ep17/最後の晩餐

 ――――五年前。


 荒れ果てた路地裏に、死へといざな凍夜とうやが訪れていた。

 ちょろちょろと這い回るのは、飢えたネズミたち。見開かれた大瞳おおまなこに青白い光を宿しながら、得体の知れない肉片に群がっている。

 そんな鬱々うつうつとするような闇の下、とある廃屋はいおくから薄明かりがれ出している。その中には、車座になって焚火たきびを囲む五人の子供たちがいた。


 リゼータ、ゲルト、アローゼ、ラピア、ジルミード。

 それは幼年時代の空猫ノ絆スカイキャッツ面々めんめんだった。しかし彼等は薄暗い部屋の中で、子供らしからぬ深刻な顔で言葉を交わしていた。

 それは今後の命運に関わる――非常に重要な話だった。


 五人が住む地域は、侮蔑ぶべつ畏怖いふを込めて廃忌域ソゴルと呼ばれていた。

 バラーガル大陸の西部の砂漠地帯に存在する巨大スラム。罪紋者、犯罪者、重病人といったいわく付きの人間たちが流れ着き、国家や領主の干渉を受けない、独自の社会を形成している。そして同時に廃忌域は、凶悪な犯罪組織の温床ともなっていた。


 そんな劣悪な世界で、五人の子供たちは必死に生き抜いてきた。

 運命に翻弄ほんろうされてきた五人は廃忌域で出会い――時にはいがみ合い、対立しながらも――いつしか心許せる無二の仲間となっていた。

 やがて無法者の孤児が集う十三番区で頭角を現し、日夜繰り広げられる熾烈しれつなチーム抗争を制し、ついに束の間の平穏を手に入れた。


 しかし、その後にやってきたのは更なる凶事。巨悪の誘いだった。

 これからは本格的に犯罪組織の尖兵せんぺいとなるのか。それともその誘いを拒否して廃忌域ソゴルから逃げ出すのか。どちらにしても、平穏とは程遠い苦難の道程みちのりが待っているのは確かだ。

 話し合いは揉めに揉めた。議論が白熱してアローゼとラピアが取っ組み合いになり、それを止めるジルミードがべそをかき始めた頃――沈黙を貫いていたゲルトが口を開いた。


「……なぁ、みんな。僕の考えを聞いてくれないか」


 リーダーであるゲルトの真剣な呼びかけに、三人娘は何事かと振り返る。

 ゆっくりと深呼吸をすると、ゲルトは覚悟を決めたように心の内を吐き出した。


「みんなでこの廃忌域を出て――――神還騎士団アルムセイバーズを目指さないか?」


「「「はあっ!?」」」


 喧嘩のことなど忘れ、大口を開けて呆気に取られる三人娘。

 それもそのはず、それは廃忌域に生きる者からすれば、有り得ない話だったからだ。


 冒険者――例えば、探獄者ダイバーを目指すならばまだ分かる。聞く所によれば、廃忌域から離れて探獄者となった者もわずかながらもいるらしい。

 しかし神還騎士団を目指すというのは、あまりにも非現実的だ。

 神還騎士は探獄者の頂点と呼ばれ、とてつもない偉業を成し遂げた英雄であり、世界中から羨望せんぼうの眼差しを一手に集める存在なのだから。そんなものに自分たちが成れるはずがない。


 三人娘たちは『冗談は止めろ』と反発しようとしたが、ゲルトの瞳に燃える執念に気圧されて、ぐっと口をつぐんだ。

 

