第2話 探る者

「ごめんね。驚かして。僕、里見っていいます」

里見と名乗る男はポケットから名刺入れを出すと、日向だけではなく私たちにも渡してきた。

そこには肩書が書いていない。

「あの…」

「ああ、フリーのジャーナリストです」

私が尋ねると里見は眼を細くして答えた。

ジャーナリストねえ……

金の為に他人の不幸を切り貼りして金儲けする。

私が嫌いな人種だ。

「日向になんの用ですかあ?」

朋花が無愛想な口調で聞く。

「先生呼んでこようか」

私が言うと里見は慌てて手を振った。

「待って!待って!怪しい目的とかじゃないから!…参ったな」

「話しならここで」

日向が低い声で言う。

「わかったよ。じゃあ単刀直入に聞くけど、君はこの子を知ってるね?」

里見は一枚の写真を日向に見せた。

日向の表情が強張る。

「どうした日向?」

「大丈夫?」

日向の様子を見て私と朋花が声をかけて寄り添った。

「この人を探してるんだけど、君たちも見たことないかな?」

里見は私たちにも写真を見せた。

「あっ…」

渡しは思わず声を出してしまった。

「君、心当たりあるの?」

「似てるなって……」

「誰に?」

「ほら!あの人!このまえドラマに出てた!」

とっさに朋花にふる。

「ああー!でも名前が出てこない!」

朋花はじれったいように体をゆすって言った。

「いや…そうじゃなくって」

困ったように顔をしかめる里見。

写真の人は女優の様に綺麗だった。

どことなく今人気の顔立ちっぽい。

でもそんなことではなくて、私はこの人を知っていた。

あまりにも驚いて声を出してしまったけど、上手くごまかせた。

写真の人は羅刹だった。

たぶん、今より少し前の写真だと思う。

「覚えてるよね?君と同じ施設にいた夏川愛泉さん」

えっ…!?

羅刹のことを日向は知っているの!?

「はい」

日向はうなずいた。

「君たちは蜷局(トグロ)市にある更生施設で一緒だった。君はとくに仲が良かったよね?」

「どうだろう…」

日向は首をかしげる。

「施設から出た人たちにいろいろ聞いて回ったんだ。誰かこの人の行方を知らないかって」

日向の顔は白く強張っている。

「そうしたら君が仲が良かったと証言した人がいてね」

「どうして愛泉ちゃんを…?」

日向は里見の顔を見て聞いた。

「たった一人の行方不明者だから」

行方不明者?

「なにしろもの凄い事件だったからね……施設の職員は全員死亡、君たちの仲間の女の子が二人死亡」

「ええっ…!?」

「なにそれ!?」

私と朋花が里見に聞く。

「無事だった子は全員、他の施設に移って行った……君も含めて。でも一人だけ生死不明の人がいる。それが夏川愛泉さんさ」

里見は私たちに答えた。

「なんでそんな人が死んだの…?」

朋花が聞くと里見が写真をしまいながら言った。

「殺されたんだよ。犯人はまだ捕まっていない。でも僕はこの夏川愛泉って子がなにか知ってるんじゃないかと思ってる。だから探してるんだ」

日向は顔を伏せると、小刻みに震え始めた。

「日向!どうしたの!?」

「大丈夫!?」

下校中のほかの生徒も何事かと私たちを見る。

「君はこの子からなにか聞いていないか?どこに行くとか、もしかして施設を出てから会ったことはない?」

日向の様子を無視する様に里見がたたみかけて聞く。

「ちょっと!止めてください!!」

私は口調を強めて言った。

「どうだろう?なにか思いだしたかな?」

それでも里見は止めない。

「ヤメナよ!!」

朋花も強く言った。

周りの生徒もざわざわとしながら足を止めて見ている。

中にはスマホをかざす子まで。

これには里見も困ったような素振りを見せた。

「知りません……なにも聞いていないし、会ってもいません」

日向は懸命に里見を見ながら答えた。

「わかった。わかったよ。もしなにか思い出したら名刺にある電話番号かアドレスに連絡してよ」

取り繕ったような笑顔を私たちに見せると里見は私たちの前から去った。

「はあ……」

日向が大きく息を吐く。

「大丈夫?ちょっと休んでいく?」

私が尋ねると日向は首を振った。

「平気……」

「なら送って行く」

「うん。またあいついるかもしれないし」

私と朋花が言うと日向はいつもの笑顔を見せた。

「大丈夫だよ!一人で帰れるし♪」

「日向……」

「それに私がいる施設のそばってけっこう人通りあるから大丈夫」

その後は私たちが何度一緒に帰ると言っても日向はやんわりと断った。

駅から電車に乗るときも里見がいるんじゃないかと思って注意したが、それっぽいのは見当たらなかった。

一抹の不安を抱きながらも、私は二人と別れて烈が待つシュウさんの店へ向かった。



店の前につくと入り口のところに「閉店中」という貼り紙がしてある。

まだ夕方になるかならないかっていうのに閉めてるの?

