後編

 換気用のすきまから、外の光がさしこんだ。反射し、壁にかけられた大小さまざまの包丁ほうちょうは、ぎらりと鈍色にびいろに光る。はりからぶらぶら吊るされた、無数の真っ赤な肉塊にくかいが、てらてらとする。

 床には、たくさんの大きなつぼがならんでいる。

 進賢しんけんはにこにこしながら、まねきいれた女をだきしめた。


「ありがとう。今日はきみが一番しいれてくれた。僕をわかってくれるのはきみだけだ。きみがいないとやっぱり僕はだめだ」


 胸によりかかる女は、陶酔とうすいしていた。


「あたしをわかってくれるのもあんただけよ」


 進賢はぱっと女からはなれる。


「さて、そろそろもどっていいよ」

「いや。あんたともっといたいわ」

「僕は『趣味』だけはひとりで楽しみたいんだ。わかってくれない? こんどおやつを作ってあげるからさ」


 やさしい口調、やわらかい言葉をあたえてやる。

 それなのに、女はおそれたようなそぶりを見せ、はなれた。


「ごめんなさい。わがままを言った私が悪いの」

「きみは悪くないよ。悪いのは僕にこんな『趣味』を持たせたてんさ」

「ああ進賢、自分をせめないで。また来るから」


 女はおしむように、厨房ちゅうぼうからでていった。進賢しんけんはにこやかにみおくる。


「あの子、最近話が長いよね。ほかにもかわりの子はいるし、あの子はもういらないかな」


 床のつぼのふたをあけた。

 なかでは、さるぐつわをされ、全身を縄でぐるぐるにしばられた男が、おびえて進賢を見あげている。


「さあ、きみの皮の下はどんな色だい?」


 明るくといかけた。


 

 

「はあ。今日も楽しかった。きみはどうだった?」


 全身に鉄くさい液体をかぶった。赤いそれはいつもねちょねちょこびりつくので、服を洗うのがめんどうだ。

 しかし、気分ははればれとしている。

 台の上の、ものいわぬ真っ赤な肉塊のおかげだ。


「あのね。ここもそろそろひきはらおうと思うんだ。あんまり長くいると役人に見つかっちゃうし。つかまるとこまるから。平穏なくらしは退屈だけど、居心地はいいんだよ」


 肉塊が、まだうめいているように思えた。なでてやる。


「きみもつれていってあげる」


 がんっと戸がけやぶられた。


「つかまえろ!」


 役人がなだれこみ、進賢をつかまえる。


「え? なに?」


 役人たちは吊るされた肉塊を見、気分が悪そうにした。 

 天井のはりから吊るされている無数の肉塊は、皮をはがれた人間の死体だった。


「告発のとおりだ」

「きちがいめ」


 とりおさえられながら、進賢はおどろいた。


「ねえ、だれが僕を告発したの?」



 

 県府では、かんかんになった領主が、うろたえている役人たちにわめきちらした。


「あの男を皮はぎの刑に処せ! でなければ息子がうかばれん」 


 十戌じゅうい呉起ごきはうつむき、領主のうしろにかくれる。

 進賢はしばられ、ひざまずかされていた。とりおさえられたまま、わんわん泣きだす。


「僕ではありません。なにかのまちがいです」


 領主は進賢をなぐった。


往生際おうじょうぎわが悪い! 女たちをてなずけ、各県から人をさらって平気で生皮をはいでいたそうじゃないか。ええ?」

「僕はそんなことしてない! だれかがうその告発をしたんだ」


 十戌と呉起は彼に顔を見られないよう、そそくさとものかげにかくれた。



 

 数日後。

 農村で、十戌じゅういはいつものように農民たちをみはっていた。

 呉起ごきが話しかける。


「よくあの壺とあの男をむすびつけましたね」

「領主の子息しそくは幼少より父親にがみがみ言われ、ふさぎこんでいた時期があったからな。桃源郷とうげんきょうだの宇宙の神だの、うさんくさいものに簡単につられてもおかしくはない」

