第8話 狩場:Hunting field
「獲物は何処だァ…、獲物、獲物、獲物!
俺にこんな思いをさせた獲物は何処だァアア!!」
廃墟の間を微かな熱の痕跡を辿る大蛇は怒っていた。
口に収まるような獲物に体を傷つけられ、眼を塞がれ、挙句の果てには大事な口を吹き飛ばされた大蛇の怒りは頂点に達していた。
その怒りは自制心を失わせ、廃墟の瓦礫に体を衝突をさせながら砂中を進む。
大蛇に焼き付いて離れない獲物の匂いはすぐそこだと告げる。
大蛇は止まり砂中から首をもたげ、あたりを探し回る。
「ここだ、ここに居る!」
イドロ「ハルさん、お願いね。」
ハルさん「わかりました。イドロにはタイミングをお願いします。」
ツヴァイ《ハル、俺の所まで死ぬ気で誘導しろよな!カタは俺がつける、まかせろ!》
ハルさん「焦らないでくださいよ、ツヴァイ。しっかり私が誘導しますから。」
不安を溶かそうとツヴァイが喝を入れてくれた。ハルさんも言い返すけどツヴァイを信頼しているみたいだ。0
イドロ「みんなで切り抜けよう!行くよハルさん!」
ハルさんの機体のジェネレーターがうねりを上げて動き出す。レールキャノンに充填するエネルギーゲインがディスプレイ端に映る同じディスプレイには大蛇の姿が望遠で見える。
僕らは戦場として直径1km位のクレーターのように開けた砂漠に廃墟が取り囲む場所を用意した。
ここが僕らの大蛇を狩る狩場だ。
砂煙を立てて荒々しく砂から顔を出して僕らを探している。大蛇は辺りを見回しているけど、損傷した眼は治りきっていないみたいで僕らはまだ見つかっていない。大蛇がジリジリと近寄ってきて距離は660m、有機的に動くレティクルにハルさんの焦りが現れていた。
イドロ「落ち着いてハルさん。」
フォローのつもりで掛けた言葉はハルさんの不安をまた掻き立ててしまったみたいだった。
ハルさん「分かってますけど、この後が不安なんです!」
イドロ「ごめん、ハルさん。」
ハルさんの動揺とは裏腹に大蛇はさらに近づいている。その距離580m。何かしらのセンサーで僕らを探しているみたいで、僕らの通ってきた軌跡を辿っている。
イドロ「そろそろだから、二人共頼んだよ。」
ツヴァイには別の場所に潜伏してもらって、僕とハルさんが囮役として動くことになっている。
大蛇との距離が近くなるにつれて、画面越しの大蛇のディテールが細く見えてくる。先の戦いでアノロンの爆発で損傷した顎は傷一つ残っていなかったけど、大蛇の脱皮の結果細身になってツヴァイの大剣でも首を落とせそうな太さになった。その反面機敏さは増したようで鋭い動きで索敵している。眼が治りきっていなければ危ないところだ。
ハルさんのレールキャノンの最有効距離は500m、近くても遠くても威力が減衰してしまう。
大蛇はハルさんと僕との距離を縮めて530m、…520m、…510m、……距離500m。
イドロ「今!」
ハルさんが両腕のレールキャノンを撃ち出す。レールガン特有の爆発音と振動に襲われたけど、目はディスプレイに釘付けだった。
ハルさんの撃ったエネルギー最大の2発の砲弾は浅い放物線を描いて大蛇に飛んでいく、でも大蛇は砲撃したタイミングに反応していて、大蛇の首元右側を1発浅く当てることしか出来なかった。
当たった一発は弾かれることなく、えぐれるようにダメージを与えて、脱皮の影響で硬度は下がっているのが分かる。
大蛇は僕らの砲撃位置を見定めると僕らに狙いを定めて恐ろしい速さで向かってきた。その表情は歓喜と憎悪が混ざったような形相でダメージが通ったにも関わらず気にしていない。
ハルさん「下がります!イドロ掴まって!」
ハルさんの恐怖は声色に現れている。ホバーのタービンが甲高く機体内に響く。大蛇に向かい合いつつ高速で後退するけど大蛇のほうが早い。
ハルさんは後退しつつも砲撃を浴びせる。けど近距離で撃っても減衰した砲弾が外皮に防がれて弾かれるだけだった。
ハルさんと大蛇の距離は100mを切って、大きく開けた大蛇の口が僕らを飲み込もうと速度を上げた。
大きく開けた口は細身になったにも関わらず大きさは変わらないようだった。
イドロ「ハルさん!口の中にミサイル!」
ハルさんの背部に設置された6連ミサイルの全弾を口の中めがけて発射する。大蛇も感知したのか避けようと首を左に躱したけど、避けきれずに2発が頭部に当たって爆散した。
爆発によろめきながらも、こちらを沢山ある眼で睨みつけて追ってくる。
僕は後ろの状況をモニターで確認する。
イドロ「ハルさん、後少しだから火力を全部出して!ツヴァイ!用意お願い!」
ハルさんは両腕のレールキャノン、パルスキャノンの一斉射を後退しながら大蛇の顔面に叩き込む。後少しでツヴァイの居る崩れた廃墟を通過する。3,2,1、今!
