< 四幕 あなたとの出会い >

「ほら、アスカ。またクリーム頬についてるよ」

「え、ふぉんふぉう(ほんとう)?」

公園のベンチに2人で並ぶ少女たちがいた。片方は「アスカ」と呼ばれた方で、クレープを口いっぱいに頬張っているところだった。もう片方はポニーテールを揺らしながら、もう、とハンカチを取り出しながらアスカの頬についた真っ白なクリームを拭く。アスカの背負ったリュックサックで、猫耳が揺れる。

「ありがと、さな」

アスカは頬張ったクレープを飲み下すと、にっこり笑った。

さなと、アスカ。2人は小学校からの親友だった。……まぁ、ほとんどアスカの世話をさながやっているような関係だったが。

「今日はこれから授業でしょ。遅刻するよ」

さなとアスカは、同じ学校に通っているので当然といえば当然だったが、全く同じ制服を着ていた。それだけでなく目鼻立ちもかなり似通っていて、さなのポニーテールと、アスカのロングヘアの違いがなければ誰も2人を見分けられないのではないだろうか。現に彼女らも入れ替わったりして遊んでいた。

「でもクレープ美味しいよ」

「美味しいか美味しくないかじゃなくて……まぁクレープは美味しいけど」

アスカのキラキラとした目にあてられてしまい、渋々同意するさな。


この記憶は、現在から数年前。まだアスカが中学生の頃の記憶だ。その頃はシュヴァルツによる危険は全くと言っていいほどなく、平和に成った、俗に「平成」と呼ばれていた。そのため多くの学校が「星の揺籠」の外にある既造の校舎を使っていた。そして、アスカたちもそのような校舎に通っていた。


アスカはクレープの最後の切れ端を口の中に収めると、「ふぉろおろいふぉう(そろそろいこう)」と立ち上がる。

「よっしゃ、じゃぁ行こうか」

さなも立ち上がる。2人は荒廃した道路を歩いていく。自分達の学校に向かって。

2人が通う中学校は、私立上楠野中学校という。コの字型に配置された校舎の、コの空いている部分を閉じるように渡り廊下が配置されている構造が特徴的だ。

2人は道中で合流する同級生と「おはよう」「あそこのクレープ美味しかったよ」と言葉を交わす。しかしそれぞれ話している相手は違えど、2人はお互いから離れようとはしない。

さなが口を開く。

「この世界に生まれて、よかったことがいくつかあると思うんだ」

アスカは足を止めてさなの言葉の真意を考える。

「どゆこと?」

「つまりね。」

さなは一旦通学路の隅にかがみ込む。その後ろからアスカが覗き込んだ。

「こういう、花とかが一年中どこでも咲き誇れるようになったこと」

プチ、と花の茎を折り取って、さなはアスカに花を渡す。

「……その花は、勿忘草。100年前の気候じゃここに咲くことは絶対になかったんだ」

100年前のことの話をされても、昨日の夕食すら覚えていないアスカにとってはふーん、と言った感じであった。

「……美味しいの?」

アスカが呟くと、さなは立ち上がって「絶対食べちゃダメだよ」と念を押して歩き出す。アスカは一瞬口に含んでみたが、少し苦くて吐き出してしまった。さなが振り向くが、アスカは「何もなかった」というかのように目を露骨に逸らす。

「……食べた?」

「いや?」

口に含んだだけだから嘘ではないよな、と思うアスカだった。

そうこうしているうちに、2人は校舎にたどり着く。キーン、コーンと予鈴が鳴り響く。

「おら閉めるぞ遅刻すんなー!」

校門前に立つ女性教員が柵をガラガラ、と閉め出す。アスカとさなは顔を見合わせると、息を合わせたように走り出した。

「初日先生おっはよ〜う」

2人して同時に校門を駆け抜けるのと、「初日 小夜(はるにち こさよ)」と名札の掛けた女性教師が校門を閉めるのはほとんど同時だった。ジャージを羽織り、八重歯を除かせていたずらっ子のように笑う先生は、アスカとさなのお気に入りの先生の一人だった。

「アスカ、お前また買い食いしてきたろ。クリームがちょっと残ってんぞ」

アスカは「嘘、どこどこ」と口の周りを探る。口の端に残っていたクリームを指で取ると、それをアスカはぺろりと舐めとった。


「さなさ〜ん?情音、さなさーん」

アスカたちが所属する1-Bクラスの担任、毋津(おもつ)がさなの名前を呼ぶ。昇降口から階段を駆け上がって、廊下を全力ダッシュしてきた2人は教室の後ろのドアをばん、と開けて肩で息をした。

「情音さな、こっこです……」

さなが力なく腕を上げると、「遅刻ね」と母津が出席簿に書き込む。

「そんなぁ……」さなが崩れ落ちる。アスカは「先生、私は……?」

母津は「あなた出席番号1番でしょ。とっくに遅刻判定」と言い、アスカもさなともども崩れ落ちる。

その後数人の名前を呼んで出欠を確認した母津は、「よし、じゃぁ席について」と崩れ落ちている2人に声をかける。

「私の無遅刻無欠席が……」力なく立ち上がったさなは、窓際の席にすとんと座る。アスカもその隣に続いて座った。

「今日の数学は二次方程式と……」母津の声がだんだん遠ざかっていく。昨日遅くまで本を読んでいたせいか、アスカは強烈な睡魔に心を持って行かれた。


「アスカ……起きて…….起きてってば!」

ぱちん、と頬を張られた音がして、アスカは目を開ける。いくら数学中に寝たからといって叩くことはないのではないか、と不満を言おうとするが、さなの深刻そうな顔を見て何かがおかしい、と気がつく。先生たちは「避難経路は?」「ダメです、全て塞がれて……」と口々に現状報告を繰り返していた。

窓の外に目を移したアスカは、目を見開いた。

「シュヴァ……ルツ……?」

校庭に侵入してきた何本もの触手を持つそのシュヴァルツは、教科書の中でしか見たことがない存在だった。しかしそのグロテスクなヴィジュアルは、歴史の教科書に載っている参考画像と全く同じだ。

その足元には、夥しい数の同級生の死体が転がっていた。う、とアスカは目を背ける。

「おい、お前ら何してる!早く退避を!」

初日先生が通り過ぎた後一旦戻ってアスカたちに声を掛ける。

「初日先生、校内の出入り口は……」母津が声を掛ける。舌打ちをした初日は、まず外に出ろ、とアスカたちを廊下へ引っ張り出した。

「どこかに隠れていれば安全だろう。本部から戦闘部隊が来るまでまだしばらく時間がある。それまで私たちが食い止める。……即席のバリケードが保てば、の話だが」

階下から、初日の立てたフラグを一瞬で回収する叫びが聞こえる。

「バリケード、突破されまっ……」

肉が壁に叩きつけられる音がして、叫び声が止まった。階下から叫び声や悲鳴がいくつも響いてくる。

「あー……くそ。シュヴァルツの対応なんて、講習ではほとんど出てこなかったぞ」

初日は頭をかきむしると、「とりあえず上に行ってろ。下は危険だ」と呟き、アスカたちを階段へと連れていく。訳もわからずにこつこつこつと屋上へ向かって走るアスカは、さなが隣で呟くのを聞く。

「シュヴァルツ……初めて見た。なんで今襲撃を……」

「わ、わからないよ……。」

不安げにアスカも答える。キュオオォン、とシュヴァルツが咆哮を上げ、アスカはびくりと体をすくませた。足が止まってしまう。

「ちょ、アスカっ!止まったら危ないって、先生が……」

その場に座り込んでしまうアスカ。体をきゅっと縮めて自らを抱きしめる。

「無理無理無理……先生も死んじゃう。みんな死んじゃう……」

思考を停止してしまったアスカを、さなはどう扱ったらいいかわからない。ただ、「ここに一人で置いてはいけない」という思いだけが身体中を駆け巡る。初日が階下から叫ぶ。

「アスカぁ!さな!二人とも早く、ここから離れろ!触手がすぐそこまでっ……」

ぶんと風切り音がして、初日が痛みに耐える声が聞こえた。

「っぐ……はや、くっ!」

その言葉に押されるように、さなはアスカを、ごく自然に抱きしめた。

アスカが顔を上げる。

「大丈夫。私は死なないし、先生も多分死なない。」

さなが囁くと、アスカは不安そうに「本当に……?」と声を重ねた。

抱き寄せると、アスカの手を引っ張って立たせたさなは踊り場に向かって一足先に進み、ほら、と手を伸ばす。

不安げに立ち上がったアスカは、さなに向かって手を伸ばす。


風が吹き、アスカのロングヘアを揺らした。粉塵が上がった。一瞬後に触手が階段の壁にめり込み、小さなクレーターを作り出す。

「アスカっ!」

さなはアスカに手を伸ばす。一瞬触れ合った二人の手は、体温を交換する暇もなくすぐに離れてしまう。アスカは二段ほどよろめきながら降り、背後に巻き起こる粉塵の中に「何か」がいることを感じる。ぶわ、と嫌な気配が増大して、アスカは思わず身を捻った。

捻った場所を触手が通過し、階段を貫通する。アスカはぬらりと光ったその触手から視線を外せなくなる。

「せん……せい」

『初日 小■』。一部分が赤黒く染まって読めなくなっているその名札は、アスカが毎日挨拶している初日が付けているものと酷似している。

「嘘だ。そんな……」

アスカは冷や汗が背中に浮かぶのを感じ、退いていく触手を見つめながら瓦礫が舞う階段を一段上がる。コツン、と上履きが階段に接地した直後に粉塵がアスカの背中を押した。ギュオオ……と不気味な声を上げながら、シュヴァルツの体からぷくぷくと泡沫が浮かび上がる。ぶぐ、と一際大きな泡が爆発し、シュヴァルツの体表がグロテスクに光る。

