ep10/愛しき者たち


 初めに見えたのは――突き抜けるような青い空だった。


 飛翔ひしょうする渡り鳥たちが、仲睦なかむつまじげに愛の歌をわしている。

 どこからか吹いて来た風が、夏のおとずれを告げながら鼻先をくすぐっていく。

 そんな光景に“良い稽古日和けいこびよりだ”などと、独特な感想を浮かべるリゼータだった。


「――リゼータ! 僕の事が分かるか!? ちゃんと話はできるか!?」


 仰向あおむけに倒れるリゼータのかたわららで、ゲルトが懸命けんめいに声を張り上げている。

 その端正たんせいなマスクは土埃つちけむりで汚れ、自慢の金髪は汗でひたいに張り付いてしまっている。身なりを気にするひまもなく、無我夢中で救助にいそしんでくれていたのだろう。

 そんな親友の姿を見て、リゼータの意識は急速に覚醒かくせいしていった。


「……大丈夫だ。ありがとうゲルト」


 リゼータが応じると、ゲルトは大きく安堵あんど溜息ためいきを吐いた。

 

「みんなっ! 反魂の術は成功したみたいだ! 意識もしっかりしてるぞ!」


 ゲルトの喜々ききとした報告に、心配そうに見守っていた三人も近寄って来る。


 必死に涙をこらえたアローゼが「リゼ君……大丈夫なのね? 良かった……本当に良かった……っ!」そう声を震えさせながら、身を起こしたばかりのリゼータの右手を握った。


 強腰つよごしの仮面をぎ捨てたラピアが「リゼ兄ぃが生き返ったぁ! うえぇぇぇ……よかったよぉぉぉ~~~~!」大声で号泣ごうきゅうしながら、年相応としそうおうの子供のようにリゼータの胸に飛び込んだ。


 ジルミードは感極まった様子で、ふらふらとリゼータに近付くと、無言で空いている左手を握った。泣きはらしたその眼は真っ赤で、ひっくひっくと肩を震わせている。


 ゲルトは天をあおいで「ああ、女神様……感謝します……!」祈りをささげながら、あおい瞳から熱い涙を流していた。


(こんなに良い仲間に恵まれて……本当に俺は幸せ者だな)


 ゲルト、アローゼ、ラピア、ジルミード。

 幼い頃から苦楽を共にして、生き抜いて来た仲間たち。リゼータにとって、いつしか彼等は『仲間』を超えて『家族』と言っても過言では無い存在となっていた。

 罪紋者ざいもんしゃとしての生を受けた事で、己の運命を深く憎んだ事もあった。しかし今は、こんなにも愛しくて大切な存在がいてくれる事がただ嬉しい。


 四人はリゼータに寄りい、いつまでもかたわらから離れようとしない。

 自分の事を心から心配し、喜びの涙を流してくれる――そんな仲間たちを見つめながら、リゼータは心の底から生きている事を感謝した。名前も思い出せぬ誰かに向けて。



 そんな時だった。リゼータの脳裏にふとした疑問が湧き上がったのは。


(……むっ? そういえば……どうして俺は生きているんだ?)


 ゆっくりと周囲を見渡せば、ここが灰燼かいじんした帝都の一角であることが分かる。

 その寒々しい光景を見ていると、先程まで獣災スタンピード只中ただなかにいたことを実感する。


 空猫ノ絆スカイキャッツは五人の連携れんけいによって、獣災の首魁しゅかいである歪蝕竜ツイストドラゴンを倒したはずだったが、しかし歪蝕竜は死んだフリをしており、油断したすきに報復を受けてしまう。

 はたして歪蝕竜は自爆し、その寸前にリゼータが仲間たちをかばった。しかしあれは、間違いなく致命的ちめいてきなダメージだった――そんな確信がリゼータにはある。


「俺は……生きているのか? あの爆発を喰らって」


 リゼータの問い掛けに、ゲルトは申し訳なさそうに答えた。


「……いや、君の肉体はボロボロだったよ。でも、あそこの彼女が強力な治癒霊術ちゆれいじゅつを使ってくれてね。おかげでどうにかなったんだ。

 そうだ……あなたもこっちに来てほしい。改めて礼を言わせてくれ!」


 リゼータがうながされた先を見やると、そこには緊張した面持ちの女闘士がいた。

 その女闘士はリゼータと目が合うと――ビクリと身を強張こわばらせて、うろうろと目を泳がせた後――はにかんだ笑みを浮かべながらヒラヒラと手を振る。

 そしてそんな彼女に、リゼータは見覚えがあった。


(彼女は……たしか歪蝕竜から、子供たちを守ろうとしていた……)


