第2話

 拙者、大器晩成型でござる。

 大器晩成型だからまだ芽が出ないだけさハハハ。

 と思っていた時期が私にもありました。

 あれ? 大器晩成型って、具体的に何歳なんだろう?

 そう思って調べたのが運の尽き。

 ほとんどの記事に『その世界において早熟か晩成か』と書いてありました。

 私の生きる世界は果たしてどれくらいだろう?

 と、思いながら検索を続けていると、こんな記述に出くわした。


『概ね44歳前後』


 いや耐えれるかボケ!!

 今年33歳になるからあと11年!? 耐えれるか!!

 ひとりで生きていくには人生は長すぎるんじゃクソが!!

 おっと、おくちが過ぎましたわごめんあさあせオホホ。

 ところで、大器晩成型の年齢を調べ始めたのには理由がある。

 拙者、恥ずかしながら数年単位で恋人がいないでござる。

 仕事一筋で出会いがなかった、と言えば聞こえはいいでしょう。

 敢えて言おう。出会いの場に行く気力がなかったんだ。

 正直なところ、婚活サイトなどを利用するつもりはなかった。

 まだメンタルが安定していた頃、わざわざ婚活したりするなら別にひとりでもいいか、などと気楽に構えていたのがよくなかった。

 ひとりしんどい!! 寂しい!! 辛い!!

 J-POPの「僕ときみ」という歌詞を聞くだけでしんどい!!

 私の「きみ」はどこにるの!?

 グッバイする相手がいないんじゃあああ!!!!

 いやいたならグッバイしたくねえけどな!!!!

 せめてひとりでも生きていける安定した職と財力がほしい!!

 で大器晩成型っていつ芽が出るんだよおおおおお!!!!

 とまあ、気付くのが遅すぎた話はいいとして。

 ご承知の通り、拙者、書き物をする忍者でござる。

 想像力は割と豊かなほうであると自負している。

 その高い想像力が現在の私のメンタルを揺さぶっている。

 きっかけは、こう思ったことだった。


『ああ、そうか……私のことはどうでもいいのか……』


 プライベートでも、仕事でも。

 どうでもよさそうな扱いをされるとね、けっこうグサッとくるんです。

 本人たちは『そんなつもりなかった』って言うんでしょうけどね。

 そんなつもりなかったとしても私はそう思ったんじゃ!!!!

 捻くれ者でごめんやで!!!!

 そうやって思い続けた結果、私の頭の中に5人の人物が生まれた。

 いつ、どのタイミングで生まれたかは定かではない。

 私は頭の中でその人物たちと過ごしていた。

 こんなことを話して、こんなことがあったら楽しいかも……。

 そうしているうちに、私はだんだんと現実を見ることができなくなっていった。

 いや違う。現実に耐えられなくなっていったんだ。

 その5人は私を大事にしてくれる。私のことを嫌ったりしない。

 私を私のままで受け入れてくれる。

 私は愛され、生きていけると安心して生きることができる。

 そんな私を現実に引き戻したのが、職場の閉店だ。

 ああもう私は生きていけないよ。

 生きているだけでしんどいのに新しい職探しなんて。

 病気持ちなんてどこが雇ってくれるんだよ。

 なんでしんどい思いしながら生きていかなくちゃいけないんだ?

 もう生きている必要なくない?

 てかもう耐えられん!!!!

 と、思い至って、先日の三日月川大橋である。

 まさかあんなふうに死を阻止されるとは人生どう転ぶか・・・・・・


 っと、電話でござる。佐久間さんだ。


「はい、織部です」


佐久間さん

『あ、織部さん。こんばんは。いまいいかな』


 ぅわーおイケボ!!

 三日月川大橋で会ったときも思ってたけど、顔面がイケ散らかした人は声までイケ散らかしてるんだなあ。

 このイケボを耳元で聞けるなんてアリーナ席の最前列じゃん。


佐久間さん

『次の日曜、空いてるかな』


「次の日曜……はい、空いてます」


佐久間さん

『じゃあ、空けといてもらえるかな』


「なんでですか?」


佐久間さん

『デートするんだよ』


「は……デート……」


 思わず間抜けな声が出てしまった。

 デートってあれよね、男女がデートすることよね。

 いや男女でなくてもデートはデートなんだけど。


佐久間さん

『織部さんのことをもっと知る権利をくれないかな』


「ふぁ――嘘みたいにイケ散らかした台詞ですなあ」


佐久間さん

『え、嫌なの?』


「別に嫌ではないですけど、私はあんまり面白い人間じゃないですよ」


佐久間さん

『大人の女性が自分のこと忍者っつってたらもうそれだけで面白いだろ』


「ええ……うそお……」


 いや世の中には大人の女性でも自分のこと忍者だと思ってる人いるよね?