「僕は本気だ! 何があろうと、絶対に神還騎士団アルムセイバーズまで登り詰めてみせる。

 そしていつか必ず、僕の前にひれ伏せてみせる。僕をこの廃忌域まで追いやったクソ親父たちを。そして、のうのうとふんぞり返っている王侯貴族どもを。

 君たちにも叶えたい望みがあるんだろう!? それはこのまま廃忌域でケダモノのように生き続けて、手に入る願いなのか!? もしも夢を諦めて無いなら――僕と来い!」


 ゲルトの叫びは、三人娘にとっても心に響くものがあった。

 確かに彼女たちも、それぞれに成し遂げたい望みがある。しかしそれは過酷な廃忌域の日常に、いつしかり潰されそうになっていた。

 ゆえに眼前の浮かぶ希望を前にして『これが最後のチャンスなのかもしれない』と、激しく胸がざわめくのだった。


 思案の沼におぼれながら、頭を抱えて苦悩する三人。崩れかけた廃墟に、張りつめるような沈黙が満ちる。その中でパチパチと、薪火まきびの音だけが響いていた。


 やがて――アローゼが顔を上げ、不安げな声でリゼータに問うた。


「ねぇ……リゼ君は……どう思う?」


 その言葉に引きずられるように、ジルミードとラピアもリゼータに答えを求める。


「リゼータの考えを聞かせてください。私たちは……どうすればいいんでしょう?」


「あたいさ……バカだから分かんないけど。リゼ兄ぃの決めた事なら従うよ」


 五人で最も腕が立つのはゲルトだが、精神な支柱となっているのはリゼータだ。

 誰よりも仲間を大切にする姿勢と、子供らしからぬ強靱きょうじんな精神力によって、仲間たちから圧倒的な信頼を勝ち得ていたのだ。


 まどう眼差まなざしを向ける三人娘。落ち着かない様子でリゼータの言葉を待つゲルト。

 ちなみにリゼータだけは、事前にゲルトから相談を受けていた。そして今日に至るまで回答を保留していたが、答えは既に決まっていた。

 全員の視線を集めながら、覚悟を決めリゼータは口を開いた。


「俺は――――ゲルトの野望にけたいと思う」


 リゼータの選択に、ゲルトが「よしっ!」と歓喜の叫びを上げた。

 そのままリゼータは、己の内に溜めてきた気持ちを伝えていく。


「このまま廃忌域ここにいたら、きっと俺たちは狂う。やりたくない犯罪を強制され、見ず知らずの誰かを踏みにじり、その果てに殺し、弱肉強食が当たり前になる。そんなのは人間として最悪だよな?」


 真剣な眼差しで『こくこく』と、何度も首肯しゅこうするジルミード。


「確かに探獄者ダイバーの世界は厳しいだろう。でも俺はみんなとだったら、どんな苦労だって一緒に乗り越えていけると思っている。何せ俺たちは、この過酷な十三番区を制した最強のチームなんだ。もっと自信を持っていいはずだ」


 力強く『そうだ』とうなずくラピア。


「俺の夢は……みんなと楽しく生きていく事だ。その手段は、どうやら廃忌域から出て行くしかないようでな。ゲルトが言い出さなくとも、むしろこっちからお願いしたいくらいだった」


 リゼータの奇妙な言い回しに、思わず噴き出すアローゼ。


「地道にやっていこう。まずは探獄者になって、五年か十年か……時間はかかるかもしれないが、じっくりと実力とランクを上げていく。正々堂々としてやり方で。評判の悪いスラム出身者にも、まともな奴がいるって世間に認めて貰うために。

 そしていつか英雄になるんだ。俺たち五人が力を合わせれば――――」


 リゼータは一旦口を閉じ、消えかけていた火にまきべる。

 四人は固唾かたずんで言葉の続きを待つ。そして炎が大きく燃え上がった瞬間に、リゼータは言い放った。


「不可能な事なんてあるものか。神還騎士アルムセイバーにだって絶対になれる!」


 リゼータの力強い言葉が、波紋のように伝わっていく。

 気付けば四人の顔からは、恐怖やうれいといったものがすっかり消えていた。


「そうだ……リゼータの言う通りだ! 僕たちなら絶対にやれるぞっ!」

「さすがはリゼ兄ぃ! やる気が出てきたぜっ!」

「うふふっ……リゼ君が言うと、本当に出来そうな気がするから不思議よね」

「私も覚悟を決めました! みんなで神還騎士団を目指しましょう!」


 黄金のように輝く希望。未知の世界に想いをせる四人。

 そんな仲間たちの姿を、リゼータはまぶしそうに見詰めていた。

 きっといつか彼等なら夢を叶えるだろう。しかし罪紋者である自分には無理だろうが――そんな寂寥せきりょうの想いを胸に秘めながら。


 ラピアが「それなら、すぐ出発しよーぜ!」と威勢いせいの良い声を上げる。

 ジルミードが「砂漠を越える必要がありますね」と逃走の算段を立て。

 アローゼが「ギャングに気付かれないようにね。時間との勝負よ」と注意点を示す。

 三人娘が興奮気味に語らう中、ゲルトが「ゴホン!」と咳払いをして、再び注目を集める。そして勿体もったいぶった口調で、自らのアイディアを語り始めた。


「さてさて。今夜をもって、僕たちは神還騎士を目指し、探獄団ダイバーズを結成するわけだけだけど……気分転換と戦意昂揚せんいこうようためにも、まずチームネームを決めようじゃないか」

 

