第16話 ハルシオラ大陸到着

 ハルシオラ大陸の港町の一つ、オーレス。

 そこに降り立った冒険者たちは、早速、洗礼を浴びていた。


「ケ、ケルベロスがなんで町中にいるんだぁ!」


 それは巨大な黒い犬だった。目線が成人男性よりも高い位置にある。大型の馬などと比べるべき大きさだ。しかも頭部が三つもある。


「こら、ポチ。来たばかりの人を脅かしちゃいけません! うふふ、ごめんなさい。この子、人なつっこくて。知らない人でも甘えちゃうんです」


 品の良さそうな老婆が、穏やかな笑みを浮かべて言う。

 彼女が持つリードは、ケルベロスの真ん中の首に繋がっている。それを引いて、何事もなかったかのように立ち去っていった。


「あの人は……なにをしているんだ……?」


「見て分からないか? 犬の散歩だ」


 一人の冒険者が隣で疑問を呟いていたので、テオドールは答えてやった。


「犬の散歩って……ケルベロスはモンスターだろ……?」


「モンスターとそうでない動物は、ダンジョンから出現したか、もともとこの世界にいたかの違いしかない。管理できるならモンスターをペットにする人もいる」


「いやいやいや! 凶暴性が段違いだろ!」


「普通の動物にだって凶暴なのはいる。あのご婦人はケルベロスより圧倒的に強い。だからケルベロスは屈服し、調教され、大人しくしている。単純な話だ」


「しかし……ケルベロスってワイバーンより強いって聞くが……」


 冒険者は、いまいち納得がいかない様子だった。

 そのとき別の冒険者が「痛っ!」と叫び、首元を抑えた。血がにじみ出す。


「信じられねぇ! トンボに噛み千切られた……!」


 確かに、彼の近くをトンボを飛んでいる。どこにでもいそうな普通のトンボに見える。が、トンボは超高速で移動し、別の冒険者に襲い掛かった。


「いでぇ! 俺も皮膚を食われた!」

「こんなのが町に入り込んでるなんてヤベェぞ。冒険者の俺たちですら目で追えないんだ。一般人が襲われたら大変だ。早くみんなに教えないと……」


 そのとき、リネットと同じような年齢の子供たちが「わー」と走ってきて、高速のトンボを虫網で捕まえてしまう。


「やったー、捕まえたぞ!」

「おい、もっと丁寧に持てよ。虫って弱いから、家に帰るまでに死んじゃうぞ」

「お兄さんたち、トンボに噛まれて血が出たの? だっせぇぇ」


 なんて言いながら楽しそうに走って行った。


「ハルシオラ大陸で生まれる人間は、特に鍛えなくてもあのくらい強いんだ」


 テオドールも五歳のとき、身長より長い剣を持ち上げることができた。しかも何日も飲まず食わずで衰弱しきっていたのに。


「ちなみに、あのくらい強くても、町の外に出たらモンスターに殺される。だからお前たち、命が惜しかったら、しばらくこの町にとどまって鍛えたほうがいいぞ」


「そのほうがよさそうだな……」


 冒険者たちはテオドールの忠告に、素直に頷いた。

 ――この土地は、どうやら噂以上に危険な場所らしい。これまでの常識は通用しない。しかし、ほかの大陸から来て名をあげた冒険者は何人もいる。ならば、自分たちだって努力すれば強くなれるはずだ。そもそも、あんな小さな子供たちに負けっぱなしで終われるものか――。

 そんな想いが伝わってくる。


「おい! あのヘビみたいなのはなんだ!」


 建物の向こうから、大蛇のごとき緑色の生物が顔を見せた。この辺には四階建てや五階建ての高い建造物が並んでいるが、それよりもずっと大きかった。


「亜竜の一種、リンドブルムだな。あの辺には確か広場があったな……誰かが自発したんだろう」


「じ……自発?」


「ああ。特定のモンスターは、条件を満たすことで好きな場所に召喚できるんだ。自らモンスターを発生させる……だから自発と呼ばれている。運が悪いと、目当てのモンスターにいつまでも会えなかったりするが、自発すれば確実だ」


「だからって町中でやるこたぁねぇだろ!」


「全くだ。褒められた行いじゃない。しかしリンドブルムくらいなら一瞬で倒せるから、大丈夫だろう」


「一瞬って、亜竜がそんな弱いわけねーだろ! 逃げなきゃ俺らも殺される!」


 冒険者がそう叫んだと同時に、空から光の柱が降ってきて、リンドブルムの頭を叩き潰した。


「ほらな。一瞬だったろう? 人が集まる場所だと、町中で自発する馬鹿がどうしてもでてくる。自発した奴が殺されたとしても、誰かが倒してくれるから、そう気にするな。すぐ慣れる」


 テオドールの生まれ故郷はそれほど大きな町ではなかったが、それでも年に一度くらいは自発する者がいた。

 町の外まで行くのが面倒だとか、たんなるイタズラとか、世の中に不満があったとか、酔っ払った弾みとか、町中で自発する理由は様々だ。


「町でもあんなのが現われるなんて……とてもじゃねーが生きていける気がしねぇ……」


 冒険者たちはすっかり怖じ気づいてしまう。


「なあ、船員さん……この船はいつ出航するんだ?」

「これから荷物の積み卸しがあるし、魔石を休ませなきゃいけないし、一週間はかかるよ」

「一週間もこんなところにいなきゃいけないのか!」


 ついたばかりなのに、もう帰りたがる冒険者が大勢現われた。

 しかし船員が言ったように、船の出港までは時間がかかる。


「みんな怯えすぎ。私は楽しそうなところだなぁって思ったけど」


「うんうん。リネットちゃんは肝が据わっるね。いい冒険者になれるよ!」


「えへへ。白騎士に認められちゃった」


 泣きわめく男共を尻目に、女子二人は仲睦まじげに微笑み合う。

 今日は穏やかな一日になりそうだ、とテオドールは思った。

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