#1 野心(2)
「名声の本質」と「名前が知られる」ことを混同しないように。
記憶に残ることは、必ずしも良いことで有名になるとは限らない。
名声と並んで悪名もある。不幸なことに、名声と悪名で知られている人はほとんど同じで、両方が混在している人も少なくない。
記憶に残るより、むしろ忘れられたいと思う人もいるかもしれない。
アハブやイゼベル、ネロやコモドゥス、メッサリナやヘリオガバルス、ジョン王やリチャード三世などだ。
(※)アハブ、イゼベル:旧約聖書に登場する暴君。
(※)ネロ、コモドゥス:暴君として知られるローマ皇帝。
(※)メッサリナ、ヘリオガバルス:猥褻な悪名で知られるローマ皇后と皇帝。
(※)ジョン王、リチャード三世:悪名で知られるイングランド王。
「名もなき人の価値ある行為は、悪名高い歴史を超える。カナン人の女は無名だが、名前の残るヘロディアよりも幸福に生きている。ピラトよりも、善良な盗人になりたいと思わない者はいるだろうか」[7]
(※)カナン人の女:新約聖書の時代、ユダヤ人からすれば異邦人で差別対象だったが、キリストは弟子たちが止めるのも聞かずに彼女の娘を助ける。
(※)ヘロディア:サロメの母。娘を唆して、洗礼者ヨハネの斬首を求めさせた。なお、新約聖書に書かれている名はヘロディアのみで、サロメの名は記されていない。
(※)ピラト:キリストが無罪だと知りながら処刑に関与した総督。
(※)善良な盗人:キリストとともに十字架にかけられた泥棒二人組のひとり。
王侯や将軍は、その生と死、不幸と成功のために記憶される。
テルモピュライの戦いにおける英雄はレオニダスであり、クセルクセスではない。アレキサンダー大王の帝国は、大王の死によって粉々になった。
ナポレオンは英雄ではないが、偉大な天才に違いない。
しかし、彼が得たすべての勝利は、銃口の煙のように霧散した。
フランスはナポレオンが台頭した頃よりも弱くなり、貧しく、小さくなってしまった。彼の才能が残した恒久的な成果は、軍事的な栄光ではなくナポレオン法典である。
より確かで輝かしい名声の称号は、正義や献身的な行いで記憶に残った人たちだ。レオニダスの自己犠牲やレグルスの誠実さは、歴史の栄光である。
(※)レオニダス:スパルタ王。テルモピュライの戦いで、スパルタ兵三百人を率いてペルシャ軍二十万人と互角以上に戦い、壮絶な死を遂げた。
(※)レグルス:共和政ローマ時代の執政官アティリウス・レグルスのこと。第一次ポエニ戦争、チュニスの戦いで敗れてカルタゴの捕虜となる。捕虜の交換交渉をするために仮釈放されてローマに帰還するが、敵方に屈することを良しとせずローマのために徹底抗戦を呼びかけた。仮釈放の約束を守るため、周りの反対を押し切ってカルタゴへ戻り、内側に釘が打ち付けられた狭い箱に立ったまま入れられて拷問死した。執政官に二度も任命されて凱旋式をするほどの名将だが、輝かしい実績よりも、彼の最期を決定づけた選択と災厄によって「偉大な美徳と栄光の模範」とされる。
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