8 まな板少女を救え!
人体を爆散させずに戦闘不能にするための力加減に苦戦しつつも、どうにか路地裏で絡んできたチンピラどもを叩きのめして、衛兵の皆さんに突き出し。
俺はまな板少女を追いかけて町を出た。
そして、近づくなという意味で受付嬢に場所を教わっていたダンジョンに突撃した。
実力で認めさせてやるとか言ってたから、多分まな板少女はここに入ったんじゃないかと予想して。
すまぬ、
絶対に入るなと言われていたのに、一瞬で言いつけを破ってしまった。
それもこれも、俺じゃなくて、せっついてくるユリアの思念が悪いんだ。
というわけで、古びた剣で出てくる魔獣をバカスカ倒しながら、まな板少女を探した。
生き物を殺す葛藤?
そんなもん、もう慣れた。
一度でも野生を体験すると、この世は所詮食うか食われるかなんだなって真理を垣間見れるから、悟りを開きたい人にオススメだ。
そうして、随分と奥に進んだところで、ようやくまな板少女を見つけたと思ったら……
「何をしている、貴様らぁ!!」
まな板少女はなんと、俺を襲ってきたのと似たような集団に襲われていた。
体がユリアの感覚で反射で動き、慌てて動きをレベル99用に修正してたら、気づいた時には手に持った剣でチンピラを3人くらい斬ってしまっていた。
おげぇえええええ!?
ちょ、ユリア様、俺まだ人殺しの覚悟までは決まってなかったんですが!?
そりゃ、あんたの記憶の中には盗賊を斬ったシーンとかもあったけどさぁ!
実際に俺がやるとなったら話は別でしょ!
人を殺した感覚に俺の精神が悲鳴を上げるも、胸のうちからフツフツと沸いてくる同胞を傷つけられたユリアの怒りで、あっさりと塗りつぶされてしまった。
薬か何かで精神を操作されてる気分。
吐き気は随分と収まったけど……これ元の世界に帰ったら、戦場帰りの兵士みたいにPTSDとかになるんじゃね?
お家帰りたくないよぉ……。
「うぉ!? ビックリしたぁ!? 君は……さっき、この子と一緒にいた子か。ケビンを向かわせたのに……くそっ、あいつしくじりやがったな」
ユリアの暴走攻撃を唯一回避したチャラ男っぽい奴が、なんかケビンとかいう奴に毒づいてる。
そのセリフから考えて、ケビンってさっきの舐めるような目のおっさんだよな?
つまり、こいつがホモの元締めか。
しかも、今回は婦女暴行まで。
許せん!
いくらまな板とはいえ、美少女は世界の宝だというのに!
「貴様、覚悟はできているのだろうな?」
「……ああ、くそっ。すっごいプレッシャーだなぁ。凄腕の元傭兵か何かでしょ? 冒険者登録したての新人だと思ったのに、とんだ詐欺に遭った気分だよ」
そんなことを言いつつ、チャラ男は剣を構えた。
ネタキャラステータス、しかも俺の技術が拙なすぎて、まるで全力を出せてないとはいえ、それでもレベル99の力を見せたのに、諦める気配は微塵もない。
それくらい、自分の力に自信があるんだろう。
よく見たら銅の認識票つけてるし、Bランク冒険者か。
こりゃ油断はできん。
俺一人ならともかく、まな板少女を人質にでもされたら辛い。
気合い入れて頑張らねば。
「あ、あんた……」
その時、地面で弱々しく倒れているまな板少女が、俺を見上げてすがるような目を向けてきた。
同胞の、可愛い女の子のそんな姿に、ユリアと俺の感覚は一致し、二人分の意思で、できるだけ安心させるように声をかける。
「大丈夫だ。私が必ず君を守る」
「! あ、ありがとう……!」
涙に濡れた顔で、しゃくりあげるように感謝の言葉を告げる、まな板少女。
まな板とはいえ、可愛い女の子にそんな顔されて、これで奮い立たなかったら男じゃねぇな。
「行くぞ」
「来なよ」
足に力を込めてダッシュ。
全力ダッシュは使わない。
というか使えない。
あれはまだ練習が足りないのだ。
現時点で俺が制御できるのは、体感で最高速度の六割くらい。
せいぜい、俺と混ざる前のユリアより二割増しってところだ。
そして、それはチャラ男でも対応可能な速度だったらしい。
「フッ!」
俺の振るった剣を、チャラ男は剣を斜めに構えて受け流す。
すげぇ綺麗な動き!?