 赤い炎のような髪。日焼けした小麦色の肌。端正たんせいな顔立ちに翡翠色ひすいいろの瞳。

 リゼータの観察眼が確かならば――その鍛えられた肉体とたたずまいから、戦士として高い実力をそなえているように見える。

 そして彼女は探獄者ダイバーのようだが、荒くれ者ばかりの業界にいるにも関わらず、隠し切れない品の良さと甘さ、幾多の戦場を越えてきた猛者のたくましさをあわせ持った――どうにもちぐはぐな印象のある女だった。


(……おっと。今は無粋ぶすい推察すいさつをしてる場合じゃないか)


 リゼータは心配そうな仲間たちを尻目に、ふらつく足取りで命の恩人である女闘士に歩み寄ると、深々と頭を下げながら感謝を述べた。


「……ありがとう。あんたのおかげで助かったよ」


 簡素かんそではあるが気持ちのもった謝意しゃいを受けた女闘士は、驚いた様子で身体をわたつかせながら、どうにかリゼータの頭を上げさせようとした。


「そ、そんなにかしこまらなくてもいいってば! 苦しいときはお互い様って言うし……私の方もあなたに命を救われてるんだから。こっちの方こそお礼を言わせてちょうだい。

 あなたがいなかったら、あのまま私たちは歪蝕竜ツイストドラゴンにやられていたわ……助けてくれて、本当にありがとう!」


 それは全く屈託くったくの無い――輝く太陽のような笑顔だった。

 その女闘士の力強くまぶしい笑みに、思わず見惚みほれてしまったリゼータだったが、続く話題につい鼻白はなじらんでしまった。


「でも……まさかあなたが、かの有名な双罪紋ダブルカースのリゼータだったなんてね!」


 ちまたでの己の悪評を思い出し、リゼータが苦笑を浮かべる。

 その反応でリゼータの心情をさっしたのか、女闘士が慌てて発言を補足ほそくをした。


「あっ、言っておくけど、私はあなたの悪い噂なんて全然信じてないから!」


 女闘士は周囲を見回すと、リゼータに身を寄せて「ちなみに……私も罪紋者なの。ほら見て」とささやくと、手の甲に刻まれた炎虎紋えんこもんを見せて悪戯いたずらっぽく笑った。

 その予想だにしなかった告白に、リゼータは呆気あっけに取られてしまった。


「だからあなたの事を馬鹿になんてしてないわ。あなたは勇敢ゆうかんに歪蝕竜と戦って、そして私達を助けてくれたんだもの! むしろ逆に尊敬してる!」


 星のように輝く女闘士の瞳には、溢れんばかりの敬意が宿っていた。

 それから先程の戦いを思い出したのか、興奮気味にまくし立てる。


「そうそう。さっきの歪蝕竜との戦い本当にすごかったわ! リゼータってば、一体どんな心臓をしてるわけ? ううん、メンタルだけじゃなくて、霊術も剣術も凄かった!

 あなたの流派って極斬流霊剣術きょくざんりゅうれいけんじゅつじゃない? ずいぶん前に失伝したって聞いてたけど残っていたのね。いつか手合わせしてほしいわ! ちなみに私の流派はね――――」


 しかし情熱的に好意を向けられても、リゼータは戸惑とまどうばかりだ。

 普段は嫌われ者として通っており、仲間以外からめられる事には、まるで耐性が無いのだ。

 いくら相手が自分と同じ罪紋者だといっても、他人から褒められると、どうにも背中がむずがゆくなってしまい、どうにかリゼータは話題をえる事にした。


「……ええと、その。子供達は無事なのか?」

「あっ、ええ。あそこに居るわよ。お~~~いっ!」


 メルティアが大きく手を振ると、様子を見守っていた子供たちが元気一杯に応じた。

 大きく手を振り返す者。飛び上がる者。大声で返事する者。照れながら小さく手を振る者。獣災スタンピード最中さなかとは大違いで、皆の顔は安堵感あんどかんと生気がみなぎっている。