「アスカ、手を!」

さなはアスカの手をぱし、と握って落とすまいと再度握り直す。先ほどの爆風で緩んだのか、さなのポニーテールを留めていたリボンがぱらりと階下へ落ちる。

じゅ、と音を立てて光の線にリボンが両断された。光線を放った触手はそれを収めると、少し戸惑うようにうねうねと動く。

「ひっ……」思わず声を漏らしたアスカは、さなの手を強く握ってしまう。そしてバランスを崩した。

さなは落ちかけているアスカの腕を握り、引っ張り上げる。しかしその反動で、さなの体は階下へと投げ出された。


「さな……ちゃんっ」

手を僅かに伸ばしたアスカだがその手は触れることなく、さなの肢体は粉塵の中へ落ちていった。

その時のさなの表情をアスカは鮮明に思い出す。



絶望のような。


裏切られた、というかのような。


何故。と。



もしかしたらアスカの幻覚だったのかもしれない。


でも。


アスカはさながそんなことをしない、と信じていた。いたかった。

真っ赤に燃える夕日を背に、アスカはさなの墓標の前で泣き崩れていた。

一呼吸するごとに喉が焼け付くように痛み、嗚咽が漏れる。

もしかしたら、とアスカは思う。

もしかしたら、私は忘れようとして、その記憶を遠ざけていたのではないだろうか。だから中学校から離れて指揮官学校に転入したし、居住区に近づこうともしなかった。


だから墓標の並ぶこの場所に近づきたくなかったのではないだろうか。……アスカは、この揺籠を離れられれば、どこでもよかった。

アスカが小学生の頃、両親が亡くなった。そしてアスカは、遠くとも血縁であったさなの家に引き取られて過ごすことになる。もしかしたら、ただ逃げ出したかっただけなのではないだろうか。さなが死んでから、距離感が掴めずにぎくしゃくしてしまったあの家から。


きっとそうだ、と再認識する。記憶を閉じ込めて、何食わぬ顔をして、普段通りに生活して。

彼女はきっと、アスカを許しはしないだろう。

げほ、と咳き込んだアスカは、目の前がぼやけ、何か握りしめるものを探して地面をひっかく。爪の間に土が入る。アスカは、血が出るまで砂を握りしめる。

私は前線基地に逃げていただけだった、と追い込み続けるアスカ。陽はさらに低く、赤く燃える。『星の揺籠』を取り囲むように設置されている高い高い壁に陽の光は遮られ、あたりを闇が包んだ。

なんで忘れてた。何度問うても答えは一緒だった。

「自分のせい……だと、思いたくなかったから……」

涙は既に枯れ果てていた。

だん、と地面に拳を打ち付ける。墓標の下にさなの死体はないのだ、と気がつくと、アスカはさらに強く、皮膚が擦れて血が出るまで。少しずつ赤い液体が滲み出ることに気が付きもせず、彼女は拳で地球を叩いた。

「ちょいちょいちょい。何やっとるん、アスカ」

その拳を、誰かが止める。もう手を振り解く気力もなく、アスカは力無く振り返る。

遠く見える星と、月の光に照らされたのはまどかときらりだった。

アスカは込み上げてきた涙を抑え、しかし泣きじゃくりながらきらりに抱きつく。

「おう、スキンシップ旺盛なのはええけど。……何かあったんか」

背中を優しくさするきらりの体温が、アスカの冷たい肌に通っていく。体温がゆっくりと戻ってゆく。溢れ出した涙を、アスカはもう止めようとはしない。

アスカの号哭は、唯喧騒の一つになって空へ消えていった。


「つまり、幼馴染がおったけど、自分はそれを押し込めて、忘れて生きてきた。……で、彼女はそれを許さないだろう、と」

アスカの要領の得ない説明と、合間に挟まる嗚咽をなんとか解読して、きらりは答えを導き出す。アスカはそれに頷くと、きらりのそばに少し体を寄せた。

3人が乗っているのは、軍事用ヘリの後部だった。きらりたちが約束した時間を大幅に過ぎても帰らないアスカを心配して、榛名にヘリを出してもらったのだ。奥にはアスカの愛用のバイクも乗せてある。

両側に設置された座席の右手にアスカときらり、その対面にまどかが座っていた。ヘリは星の揺籠を眼下に見下ろしながら、ばらばらばら、と騒音を立ててヘリは飛ぶ。アスカは泣き疲れたのか、きらりの膝で寝息を立てていた。

「そんなわけあらへんやろ。」

きらりが呟く。まどかの後ろに空いた窓からは、煌めく星々が見えた。星座や銀河、その文化があった100年前とは全く違う配置になってしまったが、それでもきらりはその星たちが好きだった。

「記憶喪失の理由が、こんなこととは……無理に詮索するつもりはなかったんやけどなぁ」

苦笑しながらまどかは微笑む。

「なんか腹に入れとけよ。ちょっと天候が悪いから時間かかるぞ」

榛名が投げたカロリーメイトを受け取り、きらりはパキンと二つに割ってまどかに手渡す。

「そっかぁ。……アスカもまどかも、それぞれ理由があって前線基地に来たんやな」

「まぁ。それなりには。……きらりはええなぁ。いっつも能天気そうに笑ってて」

まどかは答える。彼女の場合は、元の学校の執拗ないじめと、義理の父の死亡。理由はそんなところだったかときらりは記憶していた。

「——まどかは、気づいてないだろうけどさ。うちも色々あったんよ」

突き放すような口調のきらりに柔和な顔を見せ、まどかは立ち上がる。カンカンカン、と鉄の音を響かせながらきらりの隣に座った。

「なんや急に改まって。——これでも同じ関西人、同じ部隊のよしみや。話してみ」

きらりの顔から、いつもの笑顔は消えていた。

「DV」

でぃー、ぶい。とまどかは繰り返す。

「うちのお父さん、口より先に手が出る人やった。」

頬をするりと撫でる。

「いつも硬ったい革靴履いて、コツコツコツコツ。お父さんが死んだ、ってわかってる今でも、お偉いさん方の靴音を聞くと体がゾワゾワする」

きらりの父親は、いつだったか。詳しい時期は知らないが、死んだという情報だけ聞いたことはあった。

「弟が、いるって話はしたね」

まどかは頷く。

「——柚月、っていうんだけど。あの子が生まれてから、お父さんの蹴りはだんだん強くなっていった。まるで何かに対する鬱憤を晴らすみたいに。」

きらりは淡々と、何も感じてないように話す。

「だから、うちも必死で。こんな思いするのはうちだけでええ。柚月に革靴の先が向かうのだけは、絶対に嫌だった。——幸い、うちは痛みを感じひん。だから、いくら蹴られても平気や。……自分は誰かを守ってる。その称号が欲しくて。柚月のためじゃないなんてわかってた。どこまでいっても自分のためや。」

「……そんなこと」

「まどかには解らんよな。うちが能天気そうに笑ってるように見えとる。誰も気づいちゃくれへんねん。……孤独のヒーロー、みたいで」

そんなこと。まどかの中で何かが溢れる音がする。グラスにヒビが入る。

「だって」

「あほ」

ぱちん、と小気味良い音がきらりの頬を打つ。なぜ叩かれたのかわからないまま、きらりは目を白黒させる。

「ずっと気づいとったよ。……初めて会うた時も、初めて一緒に風呂入った時も」

絞り出すように、まどかは言葉を紡ぐ。

「うちが何も解ってない?人の気も知らんで。——背中の痣、消えたのはいつや」

「——アスカが来る前。別の任務の時に背中を切られて、外骨格になった」

「お腹の蹴り痕は」

「——いつだったっけね」

「ほら、そうやって忘れてまう。痛みがないから、恐怖もなくなる。……危なっかしいんや、あほ」

まどかはきらりの肩に両手をかける。まどかは自分でも気がつかないうちに泣いていた。

「もっと大事にしてや。きらりの背中も、お腹も、腕も、足も。全部あんたの物や」

まどかの涙がきらりの袖に落ち、染みをいくつか作り出す。

「……気付かないわけない。だって……いや、私が……私が、一番きらりの隣にいたから。」

涙で普段の澄ました顔がぐしゃぐしゃになる。

きらりは、アスカの頭を撫で、くしゃ、と髪の毛に指を絡ませる。その髪の毛に、数粒の滴が落ち、連なり、一つの大きな雫になった。

きらりは、初めて親に蹴られた日のことをまだ覚えている。ソフトクリームを落として、泣いているきらりの腹に父親は革靴をめりこませた。胆汁の匂いが鼻をかすめる。

初めて外骨格をつけた時。きらりが、そのことを報告した時。父親は、もう痣は残らないんだな、と確認を取ると、醜悪そうな笑みを浮かべて再びきらりを蹴った。

何度殺したかったか知らない。でも。

でも、それでも。父親の革靴の感触は、きらりの存在を証明してくれる物だった。

痛覚の切られた蹴り。その違和感で、きらりは自分の存在意義を確認していたのだ。

「ずっと言ってくれへんかったから、心配してた。ずっと……」

まどかはきらりに声をかけ続ける。

「一度きらり、実家に帰ったことあったやろ」

あぁ、ときらりは思い出す。

「……そのあと、ちょうど顔のところに、明らかな蹴り痕がついとった。」

あの日は、帰って、酒を飲んでいる父親を激昂させてしまって。あの日の痛みが蘇り、ふときらりは頬に触る。


……痛み。


痛まないはずなのに。痛覚はないはずなのに。久しく感じていなかったものを、きらりは痛烈に感じていた。これは肉体的な痛みなのか、気付かないうちにボロボロになっていた心が悲鳴をあげているのか。

