第27話 未知との釣行 5/5

「まずはこれこれ。肝醤油ですね」

「おう、肝もたっぷりあるからな。ケチケチしねえでたっぷり醤油に溶かしてやれ」

「やったー!」


 トウカは小皿に醤油を注ぎ、それと同じくらいの量のカワハギの肝を溶かし込む。

 肝の形が点々と残っており、見るからに濃厚だ。


「ぐひひ、これをカワハギの刺身にたっぷり絡めて……」

「汚ねえ笑いだなあ……」


 5、6枚の刺身をいっぺんに箸でつかみ、肝醤油に絡めるトウカを見てリョウコは思わず呆れてしまう。片手に白飯が山盛りになった丼を持ち、よだれを垂らしながら刺身にじゃぶじゃぶ醤油をつけている姿は二十歳そこそこの乙女が見せていい姿ではなかった。


「これをご飯の上でちょんちょんとして、一口で頬張ると……むふうううう!!」


 トウカの口の中で、肝醤油の濃厚な旨味が炸裂する。

 ひと噛みごとに歯を押し返す、しこしことした食感のカワハギの身。それ自体は淡白な白身だが、こってりした肝醤油と組み合わさることで絶妙なバランスを醸し出していた。


「まるでふぐ刺しみたいな歯ごたえですね! いくら噛んでもなくならないです!」

「おう、釣りたてのカワハギはこの歯ごたえが魅力だな。寝かせて熟成させるとむっちりねっちりした食感に変わって旨味も増すんだが、あっしはこの釣りたての歯ごたえがカワハギの醍醐味だと思うねえ」


 リョウコもカワハギの刺身に舌鼓を打ちつつ、何かを作っている。

 炊いた米を小分けにしてラップに乗せ、それに刺身を一切れ入れて飴玉のようにぎゅっと絞っているのだ。


「リョウコさん、それは何を作ってるんですか?」

「ん? これは手まり寿司ってやつだよ」

「手まり寿司?」

「最近はスーパーの弁当なんかにもあるから有名だと思ったんだがな。案外まだまだ知られてねえか。ま、現物を見れば早いだろ」


 リョウコがラップをほどくと、丸く握られた米にぴったりと刺身が張り付いているものが姿を現した。ちょうど指三本でつまめる程度の球状になっている。


「わあ、すっごいかわいい!」

「おう、食いたいなら自分で作ってみな」

「ええー、リョウコさん作ってくれないんですかー」

「あっしは宇宙人たち用に作ってたんだよ。オメェまで食べはじめたらおっつかねえだろうが」


 リョウコが視線で示した先には、手まり寿司に群がる銀色の小人たちがいた。

 宇宙人たちのサイズ感からするとサッカーボールに食らいついているようなものなのだが、それを次々に平らげていく。


『ううむ、この穀物の甘味と刺身の旨味の一体感……手が止まらぬ……』

『若様! そのしめ鯖は拙者が狙っていたものでござる!』

『むっ、主君に逆らうか!』

『食べ物の恨みは願いの井戸星団よりも深いと申す!』

「あーあー、すぐ作ってやるから喧嘩すんじゃねえよ」


 光る刀を振り回そうとする宇宙人を指で制しながら、リョウコは次々と手まり寿司を仕上げていく。単に刺身と組み合わせるだけでなく、表面に胡麻をまぶしたり、複数の刺身を一緒に握ったりと種類にも微妙なバリエーションがあった。


「なっ、こんな感じで忙しいんだよ。自分で食べる分は自分で作ってくれや。手巻き寿司みたいなもんだからな、作るのも含めておもしれえぞ」

「むふー、なるほど、それならこんな感じでも……」


 トウカは小さく敷いた白飯の中央にアジのなめろうを少し取り、それを白飯の中に閉じ込める。それからカワハギの刺身を1枚とって貼り付け、ラップでぎゅっと丸く握った。


「うへへ、なめろうとカワハギの合せ技です。これに肝醤油をたっぷりつけてっと……」


 直径3センチほどのそれに、肝醤油をたっぷりと絡めてパクり。

 固く握ったことで、刺身と米の一体感がある。そして内側からは味噌の香りが漂う、脂たっぷりのアジのなめろうが飛び出してくる。肝醤油のコクと、カワハギのしっかりした歯ごたえ。ねっとりと濃厚ななめろう。それらを酢飯がどっしりと受け止めてまとめている。