俺と混ざる前のユリアに準じるレベルだ。
つまり、俺の感覚が足を引っ張ってる上に、スキルまで無くして二重に弱体化した今のユリアより上!
つくづく足しか引っ張ってねぇな俺!
「重た……!?」
しかし、技術面では弱体化しまくってるが、肉体性能ならカンストしてる耐久以外の能力も、前のユリアより今の方が遥かに上。
移動速度の恩恵は俺が削いじゃってるが、剣速や膂力の恩恵は普通にデカい。
移動速度をバイクくらいの難易度と考えると、こっちはバットの素振りくらいの難易度だからな。
チャラ男は受け流しに成功こそしたものの、カウンターの余裕までは無いみたいで、苦々しく顔をしかめた。
「ハッ!!」
受け流されるなら、当たるまでやってやらぁ!
そんな意気込みで、俺は連続で剣を振るった。
振り下ろし、振り上げ、横薙ぎ。
頭、胴体、腕、足、喉。
9割ユリアの感覚に頼ったさまざま攻撃で、さまざまな場所を狙う。
「くっ……!? うぐっ……!? ぬぅ……!?」
それでチャラ男は徐々に追い詰められていく。
何度か剣が体を掠めて傷ができ、額からはどんどん汗が噴き出してくる。
ハッハッハ!
どうだ! これが俺の力だ!
……ごめんなさい、嘘つきました。
半分がユリアの力、残りの半分はレベル99の力です。
俺の力?
可能な限りユリアの感覚をレベル99用に調整しようとして、結果的に動きをぎこちなくしてるだけですが何か?
もちろん、俺が調整しなかったらワータイガー戦の時みたくなるだろう。
けど、それだってユリアが残留思念じゃなくて、ちゃんとした意思として存在してたら、絶対俺より上手く制御してただろうし、どう転んでも俺の存在はマイナスでしかない。
ちっくしょー!
いつかは俺の存在価値がプラスになるくらいまで鍛え上げてやるからなぁ!
「ああ、くっそ……!? この天才がぁああああ!!」
しかし、こんな状態の俺でもチャラ男には天才に見えてるらしく、肉体性能の差という理不尽に怒りの声を上げてる。
その怒りは正しい。
こんなもんは、ただの降って湧いたチートだ。
お前を倒すのは俺じゃない。ユリアでもない。
前のユリア相手なら、お前はもっと善戦できただろう。
技術は同等とまでは言わないが、ややユリアの優勢って程度。
肉体性能なら前のユリアでもこいつに圧勝してるが、それでも今ほど極端な差があるわけじゃない。
だから、お前を倒すのは俺達じゃない。
降って湧いたチートの力、天からの授かりものの力だ。
つまり、まさしくこれは……
「諦めろ! これが『天罰』というものだ!」
いたいけな少女をイジメた報い。
お前はそれを受けているに過ぎない。
要するに、天誅ってことじゃあああああああ!!
「ふっざけんじゃねぇええええええッッ!!」
何かが逆鱗に触れたのか、チャラ男は防御を捨てて反撃に打って出た。
俺の剣に脇腹を貫かれるのと引き換えに、全力で自分の剣を俺の頭に振り下ろす。
「『
かなり速くて鋭い、多分必殺スキルを使った一撃。
恐らくは、チャラ男の渾身の一太刀。
俺はそれを……剣から離した左腕を盾にして防いだ。
ガキン! という音を立てて、鋼鉄の刃が素肌に弾かれる。
「…………は?」
まあ、そういう反応にもなるよな。
若干同情………いや、しないな。
ただの自業自得だ。
恨むなら己の罪と運の無さを恨め。
「終わりだ!」
必☆殺!!
女騎士スクリューアッパー!!
右手も剣から離し、その右手でワータイガーを爆散させたアッパーをチャラ男のアゴに叩き込む!