ゆっくりと。ヘリの中で、雨が降っているはずもないのに頰が湿る。

きらりの胸に手を当てるまどかの手を、ゆっくり、確かめるように握り返した。

「——約束。約束や。……私の側から、離れんといて」

まどかは、きらりに聞こえるか聞こえないかの囁きを発して、目を閉じる。


ヘリが前線基地に到着したのは、深夜だった。寝ているアスカを背負い、きらりは榛名に礼を告げる。

「ほんまにありがとな。助かったわ」

榛名は「いや、こちらこそ」と呟くと、どこからともなく取り出したサングラスをかけてヘリのエンジンを始動させる。騒音と共に、大きな機体が宙に浮き上がる。バラバラバラ、と響かせながら、夜の空へと飛び立った榛名の愛用機は徐々に小さくなっていった。

それを見送ったあと、きらりはよし、と一歩踏み出す。しかし背負ったアスカの重みでバランスを崩し、よろけてしまう。まどかが駆け寄って支えると、きらりはほっ、と一息入れてアスカを背負い直した。そして二人は歩き出す。

「……さっきの話な」

長い沈黙の後、きらりが口を開く。顔を上げて星に見入っていたまどかは、視線を下ろした。

「なんよ」

「……ずっと、誰かに話したかってん。」

空では、彼女らの生まれる数十億年前から瞬いている星々が3人を見下ろしている。

「でも、なかなか話す機会がなくて。……今回アスカが話してくれて、うちも吹っ切れたわ。」

「ほなら、アスカに感謝せんとなぁ」

「プレゼントでも渡そか?」

ふふ、と笑ったまどかは、いやプレゼントを渡すのもおかしいかと思い直す。

「……誕生日」

まどかは何かを思い出したように呟く。

「ん?」

「アスカの誕生日、あと一、二週間後くらいやな」

「よっしゃ、何か作ったろ」

「ケーキは?」

「ええけど……食べてこれ以上重くなられたら、落ちられても引っ張り上げれへんなぁ」

きらりは苦笑する。服越しに伝わってくるアスカの鼓動は、もう静かになっていた。


一週間後。アスカの誕生日を明日に控えた前線基地内は、少しそわそわした雰囲気になっていた。……主にまどかときらりの二人だけだが。アスカは何事かと少し不思議そうな顔をしている。

きらりとまどかは目の下に大きめのクマを作り、肌の調子も心なしか悪い。それもそのはずだ。二人は昨日の深夜、アスカが寝静まったのを見計らってケーキを作っていたのだから。慣れない遅寝早起きをしたせいか、まどかの目は軽く充血している。

「あの……大丈夫ですか?」

「あぁ、いや。大丈夫や。」

アスカの心配そうな顔に、笑顔を作って答えるまどか。

くあぁ、とあくびを漏らしながらその後ろをきらりが通過する。

「そんなに眠そうに……まさか、私のいないところでそういうことを……」

アスカが顔を少し赤くしながらも妄想をのせた列車を走らせる。慌てて否定するまどか。

「まどかとだったらなってもええけどなぁ」

「ちょ、きらり……」

赤面しながらまどかは睨みつける。

にひひ、と笑いながらきらりは白衣を翻すと、こつこつと廊下へ出ていった。

きらりはふんふん、と鼻歌を歌いながら廊下を歩く。

にゃーん。

黒猫が、階段を降りていくのが見えた。

「お、前回は逃したけど……」

きらりはつぶやきながらちゅ〜るを取り出す。ピリ、と封を開けるのと同時に黒猫がひょこりと角から顔を出す。

「ほ〜らおいで〜……」

黒猫は左足を引き摺りながらひょこひょこと近づいてきて、恐る恐る舌を出すとそのざらりとした表面でちゅ〜るをなめとった。ぺるぺる、と前足を上げてちゅ〜るにしゃぶりつくが、左足をぴくん、とさせて左手だけ地面につけながら舐め続ける。

「ははっ……がっつきすぎやろ」

右手で黒猫の丸い背中を撫でながら、きらりは笑みを漏らす。

「あ、ねこ!」

廊下にちょうど出てきたアスカが、だいぶ知能指数の下がった表情で猫を撫でにくる。しかし黒猫はアスカが屈んで触ろうとすると、んにゃ、ときらりの腕を抜けて逃げていってしまった。

「あれ、人見知りしない子なのにな」

きらりは不思議そうにつぶやき、空になったちゅ〜るのパッケージをポケットにしまう。

「うぅ〜……前は触らせてくれたのに」

「そうだっけ」

まどかが廊下に顔を出し、きらりに声を掛ける。

「きらり〜。冷蔵庫の鶏肉の残り、見てきてくれへん?」

きらりが「わかった」と立ちあがろうとすると、アスカが「私見てきます!」と先に立ち上がる。

「いやいや、それは」

「なんでですか?」

しどろもどろになってしまうきらりに、アスカは不思議そうな顔を向ける。

今はまずい。今は、昨夜作ったケーキが入っている。

この手のサプライズには凝り性であるきらりは、冷や汗を流しながらアスカを制止し、一足先に食糧庫に向かう。

「え、なんでですか?別に冷蔵庫ぐらいいいじゃないですか」

あんたが良くてもこっちが困るんや、ときらりは心の中でつぶやくと、食糧庫の中に入る。しかしアスカも一緒に入ってきてしまい、さぁまずいぞと思索を巡らせた。

「なんですか、冷蔵庫に何か隠してあるんですか?」

全くもってその通りである。

「い、いや、今は……そう、花壇の水やり!花壇の水やり、してきてくれへん?」

「え、でもさっきまどかさんが」

「いや、たくさん水あげた方がお花も喜ぶかな〜思て」

苦し紛れに花の水やりを提案したきらりは、アスカが首を傾げながら教室を出ていくのを見てほっと胸を撫で下ろした。教室の隅に置いてある冷蔵庫に近づき、観音開きのドアを開く。薄く青みがかかった人工的な光がきらりの顔を照らす。

「いち、にい、さん……」

冷凍保存された鶏肉の数を数えながら、きらりは目線を下へと滑らせる。『HAPPY BIRTH DAY!!』と白いチョコペンで彩られたチョコレートプレートが、純白のクリームの中でいちごの赤と踊っている。側面のクリームに至ってはまるでパティシエが作るような滑らかさだ。

「しっかし、我ながらよく作れたなぁ……」とつぶやくきらりだが、実際に飾り付けやクリームを塗ったりしたのはまどかである。きらりは主にスポンジ焼きしかしていない。

「きらりさん、今は別に水やり要りませんって」

アスカが教室のドアを開けるのと同時にきらりはばん、と慌てて冷蔵庫の扉を閉める。

「お、おう。そっか」

「?」

なおも怪訝そうな顔をするアスカに顔をむけ、きらりは冷や汗が流れるのを感じた。


翌日。

ピピピピ、という目覚ましのアラームで目が覚めたまどかは、スマホに手を伸ばして画面に表示された停止ボタンを押す。沈黙したスマートフォンを開き、朝の6時であることを確認すると、まどかは内側から手を伸ばして寝袋のジッパーを下ろした。

一つ大きく伸びをすると、まどかは周囲を見回す。右側には腹を出しながら寝こけているきらりがいて、左側にはうつ伏せに眠っているアスカがいる。

「二人とも、寝相悪すぎるやろ……」

呟いたまどかは、首をコキコキと鳴らして立ち上がる。ピンク色のパジャマに、まどかの長い髪の毛が水流のようにうねる。うへぇ、と顔を顰めると、寝癖をぴょこんとさせてテントのジッパーを上げる。

そしてきらりも目覚める。

「んあぁ……おあよ」

寝起きであまり口が回っていないのか、モゴモゴとつぶやくきらり。

「あぁ、おはよ」とまどかが答えると、「今日の朝は……パンで」と注文する。まどかはふふ、と笑うと「和食な」と答えた。力なくぐったりと倒れるきらり。

しばらくしてからきらりがテントから出ると、どこからか味噌汁の匂いが漂ってくる。

「マジで和食にしたやん」

ときらりは頭を抱え、ふあぁとあくびを漏らす。

廊下に出ると、月が住宅街の向こうに姿を消そうとしているのが見えた。代わりに教室の窓からは朝焼けが差し込み、ベランダに置かれた花たちは朝露を光らせている。

「お、起きたな」

まどかは朝食の準備をしている真っ最中だった。こと、と茶碗を机に置き、箸を並べる。それを眺めながらポリポリと腹を掻いたきらりは、再度あくびを漏らした。

「早う着替えて来な」

まどかの機嫌がやけに良いことに気が付き、首をかしげるきらり。……何かあった気がする。

「あれ、今日何日やっけ」

「14」

「何月の」

「12」

「あ」と声を漏らしたきらりは、今日がなんの日だったか思い出す。

「誕生日やで、アスカの」

にやりと笑ったまどかは、沸いたポットを取り上げ、緑茶のティーバッグに向かって注ぎ入れる。あぁ、と手のひらを打ったきらりは着替えるために廊下にでた。テントの中ではとても寝づらそうな姿勢でアスカが寝ている。

