第8話 友、来襲

 敏明はリビングのドアを開くなり膝をつき、ついには両手を床につけ四つん這いになった。


 推測するに、彼は二重の衝撃を受けた。


 第一に、自分の理想とする属性を詰め込んだような人間(?)が目の前にいたこと。第二に、その人物が既に俺のものになっていること。もちろん俺は自分のものにしたなんて微塵も思ってないが、彼はそう思ってるんだろう。


「そんな……やっぱりそうなのか……陽人……」


 完全に意気消沈した声で、敏明は俺に尋ねた。


「そうだよなぁ……お前、態度がやけに斜に構えてるだけで顔はいいんだもんな……」


 と、ブツブツ呟く敏明を、リーヴァはスプーンを持ったまま静止して、困惑した風で見ている。


「ハルト、この人は誰? なんかすごく元気がないけど……」


「山本敏明。俺の友達だ。元気そうに見えないのは気にするな。すぐ立ち直る」


 俺はそう言ってしゃがみ、四つん這いになって気落ちしている敏明の肩を叩いた。


「ほら、飯を出すからとりあえず椅子に座れ。説明もするから」


「うぅ……畜生……裏切り者めぇ……俺も美少女に下の名前で呼ばれてみてぇよぉ……」


 下の名前で呼びあってるのは成り行きみたいなもんだけどな。


 彼は項垂れながら立ち上がり、俺が座っていたところと隣の椅子に腰掛けた。リーヴァの横に座ってもよか……いや、なんかやだな、それ。なぜかはハッキリしないが、それを想像すると少し心が……むかむかと。とりあえず現実はそうならなかったから、まぁいいのだが。とりあえず、敏明には心の中で礼を言った。逆になっていたとして、俺はこのなんとも言えない気持ちを抱えたまま我慢するしかなかった。「お前がそこの席に座ってるとムカつくからどけ」なんて、理不尽にも程がある。俺には言えるわけがない。歴史上どっかの暗君が言ってそうだが。


「ほいこれ。メインを余分に作っといてよかったよ」


 彼が椅子に座ってすぐ、俺はキッチンから料理を持ってきた。サラダは即席で作るしかなかったんだが。


「ん、ありがとう」


 敏明はまだ元気がない。俺も気持ちはわかるんだが……どうなんだ、俺が悪いのか? これ。


「……質問には可能な限り答えるつもりだ」


 正直に話すかどうかは考えものだが、親友である彼には周りよりも多くの情報をやってもいいだろうと思った。彼は口も固いし。


「おう、洗いざらい話してもらうぜ。まず、お前とノルドランデルさんとの関係を教えてもらおうか」


 まぁ、そうだな。彼が、いや、俺の中のクラスの中にいる人間全員が一番知りたいのは、それだろう。


 さて、どう答えるべきか。あまり考え込みすぎても変な疑いが加速するからな……。


「彼女は遠い親戚で。一人で日本に留学してくるって言うから、ならウチに泊まればいいじゃないかってことで来たのさ。俺の知らないうちに決まってたわけだけど。だから別に、そういう関係じゃ、ない」


 と、即興で作った嘘を喋る。同棲とかそう言うアレな関係じゃないことは本当だが。だって、再三触れているが、空から落ちてきた美少女を保護しましたなんて普通の人が信じるわけがない。


 敏明は頷いた。お、納得したか? ここで引き下がってくれるとありがたいんだが……。


「なるほど……そういうことにしたいんだな? いいぜ、俺からはクラスの連中にそう話を通しておく」


 おっと?


「なぁ、本当のところはどうなんだ? 教えてくれよ〜。親友だろ?」


 彼が意地の悪い笑みを浮かべて俺を肘で小突く。友よ、すまぬ。これは流石にお前だろうと言えない。本当のことを言ったところで失笑を買うのが関の山だろう。


「だから本当なんだって。俺は彼女を泊めてるだけ。他には何も、特に、お前らが期待してるようなことはなーんにもしてない! なぁ?」


 そう言って、俺は目の前にいるリーヴァの方を見た。彼女は片手でスプーンを持って、キョトンとした顔をしている。


「そう……なのかしらね?」


 と、彼女は首を傾げた。断言してくれよ! 現にそんな変なことはしてないだろ!


「ハハハ……じゃあま、そういうことにしといてやる。でもなぁ、男女が一つ屋根の下で暮らしてたら、それは同棲って言うもんだぜ」


 敏明は大きく笑ってそう言った。なんとか一番大きな関門は切り抜けた。


「そうかねぇ……辞書にはなんて書いてあるんだろうな」


 俺は苦し紛れにそう言った。よし、今度はこっちから質問して、会話の主導権を握ってしまおう。


「それで、どうだったんだ、クラスは、あの後」


「どうって、そりゃあ、上も下も右も左も大騒ぎさ」


「やっぱりか」


「おうよ。あの影山がいつの間に彼女を!? って」


 なんと、クラスの中じゃ俺とリーヴァはそういう関係だって思われてるのか。いや、もしかするとクラスを飛び越えて学年まで広がっているのかも……面倒だなぁ。まぁ、ああいう行動をすれば……それもそうか。


「どういう反応してる?」


「まずみんな驚いた。その後大多数はめでたいねぇって感じになってたぞ」


 めでたいねぇとか言われながら色々茶化されるんだろうな……。いや待て。彼、大多数って言ったか? ……あぁ、そういうことね。


「大多数って言ったな?」


「おう、気付いてるんなら話が早い。ま、そういう関係じゃないならいらん忠告かもしれんがな。でもあいつら、お構いなしだろうから。お前、気をつけたほうがいい」


「体を?」


「色々と、だな。これはノルドランデルさんにも言える」


「私? どうして?」


「学年の中の変な連中が、俺を妬んで絡んでくるかもしんないってことさ」


 無論ウチの学校、学年にも、不良と呼べるような悪い連中がいるにはいる。それに加えそいつらのリーダーとは、中学の頃の因縁がある。だから、やっぱりか、という感じだ。やめてほしいんだけどねぇ……。


「へぇー、そうなんだ」


 リーヴァはそう言って再びオムレツをパクつき始めた。危機感が全く無い……。まぁ彼女もイメージできないだろうし、連中もまさかすぐに行動を起こすことはないだろう。今は楽観視しててもいいか。


「嫌なことされたら、すぐに先生に言えよ? 直接が難しいなら俺を使え」


 敏明が胸を張ってそう言った。


「ハハ……頼もしいね。大丈夫。そこら辺はちゃんと心得てるよ」


 こういうことを言われると、素直に嬉しくなるものだ。俺はいい友人を持ったと、つくづく思う。


 その後は他愛のない話をしながら、三人で昼食を食べたのだった。 

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