< 五幕 大切なあなた >

『上楠野中学跡地前線基地戦、現場の損害不明。少なくとも主戦力の1人である浅倉院まどかの死亡』

混沌に陥った司令室に阿久津の淡々とした声が響く。

司令室の正面に繰り返し再生されているまどかとシュヴァルツの戦闘シーンを見ながら、桜木は苦悶する。

「こんな……」

阿久津は隣で自分で淹れたコーヒーを啜り、乱暴に机に置く。

「完全に想定外だ。本部からの援護を」

「……ストライカーズの面々も、シグナルが断絶しています。早急に」

『あぁ。そうするよ』

八杉の声がヘッドセットを通して、苛立ちを顕にする阿久津の耳に届く。

『現在人類の持てる最高戦力である、ブリューテンブラットを送り込む』

映る像が揺籠上部のヘリポートに移行する。

ドイツ語で花びらの名を冠したその部隊は、試験部隊ながらも絶大な戦力を誇る。理由は度重なる人体実験のせいだとか、投資家たちの支援のおかげだとか。その3人が、ヘリコプターに乗り込むのが確認できた。

「頼む……突破されたら、人類に勝つ目処はないぞ」

阿久津は祈るように呟いた。


『敵は一体、C人形。現場では少なくとも一名が死亡。』

「C人形……。まるでそれ以上が存在するかのような名前の付け方ですわね」

ヘリの騒音に負けないよう、『02』の紋章を肩に宿した少女が言う。

「だが我々ブリューテンブラットの敵ではない。なぜなら……」

自信満々に『01』の番号を授かった少女が、眼鏡を押し上げながら言う。

「我々は人類最高の部隊だから——でしょ」

わかっている、と言わんばかりにため息をつきながら、『03』の文字を記された少女が呟く。

「んな、何故わかった!」

「簡単すぎます。颯華(さつげ)さんの思考回路は単純ですから」

颯華と呼ばれた『01』の少女は、アサルトライフルのマガジンを装填しながらあちゃーと頭を叩く。

「思考回路の単純さなら羽塚(はねつか)も負けていないがな」

「ちょ、一緒にしないでもらえまして?あなたのは無鉄砲、私のは一途と言いますのよ」

羽塚と呼ばれた『02』の少女は、流れ弾にあたって心外そうな顔をする。

「それに、今回の敵は強いんですの。浮ついてたら死にますわ」

羽塚はライフルの手入れをしつつ毅然と言い放つ。

「にしても、羽塚さんいつまでそのビジネスお嬢様やってるんですか。」

冷めた目で『03』の少女が言う。

「何を言うんですか真城(ましろ)さん。ビジネスではなくってよ」

「こんな時代に、お嬢様なんて居ませんよ。強いて言うなら……浅倉院の一人娘ですかね。あそこは、当主が死ぬまでは本当のお嬢様だったけれど」

「あぁ、確か心臓発作か何かで亡くなって、一人娘は前線基地の訓練施設に回されたとか。」

その一人娘が、これから向かう前線基地で死亡したことなど、彼女らは知らない。



金属音が響き渡る。あの気持ち悪い表面のどこからそんな音が出るんだ、と榛名は耳を疑う。しかし攻撃の手を緩めることはない。

先ほど、牧がシュヴァルツを蹴り飛ばした後。彼女は触手によって吹き飛ばされ、もうピクリとも動きはしない。その側で美梨が双太刀を構える。蒼電が閃き、シュヴァルツの右腕を落とした。