「アスカ、起きて〜」

ペチペチと頬を叩かれたアスカは、うめき声をあげて瞼を薄く開ける。

「何時……」

「6時半」

テントの隅に転がっている時計を見て時刻を答えると、きらりはアスカを寝袋から引っ張り上げる。

「まだ……寝てたい……」

目を瞬かせながら起き上がったアスカは、パチパチと薄く瞬きをしてあくびを漏らす。

「そういうわけにはいかへんな」

部屋の電気をつけ、灯りを放っていたランタンを消す。

テントの部屋にまどかが顔を出し、そういや、と報告する。

「最近なんか大きめのエネルギー反応があちらこちらで確認されとるみたい。やからレーダーも強化されたらしいんよ」

レーダー、というのは、個人個人のスマートフォンに設定されているシュヴァルツのエネルギー反応を可視化するアプリケーションのことだ。最近は誤作動が続いていたので、奇襲が起こりやすくなっていた。

「強化されたのは、検出範囲やな」

まどかが説明を始める。その説明によれば、今回のアップデートで実装されたのは「低級個体の検出」「ステルス個体の無効化」「検出範囲の広範囲化」の三つ。これだけの量のプログラムを一週間で組み切った桜木やエンジニアらの努力には脱帽する。

「一つ目の低級個体の検出、は簡単やな。これまでレーダーには2級以上の個体しか検出されへんかったんやけど、人間とシュヴァルツのエネルギー反応の区別化によって、5級以下の奴らまで可視化されるようになったんよ」

きらりが引き継いで説明を始める。

頭の上でひよこが回り始めたアスカを見て「この程度で……本当に指揮官学校卒業しとるんか?」ときらりが苦笑する。

「二つ目は、この前みたいな奇襲が起こらないように、ってする機能やな」

まどかが呟くと、あぁなるほどとアスカが手を打つ。

「最後は、まぁ……説明いらへんよな」

くす、とまどかが笑う。

「ご飯できとるで、早く着替えな」

「はーい……」

寝起きで急に情報量を詰め込まれたアスカは、少しぽやぽやとしながら着替えをとりに廊下へと出た。


「いっただっきま〜す」

きらりが元気よく手を合わせてご飯をかきこむと、アスカは「喉詰まらせないでくださいよ?」と心配する。

「ふふふぁふぇふぁふぁふぁん」

するわけないやん、と言ったのだろうか、口から米粒を少しこぼしながらしゃべるきらりの頭をまどかがパカンと叩く。

「ご飯口に入れている間にしゃべるな!」

頭を撫でながら、急にゲホゲホと咳き込むきらり。

「ちょ、大丈夫ですか?」

慌てて椅子を蹴りながら立ち上がり、きらりの横に座り込むアスカ。ゲホゲホと一通り咳き込んだ後、ヒュウという音と共に息を吸い込んだきらりは、少しよだれが垂れた顔を「少し喉に詰まった……」と笑った。

「フラグ回収早すぎます……」

びっくりした、と肩を落としてホッとしたアスカは、立ち上がってタオルか何かを探す。

「タオルならベランダやで」

まどかが味噌汁を流し入れながら窓の外を指差す。水色と白の縞々のタオルと、猫柄の可愛いタオルの2枚が干されていた。アスカは迷いなく縞々のタオルを手に取ると、きらりが撒き散らした米粒を拭く。

「あーびっくりしたぁ……水飲んでくるわ」

廊下に出たきらりを追いかけるようにして、床を拭き終わったアスカが「あ、これも洗っておいてください」とタオルを押しつける。

それを横目にまどかは綺麗になった皿を前にして「ご馳走様でした」と手を合わせた。


「その洗濯物あっちな」

まどかがきらりを引き留めて、屋上へとつながる階段を指差す。

「お、おっけ」

初めて選択当番をするきらりは、洗濯が終わったばかりの白いシャツに目を細めながら階段を登る。しかし洗濯物が多すぎたのか、少しバランスを崩してしまう。「おっと」と言ってそれを受け止めたまどかは、洗濯物の半分ほどを自分の手に移した。

「半分持つで」

「ん、ありがと」

こつ、こつとローファーが階段のアルミでできた部分に当たって音を奏でる。

「そういや、ケーキいつ出す?」

きらりがこともなげにまどかに問うと、「夕食の時やな」とまどかは答える。

「わかった」

そう呟くと、再び階段には静寂が戻った。

階下からアスカの「あれ、これ……」と戸惑う声が微かに聞こえてくる。

「あー、またエラー吐かせたな」

きらりがにしし、と笑うとまどかがため息をつく。

「最近なんかよくわからんエラー出し始めて……もうパソコン触らせへんのが得策とちゃうか」

「コンパイルエラーやろ?どうやったら出せんねん。」

愚痴のように言い合う二人。でもさ、ときらりは続ける。

「アスカも、あの夜から明るくなったよなぁ」

「……変わったか?」

「変わったんよ。前より胸はって歩けてる」

そうか、とまどかが答えようとした時。

ヴー、というバイブレーションと、ピピ、という電子音がほぼ同時に鳴った。

「「……来たな」」

同時に呟くと、洗濯物を一旦踊り場に置いて、二人は階下に駆け降りる。その手にはスマートフォンが握られていた。

スマートフォンの通知画面には「第五級節足型 接近中」と赤いアラートが残されている。きらりは「アスカぁ!」と階段を踏み外さないようとん、とんと足音を響かせながら階下に叫んだ。

「出動ですか!」

アスカも負けじと声を張る。

「おうよ!」

きらりは叫ぶと、とん、と最後の段を駆け抜ける。

「武器庫は〜、どの教室だったかな」

きらりが呟くのと、アスカが廊下に出てくるのは同時だった。

「こっちです」

手を引きながら階段を降りるアスカに、なんか青春みたいやなぁときらりはまんざらでもなさそうな顔をする。

アスカは一階にたどり着くと、一番手前側の教室をばん、と開けた。

そこにはショットガン、ハンドガン、スナイパーライフル等よりどりみどりのシュヴァルツ専用兵器が並べられていた。

「私が掃除しました!」と胸を張るアスカの横を通り過ぎると、きらりは「私はこれ〜」と鼻歌を歌いながら武器に手を伸ばす。

きらりが手に取ったのは、真っ白な銃身に一筋、黒のラインが入ったスナイパーライフルだった。以前まどかが戦闘に使用したのと同じ型番の銃である。

「後方支援やったら任せとき」

この基地でこれ扱えるのうちだけやし、と銃身をぽんぽんと叩く。

まどかが手に取ったのは、小さなコンバットナイフらしき物体と、サブマシンガンだった。

「やっぱこれが手に馴染むなぁ」

そう呟くと、くるりとナイフの身の穴に指を通して回す。

アスカが取るのは、小さなハンドガン二つだった。シリンダー式の銃倉に弾を滑り込ませ、かしゅんと小気味良い音とともに銃身を閉じる。

「前衛なら、任せてください」

そう呟くと、アスカはふうと一息ついた。

「おーっし、今回のシュヴァルツは5級や。……前武器なしで4級に勝ったからって、あんまし調子に乗るなよ?」

そう活を入れると、きらりはいちに、と柔軟運動を始める。

「言われんくても、調子になんて乗るわけないやん」

まどかは呟き、昇降口に向かう。それを追うようにしてきらりとアスカも教室を出た。

「じゃ、うちは屋上から」

そう言ったきらりと階段前で別れると、アスカは頬をぱちんと挟む。

「お、気合十分」

にや、と笑ったまどかに「行きましょう」と声をかけると、アスカは校庭に出た。


砂塵を巻き上げて、一歩ずつ。

前前回現れた物よりも二回りほど大きなそのシュヴァルツは、まるで脈打つように大きく振動を繰り返している。丸っこい頭部から何本も生えた脚が、校庭の瓦礫の上を一歩ずつ踏み込んでいく。

『あ、あー。聞こえとる?』

装着したイヤフォンから、屋上にスタンバイしているきらりの声が漏れ出す。

「問題ないです」

『おっし』

そう呟くと、きらりは銃身に弾を滑り込ませる。ガチャ、と重たい音が閑散とした屋上に響き、フェンスに留まっていた鳥が数羽羽ばたいて飛んでいった。

『今回の敵もどんな能力を持っとるかわからへん。用心していけよ』

「基本的に5級以下は能力持ってることないんですけどね

『てへ』

的確にきらりの失言を指摘したアスカは、すう、と息を入れた。

たん、と軽い足音を地面に残して跳躍したアスカは、ハンドガンをくるりと回した。

砂塵が一瞬晴れ、またシュヴァルツの躯体を覆い隠す。

がしゅ、がしゅんと1発づつ撃ち込まれた弾丸が煙の中を引き裂いて行く。しかし銃弾はガキンという金属音とともに弾かれてしまった。

『角度が悪いな』

きらりが呟くと、アスカは頷く。

稀に起こることだが、この世には「弾丸を弾く角度」というものが存在する。戦車などの装甲に使われている角度がそれだ。銃弾は装甲のカーブに沿って軌道を曲げられ、キィンと音を立ててシュヴァルツの背後に吸い込まれていく。