(きっと彼女がいたから、子供たちも耐える事が出来たんだろうな)


 子供たちに笑いかける女闘士の横顔をながめているうちに、リゼータは不意に気付く。警戒心の高いはずの自分が、会ったばかりの相手にすっかり気を許している事に。

 そして彼女に対して――ほのかな好意をいだいてしまっていることにも。


(……全く。初心うぶなガキじゃあるまいし)


 しかしリゼータはその想いを振り払うように、ふところから金箔張きんぱくばりの悪趣味あくしゅみな名刺を取り出した。そして渡された名刺を不思議そうに見詰める女闘士に説明した。


「そいつは帝都でも腕の良い情報屋だ。子供たちの親を探して貰うといい」

「いいの!? すっごく助かるわ!」


 あても無く親たちを探すことを考えて、気が滅入めいっていたのだろう。

 名刺を受け取った女闘士は、飛び上がらんばかりに喜んでいた。


「俺の名を出せば、優先的に探してくれるはずだ。成金なりきんの変人だが腕だけは良いぞ」

「うれしいっ! 本当にありがとうっ!!」


 感極まったあまりリゼータに駆け寄り、そのてのひらを握りめる女闘士。

 ふと気が付けば、二人の顔は唇が触れるほど近くなっていた。


「「あっ……」」


 女闘士のみどりの瞳と、リゼータのあかの瞳。二人の視線は交錯こうさくし――それは刹那せつな瞬間ときだが、まるで永遠のように――互いの顔に魅入みいるのだった。


「「「ギイ%イ)&イイィィ#(ィィィ~`@ィィ+!!!」」」


 しかしそんな二人の時間を終わらせたのは、遠くから見つめていた仲間たちが――主にアローゼ、ラピア、ジルミード――突如とつじょ上げた呪詛じゅそめいた奇声だった。

 我に返った女闘士が「おほん!」と咳払せきばらいをすると、トマトのように真っ赤な顔を誤魔化ごまかすように早口はやくちで語り始めた。


「ほっ、本当に空猫ノ絆スカイキャッツって良いチームよね! さっきもリゼータを救うために、すごく必死だったのよ?」


 女闘士との急接近にリゼータも内心動揺していたが、その感情をおくびにも出さず、女闘士の話に耳をかたむける。

 しかし偶然にも、語られた内容は、リゼータにとって興味深いものだった。


「私が治癒霊術ちゆれいじゅつを使えるって知ったら、どんな条件だってむから助けてくれって。お金ならいくらでも払うし、もし依頼があるならどんな危険なものでも受ける……そう言って必死に頼んできて。私、ちょっとジーンときて、泣きそうになっちゃったわ」

「…………そうか」


 女闘士の口から語られる、愛しき者たちの想い。

 どれだけ自分が大切にされているのか。必要とされているのか。愛されているのか。その想いを改めて知ったリゼータの心を、温かな幸福感が満たしていく。


 たとえこの先、何があろうと。どんな過酷かこくな運命が待ちうけようと。

 己の命にけて、愛すべき仲間たちを守り抜こう。リゼータはそう心に固く誓い――その気持ちを唇からこぼした。


「あいつらは……俺の最高の仲間だよ」

「ふふっ……あなたたちって最高ね」


 まぶしいものを見るように、目を細めて微笑ほほえむ女闘士。

 それは今ではない何時かを見ているようで。そして空猫ノ絆スカイキャッツの深いいずなを、我が事のように祝福しているようだった。



 やがて――燃えるような夕陽が、瓦礫がれきだらけの帝都を照らし始めた頃。

 長くなった二つの影法師かげぼうしを見つめながら、女闘士が名残惜なごりおしそうに口を開いた。


「……そろそろ私……行かないと」


 一方のリゼータは、本心を隠しながら「そうだな」そっけなく返した。

 今の己にとっては、何よりも大事にすべきものは空猫ノ絆なのであり、それ以外の者とは必要以上に馴れ合うつもりは無い。

 しかし、それでもリゼータは我慢できず――心の中で自分にあれこれと言い訳しながら――ずっと気になっていた事を、女闘士に問い掛けていた。


「……あんたの名前を聞かせてくれないか?」


 何でもない質問のはずだが、途端とたんに口ごもる女戦士。

 その顔は申し訳なさそうにゆがんでおり、すぐにリゼータは彼女の気持ちを察した。


 恐らく、女闘士には自分の真名まなを語れない深い事情があり、普段から身分をいつわりりながら、探獄者ダイバーをやっているのだろう。

 そして今も、真名を名乗れない事に対して――よほど義理堅ぎりがたい性格をしているのだろう――不必要な葛藤かっとうを抱いている。さらりと偽名を名乗れば簡単なものを。

 だがそれをしない女闘士の誠実さに、リゼータは思わず苦笑してしまった。

 

