第15話 船旅

 支部長は、テオドールとリネットをCランクにしていいものか悩んでいたらしい。

 なにせ昇級の速度が異例だ。

 そして二人とも、ハルシオラ大陸に行きたいと公言している。

 本当に二人はハルシオラ大陸で通用するのだろうか。もし早々に死ぬことになれば、自分のせいで若い命が二つも散ったことになる。死ぬのは自己責任なので支部長がなにか追及されることはないが、後味が悪いのは確かだ。

 支部長がなかなか昇級の決定を下せなかったのは、そういう理由だ。


 だが、そこに白騎士ヘルヴィが突然、現われた。

 事情はよく分からないが、彼女はテオドールの昇級を推薦してきた。ついでに渋々という感じでリネットも推薦してきた。

 こうなれば支部長の動きは速い。

 なにせ白騎士が認めているのだ。

 もしハルシオラ大陸で二人が死んでも、支部長が気に病む必要はない。

 間違っているのは白騎士なのだから。テオドールとリネットが死んだという噂が流れてきても「自分はまだ早いと思ったのに白騎士がやれと言ったから」と自分に対して言い訳できる。


 かくしてテオドールとリネットはCランクに昇級した。

 今はもう、三人で帆船の上にいる。


「私、船に乗るの初めて。海、大きい……!」


 甲板でリネットが静かにはしゃぐ。


「元気なのはいいが、走り回って落ちるなよ」


「そこまで子供じゃないよ」


 なんて言いながら、リネットは甲板をウロウロする。

 その様子だけを見れば、ごく普通の元気な子供だ。


「師匠……あの子が三属性を同時に使ったって本当なの? とてもそうは見えないけど……」


 ヘルヴィはその後ろ姿を見つめながら、疑念を込めた声を出す。


「だが、現に俺の目の前でやってみせた。あっという間にワイバーンを倒した。俺が見間違えると思うか?」


「思わない。だから驚いてるんだよ。というか……ボクはあなたの師アンリエッタさんに直接会ってないけど……リネットちゃんとあの子、似ているんじないの? 銀髪で水色の瞳で……」


「ああ。最初会ったとき、師匠が転生して現われたのかと思ったくらいだ。俺にできるんだから師匠が転生してもおかしくないと。しかし、話してみて違うと確信した」


「じゃあ、何者なのさ」


 ヘルヴィはかなり警戒している。


「そんなに怪しんでいるなら、リネットを昇級させないよう支部長に言えばよかったんだ」


「怪しんでいるからこそ、近くにおいて監視するんだよ。それは師匠だって同じでしょ?」


「まあ、な」


「けれど、それだけでもない感じ?」


 ヘルヴィは、テオドールにも疑念をぶつけてきた。それは敵対的な視線ではなく、むしろ好意ゆえに見える。

 つまり白騎士ヘルヴィは拗ねていた。


「アンリエッタさんに似てるから、離ればなれになりたくないんだよね」


「それは……」


「正直に答えて、師匠」


「それは、かなりある。あそこまで師匠に似ていると、どうしても重ねてしまう。ハッキリ言って俺は、リネットに対して冷静な判断を下せないかもしれない。だからヘルヴィが来てくれて助かった。俺の代わりに、あの子を監視して欲しい。怪しいところがあったら教えてくれ」


「分かった。ボクがリネットちゃんの化けの皮を剥がして見せる」


 ヘルヴィは自信ありげにニヤリと笑う。どうやら、初めから化けの皮があると決めてかかっているようだ。それはそれでテオドールと逆方向の先入観がかかっているので、正しい判断を下せないのではないか。