まどかは、誰も気がつかないうちにシュヴァルツの背後を取っていた。コンバットナイフを一回転させると、逆手に握り直して砂塵の中をかけてゆく。ほとんど自分の手元すら見えなくなった時。ヴ、と空気が揺れて、まどかが先ほどいた場所を節足型の足が切り裂いていった。

「あっぶなぁ……」

呆気に取られてまどかが呟くと、第二の脚が迫ってくる。軽く跳躍してその脚に片足をかけたまどかは、ふっと息を入れて跳ぶ。砂塵が晴れる。

時間にしてはコンマ数秒の滞空だったが、まどかには動きが全てスローモーションに写っていた。アスカは跳躍する。そしてちょうどまどかの対面にいた銃口から、弾が放たれた。

まどかは首をごり、と捻ってその光の軌跡を避ける。

気をつけろ、という暇もなく、節足型の足が微細な動作を始める。それが大振りの前段階だ、と気がつくと、まどかはコンバットナイフを握り直した。

ざん、と音を立ててまどかは着地する。校庭の砂の粒で少し滑った後、スライディングの要領でシュヴァルツの真下を通り過ぎていくまどか。通った後には、一文字の斬り痕が残されている。

「気をつけてや……」

呟くと、まどかはぬらりと紫色に光った刃を順手に持ち直してシュヴァルツから距離を取る。

『そこ二人だけにいいカッコさせるわけにもいかへんなぁ』

イヤフォンからきらりの声が聴こえるのと、ドォと鼓膜を揺らす轟音が放たれたのはほぼ同時だった。

苦しむ間も無く側頭部を撃ち抜かれたシュヴァルツは、動きを少し鈍らせた。

『うっそやろ……一応戦車までなら撃ち抜くんやけど……』

信じられない、ときらりは目を見開く。側頭部が大きく凹んだものの、シュヴァルツは動きを止めない。

「これ本当に5級かねぇ……」

そういや本部と連絡が取れていないな、と思ったまどかは訝しげに呟く。

「私が腹側から……!」

すでに着地して、2弾目の装填を済ませていたアスカが駆け出す。

もくもくと上がった砂塵にアスカの体が消えた後、ごんっという鈍い音が空気を揺らした。

「まどかさんっ……これ、腹側なら攻撃通ります!」

「了解っ」

軽快に返事をすると、まどかはサブマシンガンに弾薬を流し込む。

『こりゃー私の援護要らなかったか』

きらりが残念そうに呟くと、まどかは「きらりはそこで気ぃ引いといて」と返す。

アスカに続いて砂塵の中に消えていったまどかを見て、「囮役ですかぃ」と不満そうに呟くきらり。ぱららっ、と軽い銃声が響いて、内側から薬莢の煌めきが白い軌跡となって目に映った。キンッと軽い音を立てて地面に吸い込まれていく。

きらりは再度肩にストックを押し当て、頬をべったりとつけてスコープを外した銃身を使って大雑把に狙いを定める。

「いい気になりやがって……一生レーダー外でくたばってろ」

呟くと、引き金を一気に絞り切った。轟音がきらりの耳当てを貫通して鼓膜を揺らし、びりびりと空気が震える。砂塵を掻き分けて細長い縦断がシュヴァルツの装甲を捉え、ライフリングによって付けられた回転が加わりその装甲を軽く引きちぎる。側頭部を弾かれたように曲げたシュヴァルツは、げぼ、と血糊を空にぶちまけて動きを止めた。

徐々に収まっていく砂塵を眺めながら、ふぅとため息をついたきらりは肩をぐるぐると回す。

陽がほんの少し傾いた屋上で伸びをすると、彼女は眩しさに目を細めた。


「なーんか、あっけなかったな」

「まぁ5級やし、そんなもんやろ」

死骸を前に好き勝手言い合う二人を眺めながら、どこからともなく現れた黒猫を触っているアスカ。

「あれ、触らせてくれたん」

「なんか急になついてきて。……でも、猫って気まぐれ、って言いますもんね」

少し力なく笑ったアスカを覗き込んだきらりが「大丈夫か?」と聞く。

「えと、大丈夫……です。猫の気まぐれさに辟易しちゃって」

「それなら別にええねんけど」

しっかしこの装甲硬かったなぁとしゃがみ込み、シュヴァルツの装甲をカンカンと叩くきらり。

「最近変なシュヴァルツばっかり出るようになったなぁ」

まどかは呟くとそうや、と何かに気がついたように手を打った。

「本部に報告せんと」

「あー、後でええ後で」

手をひらひらと振ったきらりに、「そういうわけにはいかへんやろ……」と呆れる。

ぴ、とイヤフォンに触れて回線を切り替えたまどかは、本部に報告するためにその場から遠ざかる。

「はい……襲撃を……レーダーが……はい、問題なく処理……」

途切れ途切れに聞こえてくる言葉に耳を傾けながら、黒猫が行ってしまうのを名残惜しげに見つめるアスカ。ふとまどかの方を見つめると、アスカは目を見開く。

意地悪そうな顔をしたきらりが、抜き足差し足忍足でまどかの背後に近づくと、いきなり奇襲で脇腹をいじり始めた。

「ひゃうっ!」

彼女らしくない可愛らしい叫び声を上げたまどかは、振り返ってきらりの頭をぱこんと叩く。

「いっつ〜……馬鹿になってまう……」

そう言いながらうずくまるきらり。

「馬鹿なのは元からやろ、あほっ!」

顔を真っ赤にしながら何考えとんねん、と怒るまどか。

「いや〜、なんや硬ったい対応しとるなぁと」

「当たり前やん……本部との連絡やで」

はぁと頭を抱えたまどかは、本部側から何か言われたのか姿勢を正した。

「はい、あ、いや……なんでもないです」

そう言うまどかを横目にきらりは「なんや緊張し取ったみたいやし、ほぐしたった」と笑う。そして手に持っていたミネラルウォーターを揺らした。水滴が滴る。

『あ、綾小路くんかな』

不意にイヤフォンから通話が流れ出して、驚いたきらりは開けようとしていたミネラルウォーターを取り落とし、中身を校庭の養分にしてしまった。

「阿久津さ〜ん……びっくりするやん、急に話しかけんといて」

『無理な話を言うな』

少し困った声色で話す阿久津は、何か言いたいことがあるように見えた。


『何か言いたいことあるんと違う?』

きらりの少し不明瞭な音声を受け取りながら、阿久津は桜木からコーヒーを受け取る。

「砂糖……入れてないよな?」

「あぁ、お疲れじゃなかったみたいなので入れてませんよ」

桜木がニコッと笑うのを横目に啜った阿久津は、またコーヒーを噴き出す羽目になった。げほげほと咳き込みながら、引き攣った笑顔を桜木に向ける阿久津。

「ミルク……」

「最近何か怒ってらしたので。カルシウム取らないと!」

ぐっ、と手を小さくガッツポーズにした桜木は、上機嫌になって立ち去ってしまった。

「くそ……これからコーヒーは自分で淹れるか……」

そう呟いた阿久津は、不満そうな声をきらりが発していることに気がつく。

『あ〜く〜つ〜さ〜ん?なんの話〜?』

「あぁ、すまない」

そう言って机の上の報告資料をいくつか漁った阿久津は、一枚の薄いA4用紙を取り上げる。


『最近どうも大型シュヴァルツの反応が多くてね。そちらの前線基地側でよく観測されるんだ』

首を傾げるきらり。大型……というと、どのサイズだろうか。きらりは阿久津に聞く。

『いや、大型……なんて言うんだろうな、エネルギー量が馬鹿みたいに多くて、でもサイズ自体はそんなに大きくない』

「それって、強力な個体、ってことやないですか」

聞き耳を立てていたまどかが口を挟む。

『そう言い換えることもできるね。……でも、本部を牛耳っている奴らはあまり重要視してないみたいで。』

「え、なんでや」

『……まぁ、サイズ自体は従来の人形と変わらないから脅威度は低いだろうと……』

「これやから現場のことを知らない安楽椅子どもは……」

言いにくそうに濁した阿久津に、歯軋りで答えるきらり。普段はあまりアバウトな表現を使わない阿久津が「馬鹿でかい」と言うほどのエネルギー量。それを保有する強力な個体であれば本来、その付近の前線基地の力を結集してあたるべき事案なのに。

『まぁ、今日明日に襲撃が来ることはまずないだろうが、もし襲撃に遭ったら退避、そして迅速に付近の前線基地やストライカーズに応援要請すること』

「あーい、わかった」

プチ、というかすかな断裂音がきらりの鼓膜に響く。

「どういう内容だったんですか?」

不安そうにアスカが聴く。

「あー、大丈夫大丈夫。ちょっと大きな個体がそろそろ来るかも知れへんから、……まぁ準備しとけって」

今すぐ来るわけではないのだし、この事実は明日明後日伝えればいいか。そう考えたきらりは言葉を濁した。


「今日の夜ご飯は〜?」

「肉」

一言で答えたまどかは、シャワー上がりの髪の毛をタオルで拭く。うねったその髪の毛は水分を拭き取られていくにつれて真っ直ぐ下へと流れていった。

「やったぜ」とガッツポーズをとったきらりは、右手からパジャマに袖を通す。

ふんふん、と鼻歌を漏らしながら左右に揺れるきらりを一瞥し、まどかはスマートフォンを取り出す。

レーダーに反応はない。

「アスカー、次お風呂ええで〜」

脱衣所の外に向かって呼びかけたきらりは、入ってきたアスカとハイタッチして入れ替わる。同時に、アスカが装備していたハンドガンも受け取る。つまりは、見張り番の交代だ。