「おみそれしました。ご主人さまとおよびします」

「うむ」


 そこへ身なりのいい男がやってくる。


「やあじゅう、ひさしぶりだな」


 じゅう十戌じゅういのいみな。

 十戌はふりかえった。


「あなたは、いつ兄上ですか? みちがえましたね」


 身なりのいい男は、十戌の実兄、王一おういつ

 王一と王十戌の実家は、寒門かんもんの農村だった。税のとりたてがきびしい地域で、家は非常にまずしかった。そこで王一や十戌、そのほかの兄弟姉妹たちは各地へでかせぎに行き、ばらばらになっていた。


「おまえがここで働いていると、ほかの兄弟からきき、ようすを見にきたのだ。しけたところだな」

「そうなのですよ。しかも領主は給金をけちります」

「十、わしのところへこないか? もっといい待遇でむかえてやるぞ」

「兄上の?」

「わしはいま皇族につかえておる。その給金で、広くてよい土地を安く買い、荘園しょうえんの経営をはじめた」

「おお、それはすごい」

「わしの荘園でともに経営と商売をしよう。おまえにも甘い汁をすわせてやる」

「ご主人さま、ねがってもない話ではありませんか」


 三人は陰険いんけんに笑った。

 



 数年後。

 柳が風にそよぐ、風光明媚ふうこうめいびな庭。池の近くのあずまやに座り、王一おういつ十戌じゅういは景色をながめていた。

 ここが、王一の荘園だ。

 卓をはさみ、筋肉質の大柄な男と、陰険な表情の大柄な女が座っている。

 温厚そうな男が、へこへことしてやってきた。


「おまたせしてしまい、もうしわけありません」


 王一がその男をとがめた。


「おそいぞ。なにをしていた」

「すみません。ちょっとあばれられたもので」


 男はぺこぺことした。その服や手には、べっとり鮮血がついている。

 十戌は眉をひそめた。

 なんの因果か、あの肉屋の皮はぎ男と新天地で再会してしまった。

 大柄な女が、十戌を横目で見、にやっとした。


「十戌どのは進賢しんけんに言いたいことがあるようだ」

「いや。べつに」


 すまし、かるくせきをする。

 女は腕をくみ、背もたれによりかかると、わざとらしく言った。


「そうそう。このまえ十戌どのの手下の呉起ごきから、おもしろい話をきいた。むかし人さがしでみごとな手腕を発揮したとか」

「な、な、な、なんだって?」


 あせった。進賢は興味深そうにする。


「へえ。どんな話ですか?」

「じつは」


 王一が手をあげる。


「これ。今日は世間話によんだのではない」


 十戌はほっとした。

 王一は、

「知ってのとおり、この荘園はだんだんと規模が大きくなった」

「そうですね」

「なまけ者の農民たちをまとめあげるのに、東西南北の監荘人かんしょうにんのそなたたちの、ますますの結束が必要になる。そこできょうだいのちぎりをむすんでもらいたいのだ」

「ほう」

「偶然なことにみな王姓おうせい盧人ろじんでもある。天の采配さいはいだろう」


 進賢が明るく、

「わあ。みなさんときょうだいになれるだなんて、とても名誉です」


 大柄な男がうなずきながら、

「兄弟の序列じょれつをつけ、荘園の秩序ちつじょをたもつのに上策ですな」


 大柄な女もくすくすと、

「義きょうだいですか。新鮮でいいですね。私の実家は女きょうだいばかりで、男のきょうだいがいなかったので」


 王一は、

「十戌はどうだ?」


 十戌はまたせきばらいをし、胸をそらせた。


「異存はありません。せっかくなので改名もしてはどうでしょう? そのさい、四名の名におなじ文字を一字ずついれるのです」


 進賢が手をうった。


「妙案です」


 大柄の男も感心したようにうなずく。


「そのとおりだ。結束も強まる」


 大柄な女もおだてた。


「さすがは十戌どの。よわたりのうまさで右にでるものがいないだけあります」


 十戌はますます胸をそらせ、満足する。


「それほどでも」


 王一も、

「わしも妙案みょうあんだと思う。なんの字をいれる?」

「この土地の元所有者のおう影序えいじょの、『えい』か『じょ』の字をいれてはどうでしょう」

「ふむ。では『序』のほうにしよう。いまからわしが思いつくまま紙に詩文を書く。そのなかから好きな字をえらび、あたらしい名に使うといい」

「はい、旦那さま」

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欠落した男 Meg @MegMiki34

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