兄皇帝からのお願いです。鉄道を通すために、見つからない街を探しに行かねば。

江戸川ばた散歩

0 10年前・イルトタムリ

「駄目! 逃げて!」


 彼女の悲痛な声がその場に響き渡る。


「そんなこと……できるわけないだろ!」


 彼の目の前には両腕で自身をぐっと抱きしめ、苦痛に耐える顔の彼女。

 同じ楽団の、同僚で恋人。

 やっと出場が叶ったこの音楽祭、二人して立った舞台から引き上げた直後、彼女が一人、苦しみだした。


「駄目」

「嫌」

「入らないで」

「何しようって言うの」

「やめて」


 どうしたどうしたと声を聞きつけてやってくる楽団の仲間だの他の出場者だのも駆けつけてくる。


「お願い皆! このひとをこの街から連れ出して!」

〈いや、駄目だ〉


 一人の口から相反する言葉が流れでてくる。


〈その男はこの街に留めおくのだ〉


 同じ彼女の唇から、違う誰か話してする様――

 頭を、身体を、ひたすら押さえ――抑えながら。


「だから! 駄目だって言ってるでしょ! あたしを! あたしを」


 奪うな。


 その時一陣の風が吹き――


 

 ――気付いた時、彼と彼の仲間はその街の外に放り出されていた。


「壁の門が――」


 彼等が入ってきたはずの、その街の門は閉ざされて――いや、無くなっていた。

 扉のあった場所には、他の壁と同じ石がきちんと積まれ知らん顔をしていた。

 自分達だけだろうか?

 彼等は考えたが、その答えはこの時からしばらく経たないと出ては来ない。



 技術者の都イルトタムリ。

 いつからだろうか、決して交通の便が良いとは言えないその地に、希少な鉱物や綺麗な水を必要とする職人や技術者や窮理学者が集まる様になったのは。

 自然自体は決して優しく無いその地に、鉱山を含む小規模の都市くらいの大きさの円形の「住むことができる」壁が作られたのは。

 

 そして、その街がいつの間にか存在をくらませたのは。

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