よく幸奈のために作ってくれた手製のブーケを思い出させた。そして、晃が珍しい石を集めていたことも。


 毎朝のように郵便受けに投げ込まれる、枯れたシロツメ草の花束や、風変わりな石は、あの親子の狂気なのか。

 あの化け物が子供時代を伝って、自分に汚い手を伸ばしてくる。あの夜の腐臭を思い出すと、晃を失った実感と同時に、相手が何を考えているのか分からない、得体のしれない嫌悪感があふれてくる。


 だけど、もう終わる。

 引っ越しすれば、あの二人とは完全に縁が切れる。

 幸奈は立ち上がった。


「会社行くわ」

「ご飯は? ジュースしか飲んでないじゃないの」

「もう良いわ」


 玄関から家の門を出て、振り返らずに歩き出した。

 ゆうきなちゃああん。

 足が止まる。背中に生ぬるい声がかけられた。


「こっちよこっちぃ」


 隣家の玄関先で、真弓が手招きしている。


「ねええ、話、聞きなさいよお」


 あの日以来、真弓は毎朝玄関先で、出勤する幸奈を待ち受けている。

 幸奈は、大きくため息を吐き出した。そして、玄関から出てこようとする頼子と健志を目で制した。

 この家を売ることを考えると、近所の目につくのは避けたい。


「晃との結婚のお話は、昨日も、その前も、何度もお断りしました」

「ねえ、あんたたち、この家でていくってほんとお?」


 幸奈は黙った。


「そんなのうそよねえ、だってさあ、大好きな晃君をのこしてなんて、いかないでしょお?」


 子供の頃に親しんでいた、幼馴染の「お母さん」の面影は歪んで原形を無くし、目の前にいるのは、息子に殴られ続けて変形した女だった。


「ねえ、幸奈ちゃんは晃が好きだったんでしょ? お嫁さんになりたいって、あたしの前でも言ったわよねえ、幸奈ちゃんは、おばちゃんに嘘つかない子よねえ」


 同情を引こうとする卑屈さ、計算に満ちた目が、じっと幸奈を舐め回す。

 甘い臭気。真弓の思惑が透けて見えた。

 真弓は、幸奈を晃の妻に据えることで、晃の関心を自分から幸奈へ向かせ、暴力の対象を押し付けようとしているのだ。


 やめてよ、と幸奈は口に出さずに吐き捨てる。

 あんなモノ、もう晃じゃない。

 あんな風になるのなら、いっそ死んでくれたら良かったのに。


「晃もおばさんも、カウンセラーにかかった方が良いです」


 幸奈は、真弓から目をそらした。晃が有名になり、一部の雑誌に幼馴染との仲が取りざたされたことがあった。その時に、真弓に言われたことを思い出したのだ。


『もう、うちの息子と貴女は釣り合いが取れないの、分かるでしょ? いくら幼馴染でも、分をわきまえて頂戴ね』


 ……こんな女に、生贄にされてたまるか。


「晃もおばさんも、典型的な親子の共依存です。晃が立ち直るにも、専門家の力が必要です。晃は心の病気なんです」


 みるみるうちに、真弓の形相が変わった。


「なによせんもんかってぇっ」


 朝の空気に、悲鳴がつんざいた。

 何事かと、通行人が振り返った。

 門から両親が飛び出してきた。


「冗談じゃないわ、キチガイだっていうの? アタマの医者に見せろって? マスコミにバレたらどうするのよ! あの子はね、スーパースターなのよ、黄金の右で、至宝よ。クソなマスコミに、あの子の将来が食い散らかされたどうするの!