「二人でなんの話してるの?」


「ねえ、リネットちゃん。君は師匠に、友達になろうって言ったんだよね。こんな無愛想な男と、どうして友達になろうと思ったの?」


 ヘルヴィは被告を問い詰める検察官のように冷たい表情をする。

 それにしても無愛想な男とは酷い。

 テオドールは赤の他人にどう思われても気にしないが、可愛い弟子にそう言われると、結構傷つくのだ。


「……確かに第一印象は怖そうな人だった。けど、話してみるとそうでもないし。むしろ、かなり優しい人」


「分かる」ヘルヴィの表情が和らいだ。


「あと、たまに笑うと可愛い」


「分かるぅ」ヘルヴィの表情は、咲き誇るヒマワリ畑のように明るくなった。


「それと、強くて頼もしい」


「ああ~~、リネットちゃん、師匠のいいとこ分かってるぅ。いい子だねぇ!」


 などと言いながらヘルヴィはリネットの頭を撫で始める。

 化けの皮を剥がす、とはなんだったのか。

 いとも容易く意気投合してしまった。

 思い返してみると、ヘルヴィは大抵の者とすぐ仲良くなる気質だった。


「えへへ。それほどでも……なんだかヘルヴィさんとも友達になれそうな予感」


「ええ、師匠のよさを分かる人に悪い人はいない。ぜひ友達になろう!」


 ヘルヴィはリネットの手を取り、キャッキャと嬉しそうに笑う。

 テオドールは、やれやれ、とため息をつく。


「ヘルヴィって、テオドールの弟子だったんでしょ? テオドールの前世ってどんな人だった?」


「そうだねぇ。なにから語ろうかなぁ」


「待て待て。リネット、お前、俺が転生したって話、すんなり受け入れたのか?」


「受け入れるもなにも。こうして白騎士ヘルヴィが現われて、テオドールを師匠って呼んでる。信じるしかない。それにテオドールは強い。先代白騎士だって言われても納得するくらい。だから信じる」


「そうか。俺だったらもっと疑うがな。詐欺に引っかからないよう気をつけろよ」


「師匠って、こういう冷めたこと言うから、あんまり友達できないんだよ。根はいい人なのに、上っ面が嫌な奴って感じ」


 ヘルヴィが酷いことを言い始めたので、テオドールは少しばかり心に傷を負った。


「……ちょっと分かる」


 リネットが頷いたので、テオドールは心に大ダメージを受けた。


「いくら注意しても、第一印象をよくしようとしないんだよ。それで陰口を叩かれても『あいつらと長い付き合いをする気はないから、印象を改善する意味はない』とか言い出す」


「テオドール。あんまり他人に興味ない?」


「ないねぇ。前世では下手したら、アンリエッタさんと私しか、顔と名前が一致してなかったかも」


「そんなわけあるか。有能な奴はちゃんと覚えている。何度も仕事を頼むからな」


「ほら。そうやって損得で考える。どうせ今世でも、受付嬢にだけ丁寧な対応をして、ほかの冒険者たちを雑に扱ってたんでしょう?」


 心当たりしかなかったので、テオドールはなにも答えなかった。


「師匠、師匠。せっかく生まれ変わって、若者になったんだから。もっと沢山友達を作ったらどう?」


「テオドール。私と一緒に友達増やそ?」


「……気が向いたらな」


「テオドール、全然乗り気じゃない……孤独な人生を歩むつもり……心配」


「いやいや。これでもかなり柔らかい反応するようになったよ。前世なら『なんのメリットがあるんだ?』とか『時間の無駄だ』とか真顔で言うし。きっとリネットちゃんのおかげだね」


