7 ミーシャ・ウィーク

「『焼き払え、真紅の弾丸』━━『火炎球ファイアボール』!!」

「ギギィッ!?」


 赤髪の魔法使い『ミーシャ・ウィーク』は今、町の近くにあるダンジョンへと訪れ、胸に溜まったイライラをぶつけるように、魔獣達を血祭りに上げていた。

 どこのダンジョンにでも現れる最弱クラスの魔獣、ゴブリンが火ダルマになって焼け死ぬ。


「ギィ!」

「ギギ!」

「「「ギギギィ!!」」」


 だが、ここは攻略難度Aの難関ダンジョン。

 最弱の魔獣も数だけは多く、追加で十匹ほどのゴブリンが現れて、一度にミーシャを襲った。


 普通の魔法使いであれば、これだけでも死にかねない。

 魔法の発動には『詠唱』がいる。

 強い魔法ほど詠唱が長いため発動に時間がかかり、仲間に守られながらその時間を稼いでもらうというのが、本来の魔法使いの戦い方だ。


 一番適しているのは、城などに籠もって、城壁の内側から魔法を放ち続けることだろう。

 もしくは騎士団などに同行し、大量の護衛に囲まれながら魔法を行使するか。

 つまり、パーティーを組むにしても数人程度という冒険者は、正直、魔法使いの適性に合っている職種とは言いがたい。

 それでも、ミーシャは冒険者になる道を選んだ。


「『せり上がれ、紅蓮の障壁』━━『火炎壁ファイアウォール』!!」

「ギィッ!?」

「ギギャ!?」


 ミーシャの周りに炎の壁が発生し、そこへ飛び込んだゴブリンが丸焼きになる。

 更にミーシャは別の魔法の詠唱を進めた。


「『焼けろ、焼けろ、焼けろ! 熱を孕んで燃え上がれ! 火炎となって燃え広がれ! 汝、炎の龍の化身なり!』━━『炎龍の息吹フレイムブレス』!!」

「「「ギィィィィッ!?」」」


 巨大な火炎の奔流が発生し、それが全てのゴブリンを飲み込んで灰に変える。

 上級魔法。

 それも込める魔力量を少なくし、威力を大幅に削る代わりに消費魔力を抑えるという魔力制御も完璧。

 この歳にして三種類もの魔法を操るというのも天才的だ。


 魔法を覚えるというのは簡単なことではない。

 魔導書を使えば一発だが、それは上級貴族でも簡単には手に入れられない代物なので例外。

 大抵の場合は、下級の魔法ですら、確かな教養のある者が年単位で学んで、ようやく習得できるものだ。


 詠唱をただ口にすれば発動するわけではない。 

 魔法は複雑な計算式に似ている。

 魔力制御、術式の理解、構築、生成、安定化など、さまざまな要素を全てクリアし、更に血の滲むような努力によって何度も何度も繰り返し発動し続け、ようやく安定して使えるようになった時に初めて『習得』したとされるのだ。