 あの子は病気じゃないわ! だってご飯もモリモリ食べるし、おやつだって食べるし、健康よ、いつだって野球ができるのよ馬鹿にしないで!」


 耳を抑えて、幸奈はその場を離れた。


「ゆきなああああ、にげるなああああ」


 あんたのせいだあ、と声が追いかけてくる。幸奈は駅へと駆け出した。


 百貨店の従業員通用口で、IDカードを警備員に見せて建物に入った。

 あの真弓から遠ざかり、日常の無機質に触れ、馴染んだ店の裏舞台で、幸奈はひとまずほっとする。


 ロッカー室で、幸奈は「晃」を脱ぎ捨てた。制服を着ると頭が切り替わる。

 何が身の上に起きても、職場に入れば『販売員』という型に自分をはめ込み、自分をコントロールする。


 売り場に出ると、頭のモードは完全に切り替わった。「メア・デ・フルール」は、混雑することはないが、絶え間なしに客が訪れる。気が抜けない。

 特に「一〇〇周年日本限定コレクション」有名クリスタルメーカーのコラボ商品が出ている今は、メア・デ・フルールを知らないファンもやってくる。


 フルールを知らない層にも、商品を広める機会だった。他業種とのコラボはそういった側面もある。

 厭なことを追い払うため、幸奈は仕事に励んだ。

 来店客が一時的に引いた時間帯だった。カタログで発注する商品をチェックしていた幸奈は、はじかれたように顔を上げた。


 ざらついた音が聞こえたのだ。

 それは、女の声だった。ゆきなちゃんと。

 清潔な店内に、得も知れない臭気が流れてきた。嗅ぎ憶えのある匂いに、幸奈は心臓を捻じり上げられた。

 目を疑った。


 職場を知られているとは、思わなかったのだ。もしかしたら、後をつけられていたのかもしれない。


 ――目の前に『真弓』という化け物が立っていた。


 真っ白い上下のスーツを着て、首には装飾過多の、シャンデリアのようなネックレスがぶら下がっていた。

 唇は真っ赤な口紅の色がはみ出ていた。髪の毛は、白髪で出来たホウキだった。痣や腫れた顔のままだった。


「ああ、やっと会えたわ。ここだったのねえ、幸奈ちゃんどこですかって、インフォーメーションの人に聞いてもおしえてくれないし、あちこちさがし回っちゃった」

「……」


 足が震える。顔がこわばり、指先が冷たくなった。

 店に戻ってきた同僚が、狂女の顔を見て立ちすくんだ。

 警備員を、と同僚が囁いたが、幸奈は動くことが出来なかった。


 職場を知られたら、幸奈は網に追い込まれた魚も同然だった。


 一番恐れていたことだったが、油断もしていた。

 頼子が娘の勤務先を教えるはずもないし、近所の輪から外されている真弓に、それを知られる事はないだろうと思っていた。日常的に暴力を受けている体で、尾行する行動力も思考もないと見くびっていた。


 ――同僚が店の隅をみやり、カウンターの下から幸奈へ、そっとメモを差し出した。

『フロアの主任に、あの女客の噂が届いている』


 ふ、と力が消えた。同僚が痛々しそうな視線をちらりと寄越す。

 真弓はここ数日、毎日売り場にやってくる。

 最初のうちは幸奈に執拗にまとわりつき、話しかけてきた。


 そして他の客にも馴れ馴れしく話しかけようとして、ついに警備員を呼ばれた。それから作戦を変更したらしい。

 売り場の中央に彫像のように立ち、粘ついた目で幸奈を視線で追う。

 毎回同じ服装だった。純白のスーツは徐々に薄汚れ、使い古した紙袋のようになっている。


 その姿で、売り場の中央にずっと黙って立っていた。

 真弓の異相に、客が怯えて売り場に寄り付かない。来てもすぐに引き返す。

 自分の居場所が汚染されていく、それ以上にもっと耐え難いのは、真弓が売り場で歌い出すことだった。


 それは、高校の校歌、幸奈と晃が通った母校の校歌だった。最初それが聞こえた時、幸奈の全身の血液が凍って逆流した。

 警備員が来ると逃げ出すが、また戻ってくる。

 あの狂女が、幸奈と関係あるのは傍目でも一目瞭然だった。


 イメージを何より商品にしている百貨店だ。この場合、店は厄介な客の元になった販売員の交代を派遣元の会社に求める。

 場合によっては、幸奈はこの百貨店を外されて違う店に回される。幸奈にとっては。真弓と一緒に理不尽な心中も同然だった。


 他の店に移っても、販売の仕事することには違いはない。だが、幸奈はここの店が好きだった。徐々に個人的な顧客がついてきたところで、やりがいを持って仕事をしていた。

 そして次の店に移っても、真弓が現れないとも限らない。


 ――カウンターの引き出しに入っている、頑丈なカッターナイフが幸奈の頭に浮かぶ。


 帰りも真弓は幸奈を待ち伏せしていた。警察にストーカーとして届けたが、相手は老女で、直接的な暴力を振るってはいないと、対応は消極的だった。

 それに家の売却を考えると、近所の噂は避けたい。

 真弓がソプラノで歌い始めた。


 おお、われらが母校……称えよ歴史は古く続けよ伝統……


 甲子園優勝で、斉唱した校歌だった。

 あの最高の思い出が、禍々しく鮮やかに広がる。紙吹雪、歓喜の声、お互いに抱きあうチームメイトたち、晃の笑顔。

 栄光の絶頂から転落する将来など、想像もしていない笑顔。


 甲子園のヒロインとして、絶頂だった自分。

 幸奈の喉元に、絶叫がこみ上げた。

 引き出しを開けてカッターを握りしめた。カウンターから飛び出そうとした時だった。


「お客様、これをどうぞ、試供品ですけど」


 真弓が歌うのをやめた。

 店員が、真弓の前にいる。

 小さな小瓶を真弓に差し出しているのは、幸奈にとって知っている顔だが、この店にいるはずのない店員だった。


 いんぷさん、幸奈は無音で口を動かした。この小柄な女は、三階の化粧品フロアではない、九階の文具、紙雑貨の販売員だ。

 しかも、どうして自分と同じ白い制服を着ている?


「……いいにおい……」


 瓶に鼻を近づける真弓に、印布が頷く。


「でしょ、今のお客様にぴったりの香りです。縛られた心を解き放ち、受けた傷を回復させる魔法の香り。そしてこの香りは心に働きかけ、お客様にこれからどこへ行き、何をすべきか、霊感を与えてくれましょう……さあ、どうぞつけて」


 印布が小瓶の中身を開け、数滴を真弓の両の手に落とした。

 ふわりと香りが空間に広がった。


「……」


 真弓は目を閉じ、うっとりと香りを嗅いだ。まるで幻花の香にたゆたう表情を浮かべていたが、やがてゆらゆらと売り場の外へ歩き出す。


「何この匂い」幸奈はたじろいだ。


「メアの商品じゃない」


 メアの商品ではない、どころか、どこのメーカーにも無い香りだった。フローラル、グリーンやシトラスと、フレグランス商品はそのどれかを基調にして香りを作る。しかし、この匂いにはそれが分からない。ローズにミントが混じり、そしてパッションにムスク、アンバーに……幾種類もの香りの混沌だ。