シュヴァルツは不思議そうに首を傾げながら、右腕をぐるぐると回す。

何度目だろうか。

切り口から細い触手が伸び、絡み合い、また新しく右腕を形成していく。

「何度も何度も回復しやがって……っクソ……」

榛名は愚痴を吐く。腹を抑えるその右手袋に、赤黒い血が染み込んでいく。

おそらくまどかは死亡しただろう。戻ってきたきらりを見て直感する。

ブツ、と断裂音に続いて、きらりの独り言が流れ込んでくる。

『まどかが死んだ。なんで死んだ。死ぬんやったらうちの方が適任や。——許さへん』

酷く短絡的なその発言に、榛名は寒気を覚える。

「おいきらり!無茶は……」

無茶はするな、と伝えたかったのだろう。だがその榛名の声はかき消されてしまった。

「ああああああああああああああああああああーーーーーーーーっっっっっ!!!」

通信を切り、地声で叫ぶきらり。それでも耳を覆うほどの咆哮に、シュヴァルツが反応する。

「もう出し惜しみなんてせえへん。——銃剣、『薺』っっっっ!!」

校舎内から持ち出してきたのか。

本来ならばまどかが使用するはずだったその武器を片手で握り、きらりは叫び続ける。

「——薙刀、『菖』っっっ!」

もう片方には紫電煌めく薙刀を。補充したのであろう右腕は、新品の艶を放っている。

世界が一瞬反転した、ように見えた。

それほどまでに強烈な紫を眼窩に残して、きらりは瞬間移動する。

全身の骨が軋む。外骨格が悲鳴を上げる。

銃剣の鋒をシュヴァルツの顎に当て、脳天を撃ち抜く。紫色の血が空に舞う。

数歩下がって薙刀を構え、パリ、という音と共にシュヴァルツの首を容易く落とした。

しかし。

シュヴァルツは頭を落とされたのにもかかわらず、腕を振り抜いた。めり、と言う音と共にきらりの体は容易く凹む。内臓がひっくり返ったかのように苦しくなる。胃や肝臓を潰され吐血したきらりは、嘘だろうと目を見張る。ものの数秒で、シュヴァルツの頭は再生していた。

もう一度、ときらりは口の端に血を付けながら瞬間移動する。今度はシュヴァルツの上半身ごとがずるりと落ちる。

しかし。

欠損した箇所は。容易く再生されていた。

『本当に生物かよ……』

唖然とした声で榛名が呟く。

「こんなん、どう倒したらええねん……」

きらりの先ほどの覇気は掻き消え、はは、と力なく笑う。


美梨が叫ぶ。

「どうもこうも無い、攻めなければ殺されるだけだ……っ!」

度重なる双太刀の使用に美梨の体も悲鳴をあげていた。膝から崩れ落ちる美梨。

そこにシュヴァルツが触手を放つ。青い閃光を散らして1本目を避ける美梨。

彼女の右手の外骨格が負荷に耐えきれずに弾けた。

そこにもう一本、と止めを刺すように触手が飛ぶ。

無理だ。避けられない。右手が。牧が。様々な事象が脳裏にフラッシュバックする。これが走馬灯ってやつか、と笑ってみる。

美梨の左手は力無く空を切った。

どん。

しかし、触手に撃ち抜かれたのは榛名だった。美梨を突き飛ばした榛名の右こめかみが弾け、鮮血が舞う。

「なっ……何をっっっ!!」

美梨は叫ぶ。なぜ榛名は自分を助けた。何故死ぬことをわかっていて自分を突き飛ばした。

「……やっちまえ」

最期に一言吐き捨てると、榛名の肢体はだらんと弛緩した。


きらりは信じられない思いで目の前の惨状を見つめていた。牧は死亡か、良くても粉砕骨折。美梨はかろうじて体を保っているが、瀕死に近い状態だ。榛名は死んだ。まどかも死んだ。——アスカ。アスカは?