「あれ? そういえば酢飯なんていつの間に作ったんですか?」


 米に酢の味がついていることに気がついたトウカが、リョウコに疑問をぶつけた。

 酢飯は寿司酢と米を合わせて、うちわで仰いで水分を飛ばさなければならない――という程度のことはトウカでも知っている。そんなことをしていれば、トウカが気が付かないはずがないのだ。


「ああ、こいつを使ったんだ。ちょっとだけ酢飯を作りたいときなんかは便利だぜ」


 そう言って、リョウコは黄色の袋を振ってみせた。


「なんです、それ?」

「粉末の寿司酢だよ。さすがに店じゃあ使ってねえが、混ぜるだけで酢飯ができるからな。細かい炊き加減なんかを考えなくていいからこういうときには重宝するぜ」

「へえー、便利なものがあるんですねえ」


 リョウコは素材にこだわるが、一方で使う食材に禁忌はない。

 インスタントや化学調味料を使うことにも躊躇はないのだ。ただそれが旨いかどうか、その場で作れるかどうかにしか興味がないのである。


『まさしく合理の剣。我ら飛び出た鼻の二刀流の理念にも通じる……』


 手まり寿司を貪りながら、銀色の小人たちが感心している。


「まっ、小難しいことはいいってことよ。魚も米もたっぷりあるんだ。腹がはち切れてもぜんぶ食ってもらうぜ!」


 こうして、地球人ふたりと宇宙人たちの食事会は夕焼けが堤防を照らすまで続くのであった。


 * * *


 リョウコの料理によりワープちからを取り戻した宇宙人たちの船は月の影に身を潜めながら、地球の衛星軌道を周回していた。

 すでに次の恒星系へと旅立つ準備はできている。

 しかし、受けた恩は返さなければならぬ。

 そのために、彼らは地球から約40万キロメートルの宇宙空間に待機していたのだ。


『むっ、アレでござるな』

『いよいよ見えてきたでござるか』

各々方おのおのがた、準備はよろしいか?』

『是非もなし!』


 銀色の小人たちが見据える先には、大マゼラン星雲から16万光年を超えて遠征してきた数千隻の大船団がいた。巧妙なステルスが施されており、地球人類の観測網には一切認知されていない。

 この大マゼラン宇宙海賊団は、めぼしい惑星から遺伝子資源を根こそぎ奪っていく存在として汎銀河大同盟に指名手配されている凶悪な犯罪集団だ。

 この海賊団が、太陽系第三惑星地球という生物資源豊富な惑星を狙ってきていたのである。


『一飯の恩、ここで返すでござる!』


 小人たちは宇宙船から飛び出す。

 そして、銀色の光をまといながら全長数十メートルの巨体に変身した。光り輝く刀を振るいながら、大マゼラン宇宙海賊団の船団に斬り込んでいく。

 海賊船が次々に切り裂かれ、爆発し、宇宙の藻屑と化していく。

 白銀の刀がひらめき、ついに海賊船の最後の一隻が両断された。


『ふっ、これで義理は果たしたであろう』

『はっ! 大マゼランの海賊どもを撃退したとなれば、もう数百年は宇宙海賊が狙うようなことはないかと思いまする』

『左様か。まあ、また危機が訪れたなら助太刀にくればよい』

『ははは、若様はまた間田木殿の料理を味わいたいだけでは?』

『そ、そんなことが目的ではない!』

『そういえば、若様もそろそろ許嫁を決めてよい年頃でござるな。間田木殿ならば嫁御としても……』

『ばっ、馬鹿を申すな!』


 銀色の宇宙船は人類の預かり知らぬところで地球の危機を救ったあと、顔を真っ赤にした銀色の小人に率いられてはるか宇宙の果てを目指して飛び去るのであった。

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