 デタラメな匂いだった。まともなメーカーなら、こんな香りを商品にするはずがない。

 いや、調香師なら作るはずのない匂いだ。

 気が付くと、てくてくと印布が売り場から通路へ出て行こうとしている。


「まって!」


 反射的に真弓は追いかけた。

 白い制服の背中が一瞬だけ売り場の柱に隠れ、そして姿を見せる。

 真弓は目を疑った。

 印布は若草色の制服に変わっていた。本来の紙雑貨の従業員のユニフォームだ。


「はあい?」


 固まった真弓の前で、印布がくるりと振り向いた。


「ダメですよ、売り場から勝手に出てきちゃあ」

「何で九階のあなたが三階に……」


 紙雑貨売り場従業員の、人を食った言葉に思わず声を上げ、幸奈は売り場規則違反に口元を抑えた。お客様中心の売り場の通路をふさいで、従業員同士が話をするなど、ましてや大声など言語道断だ。慌てて周囲を見回し……目を疑った。


 ――フロアに誰もいない。


 照明は煌々と点き、控えめな店内音楽も流れている。しかし、カウンターにも売り場にも、客と店員が一人もいない。

 同じ店の風景を持つ、がらんとした異世界に、印布と二人で立っている。


「……」

「ねえ、河野さん」


 印布が幸奈に顔を近づけた。


「アナタ、一〇年前に、幼馴染相手に、復縁作戦を見事にしくじっちゃったんですねえ」


 何が言いたいの、言いかけて気が付く。

 今まで、幸奈は鋭い嗅覚を使うことで人の感情や起伏を嗅ぎ分けてきた。人の体臭や、感情が発する匂いは、表情と同じくらいに相手を知るダイレクトな情報だった。

 悪意か同情、何のつもりなのか。印布の思惑も、いつもの習性で匂いで察知しようとしていた。それなのに、その印布の匂いが分からない。


 手を鼻で抑える。嗅覚は正常、それなのに印布の「体臭」ですら分からない。


「……なっ……」


 目を疑った。瞬き一つの間に、印布の頭に二本のねじれた動物の角が生えている。

 夢を見ているのか,幻覚か。

 突然違う舞台に放り込まれた役者のように、幸奈はセリフを失う。

 印布が口を開いた。


「10年前のアナタは、ただ幼馴染の晃くんを取り戻したかっただけなんだよねえ」


 晃とは無関係な人間、自分の内心を知るはずない相手が語る己の物語に、幸奈は何よりも戦慄し、思考を失った。


「わあ、可愛い。出会いは小さな恋のメロディだ」


 角を持ったタヌキ女が、半眼で何を見ているのか幸奈を笑う。


「やがて少年はたくましく成長し、幼きに日に指切りげんまんで交わした少女との、青春の約束を果たす! 良いですねえ、自分は何もせずに、口先だけの叱咤激励で甲子園優勝という栄光と、男の熱血を手に入れるなんて、女冥利に尽きるじゃありませんか。まさに幼馴染の純愛ドラマ決定版です。これでアナタは他の女子も羨む校内無敵のヒロイン、高校青春ドラマの主演女優決定! と思いきや……あらら、お気の毒の急転直下」


「……」

「アナタの晃くんは、栄光を掴んだ途端、周囲からのスター扱いに尊大になり、傍にいた幼馴染の幸奈ちゃんがしょぼく見えて、冷たくなった。何せ、アナタが持っているものは『子供の頃からのお付き合い』それだけのフツーの女の子だし」


 当時を思い出すと、今でも胸がキリキリ痛む。一緒に過ごした子供時代を持つ相手を『かけがえのない関係』だと思っていた自分。

 それを晃は投げ捨てたのだ。


「彼の母君も、実に分かりやすい人で、子供の頃は『大きくなったら晃のお嫁さんになってあげてね』なんて言っていたくせに、息子が有名人になった途端に『息子はスーパースター! 末はプロか大リーガー! これから相手にするのは女子アナか女優なのよ。徒歩30秒、隣のなんの取柄もないアンタみたいな小娘はあっちへお行き』なんて手の平返し、その手の平で頬を打つ連続技ときたもんだ」


 否定は出来なかった。それどころか、一ミリも動けない。

 そうそう、と印布は頷いた。


「傷ついたよね。純愛ヒロインの気分に冷水どころか、氷入りの泥水かけられた気分。そこでアナタは晃くん達に復讐をする。あんた達が持ち上げワッショイワッショイの甲子園優勝投手の晃くんは、子供の頃から万引き少年でーすなんて、告発のお手紙を週刊誌に送ったんだよね」


 いやだ。

 耳を塞ぎたいが、腕も足も冷たく、動かせない。


「フツーなら、有名人へのやっかみと嫉妬の、質の悪い中傷のお手紙って事で、相手にされずにゴミ箱行きのはずだったのに、まさか晃くんてば、今さらワルイ癖出して万引きして、バレてテンパって店のおじいちゃんボコるなんてさ。おかげさまで、晃くんフィーバーの世間にお水をかけようとしたら、ガソリンかける結果になっちゃった……ホントはさ、空高く飛んで行ってしまった晃くんを、自分が立っている地上に戻したかったんでしょ? 有名人でも何でもなくなった晃くんと、普通の幼馴染同士に戻りたかっただけなんでしょ? そういうときはね、独りで悩まずサバトに行けば良かったのよ。経験豊富な魔女のおばちゃんたちが、親身になって色々魔力を貸してくれるから……でも、もう今さら遅い」


 恋するがゆえの悲劇……そう言いながら印布はえんぴつ模様のハンカチを取り出し、流してもいない涙をぬぐった。


「それがまあ効果あり過ぎて、晃くんてば幼馴染の待つ地上に戻るじゃなくて、地べたに叩きつけられて脳みそから足の先まで複雑骨折。潰れたココロ抱えて引きこもりですか。そこで救いの手を差し伸べるはずのアナタも、事情がこじれて自分で手がいっぱい。ああ残酷な運命のすれ違い」

