第12話 我が家の秘史?

 おやつを食べ終わった後、俺は皿洗いを足早に終わらせ、部屋の隅っこに置いていた例の箱と本、そして古語辞典を取ってきて、机の上に置いた。リーヴァはテレビを見るのに集中している。俺一人で片付けたいことをやるのには絶好の機会なわけだ。


 誤解してほしくないが、別にリーヴァに色々と知られるのは構わない。だがそれは、俺が全部知ってからにしたいのだ。自分の家のことでもあるし。


 さて、問題の『陰陽道之心得』。表紙をめくると『序文』とあった。


 『先ズ陰陽道トハ、尋常ナラザル力ヲ用ヒテ運ヲ見、穢レヲ祓フ道ノ事ヲ言フ——』


 昔の書物特有の漢字カタカナ混じりアンド歴史的仮名遣いの文に一瞬身構えてしまったが、これ文語じゃないじゃん。外見こそ古い製本法の本だが、書かれたのは明治かそこらなんだろう。これなら古語辞典が無くてもなんとか読めるかもしれない。


 早速俺は読み始めた。何が書いてあったかは書くが、言い回しが古かったりするんでちょくちょく直している。


 序文の書き出しはこうだ。


『まず陰陽道というのは、尋常ならざる力を使い運勢を見たり、穢れを祓ったりする行いのことを言う。我々影山家は、家祖・影山明信から代々この陰陽道を家業としてきた』


 初耳だ。この影山明信というのがいつ頃の人間なのかはわからないが、だいぶ歴史はあったように思える。


『しかし今は御一新も経て、文明開花の時代となった。明治新政府が立って以降、穢れや妖といったものは迷信と断じられ、本当はそれによって起こっている出来事が、適当に他の理由をつけられて片付けられることが増えた』


『もはや、我々陰陽師は必要とされなくなったのだ。』


 最後の方をチラリと見ると、『明治七年十月九日』とあった。明治の初めの頃、「欧米のものが良くて日本の文化は悪い」みたいな風潮があったことは知っている。その潮流の中で、影山家のやる陰陽道というのは厳しい立場だったらしい。明治政府は神道を擁護してたはずだけど、陰陽道は含まれなかったのか。


 さて、次だ次。


『それを嘆こうとは思わない。諸行無常とは昔からいうものだ。だからむしろ影山家も、古き風習に縛られず、時代に合った新しいことをこれを機に始めるべきなのである』


『したがって、私は影山家の陰陽道を封じる決意をした』


 ……なるほど。


『失伝させるわけではない。決してない。それは我が家の歴史を消すことと同義だ。私は我が家の歴史を破壊したいわけではない。そこまですると先祖に申し訳が立たない。あくまで、一度封印するだけである』


『万が一、陰陽道が再び必要とされるようになった時のため。その時代に生きる子孫のために、封をして残すのである』


 そのおかげでこうやって知ることができている。サンキュー晴久。


『私は陰陽道に連なる品を置いた場所に、影山家の人間以外が開けられないよう結界を施した。だから、この書が手に取られているということは、当代の影山家当主、もしくはそれ以外の影山家の人間が読んでいるのだろう』

 

『だから、君は陰陽術を使うことができる』


 え? 俺でもできるの? 紙でできた人形を動かしたりとか、呪文言って何かしたりとか? そういうのは好きだから、心が躍ってきた。さらに読み進める。


『ここまで読んで心を躍らせたかもしれないが、残念ながらすぐには無理である』


 ズコー!! となりそうになるのを堪える。上げて下ろすんじゃないよ。


『というのも術を使うための能力が、一度も術を使ったことのない人間を挟んでしまうと閉じてしまうからだ。例えば、私は息子に陰陽道を教えていないから、彼の子供、すなわち私の孫の時点で能力が閉じる』


 まじかぁ。俺の何代前かは知らないけど、確実に俺はパンピーになってしまってる。文明開化の世だから一時捨てようと思ったって、少しくらいは教えてやってもよかったじゃん。


『だが、能力が閉じた者は『閉じている』だけである。それを開くことが、陰陽術を使おうと志す者の、第一歩である』


 じゃあどうすればいい?


『強く、強く念じよ。雑念を排し、自らの内が変調する様を感じ取れ。そうすれば、自ずと開く』


 なんか急に一気に胡散臭くなった。ほんとぉ? と思いつつ、目をつむってみた。


 強く念じろ、とはいうが、一体何と念じればいいのか? 開け、と心の中で何度も言えばいいのか? 


 ……どうもそんな感覚は起こってこない。じゃあなんだ? 雑念を排さなきゃいけないってことは、そもそもこんな風に考えながらやるのもダメなのか?


 テレビの音声と、それに合わせて大笑いするリーヴァの声が耳に入る。別に鬱陶しくはないが、この環境じゃ到底雑念を排除してるとは言えないだろう。かといってテレビを消してどっか行ってくれとも言いたくない。あんなに楽しそうにしてるのを邪魔するのは野暮だ。


 よし、この部分は後にしよう。俺は続きに目を向けた。


『開いたあとは、しばらくなすに任せ、感覚に慣れよ。影山家の者ならば、一度開けばある程度操ることができるはずだ。慣れたならこの本の残りの部分を読み、その力を発展させていってほしい』


『その途上で、箱の中に入れてある品が役に立つだろう。式神と種々の札である。それでは次のページから詳しいことについて触れていく』


 と、序文は結んでいた。

 

 俺は本を閉じて、箱を開けた。


「うお……」


 思わずそう口走ってしまった。だって今までフィクションでしか見たことなかったような物がぎっしり入ってるんだもの。人のような形をした紙、訳のわからないことが書いてあるお札。藁人形などなど……。こういうアイテムを見るとテンションが上がる。俺にとっては無意味なのが悲しいが。


 その後も一応パラパラと本の中身を見ていた。すると、テレビに飽きたのか、リーヴァがこっちに来るのが見えた。


「面白い本だったの?」


 リーヴァが聞く。


「うん、まぁ。なんかこの家、この国独特の魔術……みたいななんかの使い手の家系だったらしい。俺はもちろん使えないんだけど」


 俺がそう答えると、リーヴァは何やら納得したような顔をした。


「へぇー、やっぱりそうなんだ。私の見立て、間違ってなかったのね」


「……知ってたのか?」


 リーヴァは笑いながら首を振った。


「知らなかったけど、そんな気はしていたわ。私たちワルキューレは人間の素質を見定めることができるの。ぼんやりとだけど。特に魔術関連はそうね」


「そりゃすごいな。じゃあ俺にも、そういう魔術的な素質があるって見抜いていたわけ?」


「それっぽいものがあるな、って思ってたわ。私の知ってる魔術とは系統が違うから、余計ぼやっとしてたけど」


「そうかー……」


 彼女の言ってることが正しいなら、俺も使えるかもしれない。そう思うとなんだか嬉しくて、ワクワクした。


「あ、なんか嬉しそう」


 見抜かれた。しかしまぁ、厨二病にかかったことがある人間なら、落ち着いていろっていうのが無理な話だろう。


「いや、別に?」


 と、お茶を濁す。まだこれは俺の秘密にしておきたいから、追及される前に話題を変えよう。


「さて、もうちょっとで夕飯の準備だな。何がいい?」


「任せるわ。美味しいもの、頼むわね!」


 リーヴァは元気よくそう言った。


「もちろん」


 俺はそう言って準備に取り掛かった。

 

 しかし、そういうことならもう少しいろいろと試してみるか。どんな風にしたら能力が開花するのか、見当もつかないが。

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