最悪、と吐き捨てた

奔埜しおり

宣戦布告と砂の星

杉浦すぎうらくん、彼女いるって初めて知ったんだけどーっ!!」


 泣きながら吐き捨てるように叫べば、公園に私の声が響く。

 幸い、今ここには私たち二人しかいない。

 だからっていいわけではないけれど、今くらいは許されたい。


 目の前にいる畑山はたやまの、でしょうねぇ、なんて呑気な声が返ってくる。


「知ってたの?!」

「有名でしょ」

「それなのに応援してくれてたの?!」

唯月ゆづき、自信あるのかなぁって」

「あるはずないじゃん、そんなんさぁ……」


 だって、杉浦くんの彼女である高瀬たかせさんは、校内一の美人さんだ。

 しかも、性格がびっくりするくらい、いい。

 頭もいい。

 運動もできる。


 こんなの、私でも惚れてしまうくらいだ。……まあ、話したことはないので、実際の性格は知らないけれど。

 そんな完璧超人が彼女なら、私なんて視界に一ミリだって入らないだろう。

 一時的に止まっていた涙が、また溢れてくる。明日はきっと、顔がパンパンになっているだろう。


「よく泣くねぇ」


 ブランコに座ったまま漕ぐでもなく、足を地面につけてゆらゆらと揺れながら、畑山が見上げてくる。

 見上げてくるとは言っても、こいつは身長が高い。ひょろっとしてる。

 腹が立つことに足が長く、そこからバランスのいい長さの胴体が伸びている。

 つまり、そんなに目線の差はない。


「……腹立つ」

「それ、俺に対してだよね」

「縮んでよ」

「成長期だから、まだ伸びるよ」

「……くそぅ」


 ケシケシと地面を蹴れば、私の心と同じような乾いた砂が、少しだけ飛び跳ねる。

 なんだかそれがまた悲しくなって、更に地面を蹴る。

 真っ黒なローファーに小さなの砂の粒が乗って、どんどん汚れていく。


「星空だ」

「はい?」


 顔を上げれば、畑山が私のローファーから視線を上げたところだった。


「星空、みたいだなって」

「そうだとしても、今それを言う意味がわからないんだけど?」

「だって、家帰って明日また会う頃には、消えてるじゃない。今しか言えないでしょ」

「それは……そうだけどさ」


 やっぱり、今言う理由にはならないと思う。

 ささくれだった気持ちのまま、えい、と思いっきり地面を蹴飛ばした。


「うわ……」


 狙いは命中。

 畑山の制服のズボンは、砂まみれになった。


「星空みたいだね」

「……八つ当たり、みっともないよ」

「うるさい」


 ため息を吐きつつ、畑山はズボンをはたいて砂を落とす。

 パラパラと落ちていく砂みたいに、今私の中にあるこの、失恋のショックも落ちて消えてしまえばいいのに。

 ブランコの前にある柵にもたれるように腰かけて、うつむいてしまう。

 ポツ、ポツ、と薄茶色の砂が濃くなっていく。


「また泣いた」

「雨ですぅ」

「ずいぶん局地的だねー」


 変わらず呑気な声に、むっとして顔を上げる。


「目、真っ赤。あんまり泣くと溶けちゃうよ」

「うるさいなあ、本当に」

「だって俺、失恋してもそこまで泣いたことないし」

「……畑山、失恋、したことあるの?」


 畑山は、なんだかんだ男女問わず友達が多い。

 つまりはまあ、人に好かれやすい性格をしている。

 顔立ちだって、杉浦君には負けるけれど、いい、と思う。

 絶対言ってやらないけれど。

 だから、その言葉は予想外だった。


「あるある、何度も失恋してるし、なんなら今日も失恋してる」

「え、嘘だ」

「本当本当」


 ケラケラと笑う畑山に、失恋したとき特有の悲壮感、のようなものはない。

 冗談? それともからかっている?


「え、誰なの」

「気づかないんだ?」

「なにが」

「俺が好きなの、君だよ」


 今なお流れていた涙が止まる。

 驚いたとかではない。

 ただただ不思議だったから。


「……からかってるよね?」

「からかってなんか」

「失恋したばかりでちょろいって思ってるとか」

「いや、ないから」

「だって」


 ありえない。

 私たちは友達だ。

 それこそ、私にとっては数少ない、なんでも話せる友達。

 なにを吐き出しても、だいたいのことは受け止めてくれる、友達。


 私は畑山に対して、なにもできていない。


 そんな相手に、好意を持つなんて、ない。


「私のこと好きになる要素がないじゃん」

「そんなに俺の好きを信用できないかー」


 残念、なんて軽く笑顔で言ってのける彼が、本当に私を好きだとも、失恋したとも思えない。


「どうしたら信じてくれる?」


 ひょこっと音がしそうに軽やかな仕草で、畑山は私の顔を覗き込んでくる。

 やっていること自体はいつもと変わらない。

 それはわかっているのに、上目遣いにこちらを見てくるその仕草が、どこか計算されているように見えて落ち着かない。


「し、知らないし。日頃の行いどうにかしたらいいんじゃないの」

「誠実なんだけどなー」

「いや、いつも割とちゃらんぽらんでしょうよ」

「うーん……。なら、俺がちゃんと唯月のことを好きだって信じてくれたら、告白受けてくれる?」

「……振るかもしれないけど?」


 視線を逸らしたら負けるような気がして、半ば睨むように畑山を見て返す。

 畑山はにっこりと微笑んだ。

 それが奴の余裕の表れのような気がして、私は力いっぱい地面を蹴った。

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