「……」


「おお、そうして、すれ違った二人の間に横たわる時の流れよ」


 わざとらしい演劇調の声を響かせる。


「アナタは大人になり、お仕事持った立派な社会人、でも王子様は時が止まり、子供部屋のお城の中で二本足の産業廃棄物」


 ぷぷぷと口を押えて、印布は幸奈を上目遣いに見た。


「そりゃ少女の夢から目を覚まし、現実に生きるようになれば、あんなの要らんわ忘れたい、ですよねえ。でも、彼にとどめを刺しちゃった後ろめたさも捨てきれない。なんていうか、作ったはいいが食べずにそのまま、鍋に入れっぱなしのカレーみたいなもん? 今どうなっているのやら、怖くてもう蓋を開けたくないあの感じ」


 印布の顔は、好物を前にした子供だった。

 知られているのか見透かされているのか、どちらにしても楽し気に己の闇をハラワタのように引きずり出される屈辱、そして恐怖に幸奈は震える。


「でもどうせ、家から出て来ないんだからほっとこう。自分で穴掘って落ちたのはアイツの自業自得よとそう思っていたら、あの母君がアナタに手を伸ばしてきた。あの人も結構なタマですね。今や産業廃棄物のお世話と垂れ流しの暴力の処理係で、おかしくなった頭なりに、自分が家から逃げだすための知恵を絞り、アナタに目をつけるとはね。まあ手近なところで済ますってのが短絡的と言えばそうだけど」


 めまいがした。おっとっとと印布が駆け寄り、幸奈の体を支えた。


「あの母君の頭、狂っているなりに考えていますよ。キティの頭にある戦略構想や戦法は、常人の想像の斜め上」


 無傷では済まないだろうと、薄々悟っていた。

 狂人に粘着性は付きものだ。

 恐らく、一家が引っ越しをしても追ってくるのではないか。

 そして、幸奈の行く先々で狂った校歌を歌うのか。


 ゆっくりと冷えていく幸奈を、にい、と笑った印布の顔が覗き込んだ。


「お喜び下さい、あなたの願いは叶います」

「……え?」


 印布の笑顔が厭な予感を誘う。大人が転んで痛がるさまを見て、手を打って喜ぶ邪悪な子供の顔だ。


「あの二人を消してスッキリしたいでしょ。アナタの青春の汚点も、突撃キティちゃんも、ワタシがまとめて地獄へポイしてあげます。面白いもの見られそうだし」

「何をしたの!」


 ほっほっほと軽やかな笑い声を立てる印布の像が、調子の悪い映像ように突然歪んだ。


「何をしたの?」


 幸奈は悲鳴を上げる。菅山親子の安否を気遣うではなく、不吉な予感に本能が怯えての問いだった。

 とてつもなく、禍々しい事が起きる予感。それは運命でも偶発でもなく、間違いなく自分のこの手が押し出したという確信。


「いんぷさん!」


 目の前の風景が、飴玉のようにぐんにゃりと曲がる。印布の笑い声が渦を巻き、やがて遠ざかる。遠ざかる声を追いかけて、幸奈は駆け出そうとし、暗闇に包まれた。

 ――河野さん!

 意識に同僚の声が届いた。急にスイッチが入ったように、目の前に見慣れたカウンターが出現した。


「どうしたの、顔が真っ白」

「……ごめんなさい」


 目の前にあるのは、日常だった。真弓もいない、印布もいない。売り場通路には客と店員が行き交う明るいデパートの光景、全てが普通に治まっている。

 夢を見ていたらしい。だが心臓は早鐘のように鳴り響いていた。何かが起きる予感に、幸奈は震える。


「ごめんなさい、早退させて」


 幸奈は声を振り絞った。



 ――菅山晃は、自分を悲劇の主人公だと思っている。

 自分のような投手は、日本にどころかアメリカにだって、そうそう出ては来ないと思っている。時速一五〇キロの速さで、自分のイメージ通りに投球をコントロール出来る人間は正に『天才』だった。強豪でもない高校野球部が甲子園初出場・優勝を果たしたのは、正に自分のおかげだ。