アスカは遥か遠くで倒れていた。一見外傷はゼロだが、それはこちら側から見ている部分だけ。隠れている方にどんな傷を負っているか、見当もつかない。

くっと唇を噛み締め、きらりは立ち上がる。今動けるのは、自分しかいないのだ。

「負けへんぞ……お前みたいな出来損ないにィっっ!」

打突。

シュヴァルツの胸に風穴を開けたきらりは、まずは下半身を細切れにした。一凪するだけで粉々になって行く脚が、その場から回復していく。

(絶対、どこかに弱点はあるはずや……シュヴァルツかて生物、無限にエネルギーがあるわけとちゃう。)

しかし。その期待も虚しく、延々とシュヴァルツの細胞は再生し続ける。

そして、シュヴァルツの大振りのアッパーカットが決まり、きらりの首がミシ、と音を立てる。

折れたか、と感じた直後にきらりは宙を返って地面に叩きつけられる。

バラバラバラ、とヘリの騒音が鳴り響く。

目だけ動かして上空を見上げると、花びらのロゴが入ったヘリコプターがホバリングしていた。

「……ブリューテンブラット」

その軍用ヘリから3人の少女が降り立つ。真っ白な装束に身を包み、それを真紫に染めんと。

「ブリューテンブラット、現着しました。……生存確認が取れるのは一名のみ。他は生死不明」

『03』の文字を左肩に乗せた少女が、きらりを一瞥して通信機に呟く。

「よく持ち堪えましたわね」

『02』の文字を記された少女が降り立ち、太刀をシュヴァルツに向ける。

「よし、倒すぞ!」

『01』の少女は能天気に叫ぶと。

その場から掻き消えた。

先ほど瞬間移動を体感したきらりでさえも何が起こったのか理解できない。

その少女の腹は触手に貫かれ、真っ赤なトマトジュースのような血が滴り落ちる。

「……は」

そう呟いた『03』の少女の下半身は掻き消え、残された上半身から鮮血が飛び散った。

「……なんで」

似たような言葉を呟いた『02』の少女は。

首から上が飛ばされていた。


蹂躙である。戦闘などではない。

完全なる一方的な鏖殺だった。

ぎり、と歯を鳴らしながら八杉は机を叩く。

彼女らは間違いなく最高峰の人材で、武器も最高の物だ。

逆に彼女らがシュヴァルツを蹂躙するところなら何度だって見たことがある。

阿久津へ内線を繋ぐ。

『——どうなってるんですか八杉さん』

「想定外、の想定外だ。奴は戦いの中で成長している。もうブリューテンブラットを屠れるまでに成長したのだ」

『じゃぁ、もう無理じゃ無いですか』

「無理だ」

会話のIQが低いなぁとため息をつきながら、桜木は既に『人類が生き残る術』はもうなさそうだと冷静に感じていた。

主戦力のほとんどが死亡。ナノギアを託したアスカは生死不明。『星の揺籠』に残っているのは、非力な研究者と住民だけだ。

『人の命は軽い。造花隊ともなれば尚更や』

誰のものかわからない通信機から、きらりの独り言が流れ出す。俯いていた桜木は顔を上げる。


「まるで花弁のように、ゆっくりと落ちていくだけ。それが地面に落ちることは確定事項や」

うわごとの様に呟くきらりを、目が覚めたアスカは見つめていた。全身が酷く痛む。人差し指の一本ですら動かすことができない。

——血。どろりとした嫌な感触が自分の体の下に大量に広がっていく。それが自分の血なのか、他の誰かの血なのか図ることはできない。

「けどなぁ……」

きらりが叫んでいた。

「少しくらいっっっ!!!お前に報いななぁっっっっっ!!!!!」

どん、と破裂音がして地面が凹む。蜘蛛の巣のように地面にヒビが入り、きらりの脚にかかった負荷を示している。シュヴァルツの目前にきらりは現れる。

銃剣、薺。まどかの形見かのように、きらりは振り回す。刺す。斬る。どん、どん。銃撃音が鳴るのと同期して砂埃がアスカの視界を覆い隠していく。

あぁ。

いつか聞いたことわざが頭の中を駆け巡る。


落花枝に帰らず。破鏡再び照らさず。



きらりは咆える。

