星が綺麗に瞬いていた

洞貝 渉

星が綺麗に瞬いていた

 少しでも暖をとろうと思い、甘酒の入った紙コップを両手で包み頬に寄せた。

 冷え切ってしまい、たぶん赤くなっているだろう頬に、甘酒は温かいというより熱すぎて痛いくらいだ。独特のからみついてくるような甘い香りを嗅いでいると、何かが頭を掠める。前にもこんなことがなかっただろうか。

 やけどをしないよう気を付けながら、そっと紙コップに口を付ける。

 甘酒、そういえば昔は嫌いだったっけ。

 ふっと出た息は真っ白いもやになってあっという間に霧散した。

 

 初詣に近所の小さな神社に来ている。

 毎年のことだけど、今年も私は日付が変わると同時に家を出た。

 ひやりとした静謐な冬の空気に首をすくめつつ、同じようにお参りに行く人たちの流れに乗って歩けば、鳥居を超えて行列ができている。

 新年とは言え真夜中だ。人が多く浮足立った雰囲気もありつつ、住宅街の真ん中にある小さな神社はひっそりと静かに賑わっていた。

 お参りの行列に並び、遅々とした早さでしか進まない順番を体を震わせながら待つ。歩いている間はまだよかったのだけれども、さすがにじっとしていると寒さが身に染みた。


 甘酒は、境内の大鍋で作ったものを紙コップに入れてトレーに乗せ、神社の関係者の人たちが、行列に並ぶ参拝者に一杯一杯丁寧に手渡ししていた。

 おめでとうございます、と笑顔で配られる甘酒を、私もおめでとうございます、と返しながら有難く頂戴する。

 いつから甘酒が平気になったんだっけ。日本酒が好きになってから? いや、たぶんそれよりももっと前だ。

 つらつらと思考を遊ばせながら、熱々の甘酒をすする。ぽっと体の芯があったまってくる。

 ずれてきたマフラーを巻きなおして、目前まで迫ってきた鳥居を背筋の伸びる気持ちで見上げた。瞬間、また何かが頭を掠める。

 

 無意識に去年のことを思い起こして、デジャヴでも感じている?

 いや、そうじゃない気がする。去年じゃない。ここ数年のことでもない。もっと前だ。しかも、たぶんこの神社の記憶ですらない気がする。

 列が進んで鳥居を越えた。

 くぐる時になんとなく小さく礼をしてから、私は境内に足を踏み入れる。

 実家に住んでいた頃の記憶だ。神社も、実家の近くにあった神社の記憶が頭を掠めている、気がする。

 甘酒を持っていない方の手でマフラーに触れた。

 はて、でもなんだったっけ。私は何を思い出しかけていた?


 財布を取り出して暗がりの中、小銭入れから五円玉を捜索する。家を出る前に五円玉だけ出しておけばよかったと後悔するのも毎年のことだ。

 空になった紙コップを行列の側に設置された簡易ゴミ箱に捨て、いよいよ順番が回ってきた。

 見様見真似の礼儀作法で何とか参拝をすますと、おみくじを引いてお守りを物色する。

 首を傾けてお守りを覗き込んだ拍子に、マフラーがまたずり落ちた。

 私はマフラーを巻きなおすため、いったん人込みから外れることにする。

 社からもおみくじやお守りのあるところからも離れると、同じ境内だというのに、急に闇が濃くなったように感じた。


 白いヒラヒラとした紙がぐるりと巻いてあるご神木の近くに、一人の子どもがいる。

 この寒空の中、その子は服装は薄手で上着も着ていない。悪い意味で目を引いた。

 子どもが顔を上げ、私の方を見た。私は目を反らす暇もなく、もろに目が合ってしまう。

「あけまして、おめでとうございます」

 子どもがにこりと笑って言った。無視するわけにもいかず、私も新年のあいさつを返す。

 そこで関わるのは止めておけばいいのに、私はそのまま子どもの隣まで行き、つい話しかけてしまう。

「今日は親御さんと一緒に来たの?」

「ううん、一人で来ました」

 はきはきとした受け答えをする子どもだ。

 言葉からも表情からも、子どもの様子から影のようなものは見えてこない。

「寒くない?」

「そうですね。少し、寒いかもしれません」

「じゃあ、これあげる」

 私は首からマフラーを外し、子どもの首に巻いてやる。

 子どもはちょっと驚いたような顔をしたけれど、すぐにふんわりと笑ってくれた。

「ありがとうございます。話に聞いた通りでした」

 ざあと風が吹き、境内の焚火が大きくなる。

 風が止むと、子どもはマフラーと共に消えてしまっていた。



 ——そういえば、前にもこんなことがあった。

 それはまだ、私が小学生のころのこと。

 家族と一緒に行った初詣で、小学生の私と同じくらいの年頃の子どもが一人、おおよそ真冬にふさわしくない薄着姿でぼんやりとしていたのだ。

 あの時も私は、親の目を盗んでその子どもと話し、マフラーをあげたんだった。

 親にはマフラーはどこかで落として失くしたと説明して、こっぴどく怒られたんだっけ。

 首元の冷える帰り道、そういえばと思い出す。

 あの時のお祈りは、確か、『大人がおいしいというものが、ちゃんとおいしいって思えるようになりますように』だったか。

 参拝直前に飲んだ甘酒が、どうしてもおいしくは感じられなかったものだから、ついそんなことをお祈りしたんだっけ。


 神様になにをお願いしてるんだ、子どもの頃の私は。

 苦笑いついでに空を仰げば、星が綺麗に瞬いていた。

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星が綺麗に瞬いていた 洞貝 渉 @horagai

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