「私のおかげ? 私なんかがテオドールに影響を与えられたなら……嬉しい」


 リネットの笑顔は、心底から嬉しそうだった。

 それを見ていると自然と頬が緩む。

 確かにテオドールは彼女から影響を受けている。好ましいと思える影響だ。


 それからヘルヴィは、テオドールとの出会いや、押しかけて弟子入りしたこと、一緒にダンジョンに潜った話などをリネットに語って聞かせた。

 リネットはとても真剣に聞くので、話すほうにも力がはいる。


「リネットちゃんは、ハルシオラ大陸で行ってみたい場所とか、やってみたいこととかある?」


 ヘルヴィはある程度語ったところでリネットに話を振った。


「……全部が新鮮だから、どこに行っても楽しめると思う。けど、やっぱり美味しいもの食べたい。ご当地グルメの食べ歩き的な」


「お前、食べ物にしか興味ないのか? そういうの『花より団子』っていうらしいぞ」


 テオドールがそう指摘すると、リネットは頬を膨らませた。


「私だってお花を見て綺麗だと思うよ。あ、そうだ、思い出した。ワスレナグサを見に行きたい。町全体にワスレナグサが咲いてるところがあるって聞いた」


「ああ、ボクもそれ知ってる。丁度もうすぐワスレナグサの時期じゃん。お祭りもあるんだよね。師匠、なんて町だっけ?」


「……キシーナの町だ」


 テオドールは結局、いまだにキシーナの町に行っていない。アンリエッタに誘われて町の名を知ったが、そのアンリエッタがいないのに行く意味を見いだせなかった。

 そして今、アンリエッタと瓜二つの少女が切っ掛けで、キシーナの町を思い出した。

 これは偶然なのだろうか。


「へっ! ここは子供の遊び場じゃないんだぜ。世界で最も過酷な土地、ハルシオラ大陸へ行く船だ。なんでガキが乗ってるんだぁ?」


 不意に、ほかの乗客がこちらを見ながら嘲る声を出した。

 この船は腕に覚えのある者しか乗らない。

 もといた場所で高い評価を得ているのに、それを捨て、わざわざハルシオラ大陸に拠点を移そうというのだ。自分こそが最強だという自負がなければ、そんなことはしない。

 実際、見た目だけなら歴戦の猛者、という風体の連中ばかりだ。

 そんな中にリネットやヘルヴィのような娘がいたら、どうしても目立つ。ならば当然、嘲笑を浴びせる者も出てくる。


「ヘルヴィ。ギルドでやったみたいに、気配を解放して周りを脅かしたりするなよ。冒険者たちはともかく、船員が驚いてミスでもしたら、こっちが困る」


「そんなことしないよ。あれは師匠がボクを見つけやすいようにやっただけ。ボクは白騎士だからね。おおらなかな気持ちで聞き流せるよ」


 ヘルヴィは落ち着いた口調で言った。

 だが、よく見るとこめかみがピクピクしている。ここが船上でなかったら暴れていたかもしれない。

 テオドールはトラブルを避けるため、機嫌の悪い女性二人を連れて船内に移動した。


 次の日の朝。

 水平線に陸地が見えてきた。

 普通の船なら一週間はかかるところだが、この船はハルシオラ大陸で産出された魔石を使い、自ら風を放っている。ゆえに一日で走破してしまうのだ。


「おお、あれがハルシオラ大陸か。へへ……今から楽しみだな。俺様の名を歴史に残すのがよ。お前らは幸せだな。伝説の第一歩に立ち会えるんだから。まあ、観光気分のあの三人は、その一歩を見ただけでくたばりそうだがな」


