壁破壊と栗。

「死ぬかと思った」


 自室のベッドの縁に腰掛け、ふーっと溜息をつきながら、そうつぶやいた。


 あの後のことだ。


 オリエンテーションの初日の目的であるこの学園地下にある永瀬ダンジョン。


 その第一階層、四方八方が赤みのあるレンガで出来た迷宮の攻略。


 ビビりながらも勇者様についていったのだ。


 敵はスケルトンばかり。多分雑魚なのだろうが、俺には一対一でも厳しい。


 そして勇者様はなぜか棍棒。


 しかも先がぶっとい、サイクロプスとか持ってそうなやつだ。


 ブランドロゴから推測するに、ただのなまくら棒ではないだろう。


 それにしても、強い。


 サーチアンドデストロイは伊達じゃなかった。バッタバッタと殴りつけ、骨を折り続け、レベルアップの期待が高まったくらいだ。


 まあ、奴隷の未来のことも考え、パーティ結成登録はしなかったので経験値は入ってはこないが。


 そういうの詳しく無さそうだし、なんか怖いし、教えなかった。


 だってなんでも壊すの、あの子。


 モンスター以外も何でも。


 それが例え壁であってもだ。


 まるでレジェンダリー漫画に出てくる一直線の行進みたいだった。


 それはゴールが設定されると、障害物を軒並み壊して進む、秘奥義デストロイ系漫画だ。


 そこに出てくる家庭。


 あれこそがモブ家庭とも言える姿だった。


 ほっこり。



「違う違う」



 勇者様に、これなら壁のシミにならずに済むと期待したのだ。


 何せ、壁がない。


 シミになりようがない。


 ただ、俺も忘れていたが、迷宮の壁は再生するのだ。


 勇者様が進んでるうちはいい。だが戦いに熱中し出すと、壊した壁の場所なども把握せずに戦い出すの、あの子。


 気づけばレンガと骨が飛んできた。


 だから当然それから離れる俺。


 そして直る壁。


 つまり分断されちゃう俺。


 もうちょっとで壁のシミどころか壁そのものになるところだった俺。


 そうして分断されたらモンスターにバチバチに見つかっちゃう俺。


 早かったな、俺の人生終焉。


「ぬわーーっっ!!」


 と、最後だから叫んだ。


 でも、運が良かった。


 下位職の集団が通りかかったのだ。


 たまたま一階層で、たまたま初日で、たまたま大所帯の下位職の集まりが攻略に手間取っていたから良かったものの、もしあの時下の階層だったなら俺は瞬く間に魔物に八つ裂きにされていただろう。


 ただ、下位職であっても油断は出来ないからとスキル、モブオブモブをちまちま使って群に紛れて一階層を棚からぼたもち攻略してしまった。


 当然魔力はスカンピー、つまり空っぽだったため、迷宮を脱出してすぐ外で倒れていたが、誰かが医務室まで運んでくれていた。



 スキル、モブオブモブは? だって?


 まるで魚群の中の一匹かのように紛れるアレだ。


 女子高生お姉様方のお尻を楽しむアレだ。


 その場ではもちろん楽しまないが、反芻は別だ。妄想は無限大だ。


 あのお姉様方はヴァルキリア乙女学園の女生徒達。名前の通り、上位職しか入学出来ない武闘派の乙女達の学校だ。


 そのためモブである俺を見つけるのは至難の業。


 だが、一瞬でも邪な気持ちを抱けば、彼女達の強者の第六感ですぐにでも気付かれ鏖殺されてしまう。


 あのお姉様方と俺の母校を分ける分岐点をゴールとし、スキルを使用しなくても見つからないようにと頑張ってきたのだ。


 なぜなら精神を鍛えれば、スキルは煌めくと言われているからだ。


 まさに死地。


 あの桃は黄泉の果実だったのだ。


 その荒業に俺は一年にも渡って心と身体と竿を鍛えてきたのだ。


 魅惑の誘惑と戦ってきたのだ。


 ん? 竿と身体は同じか。


 何の話だっけか。


 竿と桃の話か。


 ……。





 ふぃー……よし。


 はい、そんな話ではなく。


 迷宮はジョブを活性化させるのだ。


 迷宮で遭遇した集団は下位職ばかりだったが、迷宮内ではこちらもスキルを使わねば、吹き飛ばされることがあるからだ。



「しかし…なんか平和だったな」



 あんなに焦っていたのが馬鹿みたいにスルッと攻略出来てしまった。


 経験値は分配式なので微々たる量しか手に入らないはずのあの下位の集団は、なんか和気藹々とあったかかった。



「しかし…ピクニック気分だったな…そう…だよな…そこまで気を張っていたら一年なんて保たないしな…」



 よし、切り替え切り替え。頭が少しボーっとするが、切り替えていこう。


 ではまずは日頃のエゴサからしようか。


 まったく俺の情報ないけどな。


 あー少しくらい出ないかな〜レアキャラ認定とかキラリと尖りたいなー。


 そんなことを考えていたら突然部屋の扉が開いた。



「おーいいじゃんここ」


「ここなら誰も使ってないから大丈夫ですよ」



 いや、使ってますが…?


 ネームプレート、貼ってたよな?


 林檎と…誰だこのチャラ男…


 そこはかとなく嫌な予感がするぞ…


 するとチャラ男が林檎に聞こえないくらいの小さな声で呟いた。



「もう誰か使ってるじゃねーか…ちっ、換気くらいしろよな」


「……」



 ぬわーーっっ!!

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