 拙者だけじゃないよね?


「あ、一緒に食事をするのは嫌です」


佐久間さん

『え、そうなの?』


「顔面がイケ散らかしてる人はご存知ないかもしれませんが、生き物は補食の瞬間が最も無防備になるのです。

 忍びとして無防備な姿を晒すわけにはいかないでござる」


佐久間さん

『捕食って。まあ、わかったよ。

 じゃあ、お茶をするのは?』


「向かい合わせの席じゃないならいいですよ」


佐久間さん

『そうか。わかった』


 この人、心広いな。自分で言っといてなんだけど。


佐久間さん

『じゃあ、13時に迎えに行くよ。どこに行けばいい?』


「えっと……どこにしようかな。

 あ、じゃあK市のファビオわかりますか?」


佐久間さん

『わかるよ』


「じゃあファビオでお願いします。歩いて行きますんで」


佐久間さん

『歩いてどれくらいだ?』


「15分くらいです」


佐久間さん

『近いな。わかった。また連絡する』


「はい」


佐久間さん

『じゃあ、おやすみ』


「おやすみなさーい」


 なんと、イケ散らかしたメンズにデートに誘われたでござる。

 イケ散らかしたメンズはきっと服装もイケ散らかしてるんだろうな。

 なんかお洒落な服を買っておいたほうがいいかな……。

 忍者を面白いと思っているなら忍者スタイルがいいのか?

 いや、忍者が忍者だと悟られるのは一生の不覚。

 とりあえずクローゼットの中をひっくり返してみましょう。


 と、そんなこんなで次の日曜日。

 イケ散らかしたメンズにデートに誘われるってすげえな。

 何がすげえって?

 めちゃくちゃ楽しみで仕事頑張れたんじゃ!!!!

 だからみんな仕事頑張ってるんだな……。

 そうよね。恋人がいたら土日はデートよね。

 もうすぐ33歳になろうというのにそんなことも知らなかったなんていいさ好きなだけ笑ってくれよ!!!!

 さて、早めに見積もって12時半に家を出ようかな。

 なんか佐久間さん、約束の時間より早く着いてそうだし。


 すったかたーとファビオへ。

 おや、電話でござる。


「はい、織部です」


佐久間さん

『あ、織部さん。もう外か?』


「はい。いま全速力で向かってます」


佐久間さん

『いや、そんなに急がなくても……。

 東駐車場のN30の端にいるから』


「はい。佐久間さんって黒塗りのBMWとか乗ってそうですね」


佐久間さん

『どういうイメージなんだよ。普通に国産車だよ』


「そうですか。じゃあ後ほど」


佐久間さん

『ああ』


 えーっと……東駐車場のN30……。

 あっちかな。おっと、あぶね、足が引っ掛かった。

 おや、佐久間さんが手を振っている。

 今日も最高にイケ散らかした人だなあ。

 質の良さそうなスーツがよく似合っている。


「お待たせしました」


佐久間さん

「転びそうになってたな」


「いつものことでござる」


佐久間さん

「そうなのか……気を付けろよ?

 じゃあ、行こうか」


 佐久間さんが私の手を引いてエスコートするように助手席に誘導する。

 だがしかし――


「いてっ」


 頭をぶつけたでござる。


佐久間さん

「なんでエスコートしてるのに頭をぶつけるんだよ」


「乗り慣れてない車は勝手が違うでござる」


佐久間さん

「まあ、いずれ乗り慣れるさ」


 車内はよく手入れがされていて、なんか良い香りがする。

 さすがイケ散らかした人は乗る車すらイケ散らかしてるんだな。

 と、佐久間さんの運転で出発!


佐久間さん

「しかし、当初の目標がもう達成されてしまったよ」


「なんですか?」


佐久間さん

「さっき電話で普通に佐久間さんって言ってたろ。

 まだ名前では呼んでくれないかと思っていたよ」


「それが目標だったんですか?」


佐久間さん

「前に会ったときは『お兄さん』としか呼んでくれなかっただろ?」


「ああ……なんか感慨がなくてすみません」


佐久間さん

「それが最初の一歩だと思っていたからそれでいいよ」


 ふむ、何も考えていなかったでござる。

 そういえば三日月川大橋を降りている最中にそんなことを言っていたような。


佐久間さん

「そういえば、なんで向かい合わせの席は嫌なんだ?」


「顔を正面から見られるのが苦手でござる」


佐久間さん

「なるほどな……。わかった、覚えておくよ」


「かたじけない」


佐久間さん

「お前、仕事中も忍者やってるのか?」


「やってると思っているんだとしたら脳内までイケ散らかしててむしろ感動しますわ」


佐久間さん

「なんかめちゃくちゃけなされてるのだけはよくわかるわ」


「まあ、たまにござるって言いそうになりますけど」


佐久間さん

「なんの仕事をしてるんだ?」


「娯楽施設です」


佐久間さん

「へえ……どこの娯楽施設?」


「S市です」


佐久間さん

「わざわざS市まで通ってるのか?