「あー、疲れました……」

アスカはそそくさとリボンを外し、スカートのホックをぱちんと外す。するりと衣擦れの音を立ててスカートを下ろすと、まだ慣れていなかったのか、少し赤くなった外骨格と生足の接合部が顔を覗かせる。

まどかの視線に気がついたのか、アスカはぽんぽんと脚の付け根あたりを叩く。

「もう痛くないので、大丈夫ですよ?」

そっか、と呟いて目を逸らしたまどかは、髪の毛を一つに丸めてヘアゴムでぱちんと留めた。

キィとドアを開けるのと、シャワーの音が流れ出すのはほぼ同時だった。


じゅじゅ、と音を立てて(人工だが)牛肉の油が溶け出し、鉄板に触れて泡立つ。

「ん〜!うめぇ!」

ご飯を口いっぱいに頬張りながら、きらりは笑顔を綻ばせる。

ペリ、と鉄板から引き剥がされた焦げ跡が、赤身にまとわりついて香ばしい音を立てた。

「やっぱ祝い事には肉やな〜」

そう呟きながらきらりが「あ、それ私の」と目をつけていた肉を剥がしとる。

「食い過ぎや。アスカが主役なんやし、少しは遠慮し」

ぎろ、と睨まれたきらりは小さくなってへぇと呟く。

「え、何か私しました?」

きょとんとしてきくアスカの目の前には、めいいっぱいに盛られた焼肉が乗っている。

「え、覚えとらんの」

びっくりして聞き返すきらり。はい、とアスカ。

「「誕生日やん」」

口を揃えていったきらりとまどかは、目を見合わせて笑い合う。

「あー……そういや、そうでしたね」

気がついたように少し赤くなったアスカは、肉を口に運ぶ。

「ったく……主役が忘れててどうすんねん。」

きらりは呆れながら、どこから見つけたのかビールのプルタブを傾ける。かしゅっと音が鳴って泡が飛び散った。

「ちょ、未成年飲酒」

「ノンアルやあほ」

ほら飲みな、とロング缶を一本アスカに押し付けると、きらりは一気に煽った。っか〜、と気持ちよさそうに飲み干すと、カンっと机に音を立てて缶を放った。

「え、これノンアルじゃないですよ」

渡された缶を見て不思議そうにアスカが言うと、きらりはは?と言う顔をして机の上の缶を再度手に取り、「いやノンアルじゃん」と言い返す。

「だって、ここに」

アスカが握っていたビール缶には、まごうことなき『アルコール分5パーセント』と記されている。

「あー……そっちだけアルコール入りやったか」

缶を受け取って窓の外に投げ捨てるきらり。少しだけ悲しそうな顔をするアスカだが、「未成年飲酒〜」ときらりに釘を刺される。

いつしか、盛られた焼き肉は姿を消していた。

「なんか部屋あったかくない……?」

なぜか頬を赤らめて呂律が回らないきらりが呟く。

「あ、きらりっ!これノンアルやないやん!」

まどかが机の上の缶を手に取り、目を見張る。

「うぇ、まじか」

「ちょ、こっち」

きらりの手を引いて廊下に出ていくまどか。しばらくしてげええ、と吐く音が微かに聞こえる。下のトイレ、明日の掃除が大変そうだなとアスカはため息をつく。

しばらくして二人が帰ってくると、きらりはげっそりとした顔をしてまどかに肩を借りていた。

「頭いたい……」

「なんで一気に呑んじゃうかなぁ。ほれ水」

ぱきゅっとキャップを開けて水を手渡され、目を閉じ気味にしたままごくごくと飲み干しきらり。

「あー……酒ってマジで気が付かんかった。助かったわ」

一息つくと、どかと椅子に座り込んだ。

「今日何か用意してくれてたんですか?」

アスカが落ち着いた頃を見計らって聞くと、きらりがおうよと親指を突き立てる。

「サプライズ〜で、お楽しみや」

「お楽しみは早い方がいいですよ」

「そう?」

「絶対そうです」

まどかが「じゃぁきらり、肉の片付けよろしく」と立ち上がる。

「いや、それうちがやりたいねんけど」

きらりとまどかがサプライズ役の取り合いをしている間、アスカは少し不思議そうな顔をしていた。


結局ジャンケンをすることになったきらりたちは立ち上がってぐるぐると腕を回す。

「もうこれで……終わってもいい」

そう呟くと、ジャンケンほいっと合図をかけた。

グーを出したきらりに、パーを差し返したまどかがガッツポーズをとる。きらりは床に膝から崩れ落ちた。

「ほな後片付け頼んだで〜」

少し嬉しそうに廊下に出ていったまどかにはーいと答えながら、きらりは床から立ち上がる。

「私も手伝いますよ」

「いや、誕生日のやつにやらせるわけにはいかへんやろ」

そんな、と少し泣きそうな顔をしながらきらりに皿を手渡すと、きらりは廊下へと出ていく。しばらくしてホットプレートも回収したきらりは「待っててな」と八重歯をのぞかせた。


手持ち無沙汰になってしまったアスカは、ふぅとため息をついて教室を眺める。きらりやまどかと出会って経った時間はまだ短いはずなのに、なぜか生まれてからずっとこの3人でいたような不思議な感覚がする。

アスカは気付かぬうちに桜木から受け取ったペンダントをいじり始めていた。チャリ、と言う金属音が耳を微かに揺らす。茜色に燃える空には薄く雲がかかっていたが、それさえもを貫いた星の煌めきがアスカの眼窩に軌跡を残していく。今日は流星群の日だったらしい。誕生日になんと幸運、とアスカは僅かに驚く。

さなのことを思い出していた。

ねぇ、と流星の一筋に向かって心の中でつぶやく。巨大な円周をなぞるように湾曲した尾を残して地平線へ消えてゆく流星は、大気を通して揺らめき、微かに明滅しているように見えた。

「私は、さなちゃんのことをなんで忘れてたんだろうね」

事件が起きた後。

パイプ椅子に座らされたアスカ。

さなの父親の罵声。

呆然としていたアスカの耳にはよく残った。

「……さなちゃんのお父さんも。お母さんも。たくさん怒ってた。」

上楠野中学事件の唯一の生き残りであるアスカの記憶が残っていないことについて、さなの両親は怒り狂った。自分達の子供の死に方すら知れないとは。アスカの記憶が戻らない限り事件のことがほとんどわからなくても、もし戻ったとしてもその記憶が信じるに値するかわからなくても、彼らは知りたがった。

そして、さなの父親はこう発言する。

『アスカの記憶が戻るまで、我々が養育する』と。

そしてさなの両親に引き取られたアスカは、1日の半分以上の時間を記憶治療に充てがわれた。

「……そっか。そうだったな」

そして、アスカは次第に忘れやすくなっていく。自分の嫌なこと、受け入れられないこと。忘却することによって彼女は自分を守っていた。

そして、ほとんどの記憶がなくなった頃。アスカはさなの父親の手を離れることになる。一向に思い出さないばかりか、最近の記憶まで忘れるようになったアスカに嫌気がさしたのだろう。


そして、彼女はここにいる。雲が晴れた夕空に流れ出す星々を虹彩に反射させて文字通り目を輝かせている。

「きっと私、受け止めれなかったんだね。……さなちゃんのことを。」

一溜りの涙が目尻に溜まり、くるりと輝きを反射させて流れてゆく。

「でも。」

それでも、思い出したのは。


——きっと。


「怖かったからだ、と思うんだ」

ぱた、とスカートに染みがひとつできる。頬を伝った涙が乾き、またそれをなぞって涙が頬を伝う。


「さなちゃんのことを忘れちゃうのが、こわ……かったんだと……思う」

かちゃかちゃときらりが皿を洗う音が微かに聞こえてくる。

「……よかった」

口をついてひとつの言葉が出た。よかった?良いはずない。

でも。


「思い出して、よかった……永遠に忘れちゃう前に、思い出して……」


涙がつつ、と頬を撫でる。その水滴に蛍光灯が反射してきらり、と光が跳ね上がる。

アスカの嗚咽がしばらくして止まった後、彼女は涙を袖で拭いて起き上がる。


「私、頑張るね……さなちゃんを忘れない、ためにも」


そうつぶやくと、まるで遥か昔の親友に再会したかのように。

アスカはふふ、と笑みをこぼした。



パチ、と入り口のあたりでスナップ音がして、光を放っていた蛍光灯が代わりに闇を宿す。星あかりだけが教室を照らしている。

「「ハッピバースデートゥーユー……」」

片方はとても嬉しそうに。片方は少しすました、流暢な発音で。

アスカの顔がぱぁと明るくなる。

まどかが持つホールケーキには蝋燭が飾られ、ゆらゆらと影を伸ばし縮ませて光を放っている。

「「ハッピバースデートゥーユー〜……」」

ケーキの真ん中にはチョコプレートが立てられ、達筆で『おめでとう アスカ』と描かれている。それをホイップクリームが取り囲み、どこかのケーキ屋に置かれていてもおかしくないような装飾が施されていた。

「「ハッピバースデーディア、アスカ〜〜」」

吹き消して、ときらりがジェスチャーすると、アスカは口いっぱいに空気を含んで、唇を窄ませるとふっ、と吹いた。蝋燭の火が一瞬揺れて消えていく。暗い部屋がまた戻ってきた。