 それら全ての行程を己の頭脳一つで演算し、処理するためには、絶大な『知力』が要求される。


 どんな天才でも、それこそ歴代の勇者や聖女ですらも、生涯で習得した魔法の数が十を超えた人間はいないとされている。

 そんな中で、火属性一辺倒とはいえ14歳にして三つの魔法を、しかも一つは上級魔法を完璧に使いこなすミーシャは、紛れもなく天才であった。


 どこかの国に士官すれば、すぐにでも、それなりの待遇で迎え入れられるだろう。

 しかし、彼女は冒険者の道を選んだ。

 士官して国に囲われてしまえば、彼女の目的が果たせないからだ。


「何が落ち着いて一歩一歩進めよ……! あの贅肉の化身おっぱいめ! 人の気も知らないで!」


 己の胸部に密かなコンプレックスを抱えるミーシャは、ここに来る直前に声をかけてきた女を、一部の身体的特徴を罵倒した蔑称で呼び、イライラを更に募らせた。


 あの贅肉は何もわかっていない。

 多分、贅肉はリベリオール王国の辺境出身の元村人か何かなのだろう。

 奴によって故郷が壊滅し、畑か何かの食い扶持を失ってしまったから、隣国であるここで冒険者になった、といったところか。

 村人が無理して武装しましたと言わんばかりの格好をしていたし、間違いない。


 生きるために冒険者になる。

 そのこと自体を否定するつもりはない。

 むしろ、故郷を失っても前を向いて生きようと思えるのは尊敬に値する。

 しかし、ミーシャとは志が違う。


 ミーシャは生きるために冒険者になったのではない。

 最上級のSランクに登り詰め、同じくSランク冒険者の仲間を集めて、必ずや故郷の仇を討ち果たすために冒険者になったのだ。

 自分の意思で自由に動ける冒険者なら、国防だなんだのしがらみに囚われることなく、奴が出現した場所へすぐに急行できると踏んで。


 そんな、どこかの脳筋と同じことを考えた彼女に、モタモタしている暇はない。

 敵は魔王の誇る最強の尖兵。

 当代魔王が誕生してからの数百年で、おびただしい数の人類を殺戮し、未だ誰も討伐に成功していない大災害『四大魔獣』の一角なのだから。


 落ち着いて一歩一歩進む余裕などない。

 堅実に生きるのなら、確かにそうした方がいいのだろう。

 だが、誰にも討伐できなかった厄災を討とうと思ったら、成長の階段を何段階も飛ばしていかなければ、とても目標に到達できない。

 だから、彼女は生き急いでいるのだ。


「『火炎球ファイアボール』!!」

「ブヒィイイッ!?」


 今度は体長2メートルを越える巨躯の豚の魔獣、オークを討ち取った。

 分厚い脂肪と筋肉の鎧を持ち、駆け出し冒険者ではパーティーで組んでも討伐が難しい難敵を、下級魔法で一撃。


「よし……!」


 いける。

 自分はダンジョンでも充分に戦える。

 訓練は受けていたものの、実戦は初めてだったミーシャは、確かな手応えによって自信を深めた。


 その後も、並み居る魔獣を薙ぎ倒し、洞窟型であるこの迷宮の下へ下へと潜っていく。

 通常の閉鎖空間で火魔法を使えば、煙に巻かれて一酸化炭素中毒どくじょうたい待ったなしだが、ダンジョンには自らの体内を自動で整えてしまう機能があるので問題ない。

 そういう知識も、ミーシャは学園の座学で習っていた。


「いけるわ……! このままダンジョンボスを倒しちゃえば、最低でもAランクにはなれるはず……!」


 ここのダンジョンの攻略難度Aというのは、Aランクの冒険者パーティーでないと攻略は難しいという意味だ。

 それを単独で攻略すれば、他の実績がないことを差し引いてもAランク、上手くすればいきなりSランクになれるかもしれない。

 そう簡単にはいかないかもしれないが、少なくとも一目置かれるのは間違いない。

 そこを突破口にして、一気に目的に近づいてやる。

 ミーシャはそうして不敵に笑った。


 ……が、次の瞬間。


「へ? きゃあ!?」


 いきなり通路の曲がり角から飛び出してきた影に捕まった。

 気配もなく現れた何者かに掴まれ、地面に押し倒される。


「あうっ!?」


 したたかに打ちつけた背中が痛い。

 腰の後ろのポーチにしまっていた、貴重な魔力回復薬マジック・ポーションが割れた音がしたのも痛い。

 そんなミーシャを見て、謎の影はニヤリと不気味に笑った。


「へっへっへ。大人しくしろよぉ」


 影の正体は、下卑た笑みを浮かべた大男だった。

 そいつがミーシャにのしかかってきて拘束している。

 しかも、大男は魔法使いの拘束方法を心得ているのか、汚い手で口を塞がれた。


 これでは詠唱ができない。

 ミーシャは天才ではあるが、無詠唱で魔法を使えるタイプの感覚型ではない。

 魔法特化で非力な彼女は、こうなってしまうと打つ手がなかった。


「むーーー!!」

「やあやあ、小猫ちゃん。はじめまして」


 そんな状態のミーシャに、おどけた様子でふざけた挨拶をしてきたのは、チャラ男風の冒険者だ。

 他にはミーシャを拘束している大男と、似たような雰囲気の荒くれ者っぽい奴らが2人。

 チャラ男がリーダーなのか、ミーシャから見て中央で堂々としている。


(銅の認識票……!?)