 自分の天才的なピッチングが他の部員たちを高揚させ、実力以上の力を引き出して甲子園優勝につながったのだ。

 その輝かしい栄光、天才の将来が漫画本一冊で覆された、そのあっけなさと不条理に、晃はまだ立ち直れずにいる。


 きっかけが銀行襲撃ならまだしも、小さな本屋の商品一つだった。

 万引きそのものは悪い。だが、天才の将来を潰すほどの罪なのか。

 そんなはずはない。第一、店だって自分のせいで潰れたところは一軒もない。


 店主を殴ったのはまずかったが、それもはずみだった。万引きが見つかった自分も見つけた店主も、運が悪かったのだ。

 しかし、世間の反応は晃の予想を上回るどころか、倍以上上回った。


『堕ちた甲子園』『万引き投手』全ての雑誌が自分の万引きを書き立て、ネットは炎上した。たかだか万引きに、強盗殺人犯の扱いだった。

 雑誌の内容から、自分の盗癖を誰かがリークしたのだと分かった。

 裏切者がいたのだ。


 悪意あるネットの書き込みやメールにも苦しんだが、一番きつかったのは同じ野球部員からの怨嗟だった。

『お前のせいで、野球部は廃部されるかもしれない』

 結果、高校は退学だ。名目上は自主退学でも、実際は追放だった。野球部は何とか残ったが、晃は自分がそのための人柱にされた気でならない。


 炎上が、スターの座もプロの夢も全て焼けつくした。

 晃の目の前は、荒涼たる将来の焼け野原だった。自分に対して悪意を持つ世間を憎んだが、復讐する知恵も勇気はない。

 気力も無くし、自分の部屋に引きこもった。知り合いのメールも何もかも、世間との接点を無視している内に、来訪もメールも無くなった。


 エロと漫画を相手にしている内に、どうでもよくなってきた。脳みそは鈍化し、時間の流れや気力の輪郭がぼやけ、野球も消えた。

 部屋にこもっている間に、母親と父親が離婚したらしいが、自分の部屋さえ維持出来れば良い。家族崩壊も、晃にとっては遠い外国の戦争のようなものだった。


 母の真弓が、泣きながら晃に言った。


『可哀そうな晃』

『お母さんが、これからもずっと一緒にいるからね、心配しなくていいのよ』


 母親がいるなら、生活の不便はない。外の世界を遮断し、自分が作り上げた王国は生ぬるく、それはそれで快適だったが、時折嵐のような狂暴性と虚無が晃を襲った。

 その時は、母の真弓を殴った。

 今や、残された味方は真弓だけだったが、自分と同じように世間に対して無力で、怨嗟を垂れ流すだけしか出来ない相手を見ると、無性に怒りが湧いた。


 ある日、真弓が突然言った。


『あのねえ、晃。お嫁さんが欲しくない?』


 隣の幸奈ちゃん、あの子が良いと思うのよ。ほらあの子、晃のお嫁さんになりたいって良く言っていたじゃないの。

 晃も、あの子によく花束プレゼントしていたわよね。

 母親の言葉の意味が分からない。腹が立ち、殴りつけた。


 しかし、夜中に幸奈に再会した時、言葉に出来ない、獰猛な感情は吹き荒れた。

 幸奈は気安い存在ではあったが、恋人ではなかった。

 だが、幸奈は晃との幼馴染の関係性に入れ込んでいて、有名な野球漫画に出てくる主人公カップルに自分たちをなぞらえているのが、鬱陶しかった。


 甲子園優勝をカップル正式成立の証と勘違いしていた幸奈に、勘違いするなと怒鳴ったのが、まともに話をした最後だ。


 ――しかし、再会した幸奈は制服ではなく、大人の姿だった。自分に入れ込んでいた相手が、自分を残して違う場所にいる。

 その時晃に圧し掛かってきたのは、自分が捨てた10年の重みだった。

 あの日から、狂暴な衝動に晃は毎日襲われている。


 鏡なんか、ほとんど見ることがない。

 家から出ないからだ。出たとしても夜中の散歩なので、全裸以外なら服なんかどうでもよい。パッシングに会って以来、晃は人に会うのが怖い。

 今、晃は鏡の前にいる。野球をしていた頃は身なり以外、野球フォームを整えるためにも、この全身が映る鏡をよく覗いていたが、今はそれもない。


 ……ぶよぶよと形悪く膨れた白い顔と、油脂にまみれた雑草のような髪、その下にはドラム缶のような体があった。

 染みと汚れで廃棄寸前の雑巾のようなジャージ姿で、床の上にいた。運動の大半は、ベッドの上と床の往復である。


 スナック菓子の袋を破る。この手の菓子は、味が濃いわりに満腹感はなく、いくらでも食べていられるのが気に入っている。炭酸飲料と合わせれば最高だ。

 パソコンをクリックし、お気に入りのエロ動画を再生しようとした時だった。

 香りが、鼻をかすめた。


 晃は手を止めた。この部屋には似つかわしくない、香水のような香り。


「あきぃらちゃあん」


 鏡に映ったドアが開いていた。真弓の虚像に驚いたが、何を香水なんかつけやがって、ふざけているのかと頭に血が上る。 


「ノックしろと言ってるだろ!」


 殴る準備を整えた。しかしすぐに立ち上がろうにも体が重い。

 鏡越しの真弓は、後ろ手にしていた。

 口を開いた。


「あさひぃにかがやくまなびやがぁー」

「は?」

「友と恩師とぉー」


 突然歌い出す母親に、空白が出来た。

 歌だ。

 何のつもりなのか、しかも今でも記憶に忌まわしく残る歌だった。


「おお、たたえよ我が母校~えいとくこうこう~」


 晃の高校の校歌だった。

 歌いながら、真弓は晃に向かって後ろ手にした腕を振り上げる。手には肉切包丁があった。

 晃は座ったままあとじさった。予期しなかった真弓の行動に声も凍る。


「よせ! よせよせよせ!」

「きよき時代のながれにぃ~若きちしおにぃわれらは生きるぅうう」


 手足をばたつかせ、あちこちに体をぶつけながら真弓の包丁から逃げた。床に落ちているものを拾っては投げつけたが、全て狙いは外れて壁に当たる。


「おお、われらがえいとくこうこう~」


 校歌が終わった。

 母親の歌の意味が分からなかった。恐怖に晃は動けなくなった。

 真弓が、片方の手で、殴られて腫れた自分の頬を愛し気に撫でた。


「もう、あんたは要らない」

「……え?」

「この香りが教えてくれたの。あんたなんか要らない、お母さんにとって邪魔よあんた」

「い、らない……なに、それ……」


「だって、あんたくさいもの」


 良い香り……うっとりと真弓は包丁を持つ手を嗅いだ。


「この香りの中で、お母さん暮らすの。だから、あんたみたいな臭いのがいたら、この匂いが汚れちゃうじゃないの。排せつして風呂は入らない、不潔の固まりなんか、この家に置いていたら、この匂いが台無しになっちゃう……」