 この市にも娯楽施設はあると思うが……」


「どこでも雇ってもらえるわけじゃない理由がありましてな」


佐久間さん

「理由って?」


「それは後ほどお話するでござる」


佐久間さん

「そうか。わかった」


 そんなこんなで連れて来られたのはこれまためちゃくちゃお洒落で同じ市内でも異世界なのではないかと思うほどのイケ散らかした喫茶店!!

 私の文章力ではそのイケ散らかし具合を表現できないので各々でイケ散らかしたメンズに連れて来られたら確実に惚れる喫茶店を思い浮かべてくれよな!!

 さすがイケ散らかしたメンズが選ぶ店は違うぜ……。

 窓際の席に斜交いになって座る。

 喫茶店のテーブルって小さいよね。

 だから斜交いの席って意外と近いよね。

 もう私は左を見れない!!!!

 佐久間さんはイケ散らかしたコーヒー、私は普通にミルクティーを注文。

 ウェイトレスの麗しいお姉様が立ち去ったあと、私はかばんから封筒を取り出した。


「これ、ご一読ください」


佐久間さん

「なんだ?」


「私の持病の診断書です」


佐久間さん

「ああ……そうかとは思っていたが、やっぱり持病があるのか。

 ありがとう、あとで見せてもらう」


 そういえば、診断書って何回か取ったことあるけど、実際に見たことってないよね。

 自分が見たいからって3000円かける勇気はないよね。

 ちょっといま開けてもらって見せてもらおうかな……。

 う……自分の主治医が自分の病気のことなんて書いてるのか気になる……。

 みんなも気になるよな!!


佐久間さん

「そういえば、いまさらだけど織部さん恋人いないよね?」


「恥ずかしながら独り身でござる」


佐久間さん

「恋人作ろうと思わなかったの?」


「人体錬成には対価が必要ですからね……」


佐久間さん

「そっちの作るじゃねえんだよ」


「忍者だから作ろうと思って作れるものではござらん。

 顔面がイケ散らかした人と一緒にしないでいただきたい!!」


佐久間さん

「なんで怒るんだよ……」


「まあ、恋人がいたらもうちょっと長生きしよって思ったかもしれませんね」


佐久間さん

「なんで死のうとしてたの?」


「生きていくことに限界を感じたからです」


佐久間さん

「そんなに辛い人生だったのか?」


「いえ? 何かと楽して来ましたよ?」


佐久間さん

「そうなのか……」


 そう!! 私は何かと楽をして来た!!

 だから幸せになれないって嘆くのはお門違いなんじゃ!!!!

 まあ、楽といったって、職場を友人の伝手で入れてもらったとか、そういうことですよ。

 それ以外は1ミリも楽してねえんだからなクソが――――!!!!

 っと、失礼。感情が昂ってしまったでござる。

 感情的になるところを直さないと立派な忍びにはなれないでござる。


佐久間さん

「でも、何かしら原因があるんだろ?」


「直接的な原因はこれといってないですね」


佐久間さん

「じゃあ、小さな辛いことの積み重ねなのか」


「……」


佐久間さん

「……まあ、まだ話す気にはなれないよな」


 親が子どものことを本にしようとすると、一冊ではまったく足りないと言う。

 私の人生も、この物語だけでは書き尽くせない。

 書き尽くそうと思ったらただの愚痴になりそうで嫌なんだよおおおおおお!!!!

 いや、ここまでも充分愚痴だと思うけどね?

