第2話 目覚めた彼女

 鍵を開けるのが大変だったが、なんとか家の中に入ることができた。


 俺はすぐさま2階の寝室に直行した。俺の寝室は和室の作りだ。片手で襖を開け、畳の上に彼女を置いた。そして畳んであった布団を敷いて、そこに彼女を移動させて、掛け布団をかけた。


「ふぅ……」


 一連の作業を終えて、改めて彼女を見てみる。


 息は……している。運んでる間に死んだ、ということにはならなかったらしい。俺はほっとして胸を撫で下ろした。


 それにしても、なんとまぁ気持ちよさそうな寝顔を。見ればみるほど引き込まれてしまう。まるで二次元からそのまま出てきたような、こんな人が俺の家で、俺の寝室で寝てることが信じられない。夢でも見てるんじゃないのかと思い、頬をつねる。痛え。


「現実、かぁ……」


 そう認識してくると、なんだか嬉しくて、心が舞い上がってきそうになる。あ、やべぇ、口元が緩みそう。


 いや、待て待て待て。落ち着け。こういう時こそ冷静に。そうだ。クールになれ。荒ぶりそうになった俺の心をなんとか抑え、部屋の暖房を点けて、部屋を出る。


 その後は淡々といつも通りのことをした。風呂を沸かす、その間に晩飯の仕込みをする。沸いたら入る。上がったら寝巻きに着替えて晩飯の仕上げ。そして晩飯を食う。食い終わったら洗濯機を回す。


 ここまで来たら歯を磨いて寝るだけなのだが、洗濯機のボタンを押したところで彼女に何か作っておくべきじゃないかと思い立った。


 何が良いだろう。寝起きでも難なく食べれるもの……消化の良いもの……うちの残り物で作れるもの……お粥か。


 というわけで、ちょうど残っていた鶏肉と卵と米を使ってお粥を作った。そして、居間で寝るための布団を取りに行くついでに、彼女にお粥を届けようと、寝室にやって来たのだ。


 襖を開けると、布団に彼女はいなかった。


 もう元気になったというのか? 早くない? 辺りを見回してみると、窓の前に彼女が立っていた。窓から外を見ているんだろう、こっちには背を向けている形だ。


「あの……」


 俺がそう声をかけると、彼女はこっちに振り返った。そうすると必然的に目が合うわけで。


 心臓が大きく跳ねた。そんな気がした。金色の瞳、微笑をたたえた顔、凛とした佇まい。目に入る彼女の全てが、美しくて。彼女が倒れていた時も目を奪われたが、こう立ち上がって動いてる姿を見ると、また別の衝撃が心に来る。


「あ、あの……お、おお腹減ってたら、これ、どうぞ」


 胸がバクバク言っててまともに喋れないが、そう言葉を捻り出した。


「フフフ」


 よほど俺の様子がおかしかったのか、彼女は小さな笑いを浮かべながら、こっちに近づいてきた。俺の心はもうヤバい。鼓動がこんなはっきり体で感じられるのはそうそうない。少しでも変な刺激が来たら、糸が切られた操り人形みたくその場に倒れ込んでしまいそうだ。


「いただくわね」


「!」


 彼女はそう言った。


「に、日本語……」


「えぇ。とするとあなたは日本人か。どうやら、私の予想は当たっていたようね」


 そう言って彼女はウィンクをした。荘厳ともいえる雰囲気を纏う外見からは、想像もつかないような軽い仕草である。本当の性格は軽めだったりするんだろうか? あぁでも、それはそれで……。いや、何考えてるんだ俺。


「〜〜! 美味しい!」


 すごい幸せそうに食べるなこの人。さっきの凛とした雰囲気はどこへやら。いや、作った俺からすればそこまで喜んでもらえるっていうのは嬉しいが。やっぱり彼女は、こんな風でいるのがデフォルトな感じがする。でもそのギャップで何人ものオタクが尊死するんだ。俺と敏明じゃどっちも逝く。


「あっ……そ、そうですか。ありがたい、です」


 自分でもはっきりわかる。顔が真っ赤に染まってバカみたいに熱くなってる。あぁ、もう……。俺が完全に喋れなくなったのと、彼女が熱心に食べたのもあって、しばらくどちらも喋らなかった。


 そして彼女はさして時間もかけず、綺麗にお粥を完食した。


「ごちそうさまでしたー! だったっけ? こういう時に言う日本の挨拶って」


「合ってます……」


 たった1時間半くらい前には気を失ってた人間が、ここまで元気になれるもんなんだろうか。ちょっとわからない。いや、わからないことだらけなんだが。


「んー、敬語は良いよぉ。私だってこんなんなんだし!」


「あぁ、そう……」


 疲れもあるのか、なんかペースについていけん……。話してて嫌に感じるわけじゃ、ないんだけどね。


「それで……」


 彼女が俺の目を見て、こう聞いた。


「あなたが、私を拾ってくれたんでしょ?」


 そうだ。間違いない。雪降る空の下、俺は降ってきた彼女を受け止めた。それにしても現実離れした質問だ。


「あぁ。君が落ちてきたから」


「なるほどぉ〜……あの後、私は普通に落ちてったのね。理解したわ」


「あの後?」


「えぇ。私が落ちてくる前、星みたいなのが散らばって落ちてくの、見なかった?」


「あぁ、見た」


 アレと関連があるのか?


「じゃあ話が早いわ。あれ、私の翼なの」


「……翼?」


 困惑のあまり、彼女が言ったその言葉をリピートする。翼? 普通の人間には翼なんてついてない。タチの悪い冗談か?


「そう、翼!」


 え? えぇええ? そんな自信たっぷりに言う? まるでそれが本当に自分の翼だと信じて疑わないような……。


「君は一体……」


 俺はもうそれしか言えなかった。


「私はワルキューレ! 大神オーディンが使いの一つ。端末名・リーヴァ!」


 彼女ははきはきとした声で、そう名乗った。


 なんとまぁ……。


 普段の俺なら鼻で笑って、嘘乙とでも言ったり書いたりしそうだ。だが、あんな現象を見て、経験した後だと、そんなことが絶対にないとは否定しきれない。今の俺は驚いて、彼女、リーヴァの言ったことを受け止めることしかできなかった。

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