 昨日の男がまた絡んできた。

 ハルシオラ大陸についてしまえば二度と会うことはないのだ。言いたいことは好きなだけ言わせておこう。

 実力は口で証明するものではない。


「おい! ありゃなんだ!」


 誰かが海を指さして叫んだ。

 次の瞬間、海面が盛り上がり、そして巨大な物体が姿を現わした。

 全長二十メートルはあろうかというタコである。

 ハルシオラ大陸が近くなれば、海のモンスターも強くなる。それを知っている船員たちは平然としている。が、乗客の冒険者たちは青ざめてしまった。


「ぬわああああ!」


 テオドールに絡んでいた男が、その触手に捕まった。

 このままでは食われてしまう。

 しかしタコがそいつを食うのに夢中になってくれれば、船はこのまま素通りできる。迎撃用の大砲の弾を無駄遣いせずに済む――。

 なんて考えながら見ていると、なぜかヘルヴィが動いた。


「風よ、斬り裂け!」


 圧縮空気の刃が触手を切断。捕らえられていた冒険者は風に運ばれ、甲板に戻ってきた。

 タコは獲物を奪われて怒りのあまり茹でられたように真っ赤になる。残る七本の触手を次々とヘルヴィの頭上に振り下ろす。

 直撃すれば人間一人はもちろん、この巨大な船もただでは済まない。

 しかしヘルヴィは涼しい顔のまま、迫る触手を一本一本切り落としていく。触手が海に落ちて、水しぶきが上がる。それを浴びながら冒険者たちは口をあんぐりと開けていた。


「おや? 全て切ったのに、あっという間に再生しちゃったね。さすがはタコ。君がいれば食糧問題は解決だ。けれど航行の邪魔だから倒しちゃうね」


 突風が巻き起こり、力強いうねりとなる。

 それはタコの触手を舞い上がらせ、そして捻り、本体へと巻き付けた。タコは自分の触手で締め付けられていく。

 柔らかい体が変形する。少々の衝撃や圧力なら分散させてノーダメージだったろう。だがヘルヴィの風は勢いを増すばかりだ。

 結果、タコは千切れ、崩壊した。ただの肉片と化し海底へと消えていく。


「さすがはヘルヴィ様。おかげで我々は楽をできました」


 船員の一人が礼を言ってきた。


「いやいや。ボクとしても、この船には無事にハルシオラ大陸についてもらわなきゃ困るからね。なにせチケット代が高いんだ」


 ヘルヴィは人差し指と親指でコインの形を作りながら笑って答える。

 すると周りがざわめいた。


「ヘルヴィって……まさか白騎士ヘルヴィか!?」

「あの強さは間違いない。やべぇな……あのオッサン、白騎士に絡んでたのかよ。殺されるぞ……」


 冒険者たちは、同情を込めた目でその男を見つめる。

 ヘルヴィはニコニコと笑いながら、そいつに近づいていった。


「怪我はないかな? 白騎士のボクがついていながら、危険な目に合わせてごめんよ。ああ、けど、君から見たらボクたちなんて観光気分の三人だもんね。白騎士のボクより、さぞお強いんだろう。君の伝説の第一歩を邪魔してしまったね。お詫びと言ってはなんだけど、ボクと手合わせしようよ。白騎士を倒したとなれば、君の名声はあっという間にハルシオラ大陸全土に響き渡るだろうね」


 そう言いながらヘルヴィは威圧感を放つ。

 前にギルドで放ったのより、ずっと強い。それを男一人に集中して叩きつける。


「ひぃぃぃ! 勘弁してください。あんたが白騎士だなんて知らなかったんです。観光客だなんてとんでもない。あんたは最強です。謝ります。だから許してくれ……命だけはどうか!」


「おやおや? 認めるの? 自分は相手の実力を見抜けずにイキり散らしてしまってと認めるのかな? 認めるなら、ちゃーんと自分の口で言って欲しいなぁ。ほら、ボクにではなく、ボクの大切な連れ二人に這いつくばって謝るがいいさ」


「申し訳ありませんでした! 俺は相手の実力も、自分の実力も分からない愚か者です!」


 男は本当に這いつくばり、甲板に額を擦りつけた。


「……ねえ……なんか……ヘルヴィ、怖くない……?」


 リネットが怯えた声で耳打ちしてくる。


「あいつ、社交的だから友人が多いが……いったん敵だと認定した奴には容赦ないんだ。あれはまだ優しいほうだぞ」


「……気をつけようっと」


 銀色の髪が冷汗で濡れた。


「ちなみに。あの少年はボクよりも強いよ。そこのところ肝に銘じてるといい」


「え……白騎士より……? そんな馬鹿な……」


 男は目を点にしてテオドールを見てきた。

 どこの誰ともしれない男が、五色の一人よりも強いと言われても、普通は納得しない。だが納得してくれないと、白騎士ヘルヴィが嘘をついたと思われてしまう。


「やれやれ」


 テオドールは一瞬だけ、威圧感を彼にぶつけた。


「ひっ!」


 男の瞳から疑心が消え、恐怖に染まった。

 そして再び甲板に顔面を向けた。もうなにも見たくないという様子だった。

 哀れだ。

 しかしハルシオラ大陸には、ヘルヴィよりもテオドールよりも強い存在がいる。ここで身の程を知ったほうが幸福かもしれない。

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