#1 野心(3)
人が地名にちなんで呼ばれる場合、その人物は記憶されているが、その土地は忘れられていることがある。
パレストリーナやペルジーノ、ネルソンやウェリントン、ニュートンやダーウィンについて語るとき、ゆかりのある地名を覚えているだろうか。普通、私たちはその人物のことだけを考えている。
ゲーテは、世紀を代表する魂と呼ばれている。
シェイクスピアやプラトンの伝記はわずかしかないが、私たちは彼らについてどれほど多くを知っているだろうか。
政治家や将軍は、生きている間に大きな名声を獲得する。
新聞が彼らの言動をすべて記録している。
だが、哲学者や詩人の名声はもっと永続的だ。
ワーズワースは詩人たちへの賛辞を、一部の例外を除いて、まさにこのような理由で敬遠している。彼は「政治家の場合は違う」と言う。そうしなければ忘れられてしまうかもしれないから、彼らを称えるのは正しいことだ。しかし、詩人は本の中で永遠に生き続ける。
世界の真の征服者は、将軍ではなく思想家である。
チンギス・ハーンやアクバル、ラムセス、アレキサンダー大王ではなく、孔子や仏陀、アリストテレス、プラトン、キリストといった人たちだ。
私たちの祖先の上に君臨していた支配者や王侯たちは、ほとんどの人物が、忘却の彼方に沈んでいる。彼らに命を吹き込んでくれる聖なる吟遊詩人がいなかったために忘れられた訳だが、スッドーダナやピラトのように、
(※)スッドーダナ:釈迦の実父。浄飯王。
このような人たちの人生は、どんな伝記にも収まりきらない。
彼らは、自分が生きた時代だけでなく、すべての時代で生きている。
エリザベス朝時代といえば、シェイクスピアやベーコン、ローリーやスペンサーを思い浮かべる。当時の大臣や秘書官は、一人か二人の例外を除いてほとんど記憶されていない。フランシス・ベーコンは、(本業の)判事としてよりも哲学者として記憶されている。
さらに、将軍や政治家は何のために名声を得ているのだろうか。
彼らがしたことが称賛され、名声を得たのは、詩人と歴史家のおかげだ。
私たちが、彼らの輝かしい記憶と美徳のお手本を得ることができるのも、詩人や歴史家のおかげである。
「アガメムノンよりも前に、多くの勇敢な男たちが生きていた。しかし、すべての非の打ちどころのない者たちは、長い夜の中に圧縮されて知られておらず、神聖なバットのために行方知れずになっている」
(※)アガメムノン:古代ギリシャの伝説上の王。
(※)バット(Vat):底が浅くて平らな四角い容器。料理や写真の現像のために使う。
アガメムノン以前にも多くの勇者がいたが、聖なる吟遊詩人に称えられることがなかったために、彼らの記憶は消滅してしまった。
モントローズはこの二者を見事に結びつけ、『My dear and only love』の中で次のように約束している。
「私のペンであなたを輝かせ、私の剣であなたを有名にしよう」
多くの偉大な人物が、最下層の身分から立ち上がり、乗り越えられないと思われる障害に打ち勝ったことは注目に値するし、勇気づけられる。
いや、無名であること自体が、名声の原動力になるのかもしれない。
ホメロスの出生地に関する疑惑そのものが、彼の栄光に一役買っている。
スミルナ、キオス、コロフォン、サラミス、ロードス、アルゴス、アテナイ——七つの都市が「我こそが偉大な詩人の出生地」だと主張しているのだから。
科学者のみを列挙してみよう。レイは鍛冶屋の子供で、ワットは船大工の子供で、フランクリンは牛脂職人、ダルトンは手織り職人、フラウエンホーファーは釉薬職人、ラプラスは農民、リンネウスは貧しい牧師、ファラデーは鍛冶屋、ラマルクは銀行員の子供だった。デービーは薬屋の助手、ガリレオ、ケプラー、スプレンゲル、キュヴィエ、ウィリアム・ハーシェル卿など、彼らは皆、とても貧しい両親の子供だった。
一方で、私たちの最大の恩人のうち、名前さえ知られていない人がどれだけいるかを考えると悲しい気持ちになる。
例えば、火を起こす技術を発見したのは誰だろうか。神話のプロメテウスは単に「先見の明」の擬人化にすぎない。文字を発明したのは誰だろうか。カドモスは単なる名前にすぎない。
これらの発明者は、古代の霧の中に失われてしまった。
最近のことに関しても、科学の歩みは非常に緩やかでその数も多いので、完全に、または一人の人物に起因する発明はほとんどないだろう。
コロンブスは「アメリカ大陸を発見した」と言われているが、コロンブス以前に先住民がいたことを忘れてはいけない。
私たちイギリス人が、同胞を誇りに思うのは理由がある。
哲学者と科学者だけを取り上げても、ベーコンやホッブズ、ロックやバークリー、ヒュームやハミルトンなど、常に人類の思想の発展と結びついている。
ニュートンは万有引力、アダム・スミスは政治経済学、ヤングは光の波動説、ハーシェルは天王星の発見と星の深さの研究、ウスター伯、トレベシック、ワットは蒸気機関、ウィートストーンは電信、ジェンナーは天然痘の根絶、シンプソンは麻酔薬の実用化、ダーウィンは近代博物学の創設に貢献している。
このような人たちが、私たちの歴史を作り、私たちの意見を形成してきた。
生前の彼らは、同胞から見て、どちらかというとちっぽけな存在だったかもしれないが、やがて抗えない勢力となり、今では輝かしい記憶にまで成長した。
【原作の脚注】
[1] Tennyson.
[2] Beowulf.
[3] Montrose.
[4] He is referring here to one of his expeditions.
[5] Plutarch.
[6] Emerson.
[7] Sir J. Browne.
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