第一章 第一話

 ———あなたは何歳ですか。

 二十歳です。

 ——あなたは、何年前に生まれましたか。

 二年前です。

 マジックミラー越しに見られていると知らないはずなのに、怯えるように保護された彼女はこちらをちらちら見やった。とても痩せて、疲れ切っているように見える。

 貧困層側からの勝者は彼女一人なのだという。信じられないことだった。エイジ・ゲームの参加者の資産は二極化している。金持ちは大金を払ってゲームに参加し、参加賃を貰う層がある。だからこそ、あのゲームは成立する。二年前に生まれた二十歳は、吸い取られる側だったはずだ。

 雨宮家に来る保険業者は言った。保険はひとつのテーブルにお金を出し合って用意しておく。事故や病気に遭った契約者がテーブルのお金を持っていく。

 エイジゲームでは、ひとつのテーブルに参加者全員の年齢を載せておく。殆どの参加者が若さを欲しがる。余分な年齢を押し付ける先は決まっている。オプションなしにゲームに参加した、参加費を払っていない者たちだ。

 ことを有利に運ぶ手立てに支払いをしていなければ、早々に加齢を背負わされて死んでいく。

 あれは年齢を分担し、それが〇か百になったらゲーム・オーバー、現実でも死ぬゲームなのだ。第一章から実際には第五章まで。支払いなしのグループは、第一章すら抜けられない。こんな殺人ゲームが、治験と認定されていたのだから。

 最後のゲームが行われた時出た死人を、一生忘れることはない。資産家層から出た死人を。

 時間すら数字だ。数字でしかない。数を数えられない者にはどうすることもできない。



 雨宮透は背が高い。よく笑い、よく食べ、よく動く。背の高さ、スポーツが好きなこと以外、多くが正反対の性格をした両親の元で、雨宮家の子どもたちは育った。慎ましい透が建てた、広い屋敷で。

 二メートルの長身で透は日曜日、子どもたちのジャングルジムだった。時にはショベルカー。あれだけ酷な人生を背負ってきていたなど、子どもたちの誰が知っていただろうか。屋敷では大勢が雇われていた。職に就くことが難しいひとたちが。

 静が雇われた時は、ちょっとした論争が起きた。静は廉の世話係として雨宮家に、あれは春のことだ。

 翌年の夏が終わる頃には、静はめそめそして、透たち夫婦に慰められることもなくなり、立派に住み込みの職務を果たした。

 夏の終わりにキャンプをした時だ。例によって都会育ちの母は参加しなかった。計算機でも叩いていたに違いない。静を女手一つで育てた幸恵さんがゲストとして呼ばれていた。気の弱そうな、軽く押したらどこかに消えてしまいそうな母親が。火を囲んで、はしゃぎすぎた子どもたちはうつらうつらしていた。空が昼でも夜でもない時に。

 幸恵さんはふいに泣き出して、こんな幸せな日がまた来るなんて思わなかった、とこぼした。大人になってから知ったことだ。

 母親は覚えていた。自分の不注意で、娘に当時の言葉でいう障害を残してしまった日を。

 雨宮家に大打撃が走った夜、真っ先に駆けつけて、子どもたち一人一人を抱きしめたひとは。

「大丈夫、何が起ころうと幸せはまた来る」と言った彼女は。

 今、どこかで幸せを感じているだろうか。

 伝えることはできなかった、旗の行方を知らせたい。



 

 

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賭けられた支払い済みの年齢 嘉保怜 @LeiKaho

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