第1話 どうしようもない俺に女の子が降ってきた

 塾のドアをくぐって外に一歩出ると、寒風が俺に鋭いパンチをお見舞いした。


「うおっ……寒……」


 冬なんだから当たり前だ、と自分自身にツッコミしつつ、俺は家に向かって歩き出した。


 線路をまたぎ、駅前から俺の家へ歩く。一応そこが俺の実家だが、俺が一人で暮らしている。両親が亡くなった後、どうせなら一人暮らしの練習をしたいということで、そこに留まったのだ。


 ふと今日の晩御飯について考える。おかず、何にしよう。冷蔵庫に何あったっけ……。


 いや、作るのめんどくさいな。今からスーパーに行けば、残り物が大特価で売り出されているはず。腕時計で時間を確認すると、午後9時10分。


「んー……」


と、歩きながら改めて考える。極めて、極めて微妙な時間帯だ。俺が贔屓にしてるスーパーが閉まる時間は9時半。もうほぼほぼスーパーにお得な物は残ってないだろう。仕方ない。残り物を少し工夫して作るとしますか。


 にしても今日はやけに寒い。ガチで寒い。歩いているだけで元気が吸われる気がする。手袋を学校に置いてきてしまったのは今日最大の失策だ。ポッケに手を突っ込んで、少し震える。ああもう、俺を早く風呂に入れさせてくれ。こういう日は風呂に入ってストーブに当たって、あったかいお布団にくるまれて寝るに限るんだから。


「おや……」


 そんな風に心の中で愚痴っていると、目の前に白い粒が落ちてきていた。雪が降ってきたのだ。確かに、こう芯まで冷える日は雪って降ってくるもんである。俺はリュックの右側を手で探った。……なんてこったい。こういう時に限って折り畳み傘を家に置いてきているとは。

 

 今俺がいるのは近所の広い公園の横だ。少し走れば、あったかマイハイムが待っている。


 「はぁ」とため息をついて、走り出した、その時。


——パァン!


 音がした。何かが弾けたような、爆ぜたような。そんな音。俺の耳が正常なら、上から聞こえてきたはずだ。そして俺は上を見て……


——驚くべき、景色を見た。


 その時、空にあったのは、雪だけじゃなかった。流星、いや、彗星? ともかくそんな風に輝く物体が7つ、散らばって、雪に混じって落ちていた。


「すげぇ、な……」


 俺はそう呟くことしかできなかった。燃えている……訳ではない。眩く光る星の粒が、そのまま落ちて来るというか……そんな感じだ。


 それ以上は、わからない。俺のいる場所を囲むように、遠くに落ちていってるから、それ以上「ソレ」がなんなのか確認のしようがない。だから俺はその光景を、とても幻想的で美しい、と感じ入るくらいしかできなかった。


 しばらくして、「ソレ」そのままどこかへ落ちていき、俺の目の前から消えてしまった。


 なんだったんだ、アレ。


 俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。アレはなんだ。流星群? いや、昨日今日のニュースでそんなことは言ってなかった。それに、流れ星ならあんな遅く落ちないだろう。彗星も絶対に違う。逆に、落ちる速度が早すぎる。あぁ、アレだ。最近話題になってた火球。アレが近い。だが、それと同じようなものじゃないんだろう。そう感じた。


 天体ショーの類じゃないとすれば、一体なんだというんだ。


 思い出されるのは、アレが降ってくる直前に聞こえた爆発音だ。これとアレが関連しているとすれば、上空で爆発した何かの破片が、アレということになるんだろうか?


 じゃあ何が爆発して、何が落ちてきたんだ? 結局はこの問いに戻ってくる。堂々巡りだ。


 考えに行き詰まって、周りを見渡す。あぁそうだ。今は雪が降ってる。そんでもってクソ寒い。これ以上を考えるにしても家でやんないと、俺の身が危ない。帰ろう、と走り出した。


 そしてその時、俺は何かの気配を感じたのだ。上から。だから俺は、空を見上げた。





 想像を絶することが起きていた。


 




 

 俺の頭は完全に混乱をきたした。誰も「親方、空から女の子が!」という状況に、リアルで遭遇するとは誰も思うまい。普通に生きてて、絶対にあり得ない。確かに現実には退屈していた。だが、それだけでこんなことが、起こるか?


 だが、現に。


 ギリシア神話の女神が着てるような服を着た、銀髪の女の子が。


 ゆっくりと、ゆっくりと、落ちてきている。


 例のセリフのその後のやり取りは確か、「5秒で受け止めろ」だったか。そんなことを頭の片隅で思いながら、何が何だかわからないまま、俺は彼女を受け止める姿勢をとった。だって地面に落っこちるのをそのまま見てるのも嫌だし。


 落ちてきた衝撃で少しぐらついたが、彼女は無事に俺の腕の上に乗った。そして、俺は彼女の方に目線を下ろした。


「……!」


 息を呑むほど、美しい。


 整った顔立ち、透き通るように白い肌、シルクのようにしなやかな髪、そして、服の上からでもわかるような、スタイルの良さ。文句のつけようもなく、綺麗だ。俺の腕の上に、こんな美人が乗ってる。信じられないが、目の前にあるその事実を認識すればするほど、鼓動が、速く——。


 と、見惚れてちゃいけない。こういう時はどうすればいい。警察か、救急車か。いや、どっちも駄目だ。この絵面、どう見たって俺が変質者だろう。女の子が空から落ちてきたなんて信じるわけがない。そんなこと言ってたら黄色い方の救急車を呼び付けられるに決まってる。かと言って、このまま道に捨てるなんてこともできるわけがない。


 改めて腕の方を見た。体は冷たいが、呼吸してるから、生きてはいるようだ。


 ならば、すべきことは一つ。彼女を家に連れていき、手当てしよう。

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