「「ハッピバースデー、トゥーユー!」」

最後の歌詞を歌い終わると同時にぱちんと電気がつけられ、アスカの視界いっぱいに金銀のラベルが放たれる。クラッカーを鳴らされたのだ、と気づくまで一瞬かかった後、アスカはもう一度机に置かれたケーキをよく見て驚く。

「え、え、……すごいですっ!これ作るの大変でしたよね……!」

「今の顔見れただけで十分やで」

きらりがどや、と胸を張るとまどかが呆れる。

「きらりはスポンジ焼きしかしとらんやろ……」

「でも、でも、こうやって二人で、私のために作ってくれて……!本当に、嬉しいです!」

きらりはアスカの目が軽く充血していることに気がつく。

「あれ、もう泣いちゃったん?」

「あぁ、いや。……これはまた別です」

それって、ときらりが言葉を繋ごうとした時。


ピピ、と聞き慣れた電子音が響いた。


3人は示し合わせたかのように同時にスマートフォンを取り出す。画面には『大型エネルギー反応補足』と赤い文字が斜めのストライプと共に踊る。

「っクソ、こんな時に来ないでも……」

きらりがぼやく。アスカはペンダントを握りしめた。

「さっさとやっつけて、それでケーキ食べましょう。」

「そうやな。……今回ばかりはタイミング悪かったな。シュヴァルツも」

「空気読めてないですよね」

まどかは教室隅に置いてあった武器類の中から、サブマシンガンを取り上げる。

しかし前回のものよりも二回りほど大きく、もう少し銃身が長ければ『機関銃』と著しても良いほどのサイズだ。黒く蛍光灯を反射した引き金は、死神の鎌の形に酷似していた。

アスカは大ぶりのコンバットナイフをくるりと回して腰の後ろに水平に収納する。取り出しやすさと動きやすさを重視した結果、この位置に取り付けることになった。そして武器の山を一つ減らし、大きなリボルバー式の銃を取り上げる。銃を半分にわり、回転倉に一弾ずつ、銀色の弾を滑り込ませていく。光る銃身に自分の顔を反射させ、「頼りにしてるよ」とつぶやく。

きらりは、前回とは変わって大ぶりのトンファーを持っていた。くるくると回して動きを確かめると、ガチンと交差させて「おぉ〜、カッコええ……」とつぶやく。きらり自身初めて使う武器だが、長年の相棒のようにトンファーは体に合わせて滑らかに動いた。


オオォォオ、と不気味な空洞音のような音が校庭にこだまする。

「うわぁ……奴さんもとうとう本気モードか」

紫電を身に纏った、人形のシュヴァルツが校庭の中ほどに立っていた。散乱していたはずの瓦礫は、シュヴァルツを中心にするように渦巻いて宙に舞っている。立っているその姿だけで圧を感じたきらりは、思わず目を逸らしてしまう。

『なんでこう面倒なのは特9班にくるんやろうなぁ』

ピピ、とヘッドセットの電源を入れてまどかが通話に参加する。

「そりゃぁもちろん、この最強のきらり様がおるからやろう。腕試しやな」

『道場破りのノリで来られても困るんやけどなぁ……』

ふぅ、とまどかはため息をついた。

『それじゃぁ、いつかやった陣形訓練の通りにお願いします。まずはきらりさん……B-1からCへ』

「はいな」

たん、と地面を蹴って宙へ跳ぶきらり。足を揃えて十数メートル離れたところへ着地する。

『まどかさんはF-12までお願いします』

「私だけやけに遠いな。連携大丈夫?」

『余裕です』

まどかは少し不安に思いながらも、最近のアスカの指揮の手腕を思い出して大丈夫だろう、と少し楽観的になる。

「ん、OK」

くん、と少し膝を曲げてまどかは跳ぶ。シュヴァルツの真上をほぼ宙返りの姿勢で通り過ぎ、宙に浮く瓦礫をたん、たんと蹴りながら指定された位置へ移動する。

「とりあえず本部には連絡してあります。ストライカーズの方々が加勢してくれるそうで」

『え〜、うちらだけで大丈夫やって』

きらりが文句を言うのを聞こえないふりで無視した後、アスカは仁王立ちで止まっているシュヴァルツを見据える。

「まぁ、練習の通りにやれば大丈夫ですよ。こんなエフェクト飾りです」

『大きく出るね?』

「これくらいの気持ちで行かないと負けますから」

まぁそれもそうか、ときらりはトンファーをくるりと回す。そして腰から、片腕に収まるほどのサブマシンガンを取り上げた。

「それじゃぁ指揮官、カウントダウンをどーぞ」

『はい。……』


さん。


にぃ。


いち。



『開始』の声が聞こえるコンマより早く、きらりは駆け出している。

『開始』の声が聞こえると同時に、まどかは引き金を引き切る。

『開始』の声を言い終えると同時に、——アスカは跳んでいた。


どん、ぱらら、がぎんと数種類の擬音が同時多発的に鳴る。

アスカはリボルバーを撃った反動で持っていかれる右腕を押さえつけ、なおも照準を定めようとする。

「っ……!」

しかし既にそこにシュヴァルツはいなかった。空気の揺らぎと紫電がたなびく砂塵を見据えつつ、アスカはさらに一回跳んで後退する。

シュヴァルツと目が合う。

まるで瞬間移動のようにアスカの目の前に高速で移動してきたシュヴァルツは、フッと軽く拳を振り抜く。咄嗟に腕でガードしたアスカは直感する。

この敵は、今まで相対したどのタイプとも違う。

偵察用でも、人類の力量を知る為のものでもない。

純粋に、人類を叩き潰すために送り込まれてきた生物だ。

衝撃波がスカートを揺らし、両手で拳をガードしたアスカの体は吹き飛ばされる。二回地面にバウンドした体は、ゴロゴロと転がって瓦礫に打ちつけられ、その瓦礫に大きな凹みができる。

体制を立て直す暇も無く、シュヴァルツは追い討ちをかけ続ける。ドゴ、と瓦礫が原型を留めぬほどに粉砕されるほどの威力の拳を身を捻って避けると、床に並行になっている状態からブリッジの要領で跳ね上がり、もう一度シュヴァルツに照準を合わせる。


どん、どんと抑制されたリボルバーの銃声を聞くと、きらりはトンファーを装着し、カシュ、と肘から少し飛び出る程度にバーの長さを抑える。砂塵が晴れるのも待たずに、きらりはアスカの方へ向かうと腕を振り抜いた。

確かな手応えが右手を痺れさせる。

まどかはきらりがシュヴァルツの首筋を打ち据えたのを見届けると、たったったと走りながらスライディングの要領で姿勢を低く滑り抜け、シュヴァルツに向かって銃弾を打ち込む。めこ、とシュヴァルツの脇腹が凹んだ。

しかし。

シュヴァルツは物ともせずに立ち上がって、まるで蠅を払うかのように手を振る。きらりの右腕があり得ない方向に曲がる。

おおう、と目を丸くしながら、きらりは自分の腕が引きちぎられる場面をスローモーションで眺める。

装甲がシュヴァルツに掴まれた圧力で凹む。『触られている』という感触がまばらになってゆき、途絶える。赤青黄色。色とりどりのコードが自分の肘あたりから露出していく。きらりは上腕部に触れる。そして。

「レイズアウト……閃光弾」

呟いた。

ブシュウウと煙が一帯を覆い、シュヴァルツは一瞬戸惑う。ほんの瞬きの間に、きらりはいなくなっていた。

「ばん」

唱えると、青白い光球がシュヴァルツの右腕を包んだ。

ガァ、とシュヴァルツはのけぞり、しかし直ぐに体制を立て直して、爆発によって欠損した部位を修復する。きらりの体が宙へ吹き飛ばされた。

『まどかさん、D-10から射撃を』

「了解」

まどかは地面を蹴って指定ポイントへ進む。そして気づかれぬよう細心の注意を払って、引き金をめいいっぱいまで引き切った。

シュヴァルツの背中に吸い込まれていく銃弾たち。——しかし、当たることはなかった。シュヴァルツの背中から数本の触手が皮を突き破って飛び出す。それらは絡み合い、ちょうど盾のような形状になってシュヴァルツの背中を守った。銃弾が弾かれる金属音と、サブマシンガンから排出された薬莢の音が絡み合って反射する。

「ひえー、そんなのありか」

着地したきらりがあっけに取られて呟く。

『やっぱり報告にあったC人形のようですね。』

バラバラバラバラ、とヘリのプロペラ音が校庭にこだまする。真っ赤な夕日に重なって現れたヘリは、まるで燃えているようにも見える。

『お、ようやくお出ましだ』

きらりは呟くと、左腕を取り外して右腕側に取り付ける。少しばかり違和感があるが、右腕を使えないよりかはマシだろう。

人形は依然変わらず突っ立っていた。背中から生える数本の触手は、栄養分を求めて彷徨っている。

『きらりさん、右腕いけますか』

「作画ミス、みたいになってるけど余裕や」

『E-5へ』

「ほい」

きらりはジャンプしながらトンファーを背中に収納する。そしてこれまた背中に収納されていたのだろうか、随分と小ぶりな銃の顔を覗かせた。彼女はそれを宙に浮かせながら、さらに銃身とストック、三脚を取り出して右手(左手だが)で器用にスナイパーライフルを完成させる。

一つ大きな瓦礫の上に陣取ったきらりは、体を這いつくばらせ、三脚を固定する。そしてストックを頬にべったりとつけると、間髪入れず狙い撃った。人形の首が一度あり得ない方向を向く。さらに追い討ちをかけるようにリボルバーの銃声が響く。