 そして、チャラ男の首からは、Bランク冒険者の証である銅の認識票がかけられていた。

 Bランク、熟練と呼ばれるほどの実力者。

 一般的な騎士と互角とまで言われる階級だ。

 それが何故かチンピラを率いて、ミーシャを拘束している。


「むーーー!!」

「君のここまでの冒険、見てたよ。いやぁ、凄いねぇ。その歳であれだけ魔法が使えるなんて凄いねぇ。ホント……嫉妬しちゃうなぁ」


 チャラ男の目が酷薄に細められる。

 ゾクリと、ミーシャの背筋に悪寒が走った。

 学園で味わった嫉妬の目線や嫌がらせとは次元の違う、もっと直接的で暴力的で凶悪な『悪意』。

 故郷の仇が振りまいていた、災害のような絶望ともまた違う。

 一応は小さな貴族家の出身である彼女には、これまで縁のなかった類の『恐怖』。


「ッーーー!!」


 拘束されているという恐怖も相まって、ミーシャは滅茶苦茶に暴れた。

 そして、彼女は運が良かった。


「はうっ!?」


 たまたま足の拘束が緩み、たまたまそのタイミングで跳ね上げた足が、たまたま急所をクリティカルヒット。

 少女の非力な一撃とはいえ、当たった場所が場所だ。 

 大男は痛みに悶えてうずくまり、拘束が外れたミーシャは全力で距離を取った。


「お、おうぅ……!? おうぅぅ……!?」

「うわぁ、痛そぉ。同じ男として同情しちゃうなぁ」

「ギャハハ! 何やってんだよ、お前!」

「こんな発育の悪い女相手に情けねぇ!」

「だ、誰が発育の悪い女よ!!」


 たまたまチンピラの一人がミーシャの逆鱗に触れてくれたおかげで、反射的に湧いてきた怒りが少しだけ恐怖を薄れさせ、少しだけミーシャを奮い立たせてくれた。

 キッと、鋭い視線でチャラ男達を睨みつける。


「Bランク冒険者ともあろう者が、こんなところで、なんの真似よ!!」

「うーん。別に答える義理はないんだけど……まあ、その運の良さに免じて教えてあげてもいいかな」

「おうぅ……!?」


 未だにうめき続ける大男を尻目に、チャラ男はネズミをいたぶる猫のように、上から目線でミーシャを見下しながら、ペラペラと喋り出した。


「俺さぁ、昔は自分のことを天才だと思ってたんだよ。15歳で冒険者になって、3年でBランクまで登りつめた。けど……俺の才能ってそこまでだったんだよねぇ」


 どこか遠くを見るような目で、チャラ男は語る。

 その間にミーシャは逃走、あるいは迎撃の作戦を考えるが、どこか遠くを見ながらもチャラ男には隙が見当たらず、なかなか行動に移せない。


「Sランクはもう人外だから除外するにしても、一般的な最高位であるAランクにすら、どう頑張っても上がれない。

 俺の力じゃBランクの依頼でもう限界。ヒーヒー言いながら頑張っても失敗続きで、いつの間にか降格寸前ってところまで来ちゃった。

 そしたらさぁ、なんか真面目に頑張るのがバカらしくなっちゃったんだよねぇ」


 そこで、チャラ男は遠くに向けていた視線をミーシャに向けた。

 暗い愉悦の宿った、恐ろしい目を。


「それである日、才能ある後輩冒険者に嫉妬しちゃって、我慢し切れずに襲っちゃったわけさ。

 そしたらもう、楽しくて楽しくてたまらないんだよねぇ!