イドロ「ツヴァイ!!」
ツヴァイ「待ってましたァァ!!!」
大蛇が廃墟を通過するタイミングに合わせて右側の廃墟勢いよくツヴァイが飛び出して、上段に構えた大剣を振り下ろす。
だけど大蛇はツヴァイが放った斬撃を体を反らして受け流す。致命傷には至らなかった。
大蛇はツヴァイを尻尾で弾き飛ばすと、ツヴァイを無視してハルさんと僕に執拗に追撃してくる。
ツヴァイ「クソッ!すまねえ、イドロ!」
イドロ「ツヴァイは大剣でチャンスを狙って!ハルさん、作戦変更!今度はこっちから突っ込むよ!!」
覚悟を決めたハルさんが返事を返す。
ハルさん「了解、衝撃に備えてください!タイミング任せましたからねイドロ!」
イドロ「了解!!」
ジリジリ迫ってくる大蛇は必死に捕食しようと口を開けるはず、そのタイミングを外せば後はない。30mの距離で大蛇が口を開ける動きを見せた。
イドロ「ハルさん!!」
ハルさんは後退から反転して全速力で大蛇の大きく開いた口に突っ込んだ。ハルさんは突っ込む直前に短い悲鳴を上げた。
大蛇は意表を突かれてハルさんの上半身を咥えながらうめき声を上げた。
ハルさんの両腕のキャノンは喉奥に上手く入り込んでいる。大蛇は飲み込もうと必死だけどハルさんを飲み込めるほど大きくはなかった。
僕は機体内で突っ込んだ衝撃で前に向かっての加速に必死に堪えた。でも機体内は狭く頭部を強打して目眩が起きる。どのくらい意識を飛ばしていたか分からないけど、気がつくと頭から滴る血が流れていた。頭部を触ると暖かなオイルのような液体。僕はモニターに反射する自分の血に目を疑った。
イドロ「!!」
ハルさん「…ドロ…イドロ!大丈夫ですか!?」
イドロ「ハルさん、そのまま抑え込んで!」
ハルさん「イドロ!?」
僕はハルさんのコクピット上部ハッチから這い出してよじ登って、大蛇の頭の上に上がった。
ツヴァイ「何してるんだ!イドロ!」
僕は確認したかった。僕は何者なのか、彼は何者なのか、敵は何者なのか全部知る必要があった。そうでないと僕は怖かった。
イドロ「おい!お前は何者だ!!」
ツヴァイ「何いってんだ!」
ハルさん「イドロ!作戦と違います!中に入ってください!」
僕はハルさん達に答えず大蛇に詰め寄る。大蛇は呻いて身動ぎする。
イドロ「答えろ!僕は知らなきゃならないんだ!」
大蛇が大きく身じろいで、よろけた僕は膝をついた際に大蛇の額に僕の血がついた手触れる。
僕の血と手を通して大蛇に繋がって意識が落ちていく。
無数の人と生き物、機械の記憶のデータの流れの中に落ちていく内に、記憶の流れの中心にたどり着く。
その中心に一人の男をみた。苦痛の表情を浮かべて男は僕をじっと見つめている。
イドロ「……うぅ…これは?」
男「君もこの化け物に捕食されたのか…可哀想に……。」
男の声が空間の至るところから響く、顔が画像を切り替えるように変わって、今度は悲しい表情に切り替わった。
男「いや、違うな。外からの干渉?なのか。」
声を一定のトーンで話しかけてくる男は機械が話しているような無機質さが際立っている。
イドロ「分からない。でも僕がお前に触れた事で起きているのは間違いない。ここは何処なん
だ?」
男「ここは怪物の中だよ。捕食された者が永久に苦しむ地獄だ。意識は維持され統合してこの
怪物を動かしている。終わりの来ない場所だ。」
捕食された者の地獄と表現した男の顔は苦痛の表情にまた切り替わっていた。
大蛇の精神世界とでも言うのか、暗く残酷な記憶が埋め尽くす、まさに地獄だった。
男はただの被害者、その事実に僕は彼に何を訪ねても答えが得られない事を悟って落胆した。