「……いや、いいんだ。あんたにも何か事情があるんだろう。気にせず――」

「――――メルティア。私の名前は……メルティアよ」


 リゼータの言葉をさえぎって、ついに女闘士は真名まなを口にした。

 驚きに目を白黒させるリゼータを尻目に、女闘士――メルティアは苦笑いを浮かべつつも、どこかスッキリしたような顔で真意を語った。


「おさっしの通り、いつもは偽名を使ってるんだけどね。あなたには……リゼータには……本当の私の名前を知ってほしかったの。でも……他の人には秘密よ?」


 立てた人差し指を唇に当て「しい~っ」とおどけてみせるメルティア。

 そんな姿を瞳の奥に焼き付けながら、リゼータはかざらぬおもいを口にした。


「じゃあなメルティア。いつかまた会える日を……楽しみにしている」


 その言葉を聞いたメルティアは、驚いたように瞠目どうもくしたあと。

 まるで向日葵ひまわりが咲いたような、満面の笑みを浮かべながら大賛成だいさんせいした。


「ええ、私もよっ! 絶対にまた会いましょう!」


 二人の間にわされたのは、ほんの少しの言葉だけ。

 甘い愛のささやきも無ければ、熱い抱擁ほうようも無く、わずかな接吻キスも有りはしない。

 けれど今の二人にとっては、そんなやり取りだけで充分じゅうぶんだった。


 そして去りぎわにメルティアは振り返ると、高らかに幸福の祈りを捧げた。


「これからもずっと――リゼータと空猫ノ絆スカイキャッツの歩む道に、幸あらんことを!」





 獣災スタンピードに襲われた帝都だが、比較的に損害が少ない区域もあった。


 その一角である南部の宿屋街は、いつもと何ら変わらぬ夜の姿を見せていた。

 雑然と立ち並ぶ屋台からは、郷愁あいしゅうを誘うあかりがともり、空腹を刺激する油っこい匂いがただよいい。嵐が過ぎ去って一安心とばかりに、安飯安酒をかっ食らう庶民たちがあふれている。

 そしてそんな彼等のすぐ横を、朱鎧あかよろいまとった女闘士――メルティアが歩いていた。


「ふんふんふふん~~♪」


 メルティアは、上機嫌で鼻歌をかなでていた。

 外装は薄汚れ、身体は傷だらけで疲労困憊。しかし気分は高揚こうようしていた。

 その理由の一つ目は、リゼータに紹介された情報屋の協力を得て、速やかに子供たちを信頼のおける場所に送り届けれたこと。

 そして理由の二つ目は、空猫ノ絆と――特にリゼータに出会えた事だった。


(リゼータかぁ……また会いたいな。いえ……絶対にまた会いに来るわ!)


 メルティアにとって彼は、今まで会った誰よりも好ましい異性だった。

 その見た目も、心根も、仕草も、そして強さも。全てがメルティアの心を揺さぶった。しかし何よりも、その有り様が――同じ罪紋者として――心から尊敬することが出来たのだ。


(やっぱり罪紋者ざいもんしゃ恵紋者けいもんしゃだって……仲良く出来るんだわ)


 罪紋者と一般人――恵紋者が共存して生きる世界。それこそがメルティアの願いだった。

 母神教会が絶対的な支配力を持つこの世界において、恵紋者だけが人生を謳歌おうかし、罪紋者は常に踏みにじられ続けている。

 その理不尽な現実に、いつしかメルティアの心はくじけそうになっていた。


 だがリゼータは罪紋者でありながら、空猫ノ絆スカイキャッツで確かな信頼関係を築いていた。

 今もくっきりと、メルティアの目に焼き付いている。刻印の違いなどまるで気にせずに、リゼータを救うために必死になっていた四人の仲間たちが。

 あの関係こそが、ずっと自分が想いえがいてきた理想の姿だった。


(よし……リゼータに負けずに私も頑張るわよっ!)