 ゲルトの発案を悪くないと思ったのか、三人娘はしばらく真面目に思案を巡らせる。それから十分ほどして、それぞれが自信満々にアイディアを述べていく。

 しかしやがて、お互いの意見にケチを付けはじめ、気付けばいつものように『ぎゃあぎゃあ』と喧嘩が始まった。


 ゲルトが満を持して『超英雄星団ゲルトスターズ』というネーミングを主張するが、タイミングが悪すぎたのか、そのドヤ顔に問題があったのか「ダサいわ」だの「馬鹿か」だの「ナルシストは嫌いです」だのコテンパンにけなされて――廃屋のすみでいじけてしまった。

 ラチが開かないと思った三人娘が、頼みのリゼータを振り返る。


「「「リゼータ・リゼ兄ぃ・リゼ君はどう思う!?」」」


 突然の問い掛けられて、ふむと考え込むリゼータ。

 あまり変じゃなければ、何でもよかったのだが。


「……そうだな」


 その時――ふとリゼータの脳裏に、空猫の姿が思い浮かんだ。

 聞けばゲルトたちは、荒野を彷徨さまよっていた時に、突然空猫が現れ、みちびかれるようにして廃忌域ここ辿たどり着いたのだという。


 リゼータも同様に空猫の導きにより、大切な仲間たちと出会う事ができた。

 空猫は道に迷った者を助けとわれる、不思議だがありがたい存在なのだった。

 『ならば、それにちなんだチーム名なんてどうだろうか?』と少し考え、直感的に浮かんだ名前を提案してみる事にした。


「それじゃあ……空猫ノ絆スカイキャッツなんていうのはどうだ?」






「――――リゼ兄ぃ、そろそろ乾杯するってよ!」


 唐突に掛けられた声に、過去へ飛んでいたリゼータの意識が呼び戻される。

 慌てて顔を上げれば、目の前には不思議そうにしたラピアの顔があった。


「どしたの? ぼーっとしちゃって大丈夫?」

「ああ……すまない。少し昔の事を思い出していた」

「……そっか。分かるかも。あたいも今朝は昔の夢を見たもん」


 ラピアはそう言うと、懐かしそうにリゼータに笑いかけた。

 リゼータも微笑み返すと、その視線を騒がしくしている空間へと向けた。


 いつも目にする台所兼食堂ダイニングキッチンは、その貧相な外観を一変していた。

 木壁にはきらめくかざりと、色鮮やかな花々が咲き乱れ、天井から吊された看板には『祝・神還騎士団決定!』と大きな文字で書かれている。

 十卓にも及ぶテーブルの上には、この場の人数では到底食べきれない程の――リゼータ本人が家事妖精と共に作った――趣向をらした料理の数々が並べられていた。


 そして現在、このパーティに参加しているのは六名。

 リゼータをはじめ空猫ノ絆スカイキャッツの五人。それと特別に招かれた――空猫ノ絆の恩人であり、神還騎士への叙爵じゅしゃくに人一倍貢献こうけんした――ギルドボスのメギルだった。

 それぞれが雑談を交えつつ、エールの入った木製のジョッキを片手に、宴会の開始を今か今かと待ちびている。


「え~~~それではっ! 今日というめでたき日に――空前絶後にして完全無欠、眉目秀麗にして最強無敵、空猫ノ絆の絶対的リーダーであるこのゲルト・ドライガーが、超ありがた~~い祝辞を述べようじゃないかっ!」


 中央に特設された小台の上で、黄金のタキシードに身を包んだゲルトが、気取ったポーズを決めながら声を上げる。

 すでに泥酔しているゲルトは、皆の呆れた視線にも気付かず、ベラベラと能書きを垂れはじめた。


「思い返せばあれは十年前、屈辱くつじょくを胸に廃忌域ソゴルへと辿り着いた僕は誓った――必ずここから成り上がってやろうと。それから薄幸の美少年・ゲルトの伝説が始まったわけ。

 まずは対立する十三番区の少年ギャングたちを、千切っては投げ千切っては投げ、あっという間に廃忌域にその名をとどろかせた。

 『ゲルトすてき!』『期待のニュービー!』『百年に一度の天才!』廃忌域は僕の噂で持ち切りになった。もちろんモテモテさ。いい男の宿命か、廃忌域でもモテてモテてモテまくり、哀れな男たちからは喧嘩を売られる始末。

 やがて僕の才能にれ込んだ、極斬流霊剣術きょくざんりゅうれいけんじゅつおさめしソードマスターであるガラン・ドライガーとの運命的な出会いを果たし、僕は更にパワーアップをすることになった。

