11.アースタリア

「裏切る? お前こそ……知っていたな!?」

「ふっ……あはは、なんだ。今頃気づいたのかい?」


 兵士の数はもう数えるほどに減っていた。個別の戦力差がありすぎるのだ。シンは襲い来る魔獣に照準を合わせて銃を放つ。


「……何? どういうこと?」

「あんたの知り合いらしいわよ。シン」


 イーヴと背あわせになりながらシンはソルと対峙する形で傍に立つウィスの横顔を見た。残念ながらそれだけでは記憶は蘇ってくれそうにもない。


「フリージア!」

「……?」


 呼ばれてフリージアは振り返る。前を見ないまま彼女は切りかかってきた兵士の剣をよけ、拳で殴り返していた。


「ウィスを確保しろ! 殺さないようにね」

「ふざけるな!」


 フリージアが素早く踵を返すとソルと入れ替わった。猛ラッシュがウィスを襲う。相手のいなくなったラウルはナイフを収め、それを眺めた。


「ウィス様。駄目ですよ。あなたはアースタリアを見捨てるつもりですか」

「……!」


 ちら、とウィスの視線がシンを見た。けれどフリージアはそれを許さない。

 ウィスは大きく剣を薙ぐと、フリージアがひらりと身を翻した隙に距離をとった。


「ソル、退け。でなければ俺は抜剣する」

「そう来る? でもね、君、逃げられないよ」

「……」

「まぁいい。今日は感動の再会に免じて退いてあげるよ」


 ピィ、と指笛を鳴らすと魔獣は彼の足元に跳ねて寄る。ソルを前に、三人は悠然とその場を去って行った。


「優しき癒しの雨よ……ヒールレイン!」


 リエットが両手を空にささげて、唱える。晴れている空から、濡れない雨が降ってきて傷ついた者を癒した。


「兄上……なぜここに」

「ユーベルト、怪我はないか?」

「ありませんよ。僕はなぜここにいるのかと聞いたんです」

「それは……」


 返答に困り振り返るフィン。その先にはシンやイーヴの姿があるが、彼らは彼らでとりこんでいた。


「ちょっと待ってくれ」


 断って、シンの方へ歩みを寄せる。ウィスはソルが去る背を険しい顔でみつめていたが、その姿が消えるとようやく振り返った。どこか不安そうな顔で。


「シン……俺のことを覚えてないのか」

「あなたは……?」

「あんたの兄さん、でしょ? あいつの言ってた事が本当なら」


 ウィスを見るが、似てるとも似ていないともいえない。シンは小さく首をかしげ、黒い瞳を伏せた。


「ごめん、わからない」


 戸惑ったような視線が自分に向けられていることは解かっていた。しかし、こればかりはどうしようもない。


「シン……」


 リエットも心配そうに歩みを寄せてきた。


「記憶喪失だったんですか?」


 話の腰が、見事に折られた。



* * *



 ウィス=アルブム。

 彼の名前はそういった。三年前に「死に別れた」双子の兄であるらしかった。


「死に別れたって……どういうことなんだ?」

「俺は少なくともそう聞かされていたよ。シンは、ミラージュの研究をしていて王国の調査団と一緒にオルディネの塔へ向かった。そこで事故にあって死んだ、ということになっていた」

「王国ってどこの?」

「バハムート・ラグーン」


 「?」という文字が飛び交った。そんな国は、この世界にはない。


「それって、どこのこと?」


 聞いたのは他でもないシンだった。


「アースタリア、つまりこの世界でミラージュと呼ばれる世界の国だ」

「ミラージュ!?」


 半信半疑の声がそこかしこであがる。何を言っているのか理解できない。誰もがそう思う中でシンは冷静だ。


「つまりミラージュは実在していて、その世界の名前はアースタリア。そこにはこの世界と違う国もある、ついでに私はそっちの世界の住人だったってこと?」

「そう、その通り」


 その会話のテンポが生来のものであるのか、ウィスは何か楽しいものでも見たように笑みを浮かべた。

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