 決意を新たしたメルティアが、力強く夜空を見上げた時。

 そんな彼女を見付けて、慌ただしく声を張り上げる少女がいた。


「あ~~~~いたいた! メルちゃん、やっと見つけたし~~!」


 声の主である露出多目の桃髪少女は、行き交う人波を必死にき分けて、どうにかメルティアの下に辿り着くと「ぜぇぜぇ」とうつむき息を切らした。

 それから息を整えると、バツの悪そうな顔をしているメルティアに向けて――よほど鬱憤うっぷんまっていたのだろう――顔を真っ赤しながら説教を開始した。


「メルちゃんは、いつもいつも心配ばかりかけて! ずっと不安だったし!」 

「そ、そうねピーナ。本当にごめんなさい」


 メルティアが即座に謝罪するが、桃髪少女――ピーナの怒りはまるで収まらない。


「いえっ、反省が全然足りないし! 今日ばっかりは絶対に許さないんだからっ! いくら待っても合流地点に来ないし! 今までどこで何をしてたんだし!?」

「そんなにガミガミ言わないでよぉ……こっちも色々とあったのよ」

「ガミガミとは何だし! それじゃまるで、うちが怒りんぼみたいじゃない! ひじょ~にひじょ~にひじょ~~に心外だし! うちがこうして心を鬼にしているのは、メルちゃんの為を思ってであって――」

「ひぃ~~ごめんなさ~~い! 私が全部悪いんですぅ~~~!」


 激怒するピーナに、全面降伏するメルティア。

 それからしばらく正座でお説教を受け、足のしびれが限界に達した頃、ようやくメルティアは立ち上がることを許された。


「いたたた……と、とにかく……あなたも無事で何よりよ。それで、例の件は?」


 メルティアが足をさすりながらたずねると、いくらか溜飲りゅういんを下げたピーナが、大きく深呼吸してから答える。


「保護した罪紋者たちは、炊き出しをしながら、合流地点で待たせてるし」

「それで……移住希望者はどれくらいなの?」

「最後に確認した時は三百二十二人かな? 現在はもっと増えてそうだし」


 それを聞いたメルティアは、真剣な表情で頭の中の算盤そろばんを弾く。


「三百人と少しか……流石は帝都ドルガーナ。かなり多いわね」

「確かに人数は多いけど、獣災スタンピードが起こる事はジュリオ様の予知術で分かってたから。受け入れの準備は万端だし」

「流石はじいやの占いよね。もしも獣災が来るのを予知できていなかったら、どれだけの罪紋者たちが命を落としていたか……考えただけでゾッとするわ」

「うんうん。さすがはジュリオ様だし。ところで、私からも質問なんだけど……」


 メルティアが大きな瞳をパチクリさせて「何かしら?」と尋ねると、温和な笑みを浮かべていたピーナの顔に、再び鬼の影が浮かび始めた。


「よく見たらよろいがボロボロだし。まさか……歪蝕獣ツイスターと戦ったの?」

「ぎくうっ!」

「ぎくうっ、じゃな~~~いっ! メルちゃんのあんぽんたんぽんたん! 今日という今日という今日は……トサカにきたし~~っ!!」

「ひいいっ!?」

「メルちゃんに何かあったら、たくさん悲しむ人がいる事を思い出すし!」

「そ、それは……ごめんなさい」


 その剣幕は先程のものより激しく、そして本気でピーナが怒っていることが伝わったため、メルティアは叱られた子供のように縮こまるしかなかった。

 しょぼんと項垂うなだれるメルティアに、ピーナは静かに身を寄せる。

 そして誰にも聞こえないように静かに――今までの彼女の振る舞いが、軽薄けいはくな町娘の演技であることを証明するように――厳粛げんしゅくに言い放った。

 

「デメルテス・フォリアーナ・アマルダ・メルティア・リィン・バトラミス三百七十六世様。どうかもう少し為政者いせいしゃとしての自覚をお持ちください。

 貴女あなたこそが――――伝統あるバトラミス王国の女王陛下じょうおうへいかなんですから」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


〈作者コメント〉

どうも。クレボシと申します。

これにて第1部の1章終了です。ここまで読んでいただいてありがとうございました。2章から展開が大きく動くので、よければ続きもご覧ください。

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※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。

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