 そして僕は最強にして無敵の存在となった。そんなりに――おげえっ!?」


 ついにキレたラピアが「ぐだぐだうるせえっ!」と、ゲルトの尻を蹴たぐる。

 痛みにのたうち回るゲルトは無視して、三人娘が高らかに音頭おんどを取った。


「「「空猫ノ絆スカイキャッツ神還騎士団アルムセイバーズへの入団決定に――――乾杯~~~~ッ!!」」」


 そして各々おのおのが好き勝手に、並べ立てられた御馳走に手をつける。

 海の幸、山の幸。普段はお目にかかれない美食の数々に、これまた高級な酒をあおりながら――ラピアは未成年なのでジュースだが――皆が上機嫌で語り合う。

 『みゅみゅみゅみゅ~~~!』と、家事妖精たちも元気一杯に働き――おしゃくをしたり、料理を並べたり――やとい主たちをねぎらっていく。

 ちなみに一番付き合いが古いメイド長は、彼等の出世が嬉しいのか『み"ゅ"う"う"う"~~~っ!』と、感極まって号泣ごうきゅうしていた。



「チームを結成してから五年か。それにしても俺まで神還騎士とは……夢みたいな話だな」


 空猫ノ絆のドッグタグをでながら、信じられない様子でリゼータがつぶやく。

 しかし神還騎士になったとて、罪紋者であるリゼータには苦難の道が待つ事は間違い無く、母神教会や騎士団内での扱いも未知数だった。


 そんな不安をさっしてか「安心してリゼ兄ぃ! ゴチャゴチャ言う奴がいたら、あたいがぶっ飛ばしてやるから!」とラピアが声を張り上げた。 

 ジルミードも同意して「そうですよ。リゼータはもっと胸を張ってください。あなたは実力で神還騎士団になったんです。誰に恥じる必要もない」とはげます。

 アローゼは思案顔しあんがおで、「う~~ん……どうにかして、リゼくんの魅力を伝えたいわねぇ」とイメージアップの戦略を考え始める。

 口々に励ましの言葉をかける三人娘。その気遣きづかいを嬉しく思ったリゼータは、柔らかな笑みで感謝を口にした。


「みんなありがとう。その言葉だけで頑張れるよ」


 真っ直ぐに想いを向けられ、三人娘はほほを染めてうつむいてしまう。

 照れを隠すように、アローゼが「ほらっ、リゼ君! どんどん飲んで!」と、リゼータのジョッキになみなみとエールをそそいだ。


「さぁさぁ、アローゼ! そろそろ景気の良いヤツを一曲を頼むよっ!」


 突然のゲルトの頼みを「しょーがないわねぇ! じゃあ、とっておきを聞かせてあげる!」とアローゼが満更でもない顔で引き受ける。するとラピアが「いいぞー」とはやし立て、犬のように骨付き肉にかぶり付いた。


 小さな台に登ったアローゼが「リゼ君。空猫ノ絆の詩で」と伴奏を要求すると、リゼータが「やってみるか」と用意していたリュートを一掻ひとかきした。

 赤ら顔のゲルトが「よぉし、じゃあ僕も一緒に歌おう!」と意気込むが、アローゼは「あんたは酔うと音痴おんちだからダメ!」とにらみ付けた。


 そしてアローゼは居住まいを正すと、うやうやしく咳払さきばらいを一つ。 


「……こほん。ではリクエストにこたえまして、まずは一曲。ちまた流行はやっている我々への賛歌を。それと、本当はリゼ君の部分は無いんだけど、私がアレンジして入れておいたわ。

 ふふふっ……私の歌は一晩で三百万は稼げるんだから。ありがたく聞きなさい?」


 冗談めかした前置きの後、アローゼの美声が宴会場にひびき始めた。

 極上の音色に合わせて、家事精霊たちが舞い踊り、幻想的なステージを演出する。



 英雄ゲルト いさましく

 五人の友を き連れて

 輝く大剣つるぎ 黄金に

 新たな時代 斬りひら


 小さきラピア あなどるな

 獣の心 身に宿す

 疾風はやてのごとく 飛び出して 

 悪しきかたきを 切り刻む


 うれう歌姫 アローゼよ

 魅惑みわく肉体からだ 舞い踊り

 ひびくく歌声 美しく

 精霊さえも そのとりこ


 氷の賢者 ジルミード

 はかな美貌びぼう 白銀ぎんの髪 

 ばんの霊術 その盾で

 防ぎて全て まもり抜く


 双剣使い リゼータは

 強き肉体からだと 心持こころも

 仲間のために 命懸いのちが

 我等のいとし 立役者たてやくしゃ



 軽快なリュートの旋律がうすれ、アローゼの一礼と同時に喝采かっさいが上がる。

 ゲルトが手を叩きながら「ブラボー! 実に素晴らしいよアローゼ! 普段のだらしなさとは対照的に、歌だけは本当に素晴らしい!」と、褒めてるのかどうか分からない言葉を贈り「あんたはいつも一言多いのよ!」と張り倒された。