ちょっと不思議に思いながら烈に電話した。

「私だけど。今店の前にいる」

『ちょっと待ってろ』

烈が短く答えて電話を切ってから、ちょっとしてドアが開いた。

「いいぞ」

辺りをサッと見回してから中へ入る。

「どうしたの?店閉めちゃって」

「どうもこうもねーよ。店主が行方不明なんだからよ」

「えっ!?行方不明!?」

少し前に自称ジャーナリストの里見から聞いた羅刹の話を思い出した。

「事件の唯一の行方不明者」ということを。

「昨日、あれから帰ってみたらこれだ」

烈は少し苛ついたように一枚の紙を見せた。

『ちょっと留守にするからお店よろしく☆あと追加で入った仕事は詳細送るからね!』

……

……

「なにこれ?」

「シュウの書置きだよ。こいつがカウンターに置いてあってシュウのやつはいなくなってた」

ずいぶん軽い書置きだな……

「どこいったとかは?わからないの?」

「ああ。どこにいったのかも、いつ帰るのかもさっぱりだ」

「じゃあ、邪羅威と羅刹と組むってことはわからず仕舞い?」

「そういうことだ」

「そっか……」

私たちの間にしばし沈黙が流れた。

「ねえ。ちょっと話があるんだけど……」

沈黙を破るように私が口を開いた。

「なんだよ?」

「日向って知ってるよね?」

「ああ。クラスメイトで唯愛の親友だろ?その日向がどうした?」

「どうも羅刹と関りがあるみたいなの」

「なにっ」

烈の表情が変わった。

私はここに来る前に起きた出来事を詳しく聞かせた。

「施設が一緒ねえ……」

「烈は羅刹のこと知らないの…?」

「ああ。俺が知ったのは邪羅威とつるんでるときだったからな」

「そうなんだ……じゃあ惚れたはれたってのはないんだ」

「は?なに言ってんだおまえ?」

「いやいやいや!なんでもないの!こっちのこと!」


オーバーなリアクションの私に烈は首をかしげてから、モニターに目を移した。

「尾行はされてなかったみたいだな」

「私が?誰に?なんで?」

「その胡散臭いジャーナリストだよ」

「だって、その人が探してるのは羅刹……夏川愛泉って人じゃない」

「目鼻が利く連中ってのは油断ならねーからな。唯愛のリアクションを見て目をつけるかもしれねえ」

リアクション……

咄嗟に誤魔化したし……

不審に思われてるようには感じなかったけどな……

「しばらくは日向と関わらない方がいいな」

「そういうわけにはいかないよ。それに、いきなり関わらないとか不自然だし」

「こっちに飛び火したら困るんだよ」

「大丈夫だよ。そんなドジ踏まないから!」

私が強く言うと烈はため息混じりに言った。

「とばっちりだけは勘弁してくれよ。でないと最悪の選択をしなくちゃならなくなる」

「最悪の選択…?」

「そのジャーナリストを殺すってことだ」

烈の目がナイフのような鋭さを帯びた。


結局、その日は私たちが気にしていた「邪羅威たちと組むこと」について知ることはできなかった。

シュウさんはいないし、変なのは現れるし……

なんだか嫌な予感がする。

それに気になるといったら、羅刹と日向のことだ。

彼女たちの過去になにがあったのだろう?

里見は蜷局市で起きた事件と言っていた。

机にあるノートパソコンを開くと検索してみた。

私が探していたような記事はすぐにヒットした。

一番上に出てきた記事をクリックする。

……

「なにこれ……」

読んでみて、あまりの凄まじさに戦慄した。

蜷局市の警察署、暴力団事務所、更生施設、合わせて数十人が二日の間に殺された……

これ知ってる!

当時テレビを見てて驚いたのを覚えてる。

日向と羅刹がこの施設の出身だったなんて……

関連する記事を読むと、防犯カメラに映った犯人像が書いてあった。

犯人は一人。

黒い服……覆面をして顔はわからない。

日本刀を所持……

邪羅威!!

直感的に大殺人の犯人は邪羅威だと思った。

あの二人はこの事件で出会ったのかも……

それにしても武装している警官や暴力団相手に、一人の人間がこれほどの犯行をできるのだろうか?

人を超えていると思った。

ヒュウッ!!

外から短く口笛を吹くような音が聞こえた。

なに……?

ヒュウッ!!

もう一度。

まるで呼ぶような合図に聞こえる。

私かな?恐る恐る窓を少し開けた。

隙間から外を見る。

ああっ!!

思わず息を飲んだ。

「少し話したいの。付き合ってくれない?」

窓の外には羅刹がいた。



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