◇coffee time◇ 本当にあった話💀

 前作「ひろしの七罪」にて亡き馬鹿犬「ひろし」についてお話ししたが、今回も彼の話である。ただ、今回の話は少しだけ背筋に冷たいものが流れる内容であることを先に宣言しておく。

 ひろしは生前、よく家の中から脱走した。ちょっと宅配便の対応をしてドアを開けていたり、掃除などでサッシを開けていたりすると、その隙をついて飛び出していくのだ。まるで奥さんの目を盗んでパチンコ屋に出掛けるお父さんである。そして、夕方になると何食わぬ顔をして帰ってくるのだ。泥だらけになって。この点はお父さんとは違う。いや、もっと違う点もあるのだが。

 ある日、私が庭で雑草を刈っていると、倉庫の裏に土を被せられた何かを見つけた。白いものが覗いている。私が恐る恐る土を払い退けてみると、それは数枚の女性用の下着だった。勘のいい読者諸氏はもうお気付きのことであろう。ひろしだ。

 その数日前に回覧板で、近所に下着泥棒が出たという注意が回ってきたばかりだった。私はすぐに警察に電話した。

 レジ袋に入れた泥だらけの下着数枚を私が手渡した時、受け取りに来た年配の女性刑事は首を傾げていた。後で分かったことだが、ウチの庭に埋まっていたその下着は全て若い女性用で、ある特定の一人の物だったらしい。その方からは一年以上前から警察の方に被害相談が出されていたそうだ。一方で、警察に認知されている下着泥棒の被害はウチの地区内で数か所に及んでいたそうである。ということは、下着泥棒は他に居ると思うのだが、それは私ではない。一応、言っておく。

 警察には、ひろしの事を話していたので、案の定、その後日、警察が一応ウチの庭の他の箇所も調べさせて欲しいと言ってきた。警察犬も連れて。勿論、全面的に協力したことは言うまでもあるまい。結果、何も出てこなかった。心なしか、警察官たちの私を見る目が鋭い。完全に疑われている。私は肩を落とし、ひろしを恨んだ。

 それから数日して、また、ひろしが脱走した。よく晴れた午前の事だ。私は直感的に、これはやるに違いないと思った。それで、私の無実を証明し、ひろしの悪事を明らかにするために、帰ってくるひろしを待ち伏せ、その破廉恥な行いをスマホで撮ってやろうと決意した。そして、通りを行き交うご近所さんからの視線を気にしながら、私は玄関の前に置いたパイプ椅子に座り、スマホを握ってひろしを待った。よく晴れた真冬の午後の事だった。

 夕刻、パイプ椅子の上で凍死しかけた状態で私が俯いていると、シタタッシタタッと足音が聞こえた。顔を上げると向こうからひろしが走ってきた。ピンク色のブラジャーを咥えて。

 私は、時は今とスマホを構えた。ひろしは、いつもより軽快なステップで走ってくる。そうだろう。真冬の冷たい風の中を存分に走り回り、近所のお気に入り女子大生の下着をゲットし、帰って来てみれば、ご主人様が玄関前で寒さに身を凍らせながらも自分を出迎えてくれているのだ。きっと幸せの極致だったに違いない。

 スマホの画面の中で、ひろしは私の前で急停止すると、一度じっと私の方を見つめてから静かに私の足下にすり寄り、私の靴の上に、咥えていたブラジャーをそっと置いた。そのまま、褒めてくれと言わんばかりに舌を出してキラキラとした目で私を見つめる。

 ちょっと待て。それでは、私がおまえに命じて下着を盗んでこさせたみたいではないか! 私は犬使いの下着ドロか! なんじゃそりゃ!

 私は一人地団太を踏みながらも、その問題動画を警察に提出することにした。これまでの下着の被害の弁償のこともあるので、こちらの住所氏名と連絡先を書いた謝罪文を添えて、少し高いお菓子と共に、今度は丁寧に畳んでビニール袋に入れて包装紙に包んだそのブラジャーを被害女性に渡してもらうよう、警察に預けた。

 この動画を見た担当の女性刑事さんは「犬は飼い主に似るといいますからねえ」と笑っていた。冗談のつもりだろうが、正直、ぶっ飛ばしてやろうかと思った。

 念のため、読者の皆様から誤解の無いように伝えておくが、下着泥棒の真犯人は更にその半年後に検挙されている。が、喜べない。その女子大生の被害だけは別件だった事が確定したからだ。ひろしである。そして、そのひろしは死んだ。ご存じのとおりに。

 当該女子大生へは、少し高めの被害弁償を済ませ、平身低頭して直接の謝罪も済ませた。が、それ以来、今日まで、その女子大生やそのご家族に近所のスーパーなどで会った際にこちらから会釈してもガン無視されている。

 まだ犬使いの下着ドロと思われているのかもしれない。

 ひろしの呪いである。

 この世には恐ろしい話もあるのだ。


 では、続きをどうぞ。

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