 香水の匂いが、一気に部屋に拡散した。


「ステキ」


 真弓がうっとりと呟く。


「何だか、ものすごく自由になったような、心が溶けそうなくらい甘くて優しい……」

「やめろぉっ」


 包丁から目を離せず、口から内臓が出るほど晃は叫んだ。


「やめろ、やめてくれ」

「痛くない、痛くしないから」


 包丁と真弓が晃に近づく。

 出口は塞がれている。晃はベッドの上に追い詰められた。

 床の上で真弓が包丁を構えている。

 ベッド脇に立てかけてあった金属バットが目に入った。晃はそれを掴む。


 真弓がベッドの上に飛び乗ろうとする。その頭頂部へ、晃はバットを思い切り振り上げた。

 嫌な手応えがあった。

 気が付くと、頭が窪み、眼球が飛び出た母親が床の上で死んでいた。

 


 いやな気分と予感に急かされ、幸奈は駅から家方向へ全力で走った。

 自宅を通り過ぎ、「菅山」と表札のかかる家の前に来た。玄関の門柱に、カラスがちょこんと止まって、家の外観を見上げている。

 カラスは幸奈に気が付くと、玄関へ首を振った。


 気のせいか「どうぞ」と言われた気がした。

 ドアが半分開いている。

 考える間もなく、他家のドアを開けた。

 思わず、鼻を抑えた。


 匂いのカオスだ。タンパク質、野菜、色々なものが腐り、混じり合った腐臭が部屋にあふれていた。

 それだけじゃなかった。腐臭に混じって、香水のような匂いが混じっている。

 嗅ぎ憶えのある匂い。


 幸奈の厭な予感が一気に吹き上がる。

 土足で上がった。

 髪の毛の束から紙屑、プラスチックや透明な破片が散乱する廊下を小走りに、台所を覗き、リビングに入った。


 ミシッと音がした。

 リビングの入り口の前に晃がいた。

 片手に金属バット、そしてもう片手に足首を握っていた。

 引きずられている真弓の姿に、幸奈は呼吸を忘れた。


「……」

「おう」

「……」

「殺したわ、こいつ」


 へらへらと笑う晃を、幸奈は悪夢のように見つめる。


「お前だろ、幸奈。ガキの頃からの俺のクセ、雑誌にチクったの」


 口元は笑いに緩んでいるが、目は憎悪で相手を焼いている。


「俺に相手してもらえねえからって、ムカついてチクったんだろお前」


 自分に向けて、金属バット振り上げる晃を、幸奈は呆然と見つめる。

 振り下ろされる。幸奈は反射的に横に避けた。バットはソファの背もたれを殴り、勢い余った晃がよろけて転ぶ。その隙をついて、幸奈は玄関へと向かおうとして転んだ。


 真弓の手が足を掴んでいた。零れ落ちた眼球に睨まれて、幸奈は絶叫する。

 死骸を蹴り、立ち上がって走った。

 走った。

 走った。


 玄関へ逃げるという理性が壊れ、死にたくない、逃げる。それだけで幸奈は走った。

 気が付くと、二階の一番奥にある和室だった。

 押入れの中に、幸奈は逃げ込んだ。


 心臓が幾度も爆発を起こし、汗が粘つきながら額から全身を伝い落ちる。

 通報しようにも、携帯は落としたバッグの中だった。逃げ出した時、バッグごと落としている。

 閉塞した袋小路の中で、ゆっくりと気を失いかけた時だった。


「お疲れ様です」


 晃でもなく真弓でもない声に心臓が止まりかけた。そして呆然となった。

 押入れの中で、ぼんやりと発光しているカラスがいる。

 きっと、もう殺される恐怖で気が狂ったんだと、幸奈は目を閉じた。もしくは死を前にした幻覚か。


 で、どうします? カラスが問いかけてきた。


「こういう時は彼に向かって、二人で過ごした幸せな子供時代を思い出してちょうだい、お願い、罪を償うのよと、幼馴染ならではの説得をするのが定番でしょ」


 カラスが小首を傾げた。


「でもって、アナタの呼びかけに彼は人間性を取り戻し、己の生き方を反省して涙を流した後で、二人は絆を再び取り戻し、再出発してやり直すのが人間のパターンかと……」

「いらないわよ!」


 声にならない呻きで、幸奈は頭をかきむしる。


 自分を殺そうとした晃の目は、正真正銘の殺人者だった。


「あんなのもう要らない! 幼馴染? 只の過去よ、隣のキチガイよ!」


 新鮮な果物でも腐ってしまえば生ごみになると同じように、あれはもう晃ではなく、人間が腐った人殺しだった。あんな男を、自分の思い出の片隅に置くなんてまっぴらだ。

 あら、そうですか。確かに要りませんねとカラスが同意する。


「そうこなくっちゃ」

「何がそうなのよ!」


 誰でもいい、誰か何とかして、助けてと幸奈が叫ぼうとした時だった。

 押入れのふすまが開いた。悲鳴を上げる間もなく、幸奈は畳の上に引きずり出されていた。

 自分を見下ろす晃と、重々しい金属バットが目の奥を焼く。


「このチクリ野郎」


 充血した目が、憎々し気に幸奈を貫く。

 世の中の全ての悪臭を集めた晃の匂いが、幸奈に打ち寄せた。


「俺の未来を、返せよクソ女」

「何がチクリで未来よ、この万引き野郎!」


 劇臭が脳みそを狂わせた。追い詰められた理性が噴火を起こし、幸奈は怒鳴った。


「あんたのドロボウ癖なんか有名だったわよ! その辺りの人はみんな知っていたわよ! あんたのドロボーを知らなかったのはあんたの親だけよ、バッカじゃないの!」