 ラピアは「やっぱアローゼの歌はスゲーな!」と瞳を輝かせ、ジルミードは「すごく感動しました……!」と涙ぐんで拍手する。そしてメギルも「流石だな」と微笑ほほえみながら、賛辞さんじを贈った。


 次々と上がる賞賛しょうさんに「むふー」と得意顔でっくり返るアローゼ。おかげで歌い手の本能に火が点いたのか、リゼータの肩を揺さぶって次の曲をせがんだ。


「とってもノってきたわ! ほらほらリゼ君。どんどんいくわよっ!」

「了解だ。次は何にする?」

「何でもいいわ! メジャーなのを片っ端から弾いちゃって!」


 それを見ていたラピアが、もう我慢が出来ないと「よーし、あたいも歌うぞっ! ほら、ジルも一緒に歌おうぜ!」意気込んで立ち上がる。

 突然の誘いに里芋さといもき出し「ぽえっ!? わ、私は『エーデルワイス』くらいしか歌えませんよ!?」と動揺するジルミード。「じゃあ、マラカスでも振っとけ!」と言われ、「わ、わかりました! では全力でマラカスを振ります!」と、ジルミードは真剣な顔でマラカスを構えた。

 そしてゲルトはりずに乱入を試み、その度に撃退されていた。


「あはははははっ! 楽しいねぇ! 僕らの永遠の友情に――――乾杯っ!」

「なら、あたいは……空猫ノ絆スカイキャッツのこれからに乾杯!」

「ええと、じゃあ私は……慈悲深き母神様に乾杯!」

「それなら私は……リゼ君のたくましい腹筋に乾杯!」


 それから何度も、誰かしらの乾杯の音頭おんどが上がる。

 その度に飽きること無く、会場に楽しげな歓声かんせいが響いた。


 雷乱庭園サンダーガーデンの突破。獣災からの帝都防衛。果てに念願の神還騎士への叙爵じゅしゃく

 奈落ならくからい上がり、幾多いくたの試練を乗り越え、ついに栄光をつかみ取った空猫ノ絆たち。

 その勝利の美酒は今まで飲んできた何よりも甘美かんび。そして誰しもが、この最高のチームと共に、これからも栄光の道を歩んでいくのだと信じて疑いもしなかった――――ひとかなしげな笑みを浮かべ、じっと仲間たちを見詰めるリゼータを除いては。




 やがて空が白んだ頃合いで、空猫ノ絆スカイキャッツの大半が潰れ、宴会はお開きとなった。

 その舞台となった木造の襤褸屋敷ぼろやしきを背に、季節外れの長外套ロングコート羽織はおったメギルが、まだ酔いの覚めない様子で口を開いた。


「本当におめでとう。そして、今回は私も呼んでくれてありがとう。お前たちの事はずっと眼を掛けてきたからな……こういった場に立ち会えて良かったよ」


 感慨深かんがいぶかげに言葉をらすメギルに、玄関まで送りに来ていたリゼータが「何を言ってる。あんたも身内みたいなもんだろ?」と揶揄からかうように笑った。


「ふふふ……そう言ってくれて嬉しいよ。さて……明後日の叙爵式じゅしゃくしきも楽しみだな。きっとまた、沢山酒を飲んでしまうだろう」


 酒癖の悪さを自嘲じちょうするメギルだったが、朝靄あさもやの中で思い詰めた表情を浮かべるリゼータに気付く。

 どうしたのかと尋ねれば、リゼータがふところから一通の封筒を取り出した。


「……メギル。これをあんたにたくしたい」

「何だ……この手紙は?」


 不思議そうに封筒を見詰めるメギルに、リゼータは硬い声で告げた。


「……もしもの話だが。俺の身に何かあった時は、これを開けてほしい」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


〈作者コメント〉

どうも。クレボシと申します。

全くリゼータ君は心配性なんだから。

応援・感想・評価などを貰えるとありがたいです。誤字脱字の報告もしていただけると助かります。レビューから星を付けてくれると歓喜のあまり爆発します。

※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。

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