第2話 巨人の砦と露天風呂


 マダユキが山の中を逃げ続けてどれだけ経ったか。

 辺りはすっかり明るくなり、薄曇りの空から白い光が注いでいた。

 人が入った痕跡が残る道は初めて通る道なのに安全に感じられた。

 民宿から逃げ出してから、もう帰る道は分からない。

 山の中を歩き続けていると、突如として四角いコンクリの廃墟が現れた。


「……なんじゃ、あれは……」


 木々や植物の蔦などに侵食された建物は鉄筋がむき出しになり、

 その多くがひび割れ、欠け落ちていた。

 窓や壁はほぼ見当たらず、認識できるのは三階建ての階段部分だけだった。

 ただ、その階段の頂上部分に山の向こうに続く道があるようだった。

 マダユキはこの建物に上って高い場所から周辺を見下ろすことで、

 自分がどこにいるのか位置を確認しようと考えた。


 この山の中、獣や人の気配もない。

 トントンと軽い足で階段を上り、最初の踊り場に着いたときだった。


「うぅーーーん」


 低い唸り声のような音が聞こえて、横を振り向いた。

 そこには灰色の、二倍以上の背丈をした巨人がいた。

 巨人は白目を剥き、マダユキに向かって大きなつるはしを振り上げている。


「うわあああああっ」


 マダユキが腰を抜かして尻餅をつくと同時に、

 その股の間につるはしの先端が振り下ろされた。

 間一髪、つるはしはコンクリを穿っていた。

 マダユキは慌てて立ち上がると、振り返って階段の上を目指した。


「うぅーーーん」


 階段の上にも同じ巨人が立ち、つるはしを持っている。

 一人だけならと思ったのか、マダユキは一気に階段を駆け上がり、

 巨人の振り下ろしを避けて階段の先に続く道へと走って行った。


 道の先は穏やかな丘になっていた。

 低い草が風に揺れていて、遠くの山も良く見える。

 丘の上には丸太の柱と屋根がついた東屋があった。

 今度こそ安全かもしれない。

 東屋に近づくと、湯気が立ち上っていることに気づいた。

 そこは、天然の岩石で囲われた露天風呂があった。


「あらぁ、マダユキさん」

「一緒に汗流しますかぁ」


 見知らぬ女が二人、風呂に浸かっていた。

 マダユキは自分の名が呼ばれたことも気に留めず、

 思っていたことを口に出した。


「のんびり風呂になぞ入っとる場合じゃない! 鉱山の事件を知らんのか!?」

「知っとりますよ。ここからよく見えますからなぁ」


 そう言って女の一人が指を差した先。

 丘から見下ろす形で、マダユキが逃げ出した鉱山の隧道がよく見えた。

 大勢の人の死体が転がり、赤黒い血が広がっている。


「おひとりだけ逃げてずいぶんですねぇ」

「ほら、早く入りなさいよ」


 女がマダユキの腕を掴み、無理やり風呂に沈めてくる。

 何も抵抗できず、熱湯の中に何度も何度も顔を叩きつけられ、息も続かない。

 マダユキの意識は闇の向こうに消えた。

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