「……」


 血の気が引いていく晃を見返して、幸奈は笑った。


「甲子園優勝しても盗みが治らないんじゃ、いつかはばれてお終いだわって、みんな笑っていたの、知らなかったでしょ? あんた有頂天のバカだから」


 腹の底から、度を越えた笑いがこみ上げた。

 幸奈は笑った。咽喉がすり切れて血が滲み、気が狂う程に声を上げて笑った。

 晃が何かを怒鳴る。自分に向かって振り下ろされる金属バットを前に、幸奈は覚悟し、目を閉じた。


 ……苦痛が、いつまで経っても来ない。

 もう額が潰れ、鼻が折れて顔が粉砕されているはずだ。

 幸奈はそろそろと目を開けた。


「え」


 誰もいない。

 晃が消えている。金属バットもない。

 家の中は静まり返っていた。

 人の気配はなく、晃の臭気も消えている。


 また、異世界に放り込まれたのか。

 助かった喜びと混乱の間で、幸奈は畳の上に座り込んだまま動けなかった。



  振り下ろした金属バットの先は、幸奈の顔のはずだった。

 アスファルトの地面が、バットを叩き返す。

 びゅうと風が吹いて、髪が顔にかかった。

 晃は硬直し、周囲を見回した。


 まだ明るい、夕刻の道路の前だった。


「あ、え、うぅ」


 混乱して咽喉が鳴る。

 記憶にある道だった。駅前で、商店街のアーケードの入り口が見えた。10年前、あの入口に『祝・甲子園優勝』と華々しい横断幕が張られていた。

 駅の改札から出て来た人々が、歩道の真ん中にいる晃を眺め、避けるように行き交う。


 眉をひそめ、奇異なものを見る独特の目の白さ。

 装った無関心と嘲笑が晃に襲い掛かった。

 制服姿の生徒たちが、なにあれと離れた場所から晃を指している。


「あのデブ裸足だよ。やばいよアレ。金属バット持ってる」

「通報しとく?」


 ツウホウ、10年前、本屋の前で店主を殴り倒した時に、誰かが叫んだ言葉だった。

 自分の生活を奪ったきっかけの言葉、悪夢に晃の体が反応した。

 あの日から投げつけられた悪意や罵詈雑言、スターの座から引きずり落とし、泥沼に突き落とされた絶望と怒りが、晃の壁を突き破る。


『あんたのドロボウ癖なんか有名だったわよ! その辺りの人はみんな知っていたわよ!』


 雷鳴が轟いた。

 こいつら、みんな知っていたのか。

 そして、俺を笑っていたんだ。それをチクるタイミング、俺を絶頂から引きずり落とすタイミングを、みんなで計っていやがったんだ。


 目の前が真っ赤になった。

 卑怯者たちだった。全て消すべき、罰するべき敵だ。自分を陥れた憎むべき奴らへ、晃は金属バットを構えて殴りかかる。


 サラリーマンを殴り倒した。

 子供を追いかけ、主婦を突き飛ばして足にバットを打ち込んだ。

 悲鳴を上げて逃げ惑う人々へ、殺せ、死ね、しねしねころすと歌いながら、背中や頭に向けてバットを振るった。


 晃は思うがままに復讐心と獣性を解き放つ。

 俺の力を見せつけてやる、俺を陥れたことに血反吐を吐いて後悔しろ、俺はバカにしたやつらをまとめて殺し、しょんべんかけて地獄に送ってやる。


「やめてたすけておねがいおねがい」


 まるで一つの単語のように助けを並べる若い女に、晃はバットを振った。

 女は吹っ飛んだ。ほーむらんっと晃は叫んだ。

 人々が逃げ惑う。悲鳴と助けを呼ぶ声。

 今この場を恐怖で掌握した晃は、支配者だった。バットと共に権力を握り、自分を貶めた罪人を処刑する執行者で、最強のヒーローでもあった。


 甲子園優勝とは比べ物にならない栄光だった。今に比べたら、あれは勝利というちっぽけな玩具だった。

 人の命を追い回す悦楽と、復讐の美酒に晃は酔いしれながら、バットを振るう。

 また一人仕留めた。倒れた女の上に覆いかぶさった男も、ついでに殴った。


『そこの男、止めろ!』


 不協和音が晃を止めた。

 押し寄せるサイレンの音、スピーカーの声。

 紺色の制服たちが、晃の熱狂を氷水に投げ入れる。

 栄光が手から消え失せた。


 武器を投げ捨てた。商店街の反対方向へ、晃は走った。

 10年前にも同じことがあった。だが警官の数はあの時の倍だ。


「いやだ、もういやだ」


 捕まったら殺される、その思いで晃は走る。

 道を走り、階段を駆け上ると一気に視界が開け、川の土手に出る。

 汗で全身が濡れそぼっていた。足ががくがくする。

 急激な動きで心臓が脈打っていた。わき腹が痛い。


「止まれ!」


 階段の下に、紺色の津波が押し寄せていた。

 奇声を上げて晃は逃げた。どこへ行けば逃げ切れるのか、どうすればいいのか。

 足では追いつかれる。

 川面が目に入る。あそこだと天啓がひらめいた。


 子供の頃、万引きした商品、見つかったら都合が悪いものを、全て捨てた川だった。

 あの中に飛び込んで泳ぐのだ。身を隠せる浮島もあちこちにある。走るよりは逃げ切れる可能性が高い。


 濁った緑色の川に飛び込んだ。

 カラスが一羽飛び立った。背後から狼狽の声が上がる。

 晃はブクブクと沈み、そして一度水面に上がろうと手をかき分けた。

 体が引っ張られた。


