第25話 答え合わせの時間

 そういうわけでできたのはビーフシチューライス。無論サラダや味噌汁もつけている。昼が貧相だったから、シチューは肉を多めに。


「いただきまーす!」


「いただきます」


 と、いつも通り挨拶をして食べ始める。


「ん〜!」


 と、いつも通り美味しそうに食べているリーヴァ。今回も喜んでもらえて光栄だ。


 さて、俺もスプーンを口に運んでみる。……うん、美味しい。結構上手くできた。少なくとも前に作った時よりかは格別に美味しい。


「やっぱり美味しい! 何かコツとかはあったりするの?」


「コツ?」


 ちょっと答えに困った。何か特別な作業をしてるわけじゃないんだが……。あ、そう言えば昔敏明に同じことを聞かれたっけ。あの時と同じように答えればいいか。一応それを心がけてるのは事実だし。


「どんな相手に食わすとしても、手を抜かない。これかな」


「なるほどぉ〜」


 リーヴァは興味深そうにそう言った。


「いつも本気で作ってるなら、確かに美味しくなるわね」


「まぁ、な。これも趣味の一つみたいなもんになってたし」


 料理ぐらいは少しくらい楽しまないと、あまりにも生活が無機質だったからね。でも今はそうじゃない。別の理由で料理を楽しんでいる。いかに彼女を飽きさせず、楽しませる料理を出すか、と。


「それなら美味しくなるのも納得ね」


 そう言ってリーヴァはシチューを口に運んで食べ、嬉しそうに唸っていた。


 そう、そうだ。この顔を見るために、俺は料理を作ってる。


 そんなこんなで晩飯を食べ終わり、俺はその後家事を済ませた。皿洗いのスタートボタンを押してひと段落である。リーヴァはソファーに座ってテレビをじっと見ている。


 さて、何をしようか。


 そうだ。今日起こったことを例の本で調べておかないと。


 ソファーの横に置いた自分のリュックから、本を探して取り出した。その音で気付いたのか、リーヴァがこっちを向いて俺に声をかけてきた。


「どうしたの?」


 一瞬ヤバいと思ったが、考えてみればもう見られてしまったんだから隠し立てしても意味はないな。正直に言ってしまうか。


「今日不良の連中にやったことがなんだったのかが、多分ここに書いてあるんだ」


 それを聞くと、リーヴァはソファーから立って、こっちに近づいてきた。そして本を一眼見た。


「やっぱりそういう関連の本なのね。隠さなくてもよかったのに」


 表情は穏やかだが、隠していたことをどこかで根に持っているようだった。


「あぁ。もう隠さない」


「それはいいことね。じゃ、ここに座って、一緒に読みましょう?」


「お、おう。いいけど」


 言われるがまま、俺はリビングの絨毯の上に座った。別に構わない、けど……


「それじゃあ早速、ね?」


 リーヴァは俺の横に座って、顔を俺の方に向けながらそう言った。えぇと、なんか近くないです? ドキドキが半端ないんですが……!


「んじゃあ、読むか」


 落ち着け、落ち着くんだ影山陽人。小さく深呼吸だ。そうしてなんとか心を落ち着かせて、例の本を読みはじめた。


 今回読むのは「序文」の後の部分。昨日ざっくりと見て見たが、ここからは詳しい実技の解説書という感じの構成だ。図とかもあったりする。昨日は雲をつかむような感じで理解できたように思えなかったが、今日は能力が開いた分、何か収穫があるに違いない。


 序文のページをめくると、「陰陽術の根本原理について」とあった。それによると、こんなことが書いてある。


『陰陽術とは穢れを払うものであるが、かと言って穢れとは切り離すことができない』


 そりゃあ穢れが無かったら別に祓わなくてもいいわけだからな。


『そもそもの話、陰陽術の本懐とは『毒をもって毒を制す』ことにある』


 ……ほう?


『元来陰陽術とは、妖力(穢れの伝統的な言い方である)を、陰陽五行のさまざまな事象に変換する術なのである。古来より陰陽術が祓いのみだけでなく、呪詛にも使われる所以である』


 リーヴァは驚いた顔をしていた。


「穢れを魔術の資源として使う……そんなのがあるのね」


 どうやらイレギュラーではあるらしい。俺はさらに読み進めて行った。


『呪詛の念が強い場合は、術式を使用せずとも、その陰陽師の念だけで術が発動することもある』


 なるほど、昼に「止まれ」と念じるだけで金縛りにかけることができたのはこういうことだったのだ。だがそうなる前の、俺が覚醒した時の回復はなんだったんだ? 答えになりそうな記述を探すと、こんな文言があった。


『……また、身体の傷は大地からの穢れで治癒することができる。穢れが素材になると聞くと嫌に思うかもしれないが、まったく問題ないので安心してほしい』


 そういうことなのか。チートじゃないかたまげたなぁ。でも本当かぁ? こういうのって何かしらの代償が付き物なんじゃないの……? 少しばかり不安になったが、まぁ今無傷で生きれているし、それでよしとしないと。今心配しても仕方ない。なんか変なことになったら……その時その時だなぁ。手遅れになる前だといいんだが。


 今度は霊符について。こういう風に説明されていた。


『霊符とは陰陽師の使う術式の補助具である。離れた相手にも確実に術をかけるための道具だ。陰陽師が念じた術に、霊符を貼られた相手がかかるというものである。呪詛にも使われれば、妖を払う場面でも用いられる。おそらく陰陽師の使う器具の中では、一番扱いやすいと思われる』


 確かに使いやすかった。投げればエイムとか関係なく狙った方に飛んでいくからね。ありがたい。


『しかし、術への耐性が強い妖や人間も存在する。この場合は霊符を複数枚貼ったり、術をかけている陰陽師の念を強くするなどの対策が必要である。途中で霊符の数が足りなくなるなどという無様は晒さぬよう、多めに携帯しておくこと』


 一理ある。何か起こった時にそういう風にはなりたくない。かさばるものでもないし、10枚前後ぐらいはいつも持っておくか。


 そんな感じで読んでいたら、だいぶ時間が経っていた。


「っと、そろそろ終わりにするかね」


 そう言って横を見ると、横に座ったままリーヴァが寝ていた。わからないことだらけだったろうし、俺も途中からのめり込んでしまったしで、退屈してしまったんだろう。しくじった。もうちょっと彼女に話を振ったりすればよかった。


 しかし、なんて気持ちよさそうに寝ているんだろう。その寝顔は穏やかで、可愛げがあって、見ているこっちまで癒されてくる。


 とと、見惚れてる場合じゃないな。こんなところで寝たら風邪を引いてしまうだろう。


「リーヴァ。リーヴァ」


 起こすのは気が引けるが、そう彼女に呼びかけながら彼女をゆする。


「……ん」


 すると彼女はいかにも眠そうに半目を開け、しばしばさせた。


「そろそろ寝るかい?」


 と、俺が聞く。


「ふぁ〜……そうね、それがいいわね。今日はいろいろと疲れたわ」


 リーヴァはあくびをしながらそう言い、玄関へ続く扉へと歩いていった。


「おやすみー……」


「おう、おやすみ」


 そう短く挨拶を交わした後、彼女は玄関へ出た。直後に階段を登る音が聞こえたから、二階の部屋に戻ったんだろう。


 さて、俺も歯を磨いて寝るとしますかね。

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アマノミツカイ 〜少年はワルキューレを拾う〜 立木斤 @Kin_Tachiki

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