第11話 パンケーキと君の笑顔と

 蔵から戻ると、時計が2時半を指していた。さて、どうしたもんか。家事はひと段落ついてるし、晩飯の準備をするには早すぎるし、買い物に行こうにも俺が行くのはいつもタイムセールに行く時間帯だからそれも早すぎる。勉強はしたくない気分だ。


 なぜかって、今自分が運んでいる箱と本。一体何が書かれているのやら。段々と興味が湧いてきた。いろんな作品の魔術やら魔術やらを見てきたが、陰陽道のような和風なのが俺は一番好きなのだ。その世界に自分のご先祖様が絡んでいるかもしれないっていうのも、ワクワクしてくる。それはつまり、今までよくわからなかった影山家の歴史を知る手がかりともなるのだ。こういうところに胸を躍らせるのは、歴史好きのサガである。


 だからこの空いた時間を利用してこの本と箱の中身を調べ始めたいんだが……。


「あ、ねぇハルト」


 リーヴァがこっちを見て言った。


「ん?」


「やっぱり外は、まだダメ?」


 切に願うような声で、それも上目遣いで聞いてきた。応えたい、応えたいのは山々なんだ! だけどもうちょっと時を置きたいだけで……


「すまん。大丈夫、約束はちゃんと守るから。それにほら、どうせ明日も学校行くし」


 申し訳ないという気持ちを込めて、俺は弁解した。リーヴァはやっぱり不満げである。


「ま、そうだけど。そう言っといて閉じ込めたりしたら針千本よ」


 リーヴァがビシッと俺に向かって指を指した。ちょっと約束の内容が変わってないか? まぁ触れないけど。


「わかってるって。そんなことはしないよ」


「絶対よ!」


「もちろん」


 だが、時間が結構余ってるのは確かだ。外に出るのは勘弁だが、他のことなら何かしてもいいかもしれないと、俺は思い始めた。自分のことにのめり込んで彼女を蔑ろにするのはよくないし。


「じゃあこうしよう。時間もちょうど良いし、お茶にしないか?」


 今から準備すれば3時くらいには終わる。ちょうどいい。


「良い考えね」


 リーヴァもそれに賛成のようだ。


「何か作ったりするの?」


 目を輝かせて、実に嬉しそうに聞いてくる。


「あぁ。作ろうか」


 俺がそう言うと、彼女は小さくガッツポーズをした。可愛い。


 そうして仕上がったのは、一杯の紅茶とパンケーキである。紅茶にした理由は、彼女は(おそらく)ヨーロッパの人間だからそっちの方が合うかもと思ったからだ。パンケーキはちょうど材料があったから作った。


「お待ちどう」


「ありがとう!」


 元気よくそう言う彼女は、今すぐにでも食べたいという感じだ。


「んじゃあ、いただきます」


「いただきます!」


 俺が座った後、俺たちは食前の挨拶をして食べ始めた。


「ん〜! 甘くて美味しい〜!」


 彼女は満面の笑みでそう言った。ほんと彼女に料理を作るのは作りがいがある。だってこんなにも嬉しそうに食べてくれるのだ。美味しいと言って、嬉しく、そして楽しく食べてもらえるのは、料理をする人にとっては最高の栄誉なのである。


「そうか。それなら嬉しい」


「えぇ! あなたって本当になんでも美味しく作れるのね!」


 そこまで言われると少し照れくさくて、笑った。


「ありがとう。だけど、そこまで特別な工夫はしてないんだけどな」


「そうなの? それでこの出来って、なおさらすごいわね……」


 リーヴァは感慨深そうに食べかけのパンケーキを見た。いや、普通に普通のパンケーキを作っただけなんですがね。


 あ、もしかして。


「君のいたところじゃ、こういう料理って珍しかったの?」


 と、聞くと。リーヴァは苦笑した。


「えぇそう。あったとしても、もっとシンプルで、味が……なんというか、単調だったわ」


「へぇ」


「でも私、あなたが作ってくれた……あれ……あの、とろとろしてるやつ……」


「お粥?」


「そう、それ! それを食べて、衝撃を受けたの。天界の食べ物よりも断然美味しい、こんなものがあるんだ! って」


 その時の味を思い出しているのか、とても楽しそうにリーヴァは話す。あのお粥はよほど彼女の印象に残ったようだ。


「ハルト」


「ん?」


「ありがと。私に人間の料理の、美味しさを教えてくれて。おかげで毎回楽しいわ」


 ……不意打ちはよろしくありませんぜ。彼女の微笑みもあって、破壊力ががが……。


「お、おうよ」


「ふふっ、顔が真っ赤」


「うるさい」


 アンタのせいだぞ。あぁ、ここまで言われるとあまりにも照れくさい。


「そ、そら、食べないとさ、冷めちゃうから、たた食べようぜ」


「口が回ってないわよ」


 いたずらっ子のように笑って、リーヴァが言う。俺はもう色々と観念して、笑うしかなかった。それに釣られてリーヴァも笑っていた。


 ふむ。彼女と何かを食べるとき、いつも笑いながら食べている気がする。一人でこの家に暮らしていた時にはなかった話だ。だって喋る人がいないんだから。


 思えばその時は、食事に限らず、家事も、勉強も、生きていることすら作業に感じられたものだ。だけど、リーヴァが来てからは、そう思うことは全くない。むしろ逆だ。普通に過ごしてるだけでも、なんだか楽しい。一緒に暮らしてくれる人がいるだけで、こうも変わってくるものなのか。


 感謝しなければならないのはこっちの方だ。お礼も兼ねて、街や学校を案内する約束は絶対に、それも早いうちに果たさなきゃいけないなと、パンケーキを頬張りながら思うのだった。

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