「っし……」きらりはガッツポーズをすると、リロードするために新しい弾薬を探る。


人形と、きらりの目が合った。


首があり得ない方向を向いているのにも関わらず、さらにそれをぐるりと回してきらりの方を見据えるシュヴァルツ。背中の触手が放たれた。

紫電が舞う。

ギイイン、と金属音が耳をつんざく。そのまま触手が進んでいればきらりの頭部は粉々に消し飛んでいたであろう。しかしその拳の間に美梨の盾が入り、防がれた。

「ストライカーズ、現着した」

「遅い!」

「煩い。」

しかし防いだといえど美梨の盾は溶解し、使い物にならなくなっている。美梨は盾を投げ捨てると、二本の太刀を取り出す。

「試験段階だが使わせてもらうぞ。——双太刀、『葵』」

ピリ、と空気が揺れた。

目で追えなかった。遠くからその場を見ていたまどかは目を擦る。

蒼電が走り、美梨の体は人形シュヴァルツの背後へと移動していた。

人形はよろめき、咳き込みながら紫色の血を吐き出す。

なんだこれは、と言うかのように。自分の触手が飛ばされた痕から出た液体を不思議そうに眺めるシュヴァルツ。蒼電が再度閃き、シュヴァルツはまたよろめく。

なんだ。なんだあの兵器は。まどかは不安に駆られる。蒼電が哭く度に美梨の顔は苦しそうに歪んでいく。——あの速度だ、負荷がかからない訳が無い。

「っ美梨!」

叫んだが、遅かった。

一瞬止まった美梨に向かってシュヴァルツが触手を振り、肢体が弾き飛ばされる。砂埃を上げて着地した美梨だが、顔面に2本目を食らってしまい、よろける。

「大丈夫だ……ぐっ」

口の端から赤い筋が流れる。

ボゴ、とシュヴァルツの表面が弾ける。とても有機物には見えない仕草に、美梨は戦慄を覚える。

数度泡が破裂した後。シュヴァルツは全く違う形になっていた。

背中から生えた、腕に似た触手は既に6本を越えている。まるで観音か何かか、という形状にまどかは、言葉を失っていた。

まるで、戦いの中で進化するが如く。

形容できない咆哮を上げるシュヴァルツ。その正面に立っているアスカ、美梨。左手にきらりが立ち、後方数十メートル離れてまどかがサブマシンガンを構えている。

シュヴァルツが、消えた。

そう感じた直後に、まどかは瞬間移動したシュヴァルツの攻撃をモロに食らってしまう。吐血し、宙を舞うまどか。

「……速すぎる」

美梨が呆然と呟く。もちろん誰も、今の動きを目で捉えられていなかった。

ほとんど全員がその場に立ち尽くすが、きらりだけが走り出していた。

どん、と地面に凹みを残して跳ぶ。まどかが手を伸ばす。きらりはそれを掴み寄せようと右手を伸ばした。

キュル、と一瞬の声が聞こえる。

まどかの伸ばした左手は、鮮血を残してもぎ取られていった。

きらりが目を見開く。

「っぐ……」

痛みを堪えながらまどかは着地する。シュヴァルツはまどかの左手を投げ捨てると、追撃の構えを取る。まどかの左腕、肘より少し上のラインから血がぼたぼたと垂れる。

がぎん。

シュヴァルツが再度触手を放つ。その鋭利な腕は、まどかの腹と胸を的確に貫いていた。

がほ、と吐血するまどか。その場に倒れ、血溜まりが広がっていく。

「こいつっ……!」

きらりが落ちていたまどかのサブマシンガンを拾いあげ、シュヴァルツに向かって無作為に乱射する。再度ぐぐ、と触手を構えるシュヴァルツ。その側頭部が蹴り飛ばされる。

「早く、校舎内で治療を!」

牧がコンバットナイフを振るい、シュヴァルツの気を惹きつける。

幸い、昇降口近くに倒れていたまどかを肩にかつぎ、きらりは下駄箱の間に倒れ込む。


ぱた、ぱたと血が流れ落ちる。きらりは自分の制服を破り取ると、まどかの左腕に押さえつける。既に黒かった制服が、血を吸い取ってさらに赤黒くなっていく。ヒュー、ヒューと言う呼吸音が、肺が損傷し、呼吸器管が壊れかけていることを示す。

まどかは精神力を振り絞り、よろよろと立ち上がる。目の前にあった教室のドアにぶつかり、ガラスに腕が擦られて赤い痕を残す。教室の中ほどに立つと、まどかは肩で息をする。

陽はもう落ちる寸前だった。教室に差し込んだ真っ赤に燃える光線が整然と並べられたままの机を撫で、2人の頬に反射する。

「まどか……動かないでや」

きらりは懇願するように言う。

まどかは左腕を押さえながら、振り返った。

「出血が酷い。早く、止血を……」

右腕を振ってまどかはきらりを制止する。

ごほごほと咳き込むまどか。その手は何度目か、自分の血で真っ赤に染まっている。

「ありがと、きらり。……どのみち、この出血量じゃ——ゲホっ……あ゛ぁ……無理」

「そないなこと言わんといて……なぁ。」

きらりはいやいや、とする子供のように頭を振る。机一つ分ほどの距離を空け、まどかときらりは対峙する。ゆっくりと、しかし着実に窓の外の陽は沈んでいく。

「がほっ……なぁ、きらり」

「何……なんや」

まどかは姿勢を崩し、がたた、と並んでいた机を倒してしまう。慌てて抱き上げたきらりは、自分の右手にまどかの血がべったりとついていることに気がつく。血が黒い。

持ってあと15分——いや、10分と無いか。きらりは唇を噛み締める。

こんな別れ方はあり得ない。あまりにも突然すぎる。

「一回でいい。一回でええから。……抱き締めてくれへんか——っぐ……」

ほら、と残った右腕をきらりに伸ばすまどか。

「変なお願いってのは……解っとる」

その腕を取り。

しっかりと握り、きらりはまどかを抱き寄せる。

そして、まどかの身体を抱きしめた。これ以上壊れないように、慎重に。だが、それ以上に強く、強く。

鼓動は随分と弱くなっていた。

きらりは、泣いてはいけないと歯を食いしばる。しかし、目の奥が熱くなり、一粒、また一粒とまどかの肩に染みが増えていく。


「なぁ。——私の分まで、生きて」


まどかは呟く。

「やめてよそんな死亡フラグみたいなん立てるの。——まどか」

きらりは早口で喋る。

まどかは、ガヒュー、と呼吸音に血を混ぜながら言葉を紡ぐ。

「お母さんも死んで、お父さんも死んで……っ。こんなに、抱き締められたのは初めてやなぁ」

あぁ、ときらりは考える。

この子は、愛されなかったのだと。

母は産まれた直後に死んだ、と事もなげに言うまどかの声がフラッシュバックする。

父は厳格で、愛されたことなど一度もなかった、と呟くまどかも蘇った。

この性格やからなぁ、ときらりは思う。

学校では高く止まった態度で周りの反感を買い、父が急死してからはいじめのターゲットになった。

でも。

でも、本当は優しくて。そんなこの子が私は好きだった、ときらりは思う。


この子が好きだ、とまどかは感じる。

もう一滴の涙を流す体力すらこの体には残っていなくて。

ヒュー、ヒューという呼吸音だけがただ空気を揺らしている。

まどかは残った右腕で。

きらりの背中をぽんぽん、と叩く。

あったかい。

きらりの鼓動が伝わってくる。

きらりの体温が伝わってくる。

あぁ、とまどかは思う。


あったかいなぁ、と。


「なぁ、まどか。」

ヒュー。

「大好きや。」

ヒュー。

「学校ではお高く止まっていたけれど。」

ヒュー。

「でも、家で暴力を受けてた私の為に、怒ってくれたのはまどかだけや。ご飯を作ってくれたのも。毎朝起こしてくれたのも。アイスを分けてくれたのも。……」

ヒュー。

「ありがとうな。……大、好きっ……や」

まどかは考える。これまで、自分の為に泣いてくれる人はいたか。もし自分が死んで、悲しんでくれる人はいたか。

——アスカも泣くやろうけど、一番うるさいのはきらりやろうなぁ。

既に止まった呼吸。

秒針の1秒が、数時間にも感じられる。

『うちも。』

その言葉は。


発せられることはなかったけれど。


最期に弱々しく力を込められたまどかの手に。

ハイライトを消し、閉じられていくまどかの瞳に。

「なぁ、まどか。——まどか」

嗚咽を隠せなくなる。

自分が唯一、父親の暴力を打ち明けることができた人。

そして唯一、それに怒ってくれた人。

唯一。自分が愛せた人。

私では父親や母親に代わってまどかを愛することはできないだろう。

でも、ただ1人の、『綾小路きらり』としてまどかを愛することはできた。

「——うちが、まどかを一番愛せた人になれたら。いいなぁ……っ」

自分のエゴでしかない、と思う。

「まどかの気持ち、うちがわかるわけない。……でも。それでも。」

もう声にならず、変な音が喉から漏れる。

喉が痛む。熱湯を吸っているかのように。

「うちが、一番だったらいいなっ……っぐ、……」

徐々に、冷たくなっていくまどかの身体を。

徐々に、自分の体温が吸い取られていくまどかの身体を。

きらりは、もう壊れてもいいほどに。

しっかりと抱き締めた。

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