第5話 死神

コンコン…

ドアがノックされた。

「あ~誰え?今取り込み中だあ」

社長が答えるとドアが開いた。

全員慌てて拳銃を隠す。

「ここですか~都内で一番人気のメイドカフェの事務所は」

ダブルのライダースジャケットに細身のカーゴパンツを穿いて、ふんわりしたくせっ毛にサングラスをかけた胡散臭そうな男が入ってきた。

かなり若い。

あれ?なんか見たことあるような……?

「てめえなに勝手に入ってきてんだ?」

社員の一人が凄みながら近付く。

「私、タレント事務所の社長なんですけどね、ここでうちのタレントを使ってほしいと思いまして」

「あ~ん?タレント事務所?」

社員が怪しそうに頭から足元までじろじろ見る。

「随分若いんだな」

社長が椅子に腰を下ろしながら言う。

「そりゃあそうだ。俺、高校生だからな」

タレント事務所の社長という男はそう言ってサングラスを取った。

れ、烈君じゃない!!

驚きのあまり、私は声さえ出てこずに口をあんぐり開けたまま固まった。

な、なにしにきたのよ!?

それにしても全然雰囲気が違う。

ワイルドっていうか、刃物のような雰囲気を感じる……

私の知らない烈君がそこにいた。

「えっ?高校生なのに社長なの?あんた凄いね」

社員が感心したように言う。

「ボケ。俺が社長のわけねえだろ」

「なめてんのかてめえ――!!てめえから社長って言ったんだろうが!!」

激高した社員が拳銃を抜く。

その瞬間、烈君の着ていたライダースジャケットがふわっとなり、一閃の煌きと共に腕がしなるように振り上げられた。

風が吹いたように私の髪もなびいた。

「死ね!礼儀知らずのガキめ!!……あれ?」

「どうしたの?」

烈君が聞く。

「引き金が引けないんだけど…あれ?」

不思議がる社員に烈君が答えた。

「そりゃあそうだ。あんた首から下の神経がつながってないんだから。指なんて動かねえよ」

社員の首に赤い線が鮮やかに浮かび上がった。

「はあ?なに言ってんのおまえええれ、れ、あれ?なんか景色が横になって…!!あれえええ~!!」

「きゃあ――っ!!」

社員の首が傾いたと思った瞬間、ごろりと床に転がった。

噴水のように鮮血を噴き出す残った体を烈君は無造作に後ろへ蹴飛ばす。

「わああああ――っ!!」

「なにしてんだてめええ――!!!」

残った社員と社長が叫びながら銃を抜いた瞬間、二つの閃光が烈君の手から走った。

一つは社員の方へ飛び、もう一つは社長の手前で弧を描くように。

「ぐえっ!」

銃を抜いた社員の額に50センチはありそうなナイフが突き刺さる。

社長は棒立ちしたまま。

対峙する烈君の片手には同じような巨大なナイフがもう一本握られていた。

これが閃光の正体……

「あれ~?引き金が引けない~!!まさか首が!?」

「大丈夫だ。おまえは」

「えっ?そ、そうなの?じゃあ気のせいかな?」

ゴトッ……

社長が冷汗を浮かべながら言ったとき、手首から先が銃を握ったまま床に落ちた。

「あぎゃああああ――っ!!!」

ガシャアアン!!

手首から血を噴きながら悲鳴を上げる社長の頭をつかむと、烈君はそのまま机に叩きつけた。

「うるさいんだよ。ボケ」

「ちょ、ちょっと…手が切れて血が凄んだけど!大怪我だよ!救急車呼んでよ!」

「おまえの手下は死んでるんだ。贅沢言うんじゃねえよ」

目の前で繰り広げられた光景はあまりに凄惨で……

私の思考は吹っ飛んでいた。

まるで現実離れしている。

目の前には死体が二つ……

しかも幼馴染の烈君が殺した。

「ね、ねえ……あなた烈君?」

ようやく出た言葉は間抜けな質問。

「俺以外に誰なんだよ?」

さっき会った優等生な雰囲気の烈君とは別人のように違う。

まるで夢みたい……

「ひい~ひい~」

私を現実に戻したのは片手を斬りおとされて出血している社長の悲鳴だった。

「おい。薄汚いヒゲ野郎」

「ヒゲ?私のこと?」

「お前以外に誰がいるんだよ?」

「ハハハッ…これね~無精ヒゲっていうか、ファッションなんですけど」

「どっちでもいいんだよ」

ガシャン!!

「ひぎゃあ!!」

烈君が今度は社長の顔を机にあるパソコンのディスプレイに叩きつけた。

「ばばば…な、なにするんですか~?」

ボロボロな社長の顔。

「女を犯した動画はどこだ?」

「えっ?な、なんで?」

「データーを消去してDVDに焼いたやつは全てそこの女に渡せ」

烈君は私を顎で指して言った。

「それを渡したら見逃してくれます……?」

「いいだろう」

「あ、あそこのロッカーの中にある金庫にDVDが入ってます!」

烈君に促されてロッカーを開けると30センチ四方のダイヤル式金庫があった。

ズッシリ重いその中には日付と名前が書かれたDVDがたくさん。

「これで全部か?」

「は、はい~、あとはパソコンにデーターが」

「消すよな?」

「は、はい!消させていただきます!」

「早くしないと出血多量で死ぬぞ」

「ひい~…」

社長は泣きながらパソコンの中にある動画を全て消去した。

「ぜ、全部消しました~こ、これでいいですか?」

「ああ。いいよ」

うなずくと烈君はナイフを弧を描くようにしながら脇に下げたフォルダーに納めた。

「行こうぜ」

私に言うともう一人の社員の額に刺さったナイフを引き抜いて同じようにフォルダーに納める。

私たちが事務所を出ようとしたとき――

「ハハハー!!バカ餓鬼――!!死ねえ――!!」

「ああっ!こいつ拳銃を隠し持ってた!!」

社長が構える拳銃の先には私と烈君が。

「撃ってみろよ」

「フン!!言われなくてもぶっ放してやる!!」

撃たれる!!

私は思わず目を瞑った。

「あれ?あれれ?」

「どうした?」

「引き金が引けないんですけど……まさか」

「あんた。もう首が離れてるよ」

えっ!?烈君が言うと社長の首に赤い線が浮かんだ。

さっきナイフを収めるときに弧を描くように血を払いながら振ったときを思い出した。

あのときに斬ったんだ!!

「ええっ!!じゃあ約束が!?」

「俺が悪党との約束なんて守るわけねえだろう」

「そそそんな!ひどすぎ…!!」

「おまえさあ。もう死んじゃいなよ」

冷酷なまでの列の言葉の後に、絶望を貼り付けたまま社長の顔は床に転がった。

私たちは血の海になった事務所を後にした。

私の心臓はまだドキドキしている……


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