イドロ「…どうすれば、あなた達を止められるんですか?」
男「怪物の中枢は一匹の蛇だ。私は記憶を維持するために使わているに過ぎない。怪物を倒す
なら頭を落とすことだ。普通の蛇と何ら変わらない大きな蛇だからな。
ここを早く出ると良い、君がこのまま、ここに居たら君は飲み込まれて消えてしまう。」
男の姿が切り替わり、僕に腕を伸ばす仕草とぎこちない微笑に切り替わる。
男「私ができるのはここまでだ、この地獄を終わらせてくれ。頼む。」
僕は押し出される感覚を感じた一瞬で大蛇の頭部に景色が戻っていた。
ふと大蛇に触れている手から大蛇の動きを抑え込んでいる感覚が伝わる。頭の中に男の声が響く。
男の意を察して僕は叫ぶ。
イドロ「ツヴァイ!このまま僕が抑え込んでいる間に!首を!!」
ツヴァイ「何がなんだか分からねぇが、任されたァ!!」
大蛇は僕の拘束に抗おうと震えている。
ツヴァイは大蛇の首に大きく回り込んで加速して大蛇のうなじに狙いを定める。
バーニア全開で宙を舞うツヴァイは慣性を乗せた大剣を振り下ろして、僕の眼の前を稲光を帯びた刃が大蛇の首に抵抗なく入っていく。
男の言葉に僕は胸が締め付けられた。
触れてる手から大蛇の叫びがデータとして僕の頭に一瞬響く、ツヴァイが首を切り終えると共に大蛇の無数の目からは光が消えた。
大蛇の胴体は力なく崩れ落ちて、ハルさんを咥えていた口は顎を垂らすように力が抜けている。
僕らは大蛇を討ち取った。
ハルさん「イドロ大丈夫ですか!?」
ツヴァイ「イドロ!落ちてねぇよな!?」
僕は大蛇の頭部に両膝をついて脱力していた。戦いが終わってホッとしたのもあるけど、意識が遠のく感覚に襲われた。データが流れ込む時と同じ感覚に近かった。
イドロ「ぼ、僕は、大丈夫…。読み取れないデータが流れ込んできてるみたいで…目眩がするだ
けだよ……。」
ハルさん「データ?私の方では検知していませんが…。」
ツヴァイ「そんなことより、イドロ!何だったんださっきのは!
いきなり作戦外の事を始めやがって!死ぬ気か!?」
イドロ「ごめん…、僕、ハルさんの中で頭を打って…。」
僕は血のことを思い出した。
イドロ「ハルさん、……僕のことで聞きたいことがあるんだ。僕は人間なの?」
ツヴァイ「んん、どういう事だ?」
ハルさん「……イドロ、その質問の答えはあなたを傷つける可能性があります。良いのです
か?」
ハルさんの返事で僕は確信した。ハルさんは僕を管理していたんだから知っていて当然だとしても、僕にはショックだった。
でも、自分が人間じゃない可能性に蓋をして聞かない選択は僕には無かった。
イドロ「大丈夫じゃないけど、…もう自分でも薄々気が付いていたんだと思う。ハルさん教えて
くれる。」
ハルさん「…分かりました。お話ししますね。」
ツヴァイが割って入る。
ツヴァイ「とりあえず、ココじゃなんだ。イドロ今そこから下ろす。話はそれからだ。」
僕はツヴァイに頷いて返事をする。ハルさんが支える大蛇の頭骸の上からツヴァイに乗り込んで、ハルさんは支えていた頭骸を下ろすと通信施設に戻って話すことにした。
あれほど出ていた僕の血は消えていた。手にこびり付くくらい流したはずの血痕も残っていない。かろうじて僕の着ている衣類に小さく赤く乾いたシミには銀の粒子が付いていた。
打ち付けた頭の傷も感覚も消えていることに、僕は不安と少しの憤りを感じていた。
銀砂 神灯 鉄吉 @shintou_tetuyoshi
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