第4の恐怖

 カナコは夜の繁華街を歩いていた。行き交う人で混雑している繁華街。だが、カナコにはその雑踏の中に時折、薄くぼやけている人間が見えていた。覇気のない表情で歩くそれらの人は街を彷徨っている様に見える。そして、その亡霊と目が合うと、亡霊は急に目を剥いてこちらに走ってくるのだ。

 カナコはその度に逃げた。必死に逃げた。髪を振り乱し、破れたストッキングもそのままで、ひたすらに走る。途中、何かに背中を掴まれて引っ張られる感触に襲われたが、振り向く事も立ち止まる事もせずに、カナコは逃げた。そのまま、小さなプレハブ小屋へと駆け込む。

 そこは中古車販売店の事務所だ。繁華街からは少し外れた所にある、半分潰れかけた店である。

 ドアを開けて中に入ると、作業服姿の男が真っ暗な部屋の隅の机の前でうつむいたまま電卓を叩いていた。机上のパソコンのモニターの光に照らされた彼の表情をはっきりと認めることはできないが、おそらく相当に険しい。カナコが入ってきたことにも気付いていない様子だ。

 カナコは挨拶もしないで本題を述べた。

「私が頼んだという証拠は全て消してくれたんでしょ」

「……」

 男は下を向いたまま黙って電卓を叩いている。カナコは苛立った様子で続けた。

「ケンジさんの車のブレーキの事よ。私があなたに細工を依頼したという証拠は残っていないのよね」

「……」

「ちょっと、聞いてるの? あんな大金を払ったんだから、ちゃんと……」

「ちゃんと片付けもしないといけないね」

 男が顔を上げた。死んだケンジだった。青白い顔は恨みに満ちた表情をしている。後ずさりしたカナコの背中に何かが当たった。ゆっくり振り返る。見えたのは尿で汚れた作業靴だった。その上の作業ズボンを辿って視線を上げると、男が首を吊っていた。カナコが細工を依頼した男だった。

 プレハブ小屋の中にカナコの悲鳴が響いた。

 パソコンの画面に文字が並ぶ。

「殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」

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