咆えているのが、自分なのか武器なのかわからなくなる。超高速で移動し、シュヴァルツの腕を切り落とす。どうすれば倒せる。どうすれば。

ぶれる視界の中、思考する。

「……あぁ。そっか」

アスカと出会って、初めての戦闘を思い返す。

お守り代わりの手榴弾のイメージが脳裏を駆け抜ける。

にぃ、と口の端を曲げたきらりは、コンマの移動の瞬間に空を見上げる。

「吹き飛ばせばええんや」

一瞬の流れ星を目の端に捉えたきらりは笑う。


自分の体には、後4本も、外骨格という名のとてつもないほどのエネルギーが内包された爆弾が残っているじゃないか。


「なぁっっっっっ!!!お前!!!」

きらりはシュヴァルツの顔面すれすれまで近づいて吐き出す。十字のラインが入ったシュヴァルツの顔は、なぜだかとても滑稽に見えて。

視界の端で、ぐらりと揺れた瓦礫の山が崩れ落ちるのが見えた。


桜木は口を抑えていた。そうしなければ、嗚咽が漏れてしまいそうだから。

先ほどまで報告を繰り返しているだけだった司令室は、静寂に包まれていた。

設置型のカメラが、きらりの猛攻を捉える。

もう誰もが、黙ったままきらりが勝利することを祈っていた。そうでなければ、あの2メートルの躯体で人類は滅んでしまうから。

画面の中で、きらりが何事かを叫んだ。


美梨は薄れゆく意識の中で、きらりが戦っていることを認識する。あの紫電と、空を伝う碧電が角膜にちらつく。

嗚呼、なぜ君は、既に落ちた花弁1片のためにそうして自分の花弁を地面に押し付けようとしているのか。

存在意義。

恨み、報復、仕返し。

——愛。

もしかしたら。と美梨は考える。

このまま戦いを眺めていれば、きらりがシュヴァルツを倒して、万々歳でグッドエンドを迎えられるのではないのか、と。もしかしたら、この世界は創られた映画や小説の類で、全てが丸く収まって、牧や榛名も生き返るのではないか、と。でなければスポンサーや制作会社が黙っていない。

願望でしかない。

美梨の真上でかろうじてバランスを保っていた瓦礫がぐらりと揺れる。

でもそう考えずにはいられなかった。

既に足を負傷し、動けない状態の美梨に避ける術はない。

「こんな、こんな……私たちの日常は、かくも容易く崩れ去ってしまうのか」

うっすら笑みを浮かべながら美梨は呟く。

ぐらりと。

一際大きく揺れた瓦礫の山は。

真っ直ぐ重力に従って落ち、美梨の頭蓋骨を圧砕して、その中身を地面にぶちまけた。


倒さなければ。

倒さなければ、生きることもできないのだ。

その不気味なほど真っ白なシュヴァルツの顔面に向けて。

「——吹き飛んじまえっっっ!!!」

きらりはシュヴァルツの首を掴んだ状態で、両手両足に思いっきり負荷をかける。じじ、と駆動部が悲鳴を上げ始める。

銃剣を撃ち尽くし、薙刀もほとんど折れかけ、ボロボロの状態で。しかしそれらを動かしていたエネルギーは、莫大なものだろう。きらりが握りしめているのは、それらのエネルギーコアだった。

これでも研究員の端くれだ。どこまでがリミットで、それを超えるにはどうするか。

自分の体のことはよく理解していた。

バキン、とどこかのフレームが折れる音が聞こえる。

耳鳴りが酷くなっていく。

シュヴァルツが何かに気がついたのだろうか、きらりに向かって声にならぬ叫びを投げつける。

体のあちらこちらから排出される半ば悲鳴のような音波に脳味噌を震わされながら、きらりはゆっくりと、しかし着実に負荷をかけていく。


そして。


一瞬の眩い閃光が、真っ暗な校庭を白く染め上げる。

その直後、爆風が全てを吹き飛ばした。


アスカは歯を食いしばる。なんで。なんで私は動けなかった。

そのせいで、きらりが。

意識が途切れる。

糸を鋏でちょん切るように。

最後に眼窩に映し出されたのは、一切合切が無になった光景だった。

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