 才能はあるけど、まだ俺より弱い奴を足蹴にして、俺より大成するだろう未来を奪ってやると、すっっっごく気持ち良いんだ!」


 チャラ男が笑う。

 クズいことを言って笑う。


 冒険者は誰でもなれる職業だ。

 だからこそ、ゴロツキ上がりで、キッカケ一つで簡単に悪事に手を染める輩が多い。

 もちろん、そんな奴らばかりではない。

 だが、目の前の男は、騎士や兵士から見下されている、冒険者の悪いお手本そのものだった。


「ほら、せっかく運良く抜け出せたんだから、抵抗してみなよ。先輩の力を見せてあげるからさぁ」

「ッ! バカにして……!」


 チャラ男が片手で剣を構え、もう片方の手でクイクイと手招きして挑発してくる。

 ミーシャは結構プライドが高く、負けん気の強いタイプだった。

 そうでなければ、学園主席にまでのし上がれはしない。


「『焼き払え、真紅の弾丸!』━━『火炎球ファイアボール』!!」


 殺す気で放った魔法。

 下級魔法とはいえ、過剰な魔力を注いで強化した一撃。

 それをチャラ男は……剣であっさりと受け流した。


「なっ!?」

「あれぇ? もう終わりぃ?」

「くっ!?」


 ミーシャは急いで再び詠唱を始める。

 学園の恩師にもらった杖を構え、次の魔法を使う。


「『せり上がれ、紅蓮の障壁!』━━『火炎壁ファイアウォール』!!」


 自分の周りを炎の壁で囲む攻性防御の魔法。

 もしも護衛とはぐれた場合、一人で戦う時に必ず役に立つからと恩師に教えてもらった魔法。

 ここまでのダンジョン攻略でも、相当助けられた魔法。

 それで自分の身を守り、上級魔法の詠唱を……


「はい、残念〜!」

「なっ!? げほっ!?」


 だが、チャラ男は炎の壁が出来上がる前に、接近戦の間合いまで踏み込んできてミーシャを蹴りつけた。

 お腹を思いっきり蹴られ、口から血反吐を吐き、今まで感じたことのない痛みにうめいてうずくまる。


「君はさぁ、どこまでいっても魔法使いなんだよねぇ。それがこの距離でBランクの剣士と向き合って、勝負になるとでも思った? だとしたら世の中舐めすぎだよ?」

「あうっ!?」


 今度は頭を踏みつけられて、グリグリと踏みにじられる。

 普段なら怒りが湧いてくるだろうが、今はひたすらに痛くて怖い。

 優秀でも実戦経験のない少女の心は、悲鳴を上げていた。


「君、自分のこと優秀だと思ってたでしょ? 単独でAランクのダンジョンを攻略できる天才だー、とか思ってたでしょ?

 でも、残念。このダンジョンってさぁ、ダンジョンボスが異様に強いから攻略難度Aに認定されてるだけで、そのボスを除いたらCランクくらいだぜ?」


 チャラ男は踏みにじる。

 ミーシャの自尊心までも踏みにじる。


「魔獣もAランクダンジョンにしては弱いし少ないし、地形も簡単だし、罠もないし、お宝も取り尽くされちゃったし。

 そんなところで活躍できたからって、調子に乗って他の冒険者の目がないこんな深くまで来ちゃうとか……ぷー、くすくす! 恥ずかしい〜!」


 嘲笑われる。

 滑稽だと、調子に乗っていた道化の自分を嗤われる。


(ああ、あの女の言う通りにしとけば良かったかな……)


 ここでこいつに絡まれずとも、あのまま最下層まで行っていたら、どのみち異様に強いダンジョンボスとやらに殺されていただろう。

 何が故郷の仇を討つだ。

 何が、そのためには成長の階段を何段階も飛ばしていかなければならないだ。

 結局、自分の力を過信して、身の丈に合わない無茶をしでかしただけのバカじゃないか。


「さて、お楽しみはここまでにするとして。おいお前ら! 縄よこせ!」

「「「へい!」」」


 いつの間にか復活していた急所蹴られ男を含む3人のチンピラ達が、太い縄を持って近づいてきた。

 それを見ながら、チャラ男はニヤニヤとした顔で語る。


「こいつらは一応、そこそこ名の通った盗賊団の一味でね。可愛い女の子を高く売ってくれる販売ルートを持ってるのさ」


 チャラ男の言葉を聞いて、ミーシャは己の未来を悟った。

 絶望が心を包み込む。


「ああ、そうだ。これももらっておこうかな。大分高く売れそうだし」

「あ……」


 チャラ男が、腹蹴りの時に手放してしまったミーシャの杖を拾い上げる。

 学園の恩師から、あの化け物の襲来で死んでしまった人からもらった、形見とも言える代物を。


「や、やめて……返してぇ……! それだけは……!」


 涙で歪んだ酷い顔で、ミーシャは杖に手を伸ばす。

 チャラ男はそんなミーシャを愉悦の目で見るだけで、当然返してくれるわけもない。

 そして、ミーシャはチンピラ改め、盗賊達に縛り上げられ……



「何をしている、貴様らぁ!!」



 突然、そんな大声が響き渡り、ミーシャを拘束しようとしていた盗賊達が吹き飛んだ。

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