 つまりこの場だけでは語り尽くせないということでござる。


佐久間さん

「織部さんさ、いつになったら俺にコウって呼ぶの許してくれる?」


「ん? 佐久間さんとはまだそんなに親しくないと思いますけど」


佐久間さん

「うっ、ハイ……。

 織部さん的には、どこまでいったら親しくなったってことなんだ?」


「……この人になら心を開いてもいいと判断したら、ですかね」


佐久間さん

「信用を得たら、という感じかな」


「いかにもでござる」


佐久間さん

「なるほどな……。

 親しさのボルテージは心の距離なのか……。

 じゃあ、抱くまではいかないにしても、キスしたりして信用を得てもいいのかな?」


「……」


佐久間さん

「そんな顔で睨み付けるなら顔面がイケ散らかした人はって怒ってくれよ……」


「なんでキスで信用が得られると思うんですか?」


佐久間さん

「えー、信用を得るためには愛を伝えるしかないだろ?」


「……なるほど……その発想はなかった」


佐久間さん

「え、うそ……。いままで恋人いたことないの?」


「ありますけど……。大体が友達からだったんで、信用はすでにありましたから……」


佐久間さん

「でも愛を伝えるためにキスしたりハグしたりしたでしょ?」


「……」


佐久間さん

「えっ……マジで……。

 もしかして織部さん、男女関係爛れてたのか?」


「そもそも交際した人数が少ないので……」


 恥ずかしながら恋愛経験が乏しいんじゃ!!!!

 それがどうしてかって話をしてもいい?

 うるせえ物語だけ見せろ!! って人はちょっと飛ばしてくれる?

 要約すると、私が男性に誘われているのを本気にしてないから! ってことらしい。

 前の職場でたびたび『ご飯行こうよ』と男性に誘われることがありました。

 私はそのたびに『あはは。じゃあ機会がありましたら』って流してた。

 冗談や社交辞令でお客さん(男)が店員(女)にそんなこと言うわけないでしょ、ってね。

 だって私みたいななんの取り柄もない特に可愛いわけでもない忍者を本気で誘ってるなんて思わないでしょおおおおおお!!!!

 それに気付いたきっかけがあるんですよ。

 前の職場がカラオケ店だったんですけどね?

 お客さんの部屋にドリンクを運んだとき、ご飯に誘われたんです。

 で、いつものように『あはは。機会がありましたら』って言ったんです。

 そして私が部屋を去るときお客さんが『全然相手にしてくれないね』って零したんです。

 私は本気で誘ってくれる男性を笑って流す最低な忍者です!!!!

 みんな……ごめんな……死ぬ前に思い出すのがこれだなんて……。

 まあ、そんなわけで交際人数はだいぶ少ないです。

 最後に交際していたのが数年前なんですけどね?

 けっこう順調にお付き合いしていたんです。

 いずれ結婚しましょうね、なんて話して

 いたんだけど蒸発したんだよクソが――――!!!!