「ほげっ!?」
チャラ男の体が宙を舞った。
だが、爆散はしてない。
今回はどうにか俺の殺人への忌避感が優先されてくれて、頭部爆散ではなく、アゴがケツアゴの百倍酷いことになるくらいの威力で済んだ。
成敗!
あとは衛兵にとっ捕まって、独房の中で己の罪を数えるがいい。
この世界の法律的に考えて、多分最終的には魔王軍か何かへの特攻兵として使い捨てられるとは思うけど……まあ、さすがにそこまでは関知できない。
「終わりだな。……ん?」
と、そこで俺は地面に落ちてたあるものを見つけた。
デカい宝石(ユリアの記憶によると魔石)がハメ込まれた、高級そうな杖だ。
まな板少女が持ってたやつだな。
なんで、こんなところに落ちてるんだ?
とりあえず、それを拾って、チャラ男の腹に刺さった剣も回収。
ついでにチャラ男自身も回収すべく、足を掴んでズルズルと引きずりながら、まな板少女のところへ戻った。
「これは君のものだろう? 大事に持っていなさい」
「あ、ありがとうございます……! ありがとう、ございます……!」
本当に大事な宝物のように、杖を抱いて少女は泣く。
最初の強がった感じすら維持できず、幼子のように泣く少女を見て……
突然のセクハラで訴えられてもおかしくない行為に、俺は内心ビクッとした。
「……すまなかった。怖い思いをさせてしまって。大丈夫。もう、大丈夫だ」
「う、うう、うわぁああああん!!」
抱きしめられ、ユリアの口から勝手に飛び出したそんな言葉を聞くと、少女はより一層号泣した。
きっと、色々溜まっていたのだろう。
このチャラ男に襲われたこともそうだが、それ以前に彼女はユリアの同郷。
つまり、あのトラウマメモリーを彼女も味わっている可能性が高い。
こんな中学生くらいの子に、あの経験は辛すぎるだろう。
そう思えばこそ、ユリアだけじゃなく俺もまた、まな板だなんだと茶化すことなく、純粋な気持ちでこの子を労ることができた。
人生で初めて女の子と密着してるのに、欠片もそういう気分にならない(中身がバレた時に訴えられるんじゃないかという恐怖は感じてるが)。
良いことだ。
ユリアとこの子の気持ちに、俺の邪な思いなんか挟んじゃいけない。
百合に挟まる男は銃殺されても文句は言えないのだから。
二人の少女による優しい時間が流れる。
少女はユリアの胸に顔を埋めながら、今までの苦しみを全て吐き出すように泣いた。
俺はできるだけ存在感を無にして見守った。
……だが。
「ッ!?」
そんな優しい時間は、長くは続かなかった。
ユリアの騎士として鍛え上げられた感覚が、何者かの気配を捉える。
その気配の主は、いつの間にかそこにいた。
目と鼻の先にいた。
「ゴロニャーン」
そいつは、ワータイガーよりも更にひと回りデカい、巨大な化け猫だった。
家猫みたいな可愛げのある顔じゃなく、某国民的映画に出てくる猫型のバスから、更に愛嬌をさっ引いた感じの、ただの化け物。
そんな化け猫が、この巨体で直前まで一切の気配もなく、俺達のすぐ傍にまで忍び寄ってきていた。
「う、嘘だろ……!?」
隣からそんな声が聞こえた。
チャラ男だった。
どうやら、殺さないように手加減しすぎて、アッパーの入りが浅かったらしい。
多分、気絶したふりして逃げるタイミングを伺ってたんだろう。
また俺の感覚が足を引っ張った。
「エビルキャット……!? なんで、なんでダンジョンボスがこんな上まで登ってきてんだよぉぉお!?」
チャラ男が叫ぶ。
腕の中で少女も震えている。
故郷の仇と同じ猫科の大型魔獣ってことで、トラウマを刺激されたのかもしれない。
「ゴロニャン」
そんな俺達に、鳴き声だけは可愛い化け猫が飛びかかってきた。
今の俺が制御できるユリアの限界速度を超えた、とんでもないスピードで。
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