 体が上がらない、焦燥で思わず酸素を吐いた。濁った水底を、自分の片足が何かに引っかかっている。

 足を引きはがそうと晃はもがいた。何が片足にあるのか、膝を曲げて確かめると、ゆらゆらと、片足の下に黒いものが揺れている。


 それが動き、目が合った。

 片足を握っているのは、人間の手だ。

 かあさん、と晃は水の中で叫んだ。鼻から、口から、肺に川の水が流れ込んだ。水の代わりに吐き出した酸素がごぼごぼと音を立てる。


 生臭い水で肺が満ちた。酸素不足の脳が緊急のアラームをガンガンと響かせる。

 呼吸が出来ない苦しさと生への執着、死の恐怖と無力で、晃は水中であがいた。

 泣きわめいた。タスケテと叫んだが、声が出ない無音の世界は、水と外で晃の救いを遮断する。


 死神が水中で、緩慢に晃の髪の毛を掴んだ。



 朝に起きたら、まず二階のベランダからそっと、玄関を見下ろす。

 家の周りを見回したが、記者らしい人影はいなかった。幸奈は息をついて階段を降りた。

 朝の食堂からは、コーヒーの匂いとテレビの音が流れてくる。


 頼子がエプロン姿で、食堂から出て来た。

「幸奈、どうだった?」


「見たところ、それらしい人はいなかった。朝が早いせいもあるかもだけど」

「分からないわよ。最初の方は、早朝から夜中までひしめいていたじゃないの。報道ステーションとかワイドショーだのニュース記者だ、雑誌だ新聞だライターだって。あっちは仕事かもしれないけど、ホントにマスコミって嫌」


「だからって、普通の人間の生活を侵害して良いはずないだろう」


 父の健志が、コーヒーを飲みながら言った。


「全く、人の家のドアをバンバン鳴らしやがって」

「インタホン、そろそろ配線を元通りにしても大丈夫ね。お父さん、明日にでもお願いします」

「分かった」


 全く、あれはバカを超えて最悪の下種だと罵る健志。全くそうよねえ、死んだ人を悪く言いたくないけど、悪いものは悪いわよねと同意する頼子。

 晃が駅前で無差別通り魔事件を起こした。


 金属バットを持って人々を襲い、重傷者は一〇人以上に及ぶ。しかも通り魔を起こす寸前に、母親をバットで殴り殺していた。

 一番被害を受けたのは危害を与えられた人たちだったが、二次的な被害を受けたのは、犯罪者の隣に住む河野家だった。


 犯人像を求めるマスコミが取材に押し寄せ、家の周辺がテレビで映し出された。

 10年前の晃の栄光と転落、そして引きこもりの経緯も、家庭内暴力も当然報道とネットに乗り、犯罪研究家から心理学者、精神科医がこぞってコメントを披露した。


 昼夜構わず、晃についての談話を求めて押されるチャイムに、一家は耐えられなくなり、インタホンのスイッチを切ってしまったほどだった。

 周辺が沈静化したのは、事件発生から一か月ほど経ってからだ。


 ――警察は、晃が駅前に出て来た足取りを掴もうとしたが、目撃者皆無、そして被疑者死亡によって、どうしても掴めないままに終わった。

 真相を知っているのは、幸奈自身だけだ。

 あの家の中で、自分を殺す寸前に晃が消えた。

 そして数分後、駅前で通り魔事件発生。


 真相は知っていても、幸奈にはその仕掛けが分からない。説明できないことを、人に話す事は出来ない。口をつぐみ、仕舞うしかない。

 異世界、喋るカラス、印布が何か知っている気がしたが、彼女を問い詰める気も、それ以外の誰かに打ち明ける気も全く起きなかった。


 どうせ誰も信じないだろう。

 玄関に出て、隣の空き家を見やる。

 あの家で母親が殺され、その犯人の息子がその足で無差別通り魔を起こした影響で、決まりかけていた家の売買は流れた。


 忌まわしい家の隣家なんて、当分買い手はつかないだろう。


「もう良い、騒音はなくなったんだから」


 両親は、そう言って引っ越しを諦めている。

 ……幸奈は、隣家から目を反らした。

 朝の新聞を取るのは今まで母の役目だったが、事件直後から待ち構えていたマスコミに何度もしつこくマイクを向けられ、母はもう厭だと父に泣いて訴えた。


 今は父と娘、交代で外に出て新聞を取る。今日は幸奈の役目だ。

 新聞受けを開けて、朝刊を取り出す。ポストの奥に何か入っている。

 幸奈は中を覗き込んだ……枯れたシロツメクサの花束が目に飛び込む。

 呼吸が止まる。


 左右を見回すが、朝の中に記者らしき人間も、通行人も誰もいない。


 ――子供のイタズラだ。


 幸奈は言い聞かせる。もう、真弓は死んだ。

 晃も逃走中に川に飛び込み、溺死した。

 犯行現場すぐの川だった。不法投棄されて、川底に沈んだ自転車の車輪に片足が引っかかって足が抜けなくなり、そのまま溺れ死んだ。


 子供の晃が差し出したシロツメクサの花束を、幸奈は頭から振り払う。

 子供のイタズラだ。

 そう自分に言い聞かせるが、それでも幸奈は動けないでいる。

 視線を感じて上を見上げると、カラスが幸奈を見下ろしている。


 カラスと目が合った。

『幼馴染って、呪いですよね』

 声が聞こえた気がした。


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