「思い返せば、いままでの恋人はおままごとみたいなもんでしたねえ」


佐久間さん

「結婚しようとかはなかったんだ」


「ありましたけど」


佐久間さん

「あったんならおままごとじゃねえだろ」


「それもまあお互い年齢もいい頃だし、いずれそうしましょうねという感じで、

 本腰を入れていたわけではありませんでしたからね」


佐久間さん

「ふうん……。

 その人と結婚していたら幸せになってたと思う?」


「……どうでしょう。それはそれでひとつの幸せがあったかもしれませんね」


佐久間さん

「そうか。じゃあ、俺は俺の形でお前を愛してやらないといけないな」


「……それ本気なんですか?」


佐久間さん

「ん?」


「私を娶ってもなんのメリットもないですよ?」


佐久間さん

「メリットって……。

 俺はお前自身に惹かれたから娶りたいと思っているんだ。

 加点方式で決めているわけじゃない」


「いえ、佐久間さんは何もわかっていない」


佐久間さん

「え」


「佐久間さんと私が並んで夜会に行ってみなさい。

 え? あれが佐久間さんのお連れ様? あらやだ平凡な忍者なのねクスクス。

 恥をかくのは佐久間さんですよ!!」


佐久間さん

「いや夜会なんて行かねえしなんでお前は忍者スタイルなんだよ」


「格差というものを学ばれたほうが身のためですわよ……」


佐久間さん

「現代日本でそんなこと気にする必要ないだろ」


「はあーマジ整形してえ」


佐久間さん

「自分の見た目が嫌なんだな。

 いままで話した限りだが、お前はちょっとズレてるんだな」


「えっ、そんな馬鹿な」


佐久間さん

「よくそんな本気で驚けたもんだな。

 まあ、これからそのズレを少しずつ解明して、俺が意識を変えてやるしかないな」


「うーん……嫌気が差したらすぐ捨ててくださいね」


佐久間さん

「嫌気?」


「わたくし持病のせいもあって基本的に他人を疑っているので……。

 頻繁に連絡を取り合っている友人たちですら疑っているので、そのうち嫌気が差すかも……」


佐久間さん

「それは俺が信用させればいいんだろ。

 お前が俺を疑って不安になったら、何度でもキスしてやるよ」


「ぅお、男前……」


佐久間さん

「惚れたか?」


「……」


佐久間さん

「嘘でも頷け。もしくはイケ散らかした人はって怒れ。ノーリアクションが一番辛い」


「はっ、面目ない。拙者リアクション芸人には程遠い忍者でありまして」


佐久間さん

「そこまで求めてない。

 こういうこと言うと嫌な男だと思うだろうが、

 俺の男前発言に対してノーリアクションだった女性はいままでにいなかったよ」


「あら……いままで周りに忍者がいらっしゃらなかったんですね」


佐久間さん

「いままでもお前しかいないしこれからもお前しかいないよ」


「あらまあ男前ですこと」


佐久間さん

「腹立つな……」


「あっ、娶るのやめます?」


佐久間さん

「なにチャンスだみたいな顔してんだよ。やめねえよ。

 なんかお前、いままで接して来た人間とテンポが違いすぎて調子狂うな」


「あら……いままで周りに――」


佐久間さん

「忍者はいなかったっつってんだろ。弄ぶな。

 お前、いままでの恋人もこんな感じで振り回して来たのか?」


「あらやだ、人聞きの悪いことを言わないでくださいます?

 いままでの恋人の前ではちゃんと大人しい女性を演じて参りましてよ?」


佐久間さん

「じゃあなんで俺の前では演じないんだよ」


「出会いが出会いだったのでもう無理かなって」


佐久間さん

「ああ……それは確かに。

 俺、女の子に『あんた』って呼ばれたの初めてだったよ」


「ああ……その節はどうもご無礼を働きまして……」


佐久間さん

「いや、その瞬間にお前に惹かれたよ」


「ええ……M気質がおありでいらっしゃるのですか……?」


佐久間さん

「そういう話じゃない。

 これも嫌な男発言かもしれないが、俺の見た目に惑わされる女性は多い。

 いや、だからって俺が最低な行動を取るわけではないが。

 あれだけ引き留めているのに強行突破しようとしたり、

 化けの皮が剝がれたように人のことを『あんた』と呼んだり、

 これは面白い子を見つけた、と思ったよ」


「じゃあいままで出会ったお嬢様方だったら、

 うわあカッコいい抱かれたい死ぬのやめます! ってなってたんですかね」


佐久間さん

「そこまで顕著かはわからないが、少なくとも素直に死ぬのをやめたと思うよ。

 話を聞いてやろうとしているのに『情けは無用でござる』とは言わなかっただろ。

 あそこまで止めてるのに一向に頷かなくて、正直焦ったよ」


「決意が固かったもので」


佐久間さん

「そんな気がしてたよ。頑固な子だと思ったわ。

 俺に抱かれ俺の嫁になり尚且つ俺の部署で働くって言ったとき

『こわすぎ』ってドン引きしてたのは面白かったな」


「いやこわすぎでしょ。見ず知らずの男性にそんなこと言われても。

 いきなりお前をホテルに連れ込んで抱く! って言われても恐怖しかないですよ」


佐久間さん

「忍者でなければ頷いただろうな。

 これだけ顔面がイケ散らかしてるんだぞ?」


「ふぁ――数々のレディをものにしてきた人は言うことが違いますわ」


佐久間さん

「お前ほど打っても響かない女は始めてだよ」


「ああ、すみません、忍者で……」


佐久間さん

「お前の中の忍者ってどういうイメージなんだよ。

 なあ、お前はいま俺のことどう思ってるんだ?」


「……本音と建前、どっちがほしいですか?」


佐久間さん

「ウッ……じゃあ、本音で……」


「どうとも思ってません!」


佐久間さん

「くそ、良い笑顔で残酷なことを……!

 好きか嫌いかで言ったら?」


「嫌いではないです!」


佐久間さん

「くっ……好きではないってことか……!」


「私はいつでも三日月川大橋のてっぺんに行く機を窺ってますからね」


佐久間さん

「それは諦めろ。いや、諦めさせる。

 二度と近付かないと思うくらいお前を愛してやるからな」


「ああ、恐れ入ります……」


佐久間さん

「なんだその返事。

 まあいい。お前もいまの職場はすぐに辞められないだろうから、

 うちの会社の説明も含めて、定期的にお前を誘うからな」


「どうぞお手柔らかに……」


佐久間さん

「嫌そうな顔すんな。嫌なら別に断ってもいいよ」


「ああ、上司命令なのかと……」


佐久間さん

「俺をそんな男だと思っているなら心外だ」


「これからの頑張りに期待ですわ」


佐久間さん

「めちゃくちゃ上からだしどうせ社交辞令なんだろ」


「思っていたより察しのよろしいお方でしたわ」


佐久間さん

「腹立つな……」


「面目ない」


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